第149話 名簿の外にいる人
管理棟の外で警報が鳴り続ける中、相馬さんは地下へ向かおうとしていた救難隊員を止めた。
「まだ入るな。向こうの施設がどういう構造なのかも、誰が残っているのかも分かっていない。救助の準備は進めるが、進入の判断は情報を揃えてからだ」
通信機の向こうから了解の返事が届く。俺は机に広げられた二枚の図面を見下ろした。古い排水路を示す線は、現在の管理区域の外まで延びている。その先にあるのは南側の共同搬入棟という施設らしい。複数の建物が荷物の搬入に使う地下区画を持ち、管理者もこちらとは別だという。
先ほど救助した足首を痛めた作業員は救護担当に引き継がれ、現在の排水設備に取り残されていた職員も無事に地上へ戻った。二つの現場で人を助けられたことは確かだ。それなのに、俺たちはまだ帰る支度を始められないでいた。
「管理区域が違うと、図面も別々なんですね」
俺が尋ねると、瀬川さんが頷いた。
「はい。建物の所有者も、設備の保守を担当する会社も違います。通常なら互いの地下通路を使うことはありませんから」
「でも、水はそんなこと関係なく流れていく」
「そうなんです。だから今は、それぞれの管理室に情報を集めてもらっています」
瀬川さんの端末には、南側の施設から届いた平面図が表示されていた。搬入用の車路、荷捌き場、設備室、非常階段。俺が今まで見てきた地下の図面とは違い、人や車が日常的に出入りする場所が多い。
フェナが画面の端を指した。
「ナオトさん、ここに『共同利用』と書いてあります。地下を使うのは一つの建物だけじゃないんですね」
「本当だ。建物ごとに出入りの記録が違うのかな」
相馬さんが会話を聞いて、瀬川さんへ目を向けた。
「搬入棟の管理室だけじゃ足りないな。利用する側の施設にも連絡が必要だ。今日、地下へ入った人間の記録が別々になっている可能性がある」
「すぐ確認します」
瀬川さんは通信を切り替えた。俺はフェナと顔を見合わせる。地下へ入っていた作業員の人数さえ分かれば、すぐに救難を始められると思っていた。けれど、この場所では『作業員』だけを数えても足りないらしい。
数分後、南側の管理室から第一報が届いた。
『本日、地下区画で作業予定だった職員は八人です。施設の管理担当が四人、設備点検が二人、警備が二人。八人とも地上で確認できています』
俺は胸を撫で下ろしかけたが、相馬さんはすぐには返事をしなかった。
「搬入業者や、ほかの建物の利用者は?」
『そちらは現在確認しています。共同搬入棟では、入館記録を施設ごとに管理しておりまして……』
「分かった。確認が取れるまで全員退避とは扱わないでくれ。警報が出てから地下へ戻った人間がいないかも見てほしい」
『了解しました』
通信が終わると、相馬さんは地図に赤い印をつけた。
「久世、さっきの八人は無事だ。そこはいい知らせだ。ただ、地下を利用できる人間が八人だけとは限らない」
「はい。別の施設から来る人もいるんですよね」
「そうだ。名簿に名前がないことと、現場に人がいないことは同じじゃない」
俺はその言葉を聞きながら、先ほどの救助を思い出した。暗い排水路で待っていた人たちの姿が、まだ頭に残っている。誰かを助けたあとに人数を確認する大切さは分かったつもりでいたが、そもそも誰を数えるべきなのかが分からない現場もあるのだ。
相馬さんは救難班の責任者へ、入口を封鎖して出入りを記録するよう指示した。警報が鳴ったからといって、施設の人間が全員同じ出口へ集まるとは限らない。荷物を取りに戻ろうとする人もいるだろうし、事情を知らずに入ってくる車もあるかもしれない。
「フェナ、入口の案内を手伝ってくれるか。利用者の中に日本語の説明が難しい人がいたら、管理室と連携してほしい」
瀬川さんが頼むと、フェナはすぐに頷いた。
「分かりました。施設の方と一緒に、必要な案内を用意します」
フェナは自分の端末を持ち、管理室との通話に加わった。俺も何かしたかったが、今の俺が地下へ入っても役に立つとは限らない。相馬さんに言われて、救護担当による簡単な体調確認を受け、水分を補給した。
