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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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第134話 道具だけでいい

翌朝、管理室へ入ると、神代さんが机の上に搬送用スリングを広げていた。


昨日、リュシアたちへ貸したものとは別の予備だ。隣には固定具やロープも並んでおり、神代さんはそれぞれの状態を確認しながら、何かを記録している。


「おはようございます。何してるんですか?」


「昨日の救難で使った道具の確認項目をまとめています。フェナさんが来たら、実際に使ってみてどうだったか聞こうと思って」


「もう返しに来るんですか?」


「返却は急がなくていいんですけど、使い方について確認したいことがあるそうです」


神代さんはスリングの端を持ち上げた。


「昨日、リュシアさんが少し難しいって言ってましたよね。実際にどこで困ったのか分かれば、次に使う時の説明も変えられますから」


なるほど。


昨日の救難は無事に終わったが、それで道具の使い方まで完璧だったとは限らない。現場にいたフェナたちにしか分からない問題もあるはずだ。


俺が椅子へ座ると、相馬さんが書類を持って入ってきた。


「久世、ちょうどいい。昨日の件で一つ確認する」


「何ですか?」


「向こう側に貸した道具だが、今後も必要になると思うか」


「なると思います。少なくとも、怪我人を運ぶ時には役立つんじゃないですか」


「じゃあ、同じものを十組渡せば救難は楽になるか?」


すぐには答えられなかった。


道具が増えれば、同時に複数の救難へ対応できるようになるかもしれない。ただ、昨日はフェナが使い方を理解し、ザイルたちも指示に従ったからうまくいった。


使い方を知らない人間が同じ道具を持っていても、安全に運べるとは限らない。


「数を増やすだけじゃ駄目ですね」


「そういうことだ」


相馬さんは書類を机へ置いた。


「向こうから必要だと言われたものを、そのまま渡し続けるわけにもいかない。どう使うのか、誰が使うのか、どこまでできるのか。そこを確認してからだ」


神代さんが頷く。


「私も同じことを考えていました。昨日は時間がなかったので最低限の説明しかできませんでしたけど、できれば一度、実際に装着するところを見たいです」


「なら、今日はそこから始めよう」


相馬さんが時計を見る。


「リュシアたちが来るまで、まだ少しあるな」


俺も手伝おうと立ち上がったが、神代さんから渡されたのは記録用の紙だった。


「久世さんは、気になったことを書いてください」


「俺が道具を触らなくていいんですか?」


「触ってもいいですけど、専門的なことは私が確認します。それより、昨日の話を聞いていて疑問に思ったことがあれば教えてください」


そう言われて、俺はリュシアの報告を思い出した。


狭い下りで負傷者の身体が岩へ寄りそうになり、一度止めて位置を直したという話だ。


「そういえば、途中で身体が岩に当たりそうになったって言ってました。スリングを使ってても、そういうことはあるんですか?」


「あります。身体を支えられても、周囲の障害物に当たらないとは限りませんから」


神代さんはスリングの両側を指した。


「特に狭い場所では、運ぶ人の位置や身体の向きが重要になります。道具を使えば何でも安全になるわけではないんです」


その説明を聞いて、俺は記録用紙に一つ書き加えた。


昨日は無事だった。


でも、同じ場所で同じことをしても、次も無事に運べるとは限らない。


その違いを知ることが、今日の目的なのだと思った。


しばらくして、境目の監視担当から連絡が入った。


『リュシアさんとフェナさんが到着しました』


俺たちは必要な道具を持って監視場所へ向かった。


青い膜の向こうには、リュシアとフェナが並んで立っていた。二人の足元には昨日貸した道具がまとめられており、フェナは何枚かの紙を抱えている。


『ナオト、おはよう』


「おはよう。昨日はお疲れさま」


『疲れた』


「そうだろうね」


リュシアが大きく伸びをする。


その隣でフェナが頭を下げた。


『昨日はありがとうございました。二人とも無事に町へ戻れました』


「よかったです。怪我した人はどうですか?」


『今朝も様子を見てきました。痛みはありますが、医者からはしばらく休めば大丈夫だろうと言われています』


昨日の報告でも状態が悪くなっていないことは確認できていたが、改めて聞くと安心する。


神代さんがスピーカーへ近づいた。


「フェナさん、昨日使った道具について教えてもらえますか?」


『はい。そのために記録を持ってきました』


フェナは紙を広げた。


そこには搬送時の身体の向きや、ロープを支えた位置が簡単な絵で描かれていた。文字も書き込まれているが、俺には読めない。


リュシアが横から説明してくれる。


『ここ、狭い。ザイル、先に下りた』


「昨日聞いた場所だね」


『うん。ここで止まった』


リュシアが指したのは、通路が曲がっている部分だった。


フェナが続ける。


『負傷者の身体を横へ向ける必要があったんですが、最初はうまくいきませんでした。ザイルが下から支えていたので落ちることはありませんでしたけど、布の端が岩に擦れてしまって』


