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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第139話 見張り台のない夕暮れ

町へ戻る途中、リュシアは何度も見張り台の方を振り返っていた。


「どうしたの?」


俺が尋ねると、リュシアは少し考えてから答えた。


『あそこ、もう誰も登らないんだよね?』


「うん。安全だって分かるまでは、使わない方がいいと思う」


『じゃあ、町の外は誰が見るの?』


「それをこれから考えるんだよ」


『そっか……』


リュシアは納得したように頷いたが、すぐに別のことが気になったらしい。


『でも、見張り台がないと、遠くから帰ってくる人が分からないよね』


「帰ってくる人?」


『うん。町の外で仕事してる人たち。いつも見張り台の人が、帰ってきたよって教えてくれるの』


俺はフェナを見た。


「そういう役割もあったんだ?」


『はい。見張り台は町の外を警戒するだけじゃなくて、出かけた人が戻ってきたかどうかを確認する場所でもあるんです』


「なるほど……」


『特に夕方は、外で働いていた人たちが帰ってくる時間なので、見張りの人たちも忙しくなります』


俺はもう一度、見張り台へ目を向けた。


古い石造りの建物は、少し離れた場所から見ると、さっきまでと何も変わっていないように見えた。


あの下で人が閉じ込められていたことも、土台の中へ水が流れ込んでいたことも、外からでは分からない。


町の人たちにとって、見張り台はずっとそこにある当たり前の建物だったのだろう。


だからこそ、突然使えなくなると困る。


「相馬さん、見張り台って、全部で三つあるんですよね?」


「ああ。フェナから聞いた限りではな」


「今回使えなくなった場所の分は、ほかの見張り台で確認できないんでしょうか?」


「それができるなら、町の人たちも困ってないだろう。まずは、どこが見えなくなるのか確認する必要があるな」


相馬さんはそう答えたあと、フェナへ向き直った。


「町の見張りを担当している人たちに、集まってもらえるか?」


『はい。管理人さんにも声をかけます』


「それと、今夜の見張りをどうするか決まるまでは、勝手に町の外へ人を配置しないよう伝えてほしい」


『分かりました』


フェナは頷いた。


俺たちは町の広場へ向かった。


途中、リュシアが何度も腹を押さえていたので、相馬さんが小さく笑った。


「先に何か食べさせてやった方がいいんじゃないか?」


「そうですね。ずっとお腹がすいたって言ってましたし」


『だって、ナオトもお腹すいてるでしょ?』


「まあ、確かに」


『じゃあ、一緒に食べよう!』


リュシアは嬉しそうに俺の手を引いた。


広場の近くでは、町の人たちが食事の準備をしていた。


親方が救助されたことは、すでに町へ伝わっているらしい。俺たちの姿を見つけると、何人もの人が声をかけてくれた。


怪我の状態を心配する人もいれば、助けてくれてありがとうと頭を下げる人もいる。


そのたびに、俺は少し照れくさくなった。


今回、俺ができたことは限られている。


親方の足を挟んでいた石を動かしたのは職人たちだし、怪我の状態を確認したのは医者だった。


俺は帰る道を示し、親方が不安にならないよう話しかけていただけだ。


もちろん、それも必要な役割だったのだと思う。


ただ、こうして感謝されるたびに、もっとできることがあったんじゃないかと考えてしまう。


「久世」


隣にいた相馬さんが声をかけてきた。


「はい?」


「また難しい顔をしてるな」


「そうですか?」


「ああ。助けた人間が無事に帰ってきたんだ。少しくらい喜んでもいいんじゃないか?」


俺は苦笑した。


「喜んでますよ。ただ、今回も大変だったなって」


「それはそうだろう。救難なんて、簡単に終わる方が珍しい」


相馬さんは広場の人たちを見た。


「でも、だからこそ、助けられた時はちゃんと喜んでおけ。次に何かあった時まで、ずっと気を張っていたら身体がもたんぞ」


「……そうですね」


俺は頷いた。


すると、リュシアが焼きたてのパンを二つ持って戻ってきた。


『ナオト、これ!』


「ありがとう。リュシアの分は?」


『もう食べた!』


「早いな……」


『だって、お腹すいてたもん』


リュシアは得意そうに笑った。


俺もつられて笑ってしまった。


こうして何気ない会話ができるのも、無事に帰ってこられたからだ。


俺はパンを一口食べた。


温かくて、少し甘かった。


その味に、ようやく身体の力が抜けていくのを感じた。


しばらく休んでいると、フェナが戻ってきた。


