↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
148/199

第148話 最後の一人を数えるまで

 管理棟の外で鳴り始めた警報は、なかなか止まらなかった。


 俺は机の上に広げられた図面を見つめたまま、瀬川さんと管理室の担当者が交わす通信に耳を傾けていた。


 つい先ほど、古い排水路で動けなくなっていた作業員を救助したばかりだ。足首を痛めていたものの、意識ははっきりしていて、今は救護担当の人たちが付き添っている。


 これで一段落すると思っていた。


 ところが、古い排水路の水位が下がり始めた直後、今度は現在使われている排水設備で水位上昇の警報が出た。


 しかも、二つの設備をつなぐ通路が、管理図面に載っていない場所に残っている可能性があるという。


「瀬川、現在の排水設備にいる作業員の人数を確認してくれ」


 相馬さんが指示を出した。


「はい。管理室に確認します」


「設備の状況も大事だが、まずは人だ。誰がどこにいて、何人が退避できているのか。それを先に把握したい」


 瀬川さんが通信機を操作する。


 俺は図面から顔を上げた。


「相馬さん、現在の設備にも人が入っているんですか?」


「ああ。管理室からの報告では、点検作業中の職員がいるらしい。ただ、全員が退避できたかどうかは、まだ確認が取れていない」


「……そうですか」


 俺は思わず入口の方を見た。


 さっきまで俺たちがいた古い排水路とは違い、現在の管理設備は日常的に使われている場所だ。


 照明もあるし、通路も整備されている。


 それでも、水が流れ込めば安全とは限らない。


 むしろ、普段から使っている場所だからこそ、そこにいる人たちは突然の異常に戸惑っているかもしれなかった。


「ナオトさん」


 フェナが俺の隣へ来た。


「また救助が必要になるんでしょうか?」


「まだ分からない。でも、誰かが残っているなら確認しないと」


「そうですね……」


 フェナは不安そうに図面を見つめた。


 俺も同じ気持ちだった。


 ただ、今すぐ地下へ向かっても、誰がどこにいるのか分からない。


 《帰り道》は、離れた場所にいる人を探すための能力ではない。相手と合流できなければ、その人を連れて帰るための道筋も確認できない。


 まず必要なのは、正確な情報だった。


「相馬さん!」


 瀬川さんが顔を上げた。


「管理室から人数の報告が入りました」


「何人だ?」


「現在の排水設備には、作業開始時点で六人が入っていたそうです。そのうち五人は地上へ退避し、管理室で確認が取れています」


 俺は息をのんだ。


「じゃあ、あと一人……」


「はい。残る一人については、まだ退避の確認が取れていません」


 相馬さんの表情が険しくなった。


「最後に確認された場所は?」


「排水設備の奥にある点検区画です。水位の計測器を確認するため、ほかの職員とは別の場所で作業していたそうです」


「通信はつながるのか?」


「今、管理室が呼びかけています。ただ、返事はまだありません」


 相馬さんはすぐに通信機を取った。


「現在の排水設備へ入る予定だった作業は、すべて中止させてくれ。入口には人を配置して、許可なく地下へ入らないようにする。それと、退避した五人から、残っている一人の最後の位置を確認したい」