「スリングがですか?」


『はい。破れてはいませんが、少し傷んでいます』


神代さんの表情が変わった。


「その部分を見せてもらえますか?」


フェナが道具を持ち上げる。


確かに、布の端に擦れたような跡があった。大きな傷ではないが、何度も同じ場所へ当たれば破れるかもしれない。


「これ、昨日は使い続けたんですか?」


神代さんが聞く。


『擦れたのに気づいたのは、町へ戻ってからです』


「分かりました。では、そのスリングは一度こちらで確認します。次の救難には使わないでください」


『やっぱり危なかったですか?』


「すぐに壊れる状態かどうかは、実物を見ないと判断できません。ただ、身体を支える道具なので、小さな傷でも確認が必要なんです」


フェナは真剣な顔で頷いた。


『分かりました』


相馬さんが尋ねる。


「ほかに困ったことは?」


『足の固定具です。私には使えましたけど、ザイルは留める順番を間違えそうになりました』


「ザイルさん、やっぱり苦手だったんですね」


神代さんが言うと、リュシアが笑った。


『ザイル、何回もやった。フェナに怒られた』


フェナが少し困った顔をする。


『怒ったわけじゃありません。怪我した人の足を動かさないでって言っただけです』


『大きい声だった』


『それはザイルが聞かなかったから』


二人のやり取りを聞いて、小日向が笑いをこらえていた。


ただ、神代さんは真剣だった。


「その場で止めてくれてよかったです。固定する時に無理な力をかけると、かえって怪我を悪くすることがありますから」


『そうなんですね』


「はい。道具の使い方だけでなく、やってはいけないことも覚えてもらいたいんです」


フェナは手元の紙に何かを書き加えた。


俺はその様子を見ながら、少し感心していた。


昨日の救難を成功させたからといって、フェナは満足していない。自分たちが困ったことや、間違えそうになったことまで記録している。


次に同じような状況になった時、もっと安全に帰せるようにするためだろう。


相馬さんもそれに気づいたらしい。


「フェナ、その記録は今後も続けられるか?」


『はい。昨日のような救難があれば、できるだけ残そうと思っています』


「なら、こちらでも記録を取る。使った道具と状況を照らし合わせれば、改善できることがあるはずだ」


『お願いします』


神代さんが予備の固定具を持ち上げた。


「今日は時間があるので、もう一度使い方を確認しましょう。実際に装着するところを見せてもらえますか?」


『はい』


そこからしばらく、フェナへの説明が続いた。


リュシアが実際に装着する役になり、フェナが固定具を取り付ける。神代さんは手順を確認しながら、締めつける位置や身体を動かさないための注意点を伝えていた。


途中でリュシアが退屈そうな顔をしたが、フェナに何か言われると素直に座り直した。


「リュシア、ちゃんと聞いてる?」


俺が尋ねる。


『聞いてる』


「本当に?」


『フェナが覚える。私は運ぶ』


「自分でも覚えた方がいいと思うけど」


『ナオトも全部できない』


「それはそうだけどさ」


小日向が横で吹き出した。


神代さんも笑いながら説明を続ける。


しばらくして、フェナは一通りの確認を終えた。


『ありがとうございました。これなら次はもっと落ち着いて使えそうです』


「実際の救難では状況が違うこともありますから、無理に使わないでくださいね」


『はい。判断できない時は、また相談します』


相馬さんが頷いた。


「それでいい」


フェナは少し迷ったように手元の道具を見たあと、こちらへ顔を上げた。


『一つ、お願いしてもいいですか?』


「何だ?」


『この道具、もう少し借りておけませんか?』


相馬さんはすぐには答えなかった。


『昨日の救難を見て、町でも使い方を覚えたいという人が出てきたんです。怪我人を運ぶ機会は、私たちだけにあるわけではありませんから』


「誰が教えるつもりだ?」


