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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: 忘却の筋肉痛


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第12話 安全な道とは限らない

「急がなくていいです。全員で帰ります」


そう言ったものの、学生たちの顔から不安が消えたわけではなかった。


当然だ。


救助に来た人間から、


――これから大型魔物の生息域を通ります。


と言われて安心できる人はいない。


俺だって嫌だ。


できることなら魔物なんて一匹も見ずに地上まで戻りたい。


でも、足元の光は変わらない。


搬送坑道へ真っ直ぐ伸びている。


「田辺さん」


「はい」


「他の道は本当に使えないんですよね」


念のため確認する。


田辺さんが地図を開いた。


「来た道は追加崩落の危険が高い。現地班が撤退したルートも、今は安全確認が取れてません」


「搬送坑道は?」


「通路そのものは安定してます。ただし、数日前から大型魔物の目撃が増えてる」


「種類は分かりますか?」


神代さんが尋ねる。


「主にアーマーボア。確認されてるだけで五体」


アーマーボア。


名前の通り、全身を硬い外皮で覆われた大型の魔物だ。


突進力が高く、狭い通路で正面からぶつかると厄介らしい。


俺は実際に戦ったことはない。


そもそも戦いたくもない。


神代さんは少し考えてから聞いた。


「成体ですか?」


「ほとんどが成体。さらに奥で別種の反応も出てる」


学生たちがまたざわつき始める。


「そんなところ通るの?」


「無理じゃない?」


「戻ったほうが……」


その中で、膝を抱えていた男子学生の呼吸がまた速くなった。


肩が上下している。


引率者の男性がすぐに近づく。


「大丈夫。落ち着いて」


「でも……また崩れたら……」


「今は救難の人たちが来てるから」


「魔物いるんですよね?」


声が震えている。


田辺さんが俺を見る。


急いで移動を始めたほうがいい。


でも、この状態で無理に歩かせれば途中で動けなくなる可能性がある。


俺は学生の前へしゃがんだ。


「名前、聞いていい?」


男子学生が少し遅れて顔を上げる。


「……水野です」


「水野君。久世です」


「知ってます」


「え?」


「昨日の……動画の人ですよね」


こんなところでも知られているらしい。


「まあ、それは置いといて」


「はい……」


「怖い?」


水野君は一瞬黙った。


それから、小さく頷く。


「怖いです」


「俺も怖いよ」


横で田辺さんがこちらを見る。


神代さんも少しだけ目を細めた。


水野君は明らかに戸惑っていた。


「……救助の人なのに?」


「救助の人でも怖いものは怖いよ」


「でも、普通にしてるじゃないですか」


「普通に見せてるだけ」


俺は天井を見る。


崩落の音は今のところ聞こえない。


でも、いつまた起きるか分からない。


搬送坑道には大型魔物。


逃げ道を間違えれば、十二人全員を危険にさらす。


平気なわけがない。


「怖くなくなるまで待ってたら、たぶん帰るのが遅くなる」


水野君が俺を見る。


「だから、怖いままでいい」


「……いいんですか」


「走らなくていいし、前だけ見て歩かなくてもいい。俺が先に行くから、同じところを踏んでくれればいいよ」


少し間があった。


水野君の呼吸はまだ速い。


それでも、さっきより俺の声を聞いている。


「本当に帰れますか」


簡単な質問。


でも、軽く答えたくはない。


俺は足元を見る。


光はまだある。


「帰れる道は出てる」


水野君へ視線を戻す。


「だから、一緒に帰ろう」


水野君は唇を噛んだ。


それから、ゆっくり頷いた。


「……はい」


よし。


俺は立ち上がる。


「隊列を作りましょう」


田辺さんがすぐに動いた。


「神代さん、前をお願いします。久世さんはその後ろ。俺が中央、佐伯は最後尾」


若い救難スタッフ――佐伯さんが頷く。


「了解です」


「学生は二列にしない。一列で間隔を空けすぎないように」


引率者二人にも役割を振る。


負傷している学生は中央。


水野君もその近く。


何かあれば田辺さんがすぐ対応できる。


神代さんが俺の隣へ来た。


「私が一番前でいいんですか?」


「お願いします」


「久世さんには道が見えてますよね」


「後ろからでも指示できます」


神代さんが少し考える。


「なるほど」


俺は光の進む方向を見る。


「それに、前で何か出たら俺じゃ止められないので」


「そこは迷わず言いますね」


「事実なので」


神代さんが剣を握り直した。


「分かりました。私が前を開けます」


「お願いします」


田辺さんが人数を確認する。


「学生十名、引率二名。救難側四名。全員いるな」


俺も数える。