『ナオト、相馬さん。見張りを担当している人たちが集まってくれました』


「分かった。行こう」


相馬さんが立ち上がる。


俺も残っていたパンを食べ終え、フェナの後についていった。


町の管理人が使っている建物には、すでに何人かの人が集まっていた。


机の上には町の周辺を描いた地図が広げられている。


三つの見張り台の位置と、町へ続く道が描かれたものだった。


フェナが地図を指した。


『今、使えなくなっているのが、この見張り台です』


「町の西側ですね」


『はい。残りの見張り台からも西側の一部は見えますけど、坂の下までは確認できません』


俺は地図を覗き込んだ。


町の西側には、緩やかに曲がる道が一本描かれていた。


その道は途中で坂になり、低い場所を通ってから町へ続いている。


「ここが見えなくなるんですか?」


俺が尋ねると、フェナは頷いた。


『はい。西の坂道です。普段は荷車も通りますし、町の外で仕事をする人たちも使っています』


「別の見張り台からは?」


『坂の上までは見えるんです。でも、下へ降りると建物や木に隠れてしまいます』


相馬さんが地図を見ながら尋ねた。


「それなら、町の中から確認できる場所はないのか?」


フェナは管理人と顔を見合わせた。


『それを今、相談していたところです』


管理人が地図の一角を指した。


『町の西門の近くなら、坂道の途中までは見える。ただ、全部を確認することはできない』


「なるほど」


相馬さんは頷いた。


「まず、見張り台が使えないことで、どの範囲が見えなくなるのか整理しましょう。そのうえで、安全に確認できる場所を探した方がいい」


フェナが通訳すると、集まっていた人たちが頷いた。


ただ、一人の男が難しい顔をしていた。


『そんなことを言っても、今夜の見張りはどうするんだ?』


フェナが俺たちへ伝えてくれる。


男は続けた。


『暗くなるまで、もうそんなに時間がない。場所を探しているうちに夜になっちまうぞ』


「確かに……」


俺は窓の外を見た。


空はまだ明るいが、太陽はだいぶ傾いている。


今から新しい見張り場所を決めて、人を配置するとなれば、時間はあまり残っていなかった。


別の男が口を開いた。


『だったら、坂の上に何人か立たせればいい。見張り台がなくても、あそこなら遠くまで見える』


『でも、夜は危ないんじゃないか?』


『危ないから見張るんだろう。誰もいなかったら、何かあっても分からねえぞ』


意見が分かれ始めた。


俺は黙って話を聞いていた。


どちらの言い分も分かる。


見張り台を使わないようにするのは、事故を防ぐためだ。


でも、そのせいで町の外にいる人たちの様子が分からなくなれば、別の危険が生まれるかもしれない。


かといって、見通しのいい場所ならどこでもいいというわけではない。


特に夜は、足元が見えにくくなる。


町の外で長時間見張りを続けるなら、帰る時のことまで考えなければならなかった。


「相馬さん」


俺が声をかけると、相馬さんは頷いた。


「分かってる。少し話をさせてもらおう」


相馬さんはフェナに通訳を頼み、集まっている人たちへ向き直った。


「今夜の見張りが必要なのは分かります。ただ、急いで危険な場所へ人を配置すれば、また救助が必要になるかもしれません」


フェナが言葉を伝える。


男たちは黙って聞いていた。


「だから、今夜だけでもやり方を変えませんか。普段と同じ範囲を全部見ようとするんじゃなくて、町の中から安全に確認できる場所を使うんです」


『でも、それじゃ見えない場所が残るだろう?』


男の一人が尋ねた。


相馬さんは頷いた。


「そうです。だから、見えない場所があることを、最初から全員で共有しておく必要があります」


俺は相馬さんの顔を見た。


見えない場所をなくすのではなく、見えないことを前提に考える。


それは、救難の現場でも大事にしてきたことだった。


俺の《帰り道》だって、何でも分かるわけじゃない。


帰る道が見えても、その先に危険があるかどうかは分からない。


分からないことを、分かっているつもりで動くのが一番危ない。


相馬さんは続けた。


「今夜は、町の中で確認できる場所を決めましょう。それから、外へ出ている人が何人いるのか、いつ戻る予定なのかを確認する。予定の時間を過ぎても戻らない人がいたら、その時点で状況を調べるんです」


『なるほど……』


管理人が頷いた。


『確かに、誰が外へ出ているのか分かっていれば、帰ってこない人にも気づけるな』


「はい。ただし、戻らないからといって、すぐに事故が起きたと決めつける必要はありません。まずは情報を集めて、必要なら確認に行く人を出す。その時も、一人では行かせない方がいいと思います」