『まずは私が説明します。でも、私も全部分かっているわけではないので、今日教わったことを整理してからにします』


「道具を増やしてほしいという話か?」


『いえ、今はこれだけで十分です。もっと必要になったら、その時に相談します』


相馬さんは少し考えた。


「分かった。ただし、救難に使う前に状態を確認すること。それと、今日説明した範囲を超える使い方は勝手にしないでくれ」


『はい』


「傷んだスリングは返してもらう。使える状態のものを一組、改めて貸そう」


フェナの表情が明るくなった。


『ありがとうございます』


リュシアが横から口を挟む。


『ナオトは?』


「俺?」


『次も来る?』


俺が答えるより先に、フェナが首を振った。


『場所も帰り方も分かっていて、私たちだけで安全に帰せるなら、呼ばなくてもいいと思います』


「そうですね」


俺が頷くと、フェナは少し笑った。


『必要な時はお願いします。でも、昨日みたいな救難なら、道具だけでいいです』


その言葉を聞いて、相馬さんが俺を見た。


「久世、どう思う?」


「いいと思います」


「理由は?」


「昨日の救難で、向こう側の人たちだけでも帰せるって分かりましたから。ただ、道具があれば必ず大丈夫ってわけじゃないので、そこは毎回確認した方がいいと思います」


「そうだな」


相馬さんはフェナへ向き直った。


「こちらも必要な支援はする。ただ、道具を渡せば終わりというわけじゃない。現場で安全に使えるかどうかまで考えてくれ」


『分かりました』


フェナはしっかり頷いた。


その後、神代さんが貸し出す道具を確認し、瀬川さんへ記録を送った。


昨日の救難で使ったスリングは回収し、代わりのものを渡す。フェナは新しい道具を受け取ると、留め具や布の状態を一つずつ確かめていた。


リュシアがその横で退屈そうにしている。


『もう帰る?』


『もう少し待って』


『お腹すいた』


『朝ご飯、食べたでしょう』


『動いた』


「座ってただけじゃん」


俺が言うと、リュシアは不満そうに頬を膨らませた。


その時、フェナが顔を上げた。


『ナオト、もう一つ聞いてもいいですか?』


「何?」


『昨日助けた人が、あなたにお礼を言いたいそうです』


「俺に?」


『はい。道具を貸してくれた人に、ちゃんとお礼を言いたいって』


俺は少し困った。


「それなら、神代さんに言った方がいいと思いますけど」


「私は道具を選んだだけですよ」


神代さんが答える。


「実際に運んだのはフェナさんたちですし」


『でも、道具がなかったら運べませんでした』


フェナが言う。


その言葉を聞いて、神代さんは少しだけ考えた。


「じゃあ、こう伝えてください。無事に帰れてよかったですって。それから、助けてくれた人たちにもお礼を言ってくださいね」


『はい。必ず伝えます』


フェナは嬉しそうに頷いた。


俺もそれでいいと思った。


昨日の救難では、誰か一人が全部を解決したわけではない。現場にいた人たちが状況を判断し、必要な道具を使って、二人を町まで連れて帰った。


俺たちができたのは、その手助けだった。


これからも同じような救難が増えていけばいい。


そう思っていたところで、リュシアが突然、境目の奥へ顔を向けた。


『あれ?』


「どうした?」


『誰か来た』


リュシアの視線を追うと、向こう側の通路から一人の男が走ってくるのが見えた。


見覚えのない男だった。


かなり急いでいるらしく、こちらへ着く頃には肩で息をしていた。


『フェナ!』


男が大きな声を上げる。


フェナはすぐに振り返った。


『どうしたの?』


『町の外で事故だ。古い見張り台の足場が崩れた』


フェナの表情が変わった。


『怪我人は?』


『一人いる。上に取り残されてる子もいるんだ』


男は息を整えながら説明を続けた。


見張り台の修理をしていたところ、古くなった足場が崩れ、作業していた男が下へ落ちたらしい。幸い、落ちた男は近くにいた人たちが助け出したが、上に残っていた子どもが下りられなくなっているという。