「久世さん、かなり動いていますね。めまいや吐き気はありませんか?」
救護担当の人に聞かれ、俺は首を横に振った。
「ありません。足が少し重いくらいです」
「それなら座って休んでください。次に動く時、足元が悪い場所かもしれませんから」
言われるまま椅子に座ると、急に疲れが出てきた。いつから緊張していたのか、もうよく分からない。助けを待つ人がいると聞くたびに、体が先に動こうとする。その癖を相馬さんに何度も止められてきた。
俺の《帰り道》は、帰る方向を示してくれるだけだ。危険な場所を見抜けるわけでも、離れた誰かの居場所が分かるわけでもない。相手と合流して初めて役立つことが多いのだから、今はほかの人たちの仕事を待つしかない。
その時、管理室から新しい連絡が入った。
『相馬さん、監視カメラの記録を確認しています。地下の搬入口へ入った車は、警報が出る前の一時間で三台です』
「出た車は?」
『二台です。残る一台は、まだ地下にあります』
俺は椅子から身を起こした。
「車が残っているんですか?」
相馬さんは俺に頷き、通信機へ尋ねた。
「運転手は確認できているか?」
『車の登録先へ連絡しています。管理室の記録では、地域交流室への搬入車両となっています』
「その交流室の担当者にも連絡を。搬入した人数と、帰った人数を別々に確認してくれ」
『了解しました』
車が残っていても、乗ってきた人が徒歩で退避している可能性はある。相馬さんはそう説明してくれたが、俺の胸は落ち着かなかった。地下に残った車を、誰も気にしていなかったということになるからだ。
南側の管理室から送られてきた映像を、瀬川さんが端末に映した。少し粗い画面の中に、地下へ下りる搬入車路が見える。車は白い小型のワゴンで、荷捌き場の端に停まっていた。
「ここで止めてください」
フェナが画面を覗き込み、瀬川さんへ声をかけた。
「この車、横の扉が開いています」
確かに、車体の側面にある大きな扉が開き、そこから細長い板のようなものが地面へ伸びていた。
「荷物を下ろすための道具でしょうか」
俺が尋ねると、相馬さんは首を傾げた。
「車椅子用の昇降装置かもしれないな。映像を少し前へ戻せるか?」
瀬川さんが再生位置を動かす。画面には、ワゴンの後ろから降りてくる男性と、車椅子に乗った女性の姿が映った。男性は荷物を一つ抱え、女性と一緒に荷捌き場の奥へ進んでいく。
俺は思わず息を止めた。
「二人います」
「ああ。まず、この二人が退避しているか確認しよう」
相馬さんは落ち着いた声で言った。画面の中の二人は、警報が鳴る前の何も知らない顔で歩いている。数時間後、俺たちがその姿を必死に探しているなんて、想像もしなかっただろう。
地域交流室からの返答を待つ間、設備担当から水位の報告が届いた。南側の搬入棟では、地下の低い部分にある集水槽が急速に満ちている。排水ポンプは作動しているものの、流れ込む水の量に追いついていないらしい。
「ポンプを増やせばいいんでしょうか」
俺が呟くと、近くにいた設備担当の職人さんが首を横に振った。
「増やせるかどうかも、排水先が受けられるかどうかも確認が必要だ。今の水は、古い排水路を通って別の設備へ流れ込んでいる可能性がある。下手に動かせば、さらに先の施設へ押し出すことになるかもしれない」
「……そんなこともあるんですね」
「水は、管理区域の線を見てくれないからな」
職人さんは図面を指した。古い線と新しい線が重なる場所は何か所もある。俺にはただの細い線に見えるが、その向こうでは今も水が流れ、設備を押しているのかもしれない。
相馬さんは施設側へ、地下の設備操作を独断で行わないよう伝えた。電気設備の安全確認も依頼し、地下へ入る救難班は管理棟側の連絡を待つことになった。
やがて、地域交流室から返事が来た。
『本日の搬入は、午後の講座で使う備品です。講師の方と、付き添いの方が一緒に来る予定でした。ただ、受付ではまだ確認できていません』
「搬入口から直接会場へ行く経路は?」
相馬さんが尋ねる。