フェナが通訳すると、集まっていた人たちは顔を見合わせた。


先ほどまで坂の上へ人を配置すると言っていた男も、少し考えているようだった。


『それなら、今夜だけでも試してみるか』


別の男が言った。


『西門の近くなら、夜でも人がいる。そこから見える範囲を確認しておけば、何かあった時に知らせられるだろう』


『そうだな。坂の上へ人を出すのは、もう少し準備してからでもいい』


少しずつ、意見がまとまり始めた。


俺はほっとした。


ただ、相馬さんはまだ話を終えなかった。


「もう一つ、決めておきたいことがあります」


フェナが通訳する。


「何か異常を見つけた時、誰が確認に行くのか。それを先に決めておきましょう」


管理人が首を傾げた。


『異常を見つけた人が行けばいいんじゃないのか?』


「それだと、見張りをしている人が持ち場を離れてしまいます」


『ああ……』


「それに、見つけた人が必ずしも救助に向いているとは限りません。だから、見張る人と、確認に行く人は分けた方がいいと思います」


俺は思わず頷いた。


今日、親方を助けた時もそうだった。


石壁の向こうから返事がなくなった時、俺はすぐに中へ入りたくなった。


でも、相馬さんに止められた。


あの時、俺が焦って点検口へ入っていたら、職人による確認が終わる前に危険な場所へ進んでいたかもしれない。


助けたいという気持ちだけでは、安全な救助はできない。


「それ、すごく大事だと思います」


俺が言うと、相馬さんは小さく頷いた。


「そうだな。見つける人、判断する人、助けに行く人。それぞれの役割を決めておけば、慌てずに動ける」


フェナはその言葉を聞き、机の上に紙を広げた。


『じゃあ、今夜の役割を書いておきます』


「うん。お願い」


フェナは管理人たちと相談しながら、見張りの場所と担当者を決め始めた。


町の中から西側を確認する人。


ほかの見張り台と連絡を取る人。


異常があった時に、町の人たちへ知らせる人。


そして、必要になった時に確認へ向かう人。


今まで見張り台で行っていたことを、そのまま別の場所へ移すわけではない。


それぞれの役割を分け、無理なく続けられる形に変えていく。


俺はその様子を見ながら、少し不思議な気持ちになった。


これまでの俺は、誰かが遭難したあとに呼ばれることが多かった。


帰れなくなった人を迎えに行き、帰る道を示す。


それが俺の仕事だった。


でも、今は違う。


まだ誰も遭難していない。


それでも、俺たちは救難について話し合っている。


事故が起きた時にどう助けるかだけじゃなく、事故に気づくための方法を考えているのだ。


「久世、どうした?」


相馬さんが尋ねた。


「いえ。こういうのも救難の仕事なんだなって思って」


「そうだな」


相馬さんは少し笑った。


「助けに行くことだけが救難じゃない。助けが必要な人を見落とさないことも大事だからな」


「はい」


俺は頷いた。


その時、フェナが顔を上げた。


『相馬さん、ナオト。少し気になることがあるんです』


「何?」


フェナは机の上に置かれた別の紙を見せた。


『今日、町の外へ出た人たちの記録なんですけど……』


俺は紙を覗き込んだ。


そこには、何組かの名前と、出発した時間らしきものが書かれていた。


『ほとんどの人は、もう帰ってきています。でも、まだ戻っていない荷車が一台あるんです』


「荷車?」


『はい。西の道を通って、町の外へ荷物を運んでいた人たちです』


相馬さんが尋ねた。


「何人乗っているんだ?」


『二人です。御者と、荷物を運ぶ仕事をしている人が一人』


「帰る予定の時間は?」


『いつもなら、もう戻っている頃です。ただ、少し遅れることもあるので……』


フェナは困ったように眉を寄せた。


俺は窓の外を見た。


空は少しずつ赤くなっている。


「まだ事故だとは限らないんだよね?」


『はい。荷物の積み下ろしに時間がかかっているだけかもしれません』


相馬さんが頷いた。


「なら、まずは出発先へ確認できないか調べてみよう。予定より遅れている理由が分かるかもしれない」


『分かりました』


フェナは管理人へ声をかけた。


管理人はすぐに人を呼び、荷車が向かった先へ確認を取るよう頼んでいた。


俺はその様子を見ながら、少しだけ胸がざわつくのを感じた。


帰ってくるはずの人が、まだ帰っていない。


それだけなら、珍しいことではないのかもしれない。


でも、今は西側の見張り台が使えない。


普段なら確認できていた場所が、見えなくなっている。


そのことが、どうしても気になった。


「久世」


相馬さんが俺へ声をかけた。


「はい」


「心配なのは分かるが、今は情報を待とう。戻ってこない理由が分からないうちに、むやみに探しに行くわけにはいかない」


「……はい」


俺は頷いた。


そうだ。


《帰り道》があっても、まだ会っていない人の居場所は分からない。


俺が町の外へ出たところで、荷車を見つけられるとは限らないのだ。


しばらくして、見張りの場所を確認するため、俺たちは西門へ向かった。


町の西側には低い石壁があり、その内側に見通しのいい場所があった。


見張り台ほど高くはないが、町へ続く道の一部を確認できる。


「ここなら、足元も安定してますね」


俺が言うと、相馬さんは頷いた。


「そうだな。ただ、暗くなってからも安全かどうかは確認が必要だ」


フェナは管理人たちと一緒に、周囲の状態を調べていた。


石壁の内側には十分な広さがあり、複数人が並んでも通路を塞ぐことはなさそうだった。


ただ、問題もあった。


「坂の下が見えませんね」


俺が言うと、フェナは頷いた。


『はい。あの木がある辺りから先は、ここでは確認できないんです』


俺は目を凝らした。


西へ続く道は、少し先で緩やかに曲がっている。


その先には低い土地が広がっているようだが、木々に隠れてよく見えなかった。


「ここから見えるのは、町へ近づいてくる人だけか……」


俺が呟くと、相馬さんが頷いた。


「そうだな。だから、ここだけで全部を確認しようとしない方がいい」


「ほかの見張り台と連絡を取るんですよね」


「ああ。ただ、向こうからも見えない場所があるなら、そのことは記録しておこう」


フェナが紙に書き込む。


その時、リュシアが俺の袖を引っ張った。


『ナオト、あそこ』


「何?」


『何か光った』


俺はリュシアが指した方を見た。


西の坂道の向こうだった。


「どこ?」


『木の下。さっき、ちょっとだけ光った』


俺は目を凝らした。