「分かりました」


「救難班にも準備を指示する。ただし、現地の状態が分かるまでは入らせるな」


 瀬川さんが頷き、連絡を始めた。


 俺は図面を見た。


 六人のうち五人は戻っている。


 でも、最後の一人が確認できていない。


 それだけで、救難はまだ終わっていないのだと思った。


 しばらくして、退避した職員から詳しい情報が届いた。


 最後に確認された作業員は、現在の排水設備の奥にある計測区画で作業していたらしい。


 その区画へ行くには、管理用の通路を進み、途中にある階段を下りる必要がある。


 普段なら、特に危険な場所ではない。


 ただ、今回の水位上昇によって、階段の下にある通路へ水が流れ込んでいる可能性があった。


「相馬さん、これを見てください」


 瀬川さんが現在の管理図面を指した。


「残っている作業員が最後に確認されたのは、この計測区画です」


 俺も覗き込んだ。


 管理棟から続く通路の奥に、小さな部屋のような場所が描かれている。


 その手前には階段があり、さらに奥には排水設備へ続く通路があった。


「この人は、警報が鳴った時に戻ろうとしたんですよね?」


 俺が尋ねると、瀬川さんは頷いた。


「ほかの職員が通信で退避を呼びかけたそうです。ただ、その時にはすでに水が増えていたらしくて」


「戻れなかったんでしょうか」


「その可能性はあります」


 相馬さんが図面へ指を置いた。


「ただし、今はまだ分からない。別の場所へ退避している可能性もあるし、通信機が使えなくなっているだけかもしれない」


 俺は頷いた。


 無事でいてほしい。


 できれば、どこか安全な場所で救助を待っていてほしい。


 でも、願っているだけでは状況は変わらない。


 俺は相馬さんへ尋ねた。


「俺にできることはありますか?」


「今は待機してくれ。まずは本人の位置を確認する」


「分かりました」


「それと、久世」


「はい」


「お前もさっきの救難でかなり動いている。無理はするなよ」


 俺は少し驚いた。


「……大丈夫です」


「そう言うと思ったよ」


 相馬さんは苦笑した。


「だが、救難に参加する人間の状態も大事だ。疲れて判断を間違えたら、助ける側が危険になる」


「……はい」


 俺は頷いた。


 確かに、さっきから体が少し重い。


 古い排水路を何度も歩き、足元の悪い場所で緊張し続けていたからだろう。


 自分ではまだ動けるつもりだったけれど、相馬さんの言うことも分かった。


 俺は椅子に座り、フェナが持ってきてくれた水を飲んだ。


 その時だった。


「相馬さん!」


 瀬川さんの声が響いた。


「管理室からです! 残っている作業員と通信がつながりました!」


 俺は思わず立ち上がった。


「本当ですか!」


「はい! 今、状況を確認しています!」


 相馬さんはすぐに通信機を取った。


「こちら相馬。本人の状態は?」


『管理室です。本人は意識があり、会話もできています。ただ、退避できない状態だと言っています』


「場所は?」


『計測区画の近くにある、少し高くなった作業用の床です。そこまで移動して、水が引くのを待っているそうです』


 俺は少しだけ安心した。


 少なくとも、本人は無事に受け答えができている。


 ただ、退避できないということは、帰る通路に問題があるのだろう。


「怪我は?」


『本人は怪我をしていないと言っています。ただ、階段の下まで水が来ていて、元の通路へ戻れないそうです』


 相馬さんは図面を見た。


「現在の水位は分かるか?」


『計測器では上昇が続いています。本人がいる場所はまだ水に浸かっていませんが、余裕があるとは言えません』


「分かった。本人には無理に移動しないよう伝えてくれ。それと、周囲の設備には触れないように。操作が必要なら、こちらから指示する」


『了解しました』


 通信が終わった。


 相馬さんはすぐに救難班へ連絡した。


「行方不明者の位置が確認できた。現在の排水設備、奥の計測区画付近だ。本人は高い場所へ退避しているが、戻る通路が水に浸かっている。これから救助方法を検討する」


 通信機から了解の返事が続いた。


 俺は図面を見つめた。


 作業員は見つかった。


 でも、そこへ向かう方法がまだ分からない。


 さっきの救難と似ている。


 ただ、今回は水が流れ込んでいる場所も、設備の構造も違う。


 同じ方法で助けられるとは限らなかった。


「相馬さん」


「どうした?」


「別の入口はないんでしょうか?」


 相馬さんは図面を見た。