『地下の荷捌き場から、専用の昇降機で一階へ上がれます。ただ、停電の影響で昇降機は停止しています』
「二人と連絡は取れるか?」
『講師の携帯電話へかけていますが、つながりません。付き添いの方の連絡先は、主催者へ確認中です』
俺は画面に映る車椅子の女性を見た。昇降機が止まったのなら、別の出口を探したかもしれない。でも、地下の非常階段が使えたとしても、車椅子で上がるのは難しい。
相馬さんは管理室へ新しい指示を出した。
「昇降機の前と、そこから行ける上段の踊り場を確認してほしい。危険な場所へ入る必要はない。監視カメラと建物内の連絡設備で、二人の所在を探してくれ」
『了解しました』
俺は相馬さんを見た。
「救難班は、まだ入らないんですか?」
「水がどこまで来ているか確認できていない。今は入口から見える範囲だけ調べている。中へ入れる条件が整えば、すぐに動く」
その言い方に、俺は何も返せなかった。急ぐべきなのは分かっている。でも、急ぐために確認を省いていいわけじゃない。
しばらくして、搬入棟の管理室から別の映像が届いた。地下の荷捌き場の奥にある通路が映っている。照明が一部消え、床には薄く水が広がっていた。
画面の隅に、二人の姿が見えた。
男性が車椅子を押し、女性と一緒に昇降機の前で立ち止まっている。男性は操作盤を何度か押したあと、周囲を見回した。やがて二人は昇降機を離れ、通路の奥へ進んでいった。
「どこへ向かったんでしょう」
フェナが尋ねた。
管理室の担当者が映像の向きを確認する。
『上段の作業用踊り場へ続くスロープがあります。そちらへ向かったようです』
「スロープがあるんですか?」
『はい。ただし、その先は普段、施設の管理者しか使わない通路です。防火扉があり、一般の利用者は通れません』
相馬さんは図面の該当箇所を指した。
「この通路か。二人は水の少ない高い場所へ移動しようとしたのかもしれない」
「そうだといいんですが……」
「今は決めつけるな。映像が続いているか確認してくれ」
管理室の担当者がカメラを切り替えた。しかし、上段の踊り場を映すはずの画面は黒くなっていた。停電で、その場所のカメラが使えなくなっているらしい。
俺は拳を握った。あと少しで二人の行き先が分かりそうなのに、肝心な場所が映らない。
その時、瀬川さんの端末に短い連絡が届いた。
「付き添いの方の携帯番号が分かりました。今、かけています」
管理棟の中が静かになる。警報はまだ外で鳴っていたが、俺には呼び出し音の方が大きく聞こえる気がした。
一回、二回、三回。瀬川さんが首を横に振りかけた時、通話がつながった。
『……もしもし』
男の人の声だった。雑音が混じっているが、言葉は聞き取れる。
「こちら救難本部です。地域交流室への搬入で、地下に入られた方でしょうか」
『そうです! 今、建物の中にいるんですけど、扉が開かなくて……!』
俺は思わず立ち上がった。瀬川さんは相手を落ち着かせるように、ゆっくり話した。
「お名前の確認はあとで大丈夫です。今、何人でいらっしゃいますか?」
『二人です。車椅子の方と一緒です』
「お二人とも意識はありますか。怪我をした方は?」
『怪我はありません。ただ、下の通路に水が入ってきていて、もう戻れそうにありません』
相馬さんが瀬川さんへ手を伸ばし、通話を引き継いだ。
「救難班の相馬です。今いる場所は、上段の踊り場ですか?」
『たぶんそうです。スロープを上がって、鉄の扉の前にいます。向こう側に明かりが見えるんですけど、開かないんです』
「分かりました。無理に扉をこじ開けたり、水のある方へ戻ったりしないでください。こちらから別の入口を確認します」
『でも、水がどんどん……』
男の人の声が揺れた。相馬さんは図面を見ながら尋ねた。
「今いる床まで、水は来ていますか?」
『いいえ。下のスロープには見えますけど、ここはまだ濡れていません』
「では、そこにいてください。高い場所を保つ方が安全です。もし床の状態が変わったら、すぐ教えてください」
『分かりました。お願いします』
