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ハズレスキル《帰り道》しかないF級探索者、遭難したS級パーティを全員連れて帰ったら救難依頼が殺到しました  作者: ころもぐら


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111/199

第111話 話しに来た三人

『今度は、私たちが話す』


有線監視カメラの映像の中で、リュシアはそう言った。


三日前まで救難対象だった魔族が、今度は二人の仲間を連れて、自分の意思で境目まで戻ってきている。俺は通信機を持ったまま、どう返せばいいのかすぐには思いつかなかった。


隣にいた相馬さんが先に動く。


「久世、代われ」


「はい」


俺が通信機を渡すと、相馬さんは画面の中のリュシアへ向かって話し始めた。


「リュシアさん。俺は相馬です。久世たちが所属している救難所の責任者です」


リュシアは少し考えるような顔をしたあと、名前を確かめる。


『ソウマ』


「そうです」


『ナオトの、上?』


「まあ、そんなところです」


ずいぶん簡単な説明だったが、リュシアにはその方が伝わりやすかったらしい。後ろにいる二人へ振り返り、俺たちには分からない言葉で何かを伝える。


背の高い男は、こちらが映っているはずのカメラをじっと見つめていた。隣にいる小柄な女性も、人間側の設備を警戒するように周囲を確認している。


相馬さんが聞く。


「話したいことがあるって聞きました。何についてですか」


リュシアは再び日本語へ戻った。


『人間のこと。境目のこと。それから、これから』


「ずいぶん広いですね」


『広い?』


「話すことがいろいろあるってことです」


リュシアは意味を理解したらしく、小さく頷いた。


『そう。いろいろある』


相馬さんはそこで話を先へ進めず、まず今日の状況を確認した。


「一つ聞きます。今日は誰かが怪我をしているとか、帰れなくなっているとか、そういう話じゃないんですね?」


『違う』


「三人とも、自分たちで帰れる?」


『帰れる』


リュシアは迷わず答えた。


相馬さんが俺を見る。


「久世」


「はい」


「お前の仕事じゃない」


「ですよね」


分かっていた。


今、画面の向こうにいる三人は誰も遭難していない。《帰り道》を見る理由もないし、俺が救難員として動く場面でもない。


それでも、リュシアが最初に呼んだのは俺だった。


相馬さんもそこが気になったらしい。


「リュシアさん。話すだけなら、御影ダンジョンの管理側と話してもいいはずです。どうして最初に久世を呼んだんですか?」


リュシアはすぐには答えなかった。日本語でどう伝えるか考えているようで、何度か口を開きかけてから、ようやく言葉を選ぶ。


『ナオトは、私を帰した』


「それは仕事です」


俺が横から言うと、リュシアが画面越しにこちらを見る。


『黙る』


「はい」


三日前にも似たようなことを言われた気がする。


リュシアは相馬さんへ向き直った。


『私、人間じゃない。最初、みんな怖がった』


神代さんの表情が少しだけ変わった。


実際、その通りだった。角があり、見たことのない武器を持ち、どこから来たのかも分からない。俺たちはリュシアが魔物と同じ側の存在なのではないかと疑った。


『でも、ナオトは帰ると言った』


「正確には、帰れるか確認するって――」


『ナオト』


「すみません」


今度こそ黙る。


リュシアは少し眉を寄せたあと、言葉を続けた。


『私が何か、まだ分からない時から、帰りたいなら考えるって言った。だから、最初にナオトと話す』


相馬さんはその説明を聞いても、特に表情を変えなかった。


「久世は人間側の代表じゃありませんよ」


『知ってる』


「人間側のことを決める人間でもない」


『知ってる』


今度は返事が早かった。


相馬さんが少しだけ眉を動かす。


「ならいいです」


俺としては、何がいいのか少し分からない。


隣で小日向が小声で言った。


「久世さん、かなり信用されてますね」


「そういうこと言わなくていいから」


「でも実際そうじゃないですか」


瀬川は会話には入らず、端末へやり取りを記録している。


画面の向こうでは、背の高い男がリュシアへ何か話しかけた。声は低く、表情にも警戒心が出ている。リュシアが短く答えたあと、こちらへ向き直った。


『こっちも、聞きたい』


相馬さんが聞く。


「何を?」


リュシアは後ろの男を示す。


『この人、人間、信用してない』


「それは別に構いません」


『早い』


「こっちも、あなたたちのことを何も知りませんから」


リュシアは少し考えたあと、そのまま後ろの男へ伝えた。


男は説明を聞くと、短く何かを返す。


「何て?」


俺が聞く。


『同じだって』


「ですよね」


それなら話は早い。


こちらも魔族を信用していないし、向こうも人間を信用していない。少なくとも、どちらか一方だけが疑われている状態ではなさそうだった。


神代さんが通信機の近くへ来る。


「リュシアさん。その二人のお名前を聞いてもいいですか?」


リュシアは後ろを振り返り、それぞれへ確認してから答えた。


『ザイル。こっち』


背の高い男が軽く顎を引く。


短い黒髪に近い色の髪で、こめかみの辺りから後ろへ向かって角が伸びている。見た目だけなら四十歳前後にも見えるが、リュシアの実際の年齢すら分からない以上、人間の感覚で考えない方がよさそうだ。


『フェナ。こっち』


もう一人の小柄な女性が、こちらをじっと見る。髪は薄い灰色で、角はリュシアよりさらに短い。腰には武器らしきものを付けているが、ザイルほど警戒を前へ出しているようには見えなかった。