『ザイルは?』


フェナが聞く。


『もう向かってる。だけど、残った足場が危なくて、無理に近づけないんだ』


フェナはすぐに俺たちを見た。


『すみません。町で事故があったみたいです』


相馬さんが一歩前へ出る。


「場所は分かっているのか?」


『はい。町の外にある古い見張り台です』


「取り残されているのは一人か?」


フェナが男へ確認する。


『上にいるのは一人だけ?』


『ああ。下に落ちた男は運び出した。ほかにはいない』


「怪我は?」


『上の子は怪我してない。怖がって動けないみたいだ』


フェナはそのまま相馬さんへ伝えた。


相馬さんは続けて尋ねる。


「救助に向かった人間はいるんだな?」


『ザイルが向かっています。町の人たちも集まっているそうです』


「分かった。まずは現場の状況を確認してくれ。無理に近づかせるな」


『はい』


フェナは頷いたが、すぐには動かなかった。


その視線が、足元に置かれたロープと固定具へ向いている。


神代さんも気づいたらしい。


「フェナさん、何か必要ですか?」


『まだ分かりません。でも、子どもを安全に下ろすには、身体を支えるものが必要になるかもしれません』


神代さんは少し考えた。


「現場の高さや足場の状態が分からないので、今の段階では使える道具を決められません。まずはザイルさんに確認してもらいましょう」


『分かりました』


相馬さんも頷く。


「久世を呼ぶ必要があるかどうかも、状況を聞いてから判断する」


その言葉に、フェナは一度だけ俺を見た。


昨日なら、すぐに俺を呼びに来ていたかもしれない。


でも、今日は違った。


『ナオト、少し待っていてもらえますか?』


「もちろん」


『ザイルに状況を聞いてきます。何が必要か分かったら、また相談します』


「気をつけて」


フェナは頷き、道具を持ってリュシアと一緒に通路の奥へ走っていった。


俺たちはその背中を見送った。


小日向が口を開く。


「また救難ですね」


「そうだね」


「久世さん、行きます?」


俺は相馬さんを見た。


相馬さんは腕を組んだまま、境目の向こうを見ている。


「今の情報だけで、お前が行って何をする?」


そう聞かれて、俺は考えた。


見張り台の場所は分かっている。取り残された子どもの居場所も分かっていて、ザイルたちがすでに向かっている。


《帰り道》で分かるのは、帰るための道だ。


壊れた足場を直せるわけでも、離れた場所にいる子どもを安全に下ろせるわけでもない。


「今のところ、俺にできることはなさそうです」


「なら、まずは待て」


「はい」


神代さんが机に残っていた道具を確認する。


「状況によっては、こちらで使えるものがあるかもしれません。準備だけしておきますね」


相馬さんが頷いた。


「瀬川にも連絡しておけ。現場の情報が入ったら、必要な支援を判断する」


「分かりました」


神代さんが通信機を手に取る。


俺はもう一度、境目の向こうへ目を向けた。


昨日は、道具を渡したあと、無事に帰ってくるのを待った。


今日はまだ、何を渡せばいいのかさえ分からない。


それでも、フェナは俺を呼ぶ前に、現場の状況を確かめに行った。


その判断ができるようになったことは、きっと大きい。


ただ、今回は子どもが一人、高い場所に取り残されている。


足場がどこまで壊れているのかも分からない。


ザイルなら何とかしてくれるかもしれないが、力が強いからといって、崩れかけた足場へ無理に近づいていいわけではない。


俺は時計を見ようとして、途中でやめた。


まだフェナが向かってから、ほとんど時間が経っていない。


相馬さんが横から言う。


「久世」


「はい」


「現場の情報が入るまでは、勝手に判断するなよ」


「分かってます」


「ならいい」


相馬さんはそう言って、監視担当のところへ歩いていった。