夕日が木の葉に反射しただけかもしれない。


でも、リュシアは真剣な顔で同じ場所を見つめていた。


「フェナ、あの辺りって何かある?」


俺が尋ねると、フェナも西の坂道を見た。


『あの先には、古い水路の近くを通る道があります。でも、ここからだとよく見えません』


「水路……」


俺は昼間の見張り台を思い出した。


土台の中へ流れ込んでいた水。


親方が話していた、昔の排水路。


ただ、ここは見張り台から少し離れている。


同じ水路につながっているのかどうかは分からなかった。


「何か光ったって、リュシアが言ってるんです」


相馬さんがすぐに反応した。


「光か。ほかに見た人は?」


フェナが近くの見張り担当者へ確認する。


男は首を横に振った。


『俺は見てないな。夕日が反射したんじゃないか?』


「その可能性もありますね」


相馬さんは頷いた。


「ただ、荷車がまだ戻っていないこともある。念のため、見える範囲で確認を続けよう」


俺たちはしばらく西の坂道を見ていた。


すると、リュシアがもう一度声を上げた。


『あっ!』


「見えた?」


『うん! 今度はあっち!』


俺も目を凝らした。


木々の隙間に、小さな光が見えた。


一瞬だけだったが、確かに何かが光った。


「相馬さん、俺にも見えました」


「ああ。俺も確認した」


相馬さんはフェナへ向き直った。


「今の光が何なのか、確認できる人を出せるか?」


『はい。西の道をよく知っている人がいます』


「頼む。ただし、町から続く普段の道を使って、無理に坂の下へ降りないよう伝えてくれ。異常があれば、まず戻って報告してほしい」


『分かりました』


フェナはすぐに管理人へ声をかけた。


しばらくして、町の男が二人やってきた。


二人とも西の道をよく知っているらしく、普段から荷車の往来を確認する仕事をしているという。


相馬さんは二人に状況を説明した。


「光が見えた場所を確認してほしい。ただ、何かあっても二人だけで無理に助けようとしないでくれ。まずは状況を知らせてほしいんだ」


フェナが通訳すると、男たちは頷いた。


『分かった。いつもの道から確認してくる』


『荷車が止まっているなら、すぐに知らせるよ』


二人は明かりを持ち、西の道へ向かった。


俺はその背中を見送った。


「俺も行った方がよかったでしょうか」


相馬さんは首を横に振った。


「まだ荷車がいるかどうかも分からない。道を知っている人間が確認する方が早いだろう」


「そうですね」


「それに、久世。お前が必要になるのは、帰れなくなった人が見つかってからだ」


俺は頷いた。


その言葉を聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。


俺が何でもしなければならないわけじゃない。


必要な時に、必要なことをすればいい。


そう考えながら、俺たちは二人の帰りを待った。


空は少しずつ暗くなっていた。


西の坂道は夕日に照らされているが、木々の下にはすでに濃い影ができている。


やがて、遠くから一人の男が走ってくるのが見えた。


「戻ってきた!」


俺が声を上げると、フェナもすぐに気づいた。


男は息を切らしながら西門へ駆け込んできた。


『荷車がいた!』


俺は思わず前へ出た。


「本当ですか?」


『ああ! 二人ともいる! でも、道の途中で動けなくなってる!』


フェナが急いで通訳する。


相馬さんが尋ねた。


「怪我人は?」


『一人は歩ける。でも、もう一人は足を痛めたらしい。荷車も壊れていて、動かせないんだ』


俺は息をのんだ。


「どこにいるんですか?」


『西の坂を下りたところだ。道の端にある溝へ車輪が落ちて、荷車が傾いちまったらしい』


「もう一人の確認に行った人は?」


『向こうで待ってる。二人を置いて戻るわけにはいかないって』


相馬さんは頷いた。


「分かった。まずは状況を整理しよう」


男は息を整えながら続けた。


『それと、道の端が濡れてる。水が流れてきてるみたいなんだ』


「水が?」


俺は思わず聞き返した。


男は頷いた。


『ああ。普段は乾いてる場所なんだけどな。今日は溝に水が溜まってる』


相馬さんの表情が変わった。


「荷車は、その水がある場所に止まっているのか?」


『そうだ。車輪が溝にはまって、片側が沈んでる』


「分かった。車を無理に動かさないよう、向こうの人たちには伝えてあるか?」


『ああ。危ないから触るなって言ってきた』


相馬さんは頷いた。


「よく判断してくれた。ありがとう」


男は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。


俺は西の坂道を見た。


また、帰れなくなった人がいる。


しかも、今度は町へ戻る途中だ。


「相馬さん、俺も行きます」


「ああ。今回はお前にも来てもらおう」


相馬さんはすぐにフェナへ向き直った。


「救助に必要な人を集めてくれ。怪我人がいるなら、医者にも状況を伝えたい」


『分かりました』


「それと、荷車を動かすのは後回しだ。まずは人を安全な場所へ移すことを考えよう」


フェナが頷いた。


俺は装備を確認した。


今度の救難は、見張り台の地下とは違う。


町へ続く道で、荷車が動けなくなっている。


でも、やるべきことは同じだ。


状況を確認し、安全に帰れる方法を考える。


ただし、俺の《帰り道》だけで全部を解決できるわけではない。


「リュシア」


俺が声をかけると、リュシアはすぐに振り返った。


『何?』


「ここでフェナを手伝ってくれる?」


『ナオトは?』


「荷車のところへ行ってくる」


『私も行く!』


リュシアはすぐに言った。


俺は少し迷った。


いつもなら、一緒に来てもらうこともある。


でも、今回は違う。


西門の見張りを始めたばかりで、まだ役割を確認している途中だ。


それに、リュシアは最初に光を見つけた。


彼女がここにいることで、また何かに気づけるかもしれない。


「リュシアには、ここでお願いしたいことがあるんだ」


『お願い?』


「うん。俺たちが戻ってきたら、すぐにフェナへ教えてほしい。ほかにも何か見えたら、勝手に見に行かずに知らせてほしいんだ」


リュシアは少し考えた。


『それって、見張り?』


「そうだね。大事な仕事だよ」


『……分かった!』


リュシアは大きく頷いた。


『じゃあ、ナオトが帰ってくるの、ちゃんと見てる!』


「頼んだよ」


俺は笑って答えた。