「ザイルさんと、フェナさん」


神代さんが確認する。


リュシアが二人へ何かを説明すると、フェナが少し首を傾げた。


『さん、分からない』


「そこはもう諦めた方がいいかもしれません」


俺が言うと、神代さんがこちらを見る。


「まだ諦めてません」


「そうでした」


リュシアが神代さんを見る。


『ミナミ、まだ?』


「神代です」


『ミナミ』


神代さんは少し黙ってから答えた。


「……今日はいいです」


以前より諦めるまでが早くなっている気がする。


相馬さんが咳払いをした。


「話を戻します」


俺たちは黙る。


「今日は、境目を越えるつもりで来たんですか?」


リュシアは後ろの二人と少し話したあと、こちらへ答えた。


『まだ決めてない』


「こっちへ来るかどうかも?」


『そう』


「なら、今はそのままでお願いします」


リュシアが訳すと、ザイルが少し長めに何かを話した。


それを聞いたリュシアがこちらを見る。


『ザイル、聞いてる。人間は、向こうへ来るのか』


その質問で、部屋の空気が少し変わった。


意味は分かる。


俺たちは向こう側に別の土地があることを知った。境目も残っている。人間側がその気になれば、調査や資源目的で越えようとする人間が出てくる可能性はある。


実際、すでに研究や攻略の問い合わせは来ていた。


相馬さんは少し考えてから答える。


「救難所として答えられる範囲なら、今のところ行く予定はありません」


リュシアが通訳すると、ザイルは表情を変えずに聞いていた。


『救難所だけ?』


「そうです。俺たちは人間全体のことを決める立場じゃない」


リュシアが少し困った顔をする。


『人間、多いから?』


「それもあります。仕事も組織も別です」


『面倒』


「そこは否定しません」


相馬さんが珍しく素直に答えた。


ザイルとフェナへ説明を続けるリュシアを見ながら、俺は少しだけ考える。


リュシア一人を帰す時には、「帰りたい」という目的だけを見ていればよかった。


でも今は違う。


向こうには向こうの事情があり、こちらにもこちらの事情がある。三人は救助を求めに来たわけではなく、お互いの場所を今後どう扱うのかを話しに来ている。


これは完全に、俺の仕事の外だった。


相馬さんも同じ判断をしたらしい。


「御影の管理責任者と警備側に連絡する。必要なら、その先にも話を上げる」


小日向がすぐ動く。


「分かりました」


相馬さんは続けた。


「ただし、今すぐ大人数を境目へ集めるな。向こうを刺激する」


「はい」


「それから久世と神代さんは残ってください」


俺は思わず聞き返した。


「俺も?」


「呼ばれたのお前だろ」


「俺の仕事じゃないって言ったじゃないですか」


「決める仕事じゃない。話を聞くくらいはできる」


なるほど。


神代さんも頷く。


「私も現場にいた当事者ですから、その方がいいと思います」


俺だけ抜けるわけにもいかないらしい。


画面の向こうでは、フェナがリュシアへ何か聞いていた。リュシアが答えると、フェナは少し驚いたようにこちらのカメラを見る。


「何の話?」


俺が聞く。


リュシアは少し迷ってから答えた。


『フェナ、聞いた。ナオト、本当に弱いのかって』


「何でその話になるんですか?」


小日向が吹き出し、神代さんも口元を押さえる。相馬さんだけは、いつも通りほとんど表情を変えなかった。


『私が言った』


「言わなくていいんですよ」


『大事』


「何が?」


『弱いのに、助けに来た』


笑われているのか褒められているのか分からない。


フェナがリュシアへ何か言う。


『フェナ、変な人だって』


「初対面でそれですか」


『私もそう思う』


「リュシアまで」


久しぶりに聞いた片言のやり取りに、さっきまで張っていた空気が少しだけ緩んだ。


ただ、ザイルだけは表情を崩さない。


リュシアへ短く何かを告げる。