通話が切れると、俺はようやく息を吐いた。二人とも生きていて、怪我もない。少なくとも今は、乾いた場所で救助を待てている。ただ、その場所へ行くには、閉まった防火扉を開ける必要があるらしい。
「相馬さん、扉の反対側から行けないんでしょうか」
「その可能性を調べる。今いる二人を水のある方へ戻すわけにはいかないからな」
相馬さんは管理室へ連絡し、上段の踊り場の扉がどこにつながっているのか確認させた。返ってきたのは、少し厄介な答えだった。
『その扉の向こうは、共同搬入棟ではなく、隣接する交流施設の管理廊下です。扉の管理権限が別になっています』
「つまり、向こう側から開けるには交流施設の担当者が必要なんですね」
瀬川さんが確認する。
『はい。非常時の開放手順も、そちらの管理室が持っています』
俺は図面を見た。一本の通路が、建物の境界を越えたところで管理者を変えている。水にとっては関係のない境界が、人間にとっては通れない扉になっていた。
「管理者が違うから、すぐには開けられないんですか?」
俺が聞くと、相馬さんは首を振った。
「手順を知っている人間を呼べばいい。むしろ、勝手に開けて設備を傷めたり、別の場所へ水を流したりする方が危険だ。今は連絡が取れる。使えるものは全部使おう」
瀬川さんが交流施設の管理室へ連絡する。フェナは二人の携帯へ、救難本部からの番号を知らせる短い案内を送った。相手の端末が不安定なため、通話が切れても必要な連絡が届くようにするためだ。
俺は、二人の姿が最後に映った画面を見つめた。車椅子の女性は、途中で一度、付き添いの男性へ何かを話していた。音声はないから内容は分からない。でも、男性が慌てている間も、彼女は周囲を確かめ、上の方を指していた。
あの二人は、自分たちで水の少ない場所を選んだのだ。ただ助けを待っているだけじゃない。帰るために、できることをしている。
俺はそのことを、忘れないようにしたかった。
ほどなくして、交流施設の管理室から返答があった。
『上段の踊り場へ通じる管理廊下を確認しました。入口は一階の設備室です。現在、担当者が鍵と開放手順書を持って向かっています』
相馬さんがすぐに応じる。
「救難班を同行させる。通路の床と扉の状態を確認し、開放しても問題がないと判断できたら二人へ接近する。ただし、扉の向こうの水位が上がっているなら、開ける前に必ず報告してくれ」
『了解しました』
俺は相馬さんへ向き直った。
「俺も行けますか?」
「入口までなら一緒に来い。だが、救助の方法が決まるまでは待機だ。疲れているのを忘れるなよ」
「はい」
俺は装備を確かめた。フェナも同行を申し出たが、相馬さんは管理室で二人との連絡を続けてもらうよう頼んだ。彼女は少し残念そうな顔をしたものの、すぐに頷いた。
「ナオトさん、二人に伝えてください。私たちも、ちゃんとここで待っていますから」
「うん。伝えるよ」
俺たちは南側の交流施設へ向かった。地上の通路には警戒用の柵が置かれ、地下へ続く搬入車路には救難隊員が立っていた。遠くからはポンプの低い作動音が聞こえる。施設の利用者たちはすでに上の階へ案内され、地下へ近づく人はいなかった。
設備室の前には、管理担当の人が鍵束を持って待っていた。
「こちらです。普段は点検の時しか使いません。奥の扉は、こちら側から操作できる構造になっています」
相馬さんは救難隊員と設備担当へ確認を任せ、俺には入口の外で待つよう指示した。管理廊下の中へ入った隊員たちから、間もなく連絡が入る。
『通路内に浸水はありません。照明は一部使えませんが、携帯照明で進めます』
「扉の手前まで確認してくれ。向こう側の二人にも、こちらから声をかける」
『了解しました』
俺は壁際で通信を聞いていた。遠くにいる二人へ声が届けば、少しは安心してもらえるだろう。扉を開けるにはまだ確認が必要でも、誰かが反対側まで来たと分かるだけで違うはずだ。
やがて、通信機から救難隊員の声が聞こえた。
『扉の位置を確認しました。向こう側へ呼びかけます』
少し間が空き、続いて別の声が混じった。