そのあと、相馬さんと俺は、道を知っている男の案内で西門を出た。


町の外へ続く道は、思っていたより歩きやすかった。


石が敷かれている場所もあり、普段から荷車が通っていることが分かる。


ただ、坂へ近づくにつれて道幅が狭くなっていった。


「この先です」


案内の男が言った。


「坂を下りたところで、荷車が止まっています」


俺は頷いた。


しばらく進むと、前方に明かりが見えた。


さっき西門から見えた光だろう。


木々の間に、何人かの人影が見える。


「いました!」


俺が声を上げると、向こうからも返事があった。


『こっちだ!』


俺たちは慎重に坂を下りた。


道の端には浅い溝があり、そこへ水が流れ込んでいた。


荷車は、その溝に片側の車輪を落とした状態で止まっている。


車体は大きく傾き、積んでいた荷物の一部が地面へ落ちていた。


近くには二人の男がいた。


一人は立っていたが、もう一人は道の端に座り込んでいる。


「大丈夫ですか!」


俺が声をかけると、立っていた男が顔を上げた。


『町から来てくれたのか!』


「はい。怪我をした人がいるって聞いてます」


『ああ。こいつが足をひねっちまってな。立てないことはないんだが、歩くと痛むらしい』


俺は座っている男を見た。


男は疲れた顔をしていたが、意識ははっきりしているようだった。


「どこが痛いんですか?」


『右の足首だ。荷車が傾いた時、慌てて飛び降りたら変な着き方をしちまった』


「そうだったんですね」


俺は頷いた。


相馬さんが男の状態を確認し、同行してきた人たちへ指示を出した。


怪我人を無理に歩かせず、まずは安定した場所へ移す。


荷車は動かさない。


水が流れている溝にも近づかない。


その方針が決まると、俺たちは周囲の状態を確認し始めた。


「どうして荷車が溝に落ちたんですか?」


俺が尋ねると、御者らしい男が困った顔をした。


『いつも通る道なんだが、今日は端の土が柔らかくなってたんだ。車輪が沈んだと思ったら、そのまま傾いちまってな』


「水が流れていたからですか?」


『分からん。ただ、こんなに濡れてるのは珍しい』


男は溝を見た。


『それに、さっきから水が増えてる気がする』


俺は足元へ目を向けた。


確かに、溝には細い水の流れができていた。


見張り台の地下で見たものとは、場所も状況も違う。


ただ、普段は乾いている場所に水が流れているという点は気になった。


「相馬さん、これって……」


「ああ。見張り台の件と関係があるかもしれないな」


相馬さんはそう答えたあと、すぐに続けた。


「ただ、今は原因を調べるより、人を帰すことが先だ」


「はい」


俺は頷いた。


その時、御者が声をかけてきた。


『なあ、荷車はどうするんだ?』


「荷車ですか?」


『ああ。まだ荷物が積んである。町へ届けるものなんだ』


俺は荷車を見た。


木箱や布に包まれた荷物がいくつも積まれている。


車体は傾いているものの、全部が壊れているわけではなさそうだった。


「でも、今は動かさない方がいいと思います」


俺が答えると、御者は難しい顔をした。


『そう言われてもな……。荷物を置いて帰ったら困るんだよ』


「それは分かりますけど……」


『俺たちが運ぶって約束したものなんだ。ここへ置いていくわけにはいかねえ』


男は荷車へ近づこうとした。


その瞬間、相馬さんが声をかけた。


「待ってください」


男が足を止める。


相馬さんはフェナから教わった言葉を交えながら、案内の男に通訳を頼んだ。


「荷物が大切なのは分かります。ただ、今の状態で荷車を動かせば、さらに傾くかもしれません」


御者は黙っていた。


「それに、怪我をした人もいます。まずは二人とも町へ戻りましょう。荷物のことは、そのあとで相談できます」


『でも……』


「今、無理をして誰かが怪我を増やしたら、荷物を運ぶどころじゃなくなります」


男は荷車を見た。


しばらくして、小さく息を吐いた。


『……そうだな』


俺は少し安心した。


ただ、男はまだ納得しきれていないようだった。


『あの荷物、町の人たちが待ってるんだよ。今日中に届けるって約束してたんだ』


俺は頷いた。


「それなら、町へ戻ってから事情を説明しましょう。必要なら、荷車を安全に動かせる人たちに相談すればいいと思います」


男は少し考えたあと、頷いた。


『分かった。まずはこいつを帰してやってくれ』


「はい」


俺は笑って答えた。


怪我をした男は、近くにいた人たちの手を借りて、道の中央にある安定した場所へ移された。


相馬さんが足の状態を確認し、町で医者に診てもらうよう伝える。


その間、俺は帰る道を確認していた。


《帰り道》へ意識を向ける。


いつものように、俺にだけ見える道が示された。


町へ戻る方向だ。


ただ、その道は今来た坂道を通っていた。


俺は坂の方を見た。


道の端には水が流れ、ところどころ土が濡れている。


さっき俺たちが下りてきた時には問題なかったが、怪我人を支えながら通るなら、もっと慎重に確認する必要がある。


「相馬さん」


俺が声をかけると、相馬さんは振り返った。


「どうした?」


「帰る道は分かります。ただ、今来た坂を戻ることになります」


「ああ。そうだろうな」


「でも、道の端が濡れてます。怪我人を運ぶ時、危なくないでしょうか」


相馬さんは坂道を見た。


「そうだな。まずは案内してくれた人に、別の道がないか聞いてみよう」


俺は頷いた。


案内の男へ尋ねると、男は少し考えてから答えた。


『遠回りになるが、北側を通る道がある。荷車は通れないが、人なら歩けるはずだ』


「その道は普段から使っていますか?」


『ああ。町の外で仕事をする連中が通ることもある。ただ、少し細い道だ』


相馬さんが尋ねた。


「今の時間でも、安全に通れるか確認できますか?」


男は頷いた。


『明かりがあれば歩けると思う。ただ、先に俺が見てこようか?』


「お願いします。ただし、一人では行かないでください。もう一人と一緒に確認して、危険があれば戻ってきてください」


『分かった』


男たちは二人で北側の道を確認しに向かった。


俺は怪我をした男のそばへ戻った。


「足、大丈夫ですか?」


『ああ。じっとしてりゃ、そんなに痛くない』


「よかった」


『でも、情けねえな。町までもう少しだったのに』


男は苦笑した。


俺は首を横に振った。


「帰る途中で動けなくなることなんて、誰にでもありますよ」


『そうかね』


「はい。俺も、今までいろんな人を迎えに行きましたから」