『ザイル、まだ聞いてる』


「何を?」


『ナオトは、どうして私を助けた』


俺は少し困った。


「救難依頼があったからです」


リュシアが訳す。


ザイルが何か返した。


『私が魔族って分かったあとも』


「途中でやめる理由がなかったから」


また訳される。


今度はザイルが少し長く話し、リュシアも途中で確認しながら聞いていた。


やがてこちらを向く。


『もし、最初から魔族って分かってたら?』


俺は少し考えた。


リュシアを見つけた時、最初から「魔族です」と言われていたらどうしていただろう。


警戒はしたと思う。神代さんも剣へ手を置いただろうし、班長もすぐには近づかなかったはずだ。


それでも、怪我をしていて帰れないと言われたら、たぶんやることは変わらない。


「危険じゃないかは確認します。でも、帰れなくなっていて、助けてほしいなら、救難対象として考えると思います」


リュシアが訳す。


ザイルはすぐには答えなかった。


フェナもこちらを見ている。


しばらくして、ザイルが一言だけ返した。


「何て?」


俺が聞く。


リュシアは少し笑う。


『信じてないって』


「ですよね」


当然だと思う。


一度話しただけで信用されても困る。


相馬さんが横から言った。


「そのくらいでちょうどいい」


リュシアが相馬さんを見る。


『ソウマも?』


「こっちもまだ信用してない」


リュシアは一瞬驚いたあと、なぜか少し笑った。


『似てる』


「何がです?」


『ザイルとソウマ』


俺は画面のザイルと隣の相馬さんを見比べる。


どちらも警戒を隠さず、必要以上に愛想を見せない。


確かに少し似ているかもしれない。


「それ、本人たちに言わない方がいいですよ」


『もう聞いてる』


「そうでした」


有線の音声は、向こうにもそのまま届いている。


しばらくして、小日向が戻ってきた。


「御影側とつながりました。管理責任者と警備担当が現地で対応に入ります。上にも連絡を回すそうです」


相馬さんが確認する。


「すぐ境目まで行くのか」


「いいえ。まず管理棟から映像と音声で参加するそうです」


「それでいい」


いきなり境目へ人間を増やさない。


俺もその方がいいと思う。


小日向が別の回線を開き、御影側の管理担当者が会話へ加わった。


簡単な挨拶と状況説明が終わったあと、最初に確認されたのは、三人が人間側へ危害を加える意思を持っているかどうかだった。


リュシアが二人へ確認する。


ザイルは少し不機嫌そうに何かを答え、フェナも続ける。


『ない』


「こちらへ来た目的は?」


『話すだけ』


「武器は?」


リュシアは少し眉を寄せる。


『持ってる』


神代さんが聞く。


「それは必要なんですか?」


リュシアがこちらを見る。


『向こう側、獣いる』


それなら納得できる。


武器を置いた状態で境目まで来いという方が無茶だ。


現地管理側も同じ判断だったらしく、今日は三人を武装解除させる話にはならなかった。


代わりに決まったのは、もっと単純なことだった。


三人の魔族は今日は境目を越えず、人間側も向こうへ入らない。その状態のまま有線設備を使って話し、互いに確認したいことを一つずつ出していく。


正式な取り決めと呼べるようなものではない。


ただ、最初に話をする形としてはそれで十分だった。


相馬さんが俺を見る。


「久世」


「はい」


「何か聞きたいことあるか」


「俺が?」


「当事者としてだ」


急に振られても困る。


俺は画面のリュシアを見る。


聞きたいことならいくらでもある。


魔族の町がどんな場所なのか、どれくらいの人が住んでいるのか、あの境目は以前から存在していたのか、魔物はどれくらいいるのか、人間についてどこまで知っているのか。


でも、今一番聞きたかったのはそこではなかった。


「リュシア」


『何』