「今、設備担当が確認している。現在の管理図面には、計測区画へ向かう通路が二つ描かれている」


「二つ?」


「ああ。一つは作業員が入ってきた階段。もう一つは、設備を点検するための通路だ」


 相馬さんは図面の別の場所を指した。


「ただし、こちらの通路は普段使われていないらしい。今も通れるかどうかは分からない」


 俺はその線を目で追った。


 管理施設の別の区画から、計測区画の上側へ続いている。


 もし通れれば、水が溜まっている階段を使わずに近づけるかもしれない。


「設備担当の方に確認してもらうんですね」


「ああ。ただ、今はもう一つ確認したいことがある」


「何ですか?」


「水がどこから入ってきているのか、だ」


 相馬さんは古い図面を重ねた。


「さっきまで水位が上がっていた古い排水路は、今は下がり始めている。一方で、こちらの設備は急に水位が上がった」


 俺は頷いた。


「つながっている可能性があるんですよね」


「そうだ。ただし、つながっているとしても、どの場所から水が流れ込んでいるのか分からない」


 相馬さんは図面を指でなぞった。


「もし、古い排水路から大量の水が流れ込んでいるなら、現在の設備を操作したことで別の場所へ水が流れる可能性もある」


「じゃあ、簡単には止められないんですね」


「ああ。設備担当の判断が必要だ」


 俺は図面を見た。


 水を止めれば解決する。


 そんな単純な話ではないらしい。


 ある場所の水を止めたことで、別の場所が危険になるかもしれない。


 だからこそ、現場全体を見ながら判断しなければならないのだろう。


 俺は改めて、救難の難しさを感じた。


 しばらくして、設備担当から連絡が入った。


 計測区画へ続くもう一つの通路は、現在も残っているらしい。


 ただ、入口が古い設備室の奥にあり、普段は使われていないという。


「入口の状態は確認できるのか?」


 相馬さんが尋ねた。


『はい。設備担当が現地へ向かっています。入口付近に水が来ていないか、先に確認します』


「分かった。救難班も同行させる。ただし、安全が確認できるまでは中へ入らない」


『了解しました』


 相馬さんは通信機を下ろした。


 俺は顔を上げた。


「俺も行った方がいいですか?」


「まだだ。まずは入口の確認を優先する」


「……はい」


「久世、お前の力が必要になるのは、救助対象と合流してからだ。今は無理に動かなくていい」


 俺は頷いた。


 その通りだった。


 俺がどれだけ急いでも、離れた場所にいる人の位置は分からない。


 帰る道が見えるからといって、そこへ向かう道まで分かるわけじゃない。


 今は、救難隊員たちと設備担当の人たちに任せるしかなかった。


 フェナが俺の隣へ座った。


「ナオトさん、また心配そうな顔をしています」


「……そうかな」


「はい」


 フェナは少し笑った。


「でも、さっきの方も無事に帰れました。今度の方も、きっと皆さんが助けてくれますよ」


「うん。そうだね」


 俺は頷いた。


 フェナは机の上の図面を見つめた。


「それに、ナオトさんが全部やらなくてもいいんですから」


 俺は顔を上げた。


「……そうだね」


「相馬さんも、瀬川さんも、救難隊員の皆さんもいます。私だって、できることはあります」


 フェナは少し胸を張った。


「だから、ナオトさんは自分の役割をちゃんとやってください」


 俺は思わず笑った。


「ありがとう、フェナ」


「どういたしまして」


 フェナも笑った。


 その時、通信機が鳴った。


『こちら現地班。別の点検通路の入口を確認しました』


 俺たちは顔を上げた。


 相馬さんがすぐに応答する。


「相馬だ。状況を教えてくれ」


『入口付近に浸水はありません。扉も開けられる状態です。ただ、内部の照明が使えないため、救難用の照明で確認しています』


「通路は残っているのか?」


『はい。古い図面とほぼ同じ位置に通路があります。ただし、途中に設備用の配管が通っていて、幅が狭くなっています』


「人は通れるか?」


『今のところ、通れる状態です。ただ、救助対象を搬送するには狭い場所があります』


 相馬さんは頷いた。


「分かった。まずは本人のいる場所まで安全に近づけるか確認してくれ。搬送方法は、そのあと考えよう」


『了解しました』


 通信が終わる。


 俺は少しだけ息を吐いた。


 別の通路が残っている。


 それなら、助けに行ける可能性がある。


 でも、通路が狭いということは、救助したあとが問題になるかもしれない。