男は少し驚いたようだった。


『お前、救助の仕事をしてるのか?』


「はい」


『若いのに、大変だな』


「いえ。俺だけじゃ何もできないことも多いですから」


俺が答えると、男は少し笑った。


『それでも、来てくれたんだろう?』


「はい」


『なら、助かったよ』


その言葉に、俺も笑った。


今日、親方にも似たようなことを言われた。


助けに来てくれた。


それだけで十分だと。


俺はまだ、自分の役割を小さく考えすぎているのかもしれない。


もちろん、何でもできると思うのは危険だ。


でも、自分にできることまで軽く考える必要はない。


帰る道を示せるなら、その力を使えばいい。


そして、ほかの人の力が必要なら、頼ればいい。


それだけのことなのだと思った。


しばらくして、北側の道を確認していた二人が戻ってきた。


『通れそうだ!』


俺は顔を上げた。


「本当ですか?」


『ああ。少し遠回りになるが、地面は乾いてる。怪我人を支えながらでも歩けると思う』


相馬さんが頷いた。


「分かった。なら、そちらを使おう。ただし、途中で無理だと思ったら引き返す」


『ああ』


俺たちは怪我人を支え、北側の道へ向かった。


荷車はそのまま残すことになった。


御者は何度も振り返っていたが、最後には自分から歩き始めた。


『明日、ちゃんと取りに来るからな』


荷車へ向かってそう言う姿を見て、俺は少し笑ってしまった。


「荷車に話しかけてるんですか?」


『ああ。長いこと使ってるからな。置いていくのは気が引けるんだよ』


「そうなんですね」


『あいつも、今日は災難だったな』


御者はそう言って、もう一度荷車を見た。


俺はその気持ちが少し分かるような気がした。


大事にしてきたものを置いて帰るのは、簡単なことじゃない。


でも、今は人が先だ。


その判断をしてくれたことが、嬉しかった。


北側の道は、確かに少し狭かった。


ただ、足元は比較的安定していて、水が流れている場所も見当たらない。


俺たちは怪我人の様子を確認しながら、ゆっくり進んだ。


途中で何度か休憩を挟み、そのたびに相馬さんが状態を確認した。


俺は《帰り道》が示す方向と、実際に通れる道を意識しながら歩いていた。


帰る道は分かる。


でも、安全に帰れるかどうかは、周囲の人たちと一緒に判断する必要がある。


その違いを、今日は何度も感じていた。


やがて、前方に町の明かりが見えてきた。


「見えました!」


俺が声を上げると、怪我をした男が顔を上げた。


『町か?』


「はい。もう少しです」


『……よかった』


男は小さく息を吐いた。


その隣で御者も笑った。


『本当に助かったよ。あのまま暗くなってたら、どうしようかと思ってた』


「無理に動かず待っていてくれて、よかったです」


俺が答えると、御者は頷いた。


『ああ。最初は荷車を何とかしようと思ったんだが、道の端が崩れそうでな』


「それで、明かりを出してたんですか?」


『そうだ。誰かが気づいてくれりゃいいと思ってな』


俺は少し驚いた。


「じゃあ、さっき西門から見えた光は……」


『俺が明かりを振ってたんだよ』


俺は思わず笑った。


「そうだったんですね」


『ああ。でも、あんな遠くから見えるとは思わなかった』


「リュシアが見つけたんです」


『リュシア?』


「町の子です。小さな光が見えたって教えてくれて」


御者は目を丸くした。


『そうか……。その子のおかげで助かったんだな』


「はい」


俺は頷いた。


リュシアが気づかなければ、俺たちは荷車の存在を知らないままだったかもしれない。


もちろん、ほかの誰かが見つけた可能性もある。


でも、今回最初に異常を知らせてくれたのは、間違いなくリュシアだった。


俺は少し誇らしい気持ちになった。


町へ近づくと、西門の近くに人影が見えた。


明かりを持った人たちが、こちらを確認している。


その中から、小さな影が飛び出してきた。


『ナオト!』


「リュシア!」


リュシアは俺たちのところまで走ってこようとしたが、途中で立ち止まった。


そして、大きく手を振った。


『おかえりー!』


俺は笑って手を振り返した。


「ただいま!」


リュシアは嬉しそうに跳ねた。


ただ、すぐにフェナのところへ戻り、何かを伝えている。


俺たちが帰ってきたことを報告しているのだろう。


その様子を見て、俺は少し嬉しくなった。


リュシアは、ちゃんと自分の役割を守ってくれた。


俺たちを迎えに走ってくるのではなく、まずフェナへ知らせている。


それだけでも、今日の話し合いには意味があったのかもしれない。


西門へ戻ると、フェナが駆け寄ってきた。


『ナオト、相馬さん! おかえりなさい!』


「ただいま。二人とも連れて帰ってきたよ」


『はい! リュシアが見つけてくれました!』


フェナは嬉しそうに笑った。


怪我をした男は、待機していた人たちに支えられ、医者のところへ運ばれていった。


御者も一緒についていく。


その前に、男は俺たちへ向き直った。


『本当にありがとう。あのままだったら、夜まで動けなかったと思う』


「いえ。無事に帰ってこられてよかったです」


『ああ。それと……』


男はリュシアを見た。


『お前が光を見つけてくれたんだってな』


リュシアは少し驚いた顔をした。


『うん!』


『ありがとうな。おかげで助かったよ』


リュシアは嬉しそうに笑った。


『どういたしまして!』


男は何度も頭を下げてから、仲間と一緒に医者のところへ向かった。


俺はその背中を見送った。


今日も、無事に帰ってこられた。


ただ、今回は少し違う。


見張り台が使えなくなったことで、町の人たちは新しい方法を考えた。


そして、その方法を試している途中で、実際に帰れなくなった人が見つかった。


見張り台がなくても、異常に気づくことはできた。


もちろん、今回うまくいったからといって、これからも必ず大丈夫だとは限らない。


でも、少なくとも一つ、できることが増えたのだと思った。


「相馬さん」


俺が声をかけると、相馬さんは頷いた。


「どうした?」


「今日の見張り、少しは役に立ったんじゃないでしょうか」


「ああ。そうだな」


相馬さんは西門の人たちを見た。


「ただ、まだ始めたばかりだ。今夜のうちに、うまくいったことと、足りなかったことを整理しておこう」


「はい」


「特に、光を見つけてから確認へ向かうまでの流れは、記録しておいた方がいい。次も同じように動けるとは限らないからな」


