第11話 十二人を迎えに
救難車両が第九層の連絡口に着いた時、現場は思っていた以上に慌ただしかった。
通路の一部には規制線が張られ、救難スタッフが何人も行き来している。壁際には担架や救急用の資材が並び、その奥では現地班らしい数人が地図を囲んで話し込んでいた。
俺が車両を降りると、神代さんもすぐ後ろに続いた。
「思ったより人が多いですね」
「十二人ですからね」
それに、一般救難班が一度撤退している。
大きな崩落が続いている以上、単純な迷子捜索とは違う。
「久世さん」
呼ばれて振り向くと、第二救難班の班長がこちらへ歩いてきた。
四十代くらいの男性で、名前は確か田辺さんだったはずだ。
「状況、聞いてますか」
「大まかには」
「じゃあ、こっちで」
俺たちは地図の前へ移動した。
第九層西区画。
赤い印がいくつも付いている。
「ここが最初の崩落地点です」
田辺さんが一つ目の印を指す。
「探索サークルの一行は、この通路を抜けて戻る予定だった。ところが崩落で塞がれた」
「別ルートは?」
神代さんが尋ねる。
「二本あります。こっちは二次崩落の危険が高い。もう一本は、途中に大型魔物の生息域がある」
なるほど。
「現地班はどこまで?」
俺が聞く。
田辺さんが少し先を指す。
「ここ。遭難者まであと二百メートルほどの位置までは接近した。ただ、その直後に追加崩落が起きて撤退した」
「二百メートル」
距離だけなら近い。
問題は、その二百メートルが普通に通れないことだ。
「遭難者との通信は?」
「まだつながってます。全員生存。左腕を負傷した学生が一人。あと、かなり取り乱してる学生が一人いるそうです」
「歩けます?」
「負傷者は歩行可能。パニック状態のほうは、今は引率者が落ち着かせてる」
田辺さんは一度言葉を切った。
「ただ、次に大きく崩れたら通信も切れる可能性がある」
俺は地図を見る。
「行きましょう」
神代さんもすぐ頷いた。
田辺さんは少しだけ俺の顔を見た。
「久世さん。今回は人数が多い」
「分かってます」
「十二人全員が通れる道が出る保証は?」
痛いところを突かれた。
「分かりません」
正直に答える。
「でも、会わないと確認もできないので」
田辺さんは数秒黙ったあと、頷いた。
「了解。先行は久世さん、神代さん、それと俺たちから二人」
人数を増やしすぎても動きにくい。
妥当だと思う。
「後続班はここで待機。ルートが確定したら合流する」
「分かりました」
準備はすぐに整った。
俺、神代さん、田辺さん、それから若い救難スタッフが一人。
四人で規制線の先へ進む。
西区画へ入ってすぐ、崩落の跡が目立ち始めた。
壁の一部が崩れ、床にも細かい瓦礫が散乱している。
ところどころ天井から石が落ちる音がした。
「嫌な音ですね」
神代さんが言う。
「ですね」
俺も上を見る。
こういう時は、魔物より天井のほうが怖い。
「久世さん、帰り道は?」
「まだです」
「遭難者と合流してから?」
「はい」
《帰り道》は、迎えに行くための能力じゃない。
一緒に帰す相手を認識して、初めて道が出る。
だから今は、普通に探すしかない。
田辺さんが前方を確認する。
「この先、狭くなります」
「了解です」
通路は徐々に細くなり、途中から一列でしか進めなくなった。
その先に、最初の崩落地点が見える。
巨大な岩が通路の半分を塞いでいた。
完全には塞がっていない。
人一人なら通れる隙間がある。
「現地班はここを抜けた?」
俺が聞く。
田辺さんが頷く。
「ここまでは問題なかった」
神代さんが先に隙間を覗く。
「向こう側、動きはありません」
「行きましょう」
順番に抜ける。
向こう側へ出ると、空気が少し冷たかった。
通路の照明も一部消えている。
「久世さん」
神代さんが前を見たまま言う。
「はい?」
「こういう場所でも、昨日みたいに普通に進めるんですね」
「普通にって」
「もっと緊張するかと思ってました」
「してますよ」
「見えません」
「顔に出ないだけです」
本当は、さっきからずっと天井の音が気になっている。
崩落は怖い。
魔物と違って、戦ってどうにかできるものじゃない。
「神代さんのほうが落ち着いてますよ」