『聞こえます! ここにいます!』
付き添いの男性だった。さっきの電話よりも、ずっとはっきり聞こえる。俺は思わず笑った。二人と救難班が、ようやく扉一枚を隔てたところまで来た。
しかし、次の報告でその笑みは消えた。
『相馬さん、扉の下から水がにじみ始めています。向こう側の床に水が達したようです』
相馬さんはすぐに答えた。
「扉はまだ開けるな。こちら側の床と排水先を確認してくれ。二人には扉から少し離れて待つよう伝えるんだ」
『了解しました』
俺は唇を噛んだ。すぐそこにいるのに、扉を開けられない。
相馬さんは管理担当の人へ尋ねた。
「この扉は、非常時にどう開放する手順ですか?」
「防火区画の扉です。通常は人が通れるようになっていますが、今は警報に連動した保持装置が働いているようです。手動で開ける手順はあります。ただ、扉の向こうの水がこちらへ流れるなら、管理廊下まで危険になります」
「分かった。救難班と設備担当で判断しよう。水の流れが分かるまで開けない」
その時、俺の通信機に瀬川さんから連絡が入った。
『久世さん、二人から追加の話がありました。車椅子の方が、扉の前から少し高い場所へ移動したいと言っています。付き添いの方は、どちらへ行けばいいか分からないそうです』
俺は図面を見た。上段の踊り場の奥には、さらに短い通路が描かれている。ただ、その先が今も使えるのかは分からない。
「俺の能力では、離れた二人に安全な場所を教えることはできません。図面だけで動かすのは危険です」
『はい。相馬さんにも伝えています』
相馬さんが通信機を受け取った。
「二人には、今いる場所で床が高い方を確認してもらう。ただし、扉の位置から大きく離れないように。見えていない通路へ入るのは避けてもらおう」
瀬川さんが返事をしたあと、相馬さんは俺を見た。
「久世、正直に言ってくれて助かった。分からないものは分からないでいい。現地にいる人間の目と、図面と、設備担当の判断を合わせる」
俺は頷いた。今できることが少ないからといって、できないことまで引き受けるわけにはいかない。
しばらくして、扉の両側から床の高さと水位を確認した隊員が戻ってきた。こちら側は乾いているが、向こう側では水がゆっくり広がっている。開放した瞬間に大量の水が押し寄せるほどの水位差は確認されていないものの、扉を開けたあとの流れは設備担当が監視する必要があるという。
相馬さんは説明を聞き、救難班の責任者へ確認した。
「二人をこちらへ通せるか?」
「扉の前に隊員を配置し、開放後の流れを確認しながら誘導する方法なら検討できます。ただ、車椅子のまま通れる幅かどうか、扉を開けて確認する必要があります」
「搬送用の器材も準備しておいてくれ。通れないと分かってから探し始めるのでは遅い」
「了解しました」
救難班が動き始める。俺は扉の向こうにいる二人を思った。電話で聞いた男性の声は、何度も震えていた。車椅子の女性はまだ直接話していないが、きっと彼女にも、早く帰りたい場所があるはずだ。
相馬さんが俺へ声をかけた。
「久世、扉が開いたら、救助対象と合流できる場所まで来てもらう。そのあとの帰路確認を頼みたい」
「分かりました」
「ただし、扉の開放や搬送は救難班に任せろ。お前が手を出すところじゃない」
「はい。俺は俺の仕事をします」
俺が答えると、相馬さんは頷いた。
その直後、管理廊下の奥から声が上がった。
「相馬さん、二人に声が届いています。扉の開放準備が整いました!」
相馬さんは通信機を取り、現地班へ短く指示した。
「開放後は水の流れを確認しろ。少しでも危険なら中断だ。二人には動かず待ってもらう。こちらから迎えに行く」
俺は奥の暗い通路を見つめた。地下にいた職員八人は、もう地上へ戻っている。それでも、名簿の外にいた二人が残っていた。誰かがその存在に気づかなければ、施設の報告は『全員退避』で終わっていたかもしれない。
俺たちが確認しなければならない人数は、書類に載っている人数だけじゃない。
奥で金属の重い音がした。扉が、ゆっくりと動き始めていた。