俺も椅子へ座り、通信機の置かれた机を見た。


今度の救難で、俺が必要になるのかは分からない。


ただ、必要なのが道具だけなら、それを渡せばいい。


そして、道具だけでは足りないと分かった時には、何が足りないのかを一緒に考えればいい。


しばらくして、通信機から瀬川さんの声が聞こえた。


『相馬さん、こちら瀬川です。向こう側の事故について、記録を開始しました』


「了解。現場からの報告待ちだ」


『分かりました。それと、神代さんから道具の準備について相談がありました』


「何だ?」


『昨日使ったものとは別に、安全帯とロープの組み合わせを確認したいそうです。ただ、現場の構造が分からないので、使用できるかどうかは保留にしています』


「それでいい。先に物を決めるな」


『了解です』


通信が終わる。


俺は神代さんを見る。


「昨日とは、必要なものが違いそうですね」


「そうですね。怪我人を運ぶのと、高い場所から人を下ろすのでは、考えなければいけないことが違いますから」


神代さんは道具を並べ直しながら続けた。


「それに、子どもが怖がって動けないなら、道具だけ渡しても解決しないかもしれません」


「確かに」


「まずは現場にいる人たちが、どこまで安全に近づけるかですね」


俺は頷いた。


昨日の成功が、そのまま今日の正解になるわけではない。


それはフェナも分かっているはずだ。


だからこそ、必要なものを決める前に、現場へ戻ったのだろう。


その時、監視担当が声を上げた。


「向こう側から連絡です!」


俺たちは一斉に顔を上げた。


スピーカーから聞こえてきたのは、リュシアの声だった。


『ナオト、聞こえる?』


「聞こえるよ。どうした?」


『ザイル、現場に着いた』


「状況は?」


『子ども、見えた。怪我してない。でも、下りられない』


リュシアの声はいつもより少し早かった。


『足場、思ったより壊れてる。ザイルが近づこうとしたら、フェナが止めた』


俺は相馬さんを見る。


相馬さんはすぐにスピーカーへ近づいた。


「リュシア、フェナはいるか?」


『いる。代わる』


少し間があって、フェナの声が聞こえた。


『相馬さん、現場を確認しました。子どもは見張り台の上にいて、下から声をかければ返事ができます。ただ、途中の足場が崩れていて、普通には下りられません』


「ザイルはどう判断している?」


『自分が上まで行ければ抱えて下ろせると言っています。でも、足場がもう一度崩れるかもしれないので、今は止めています』


「それでいい。無理に登らせるな」


『はい』


相馬さんは少し考えたあと、尋ねた。


「それで、こちらに何をしてほしい?」


フェナはすぐには答えなかった。


向こう側で何かを確認しているらしく、リュシアの声も小さく聞こえる。


やがて、フェナが口を開いた。


『まだ、道具だけで助けられるか分かりません』


「そうだろうな」


『でも、ザイルが安全に近づける場所を探しています。そこが見つかれば、必要な道具を相談できます』


相馬さんは頷いた。


「分かった。こちらは準備して待つ。現場で無理なことはするな」


『はい。必ず確認してから動きます』


通信が終わった。


俺は境目の向こうを見た。


昨日、フェナは必要な道具を持って帰り、二人を救った。


今日は、まだ何が必要なのか分からない。


それでも、少なくとも一つだけ、昨日とは違うことがあった。


ザイルが動く前に、フェナが止めた。


助けられる力があるからといって、すぐに使うわけではない。


その判断が、今は見張り台の上にいる子どもを守っているのかもしれなかった。


そして俺たちは、現場から次の報告が来るのを待つことになった。

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