 俺は図面を見た。


 計測区画へ続く細い通路。


 その先に、今も助けを待っている人がいる。


 早く迎えに行きたい。


 でも、無理に進んで救難隊員まで危険にさらすわけにはいかない。


 俺は拳を握り、通信を待った。


 しばらくして、現地班から再び連絡が入った。


『こちら現地班。通路の奥まで進みました。計測区画の近くまで来ています』


「相馬だ。本人の姿は確認できるか?」


『まだ直接は見えていません。ただ、声は聞こえています』


 俺は顔を上げた。


「声が届いたんですね!」


 相馬さんも頷いた。


「現地班、本人に呼びかけてくれ。怪我の有無と、今いる場所の状態をもう一度確認したい」


『了解しました』


 通信機の向こうで、救難隊員が声を張った。


『こちら救難班です! 聞こえますか!』


 少しの沈黙。


 それから、かすかな返事が聞こえた。


『……聞こえます!』


 俺は思わず笑った。


 よかった。


 ちゃんと声が届いている。


『今、そちらへ向かっています! 怪我はありませんか!』


『怪我はありません! でも、水が増えてきています!』


『分かりました! 無理に動かず、今いる場所で待っていてください!』


『お願いします!』


 通信機の向こうで、隊員たちが状況を確認している。


 俺はその声を聞きながら、図面を見つめた。


 あと少し。


 今度こそ、安全に助けられるといい。


 しかし、その時だった。


『……相馬さん!』


 現地班の声が変わった。


「どうした?」


『通路の先で、水が流れ込んでいる場所を確認しました!』


 俺は息をのんだ。


「どこだ?」


『計測区画の手前です! 現在の排水設備とは別の方向から、水が入ってきているように見えます!』


 相馬さんの表情が険しくなった。


「別の方向?」


『はい。古い壁の下に開口部があり、そこから水が流れ込んでいます!』


 俺は図面を見た。


 古い壁。


 その向こうには、何があるのだろう。


 相馬さんはすぐに古い図面を広げた。


「瀬川、現在の図面と重ねてくれ」


「はい!」


 瀬川さんが図面を合わせる。


 俺も覗き込んだ。


 現在の管理図面では、そこは壁になっている。


 でも、古い図面には細い線が描かれていた。


「……ここだ」


 相馬さんが指を止めた。


「古い排水路から続いている線と、位置が重なる」


 俺は息をのんだ。


「じゃあ、やっぱり……」


「可能性は高い。ただし、現地で確認しなければ断定できない」


 相馬さんは通信機を取った。


「現地班、聞こえるか。古い図面では、その壁の向こうに排水路がある可能性がある」


『了解しました』


「水が流れ込んでいる場所には近づくな。まずは安全な位置から確認してくれ」


『分かりました』


 俺は図面を見つめた。


 古い排水路と、現在の設備。


 その二つが、思っていた以上に複雑につながっているのかもしれない。


 そして、そのつながりが今、救助を難しくしている。


 俺は相馬さんへ尋ねた。


「水が流れ込んでいる場所を塞ぐことはできないんでしょうか?」


 相馬さんは首を横に振った。


「今の段階では危険だ。塞いだことで、別の場所へ水が流れるかもしれない」


「……そうですよね」


「まずは人を助ける。設備の対応は、そのあとでもできる」


 俺は頷いた。


 そうだ。


 今、一番大事なのは、助けを待っている人を安全な場所へ連れて帰ることだ。


 水がどこから来ているのかを調べることも必要だけれど、それで救助が遅れてしまっては意味がない。


 その時、現地班から連絡が入った。


『こちら現地班。要救助者の姿を確認しました!』


 俺は顔を上げた。


「……見つかった!」


 相馬さんがすぐに応答する。


「状態は?」


『本人は高くなった作業用の床にいます。怪我はないようですが、周囲の水位が上がっています』


「接近できるか?」


『現在、通路の状態を確認しています。水が流れている場所を避ければ、近づける可能性があります』


「分かった。安全が確認できるまで無理に進むな」


『了解しました』


 通信が終わる。


 俺は大きく息を吐いた。


 ようやく姿が確認できた。


 あと少しで、救助できるかもしれない。


 でも、その時、フェナが小さく声を上げた。


「ナオトさん、これ……」


 俺は顔を向けた。


「どうしたの?」


 フェナは机の上の古い図面を指していた。


「この線、途中で分かれていますよね」