俺は頷いた。


その時、フェナが近づいてきた。


『相馬さん、少し相談してもいいですか?』


「もちろん」


『今夜の見張りなんですけど、町の人たちが交代で担当することになりました』


「そうか。場所は?」


『西門の内側です。ほかの見張り台とも連絡を取るようにします』


「分かった。ただ、見えない場所があることは忘れないようにしてほしい。それと、何か見つけても、勝手に外へ出ないように」


『はい。ちゃんと伝えます』


フェナは頷いた。


俺は少し安心した。


町の人たちが、自分たちで見張りの方法を考え始めている。


俺たちがずっとここにいなくても、続けられる形を作ろうとしているのだ。


それは、今まで救難の現場で大事にしてきたことと同じだった。


久世がいるから助けられる。


それは、悪いことじゃない。


でも、久世がいなければ何もできない。


そんな状態にはしたくない。


俺はそう思っていた。


「ナオト」


リュシアが袖を引っ張った。


「何?」


『今日、私も役に立った?』


俺は思わず笑った。


「もちろん。リュシアが光を見つけてくれたから、荷車の人たちを助けに行けたんだよ」


『本当?』


「うん。本当に助かった」


リュシアは嬉しそうに笑った。


『じゃあ、明日も見張りする!』


「明日も?」


『うん! また誰かが帰ってこなかったら、見つける!』


俺は少し考えた。


「でも、リュシアだけでずっと見張ってたら疲れちゃうよ」


『大丈夫!』


「それに、見張りは交代でやるって決まったんでしょ?」


『……そっか』


リュシアは少し残念そうな顔をした。


俺は笑って続けた。


「だから、リュシアも無理しないで。何か見つけた時に教えてくれれば、それで十分だよ」


『分かった!』


リュシアは頷いた。


『じゃあ、今日はもうお休みする!』


「そうだね。今日はいっぱい頑張ったし」


『うん!』


リュシアは嬉しそうにフェナのところへ走っていった。


俺はその姿を見送りながら、少し笑った。


本当に、よく頑張ってくれた。


その時、相馬さんの通信機が鳴った。


「相馬だ」


『こちら瀬川です。見張り台の件で、追加の情報が入りました』


俺は顔を上げた。


相馬さんも表情を引き締めた。


「何か分かったのか?」


『はい。町の管理人から預かった古い記録を、こちらでも確認していたんですが……』


瀬川さんは少し言葉を切った。


『どうも、今回の見張り台だけの問題ではないかもしれません』


「どういうことだ?」


『昔、この町では何度か水による被害が起きていたそうです。そのたびに排水路を直していたらしいんですが、記録が途中から残っていないんです』


俺は思わず相馬さんを見た。


相馬さんも黙って聞いていた。


『それと、もう一つ気になることがあります』


「何だ?」


『今回、親方が話していた新しい石積みのことです』


「ああ。水路を塞いでいるかもしれないって話だな」


『はい。管理人が別の職人にも確認したところ、似たような石積みが、町のほかの場所にもあるそうなんです』


俺は息をのんだ。


「ほかの場所にも?」


相馬さんが尋ねると、瀬川さんは答えた。


『はい。ただ、何のために積まれたものなのか、まだ分かっていません。古い水路を塞いだものなのか、建物を補強するためのものなのかも不明です』


「なるほど……」


相馬さんは少し考えた。


「分かった。まずは現場の職人たちに確認してもらおう。今の段階で、全部が危険だと決めつけるわけにはいかない」


『はい。ただ……』


瀬川さんの声が少し低くなった。


『管理人から、もう一つ報告がありました』


「何だ?」


『町の東側にある見張り台でも、最近、土台の石が湿っている場所が見つかったそうです』


俺は思わず顔を上げた。


「東側でも?」


相馬さんも眉を寄せた。


「それは、いつの話だ?」


『数日前だそうです。ただ、雨の影響だと思っていたらしく、詳しく調べていなかったようです』


「今はどうなっている?」


『まだ確認できていません。管理人が職人を向かわせるそうです』


相馬さんは頷いた。


「分かった。安全が確認できるまでは、そちらも無理に使わない方がいいかもしれないな」


『はい。こちらからも伝えておきます』


通信が終わった。


俺は東の空を見た。


夕日は西へ沈みかけている。


町の反対側には、まだ使われている見張り台がある。


もし、そこにも同じような問題が起きているなら……。


「相馬さん」


俺が声をかけると、相馬さんは頷いた。


「ああ。まだ何とも言えないが、確認する必要があるな」


「見張り台、また使えなくなるんでしょうか」


「可能性はある。ただ、今は職人の判断を待とう」


俺は頷いた。


今日、ようやく一つの見張り台の代わりになる方法を考え始めた。


その矢先に、別の見張り台にも問題があるかもしれないという話が出てきた。


もし町の見張り台が次々と使えなくなれば、今夜決めた方法だけでは足りなくなるかもしれない。


でも、だからといって危険な建物を使い続けるわけにはいかない。


「久世」


相馬さんが俺を見た。


「はい」


「今夜は、もう少し町の人たちと話すことになりそうだ」


「そうですね」


「ただ、救難に出る必要がなければ、お前は休んでいいぞ。今日は二度も現場に出てるんだからな」


俺は少し笑った。


「ありがとうございます。でも、話し合いには参加したいです」


「そうか」


「はい。俺も、できることを考えたいので」


相馬さんは小さく頷いた。


「分かった。なら、一緒に考えよう」


俺は西門の方を見た。


町の人たちは、すでに新しい見張りの準備を進めている。


明かりを置く場所を決め、交代する時間を確認し、何かあった時の連絡方法を話し合っていた。


まだ完璧ではない。


でも、誰か一人に任せきりにするのではなく、みんなで町を守ろうとしている。


俺はその姿を見ながら、少しだけ安心した。


その時、フェナが慌ただしく戻ってきた。


『相馬さん!』


「どうした?」


『東の見張り台から連絡が来ました!』


俺は顔を上げた。


「何かあったの?」


フェナは息を整えながら答えた。


『土台の石を確認していた人が、壁の隙間から水が出ているのを見つけたそうです』


「水が……」


『はい。しかも、見張り台の内側だけじゃなく、外の地面も濡れているみたいで……』


相馬さんはすぐに尋ねた。


「今、そこに人はいるのか?」