「私は戦闘なら慣れてますから」
「崩落は?」
「嫌いです」
「一緒ですね」
少しだけ空気が和らぐ。
その直後、前方から声が聞こえた。
「誰か!」
田辺さんがすぐ反応する。
「救難です!」
声が返ってきた。
「こっちです!」
俺たちは速度を上げた。
角を曲がる。
少し広い空間。
そこに人が固まっていた。
十二人。
全員いる。
俺はまず人数を数えた。
一、二、三。
十、十一、十二。
間違いない。
「救難です」
俺が声をかける。
学生たちの顔が一気に緩む。
その中から、三十代くらいの男性が立ち上がった。
「助かりました……」
たぶん引率者だ。
もう一人、年上の女性が学生のそばにいる。
「怪我人は?」
田辺さんがすぐに動く。
「こっちです」
学生の一人が左腕を押さえていた。
簡易固定はしてある。
顔色は悪くない。
歩けそうだ。
「痛みは?」
「あります。でも歩けます」
「無理するなよ」
田辺さんの後ろにいた救難スタッフが状態を確認する。
その少し離れたところに、膝を抱えて座っている男子学生がいた。
二十歳くらい。
呼吸が浅い。
周囲の声にも反応が薄い。
「彼が?」
神代さんが小さく聞く。
引率者が頷く。
「崩落が起きてから、ずっとあの状態で」
「動けますか?」
「今は何とか。さっき一度、立てなくなりました」
そこも問題になりそうだ。
俺は全員を見回した。
十二人。
全員、一緒に帰す。
そう意識する。
足元へ視線を落とす。
光が出た。
淡い一本の線。
よかった。
少なくとも道はある。
神代さんがこちらを見る。
「出ました?」
「はい」
「どっちですか」
俺は光を追う。
最初は、来た道とは別方向だった。
左。
細い通路。
そこまではいい。
でも。
先を見て、少し止まる。
田辺さんが気づく。
「どうしました」
「この先、どこにつながってます?」
俺が指す。
田辺さんが地図を確認した。
そして、少し表情を変える。
「搬送坑道です」
「何か問題が?」
神代さんが聞く。
田辺さんは地図を広げたまま答える。
「今はほとんど使われてない。道自体は安定してるけど――」
そこで言葉を切る。
「何です?」
「大型魔物の生息域と重なってる」
学生たちの空気が一気に硬くなった。
「魔物……?」
「大型って、どれくらいですか」
ざわめきが広がる。
引率者がすぐ学生たちを落ち着かせる。
「静かに。救難の指示を聞いて」
俺は光を見る。
間違いない。
《帰り道》は、そこを示している。
「久世さん」
神代さんの声。
「はい」
「本当に、そっちですか?」
聞き方は慎重だ。
でも疑っているわけではない。
俺ももう一度確認する。
光は消えない。
迷いなく搬送坑道へ伸びている。
「はい」
俺は答えた。
「こっちです」
田辺さんが眉を寄せる。
「危険域ですよ」
「分かってます」
「《帰り道》って、安全な道を出すんじゃないんですか?」
学生の一人が不安そうに聞いた。
俺は少し考えた。
言われてみれば、今までちゃんと説明したことがなかった。
神代さんもこちらを見ている。
「安全な道、というより」
足元の光を見る。
「帰れる道です」
学生が戸惑う。
「同じじゃないんですか?」
「たぶん違います」
自分でも、今はっきりした。
危険がゼロの道なら、魔物の生息域なんて選ばない。
でも《帰り道》は、ここを選んだ。
なら。
「危険があっても、全員で帰れるなら、こっちを選ぶことがあるんだと思います」
神代さんが静かに剣へ手をかけた。
「じゃあ」
「はい」
俺は彼女を見る。
「お願いしていいですか」
神代さんは剣を抜いた。
その表情は落ち着いていた。
「そのために来ました」
学生たちの間に、また小さなざわめきが起きる。
俺は一人ずつ顔を見る。
十二人。
負傷者一人。
動揺している学生一人。
救難スタッフ。
神代さん。
俺。
「大丈夫です」
できるだけ普通の声で言う。
「急がなくていいです。全員で帰ります」
誰かが小さく頷いた。
それを見て、俺は搬送坑道へ向き直る。
光はその先へ続いていた。
危険がないわけじゃない。
でも、帰れないわけでもない。
なら進む。
それが今の俺たちにできることだった。