 俺は覗き込んだ。


 確かに、古い排水路を示す線が途中で二つに分かれている。


 一つは、現在の排水設備へ向かっている。


 もう一つは、少し離れた場所へ続いていた。


「……本当だ」


 俺は相馬さんを呼んだ。


「相馬さん、ここを見てもらえますか?」


 相馬さんが近づいてきた。


「どうした?」


「古い排水路の線が、途中で二つに分かれています」


 相馬さんは図面を覗き込んだ。


 しばらくして、眉をひそめた。


「……確かにそうだな」


 瀬川さんも近づいてきた。


「現在の図面では、こちらの線は描かれていませんね」


 俺はもう一つの線を目で追った。


 その先には、小さな四角い印が描かれていた。


「これは何ですか?」


 俺が尋ねると、相馬さんは首を横に振った。


「古い設備の記号だと思うが、俺には分からない。設備担当に確認してもらおう」


 瀬川さんがすぐに連絡を取った。


 俺は図面を見つめた。


 もし、もう一つの通路が残っているなら。


 そこにも水が流れている可能性がある。


 そして、その先に何があるのかは、まだ分からない。


 ただ、今は目の前の救助が先だ。


 俺は顔を上げた。


 その時、相馬さんの通信機が鳴った。


『こちら現地班。要救助者のところまで接近できました!』


「相馬だ。状態は?」


『意識ははっきりしています。怪我もありません。本人は自力で歩ける状態です』


 俺は思わず笑った。


「よかった……!」


 相馬さんも頷いた。


「帰路は確保できそうか?」


『現在、確認しています。途中に水が流れている場所がありますが、救難用の装備を使えば通れる可能性があります』


「分かった。安全を確認してから移動を始めてくれ」


『了解しました』


 通信が終わる。


 俺は相馬さんを見た。


「俺も行った方がいいですか?」


 相馬さんは少し考えた。


「今回は、現地班だけで帰れる可能性が高い。通路の構造も確認できているし、要救助者も歩ける状態だ」


「……そうですね」


「お前の《帰り道》が必要になったら呼ぶ。それまでは待機してくれ」


「分かりました」


 俺は頷いた。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


 俺が行かなくても助けられるなら、それが一番いい。


 救難は、俺が活躍するためにあるわけじゃない。


 誰かを無事に帰すためにある。


 だから、今回は救難隊員たちに任せよう。


 俺は椅子に座り、通信を待った。


 しばらくして、現地班から移動開始の報告が入った。


『こちら現地班。要救助者を連れて退避を開始します』


「相馬だ。了解した。足元に気をつけてくれ」


『了解しました』


 俺は通信機を見つめた。


 隊員たちは、今まさに水の流れる通路を戻っている。


 要救助者は自分で歩けるらしい。


 それでも、足元が悪い場所では転倒する危険がある。


 無事に戻ってきてほしい。


 ただ、それだけを考えていた。


 数分後。


『こちら現地班。水が流れている区間を通過しました』


 俺は思わず息を吐いた。


 相馬さんが頷いた。


「了解。引き続き慎重に頼む」


『はい』


 さらにしばらくして、再び通信が入った。


『古い点検通路の入口まで戻りました。これから管理施設へ出ます』


 俺は立ち上がった。


「……もうすぐですね」


 相馬さんも頷いた。


「ああ。ここまで来れば、あと少しだ」


 俺たちは管理施設の入口へ向かった。


 そこには救難隊員たちが待機している。


 やがて、奥の扉が開いた。


 先頭の隊員が姿を見せる。


 その後ろから、作業服を着た男性が歩いてきた。


 両側には救難隊員がつき、足元を確認しながら進んでいる。


「……出てきた!」


 俺は思わず声を上げた。


 男性は外の明かりを見ると、少し眩しそうに目を細めた。


 それから、大きく息を吐いた。


「……助かった」


 救難隊員が笑った。


「お疲れさまでした。もう大丈夫です。こちらで体調を確認しましょう」


 男性は頷いた。


 俺は少し離れた場所で、その姿を見守った。


 怪我はないらしい。


 ただ、長い間緊張していたせいか、顔には疲れが浮かんでいた。


 それでも、自分の足で歩いている。


 無事に帰ってきたんだ。


 俺は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 すると、管理室から退避していた職員たちがやってきた。