十二人。


神代さん。


田辺さん。


佐伯さん。


俺。


合っている。


「行きます」


神代さんが先頭へ。


俺たちは搬送坑道へ入った。



搬送坑道は名前の通り、昔は資材や採掘物を運ぶために使われていたらしい。


通路は広い。


天井も高い。


大人数で移動するには向いている。


ただ、今はほとんど使われていないせいか、照明が少なかった。


等間隔に設置された非常灯だけが、ぼんやりと床を照らしている。


俺に見えている光のほうが、よほど明るい。


「右です」


俺が言う。


神代さんがすぐ右の通路へ入る。


誰も疑わない。


第2話でS級パーティを案内した時は、道を示すたびに確認された。


今は違う。


神代さんは一度も振り返らず、俺の言葉だけで進む。


その変化が少し不思議だった。


「止まってください」


俺が言うと、今度は全員が止まった。


光が左へ曲がっている。


「左です」


「了解」


神代さんが方向を変える。


後ろから学生たちが続く。


今のところ順調だ。


ただ、静かすぎる。


誰も話さない。


靴音ばかりが響いている。


俺は歩きながら後ろを見る。


水野君はちゃんとついてきていた。


視線は下。


それでも足は止まっていない。


負傷している学生も、右手で左腕を支えながら歩いている。


大丈夫そうだ。


「久世さん」


神代さんが小さな声で呼ぶ。


「はい?」


「どのくらいで抜けますか?」


「分かりません」


「ですよね」


もう慣れたらしい。


「でも光はまっすぐです。今のところ」


「分かりました」


その時。


前方から低い音がした。


地面を擦るような音。


神代さんが片手を上げる。


全員が止まる。


「何かいます」


俺には何も見えない。


でも神代さんは剣を抜いていた。


田辺さんも後ろへ手を伸ばす。


「学生は壁際へ。声を出すな」


全員が静かに移動する。


俺も神代さんの後ろから前を見る。


暗闇。


やがて、その中から大きな影が出てきた。


四本足。


低い姿勢。


灰色の外皮。


アーマーボア。


一体。


神代さんが剣を構える。


「一体なら問題ありません」


「お願いします」


「任せてください」


アーマーボアがこちらを認識した。


鼻を鳴らす。


前脚で地面を掻く。


来る。


「下がって!」


神代さんの声。


学生たちが息を呑む。


次の瞬間、アーマーボアが突進した。


速い。


あの巨体で、あの速度は反則だと思う。


俺なら間違いなく避けられない。


神代さんは真正面に立ったまま。


「神代さん!」


誰かが叫ぶ。


神代さんは直前で身体を横へ流した。


アーマーボアの頭部へ剣を叩きつける。


硬い音。


刃が弾かれた。


「硬い……!」


神代さんが距離を取る。


アーマーボアが方向転換。


もう一度突進しようとする。


「田辺さん」


「分かってます」


田辺さんが学生たちをさらに後方へ下げる。


「久世さんも下がって!」


「はい」


言われなくても下がる。


神代さんが二度目の突進を避ける。


今度は正面から斬らない。


すれ違いざま、後脚へ一撃。


アーマーボアの体勢が崩れる。


そこへもう一撃。


腹側。


外皮が薄い場所らしい。


アーマーボアが大きく倒れた。


神代さんは止まらない。


立ち上がる前に、首元へ刃を入れる。


数秒後。


魔物は動かなくなった。


神代さんが息を吐く。


「終わりました」


学生たちから安堵の声が漏れた。


「すご……」


「マジでS級だ……」


今さら実感したらしい。


神代さんは剣を振って血を払う。


俺は光を見る。


「このままです」


「行けます?」


「はい」


神代さんが頷く。


「じゃあ、進みましょう」


隊列が再び動き出す。


その時だった。


倒れているアーマーボアの横を通り過ぎようとしたところで、神代さんが急に足を止めた。


「待って」


「どうしました?」


神代さんが暗闇を見る。


「音がします」


俺も耳を澄ます。


最初は分からなかった。


でも。


聞こえてきた。


一つ。


二つ。


地面を擦る音。


さっきより多い。


「何体?」


田辺さんが聞く。


「最低でも三」


神代さんの声が少し低くなる。


「たぶん、もっといます」


学生たちの空気が一気に変わった。


水野君の呼吸がまた乱れ始める。


「戻りましょう!」


学生の一人が言う。


田辺さんがすぐ止める。


「勝手に動くな!」


「でも魔物が――」


「来た道へ戻るほうが危険だ!」


「じゃあどうするんですか!」


ざわつきが広がる。


俺は足元を見る。


光。


変わっていない。


前へ伸びている。


魔物がいる方向へ。


「久世さん」


神代さんが俺を見る。


「道は?」


「このままです」


「前?」


「はい」


田辺さんが険しい顔になる。