『はい。見張りの担当者が二人います。ただ、管理人から使用をやめるよう連絡が入ったので、もう下へ降りているそうです』


「それなら、まずはよかった」


相馬さんは小さく息を吐いた。


「全員、建物から離れて待機するよう伝えてくれ。確認が終わるまでは、誰も中へ入らないように」


『分かりました!』


フェナは頷いた。


俺は東の方を見た。


見張り台が使えなくなる。


それは、町の人たちにとって大きな問題だ。


でも、今は誰も怪我をしていない。


危険かもしれない場所を見つけ、事故が起きる前に人を離すことができた。


今日、俺たちが考え始めたことが、もう役に立っているのかもしれない。


そう思った時だった。


フェナがもう一度、相馬さんへ声をかけた。


『それと、もう一つ……』


「何だ?」


『東の見張り台を確認していた人から、変な報告があったんです』


俺はフェナを見た。


「変な報告?」


『はい。土台の近くに、昔の排水路らしい場所があるそうなんですけど……』


フェナは少し言いにくそうに続けた。


『そこにも、新しい石が積まれているみたいなんです』


俺は思わず息をのんだ。


親方が話していた、新しい石積み。


水が流れ込んでいた、古い見張り台の土台。


そして、今度は東側の見張り台でも、似たようなものが見つかった。


偶然なのか。


それとも、何か共通する理由があるのか。


今の俺には分からない。


ただ、一つだけ気になることがあった。


「相馬さん……」


「ああ」


相馬さんはゆっくり頷いた。


「まだ原因は分からない。ただ、同じような状態の場所があるなら、まとめて調べる必要があるな」


俺は頷いた。


救助が必要になってから動くのではなく、事故が起きる前に確認する。


そのためには、見張り台のことだけでなく、町全体の古い水路についても調べる必要があるのかもしれない。


俺は夕暮れの町を見渡した。


今日、俺たちは二組の人たちを無事に帰すことができた。


でも、もし町のあちこちで同じ問題が起きているなら、次はもっと多くの人が危険にさらされるかもしれない。


その時、フェナが小さな声で言った。


『ナオト……。もし、見張り台が全部使えなくなったら、どうすればいいんでしょう』


俺はすぐには答えられなかった。


俺の《帰り道》は、帰るための道を示してくれる。


でも、町をどう守ればいいのかまでは教えてくれない。


だからこそ、みんなで考える必要がある。


「フェナ」


俺が声をかけると、フェナは顔を上げた。


「今日、西の見張り台が使えなくなっても、荷車の人たちを見つけられたよね」


『……はい』


「リュシアが光を見つけて、町の人たちが確認に行って、俺たちが迎えに行った」


『はい』


「だから、見張り台が使えなくなっても、何もできなくなるわけじゃないと思う」


フェナは黙って聞いていた。


「もちろん、簡単じゃないだろうけど。みんなで考えれば、できることはあるはずだから」


フェナは少しだけ笑った。


『……そうですね』


俺も頷いた。


その時、相馬さんが口を開いた。


「久世、フェナ。まずは今夜の安全を確保しよう。それから、明日以降の見張りをどうするか考える。建物の調査は職人たちに任せて、俺たちは必要な情報を整理するんだ」


「はい」


『分かりました』


俺たちは頷いた。


夕日は、もうほとんど沈みかけていた。


町の西門には明かりが灯り、見張りの担当者たちが交代の準備を進めている。


その向こうには、今日、荷車が止まっていた坂道がある。


そして反対側には、土台の異常が見つかった東の見張り台があった。


俺はその両方を見ながら、静かに息を吐いた。


今日、帰れなくなった人たちは無事に戻ってきた。


でも、これからは、帰れなくなる前にできることを考えなければならない。


そのために必要なのは、俺一人の力じゃない。


町の人たちが持っている知識や経験。


現場を知る職人たちの判断。


怪我人を助ける医者の力。


そして、何かに気づいた時、それを誰かへ伝えられる仕組み。


それらがつながれば、きっと今より多くの人を守れる。


俺はそう信じたかった。


その時、東の見張り台の方から、一人の男が走ってくるのが見えた。


男は西門へ向かう途中で俺たちを見つけ、大きく手を振った。


『フェナ!』


フェナが振り返る。


『どうしました!?』


男は息を切らしながら駆け寄ってきた。


『東の見張り台なんだが……』


「何かあったんですか?」


俺が尋ねると、男は何度も頷いた。


『水が出ている場所を確認していたら、地面に小さな穴が見つかったんだ』


「穴?」


『ああ。石の下に空間があるらしい。職人が調べたら、昔の水路につながっているかもしれないって』


相馬さんが尋ねた。


「その場所には、まだ誰かいるのか?」


『いや。危ないから、みんな離れたところで待ってる』


「それならよかった」


相馬さんは頷いた。


男は続けた。


『でも、職人が一つ気になることを言ってたんだ』


「何だ?」


『その水路、どうも西の見張り台の方へ続いているらしい』


俺は思わず顔を上げた。


「西の見張り台へ?」


『ああ。古い図面に、そう描かれているそうだ』


俺は相馬さんを見た。


相馬さんも真剣な顔をしていた。


もし、東と西の見張り台が同じ水路でつながっているなら。


今日起きた二つの異常は、別々の問題ではないのかもしれない。


もちろん、まだ何も分かっていない。


でも、調べるべきことが一つ増えたのは確かだった。


「相馬さん」


俺が声をかけると、相馬さんは頷いた。


「ああ。明日は、町の水路について詳しく確認する必要がありそうだな」


俺は東の方を見た。


町の向こうには、暗くなり始めた空が広がっている。


その下で、古い見張り台が静かに立っていた。


今日まで当たり前のように使われていた建物。


その足元に、誰も詳しく知らない水路が残っている。


そして、その水路のどこかに、新しく積まれた石がある。


俺はもう一度、町の地図を思い浮かべた。


三つの見張り台。


町へ続く道。


そして、古い水路。


それぞれ別のものだと思っていた場所が、地下でつながっているのかもしれない。


もしそうなら、調べるべき範囲は思っていたより広い。


俺は静かに息を吐いた。


今日の救難は終わった。


でも、町の人たちを守るための仕事は、まだ始まったばかりだった。

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