「おい!」


 そのうちの一人が男性へ声をかけた。


「無事だったのか!」


 男性は顔を上げた。


「……ああ。何とか」


「よかった……!」


 職員たちは安心したように息を吐いた。


 男性は少し苦笑した。


「迷惑かけたな」


「そんなことはいいから、まず休めよ」


「……そうだな」


 男性は頷いた。


 救護担当の人たちが近づき、体調の確認を始める。


 俺はその様子を見ながら、相馬さんへ顔を向けた。


「……全員、戻れましたね」


「ああ」


 相馬さんは頷いた。


「六人全員、退避を確認できた」


 その言葉を聞いて、俺はようやく安心できた。


 人数が合った。


 誰も残っていない。


 それが分かるだけで、こんなにも気持ちが軽くなるのだと思った。


 相馬さんは通信機を取った。


「こちら相馬。現在の排水設備に入っていた作業員六人、全員の退避を確認した。救難班も人数を確認して、全員が地上へ戻ったことを報告してくれ」


 通信機から返事が続いた。


 しばらくして、救難班全員の退避も確認できた。


 俺は大きく息を吐いた。


 これで、少なくとも今の設備に残っている人はいない。


 相馬さんは俺を見た。


「久世、今回は出番がなかったな」


 俺は少し笑った。


「はい。でも、それでよかったと思います」


「そうだな」


 相馬さんも笑った。


「お前の力がなくても助けられる。それは、救難の仕組みがちゃんと働いているってことだ」


 俺は頷いた。


 以前の俺なら、自分が役に立てなかったことを少し気にしていたかもしれない。


 でも、今は違う。


 誰かが無事に帰れるなら、それでいい。


 俺が必要な時には力を使う。


 必要ない時には、ほかの人たちに任せる。


 それでいいのだと思う。


「ナオトさん!」


 フェナがこちらへ駆け寄ってきた。


「全員、無事だったんですね!」


「うん。六人とも戻れたよ」


「よかったです!」


 フェナは嬉しそうに笑った。


 俺も笑った。


 ただ、その時だった。


 瀬川さんが少し慌てた様子で近づいてきた。


「相馬さん、設備担当から連絡です」


「どうした?」


「古い排水路と現在の排水設備のつながりについて、確認できたことがあるそうです」


 相馬さんは表情を引き締めた。


「聞かせてくれ」


 瀬川さんは端末を見ながら説明を始めた。


「古い図面に描かれていた分岐ですが、片方は現在の排水設備へ続いている可能性が高いそうです」


「もう片方は?」


「それが……」


 瀬川さんは少し言葉を止めた。


「現在の管理図面には載っていない、別の設備へ続いている可能性があるそうです」


 俺は顔を上げた。


「別の設備?」


「はい。昔の排水設備を改修した際、一部の通路がそのまま残された可能性があるとのことです」


 相馬さんは古い図面を広げた。


「場所は?」


 瀬川さんが指したのは、さっきフェナが見つけた分岐の先だった。


 細い線が、現在の管理図面では何も描かれていない場所へ続いている。


 俺はその位置を見た。


「……ここって、管理施設の外ですよね?」


 相馬さんは頷いた。


「ああ。現在の設備からは少し離れている」


「そこにも水が流れているんでしょうか?」


「まだ分からない。ただ、古い排水路の水位が下がっている以上、水がどこへ流れているのかは確認しなければならない」


 俺は図面を見つめた。


 古い排水路。


 現在の排水設備。


 そして、もう一つの通路。


 それぞれが、どこかでつながっているのかもしれない。


 もしそうなら、水の流れは俺たちが考えていたよりも複雑だ。


 相馬さんは通信機を取った。


「設備担当に確認してくれ。もう一つの通路の先に、現在も使われている施設はあるのか?」


 瀬川さんが連絡を取る。


 俺は図面を見つめた。


 救助は終わった。


 でも、設備の問題はまだ解決していない。


 むしろ、今になって分かってきたことがある。


 俺は少し不安になった。


 もし、別の場所でも水が増えていたら。


 そこに人がいたら。


 また救助が必要になるかもしれない。


 その時、瀬川さんの端末が鳴った。