「本当に?」


「光は変わってません」


「でも、この先に群れがいる」


「みたいですね」


学生の一人が声を上げる。


「安全な道じゃないんですか!?」


さっきも同じことを聞かれた。


俺は光を見る。


これまで何となく使ってきた。


怪我人がいれば歩きやすい道へ変わる。


崩落があれば別の道へ変わる。


だから勝手に、


《帰り道》は危険を避けている。


そう思っていた。


でも違うのかもしれない。


魔物はいる。


しかも群れ。


それでも光は前へ進んでいる。


「たぶん」


俺は言った。


「《帰り道》が選んでるのは、一番安全な道じゃない」


神代さんがこちらを見る。


「じゃあ何を?」


すぐには答えられなかった。


確かなことは分からない。


でも、今までのことを考えれば。


「全員が帰れる道」


そう言うと、周囲が静かになった。


俺は続ける。


「危険がなくなるわけじゃない。でも、今ここにいる全員が帰れる可能性がある道を選んでるんだと思います」


田辺さんが暗闇を見る。


「つまり、あの群れを抜けろと」


「たぶん」


「また、たぶんか」


こんな状況なのに田辺さんが少し笑った。


神代さんも剣を構え直す。


「だったら、やることは一つですね」


「神代さん」


「はい」


「無理して全部倒さなくていいです」


「分かっています」


「通れればいい」


神代さんは頷く。


昨日の訓練もしていないのに、もう救難側の考え方を理解し始めている。


「道を作ればいいんですよね」


「お願いします」


「任せてください」


暗闇の中に赤い目が見えた。


一つ。


二つ。


三つ。


さらに奥にも。


学生たちが息を呑む。


俺は後ろを向く。


「田辺さん」


「はい」


「人数、お願いします」


「了解」


俺も数える。


一。


二。


三。


十二。


全員いる。


水野君は壁際で震えている。


俺は彼の前へ行く。


「水野君」


「……はい」


「俺の後ろにいて」


「でも」


「走らなくていい。置いていかないから」


水野君が俺を見る。


「本当に?」


「全員で帰るって言っただろ」


少しして頷いた。


俺は前へ向く。


神代さんが一番前。


その後ろに俺。


学生たち。


救難スタッフ。


誰も欠けていない。


「行きましょう」


神代さんが地面を蹴った。


同時に、暗闇からアーマーボアの群れが飛び出してくる。



そこからは、ほとんど走るように進んだ。


「右!」


俺が叫ぶ。


神代さんが先頭で右の通路へ入る。


一体目のアーマーボアが横から飛び出す。


神代さんが剣の腹で頭部を逸らす。


倒さない。


進路だけ変える。


「そのまま!」


田辺さんの声。


学生たちが走る。


負傷者は佐伯さんと引率者が支えている。


水野君も俺のすぐ後ろを必死についてきている。


「大丈夫!」


俺が声をかける。


返事はない。


でも足は動いている。


二体目。


神代さんが正面から来る。


今度は剣を床へ突き立て、身体を横へ飛ばす。


アーマーボアが壁へ激突。


その隙に通過。


「行って!」


神代さんが叫ぶ。


俺たちが抜ける。


神代さんもすぐ追いつく。


「左!」


光が曲がる。


全員で左。


背後から咆哮。


足音。


追ってきている。


「久世さん!」


神代さんが呼ぶ。


「このままです!」


「了解!」


前方にまた一体。


神代さんが剣を抜く。


今度は避けられない。


通路が狭すぎる。


一撃。


二撃。


外皮を避けて脚を斬る。


倒れた魔物の横を通る。


「全員通って!」


田辺さんが叫ぶ。


学生たちが次々抜ける。


俺は数える。


七。


八。


九。


十。


十一。


「十二!」


最後尾の佐伯さんが通過。


「全員います!」


神代さんが最後に魔物を蹴り飛ばし、こちらへ走る。


「久世さん、次は?」


「真っ直ぐ!」


「了解!」


光はまだ続いている。


あとどれくらいか分からない。


でも確かに前へ。


その時。


地面が揺れた。


大きい。


誰かが悲鳴を上げる。


「止まらないで!」


田辺さんが叫ぶ。


天井から細かい石が落ちてくる。


嫌な音。


後ろ。


俺たちが通ってきた方向から、轟音が響いた。


振り返る。


通路の一部が崩れた。


大量の土煙。


完全に塞がっていく。


「戻れない……」


学生の誰かが呟く。


でも。


俺は足元を見る。


光は消えていない。


前へ続いている。


だから言うことは一つだった。


「大丈夫」


俺は全員へ聞こえるように声を出した。


「戻る必要はありません」


神代さんが俺を見る。


俺は光の先を指した。


「帰り道は、まだ前にあります」

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