 瀬川さんは画面を確認した。


 そして、表情を変えた。


「……相馬さん」


「どうした?」


「古い排水路の分岐先について、設備担当から回答がありました」


「聞かせてくれ」


 瀬川さんは図面の一点を指した。


「この先ですが、現在は別の施設の地下設備になっているそうです」


 俺は息をのんだ。


「別の施設?」


「はい。現在の管理区域とは別の場所です」


 相馬さんは図面を見つめた。


「……そこは、今も使われているのか?」


「はい。設備担当によると、現在も管理用の通路が残っているそうです」


 俺は思わず顔を上げた。


 現在も使われている通路。


 そこへ、古い排水路から水が流れ込んでいる可能性がある。


 もし人が入っていたら。


 相馬さんはすぐに通信機を取った。


「その施設の管理者に連絡してくれ。地下設備の使用を中止して、作業員の人数を確認するんだ」


「分かりました!」


 瀬川さんが連絡を始めた。


 俺は図面を見つめた。


 さっきまで、俺たちは一人の作業員を助けるために動いていた。


 そして今、六人全員の退避を確認できた。


 でも、古い排水路の先には、まだ知らない場所がある。


 そこにも誰かがいるかもしれない。


 俺は拳を握った。


 その時、相馬さんが俺へ声をかけた。


「久世」


「はい」


「今のうちに休んでおけ。次に何が起こるか分からない」


 俺は頷いた。


「……分かりました」


「ただし、必要になったら頼むぞ」


「はい。その時は、できることをやります」


 相馬さんは頷いた。


 俺は椅子に腰を下ろした。


 フェナも隣に座る。


「ナオトさん、少し休みましょう」


「うん」


 俺は頷いた。


 でも、頭の中では古い図面のことが気になっていた。


 現在の管理図面には載っていない通路。


 その先にある、別の地下設備。


 もし水が流れ込んでいるなら、早く確認しなければならない。


 俺は大きく息を吐いた。


 その時だった。


「相馬さん!」


 瀬川さんの声が響いた。


 俺たちは顔を上げた。


「別の施設の管理室と連絡が取れました!」


「どうだった?」


「地下設備の使用は、すぐに中止するそうです。ただ……」


 瀬川さんは少し言葉を止めた。


「現在、地下に入っている作業員の人数を確認しているところだそうです」


 相馬さんの表情が険しくなった。


「まだ人数が分からないのか?」


「はい。作業の記録と、実際の入退室の記録を照合しているそうです」


 俺は息をのんだ。


 人数が分からない。


 それは、誰かが残っている可能性を否定できないということだ。


 相馬さんはすぐに指示を出した。


「全員の所在を確認するまで、退避完了とは判断しないよう伝えてくれ。それと、地下の水位を確認してもらおう」


「分かりました!」


 瀬川さんが通信機を操作する。


 俺は図面を見つめた。


 古い排水路から続く、もう一つの線。


 その先には、今も使われている地下設備がある。


 そして、そこに何人いるのか、まだ分からない。


 俺は静かに息を吸った。


 帰る道を見つけるためには、まず帰る人がどこにいるのかを知らなければならない。


 全員が無事に戻ったと確認できるまで、救難は終わらない。


 その時、瀬川さんの端末が再び鳴った。


 瀬川さんは画面を確認し、すぐに顔を上げた。


「……相馬さん!」


「どうした?」


「別の施設でも、水位上昇の警報が出たそうです!」


 俺は思わず立ち上がった。


 相馬さんは通信機を取った。


「地下にいる人の人数は!」


 少しの沈黙。


 それから、瀬川さんが答えた。


「……まだ、全員の確認が取れていません!」


 俺は図面を見つめた。


 一本の古い排水路が、思いもよらない場所へ続いている。


 そして今、その先でも誰かが帰れなくなっているかもしれない。


 俺は拳を握った。


 さっきまでの救難で、全員を無事に連れて帰ることができた。


 でも、まだ安心するには早かった。


 俺たちが知らなかった道の先で、新しい危険が起きようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。