「帰ったあと、仲間には会えた?」


リュシアは少しだけ目を丸くした。


後ろのザイルとフェナも、質問の意味を知るためにリュシアを見る。


リュシアが二人へ説明してから、こちらへ向き直った。


『会えた』


「心配されてた?」


『すごく』


「怒られた?」


リュシアはザイルを見る。


『ザイルに』


「なるほど」


ザイルが何か言う。


それを聞いたリュシアが少し嫌そうな顔をした。


『まだ怒ってるって』


「無事に帰ったんだから、もういいじゃないですか」


『私も言った』


ザイルがさらに何かを返す。


リュシアは最後まで聞いてから、俺を見る。


『ナオトは黙れって』


「初対面なのに厳しくないですか?」


小日向がまた笑い、神代さんも少しだけ口元を緩めた。


でも、俺はそのやり取りを聞いて少し安心した。


リュシアには、本当に帰る場所があった。


帰れば心配していた仲間がいて、無茶をしたことを怒る人間――ではなく、魔族もいた。


三日前に彼女が話していた「家、町、仲間」という言葉が、ただ俺たちへ説明するためのものではなかったことが分かった。


今、画面の向こうにいる二人がその証拠だった。


その後もしばらく話は続いた。


人間側からは、当面こちらから境目を越える予定はないこと、境目周辺は封鎖して一般探索者を近づけない方針であること、その一方で人間側すべての組織についてこの場で保証することはできないと伝えた。


魔族側からも、リュシアが戻ったあと、境目周辺への立ち入りを制限したことが伝えられた。誰でも自由に通れる状態にはしておらず、今日来た三人も町の中で話し合ったうえで境目まで来たらしい。


それ以上のことは、今日決めなかった。


互いに分からないことが多すぎる以上、急いで決まりを作っても、その前提自体が間違っている可能性がある。


だから、分からないものを分かったことにしない。


少なくとも、その点だけは救難の現場と同じだった。


会話を終える前、リュシアが言った。


『次、もっと話す』


相馬さんが答える。


「その時は、できれば事前に知らせてもらえると助かります」


『どうやって?』


全員が少し黙った。


確かにそうだ。


境目を挟んだ相手に電話番号を渡しても意味がない。


小日向が言う。


「決まった時間に監視設備を確認するとかですかね」


相馬さんが首を振る。


「それも次に決める。今日は増やすな」


今日はそこまででいいらしい。


リュシアがこちらを見る。


『ナオト』


「はい」


『今度、こっちの話する』


「町の話?」


『それも』


「魔族のこと?」


『それも』


興味がないと言えば嘘になる。


かなり気になる。


それでも、そのために境目を越えるつもりはなかった。


「ここから聞ける範囲でお願いします」


リュシアが笑う。


『ソウマに怒られる?』


「それもありますけど、自分でも行かない方がいいと思ってます」


相馬さんが横から言う。


「成長したな」


「その言い方やめてもらえます?」


画面の向こうでリュシアが笑い、フェナも理由は分からないまま少し笑った。


ザイルだけは最後までほとんど表情を崩さなかった。


ただ、通信を終える直前、ザイルがリュシアへ短く何かを伝える。


リュシアが少し意外そうな顔をした。


「どうしました?」


俺が聞く。


リュシアはザイルを見たあと、こちらへ伝えた。


『次も、ナオトいていいって』


「許可制なんですか、俺」


『ザイル、まだ信用してない。でも、リュシアを帰した人間なら話はするって』


それなら十分だと思う。


信じてもらう必要はない。


俺たちだって、まだ向こうのことを信用しているわけではない。


ただ、話をする相手として認めてもらえた。


今はそれくらいでいい。


通信を終えたあとも、三人の魔族はすぐには境目から離れなかった。


リュシアがこちらのカメラへ一度手を上げる。


俺も反射的に手を上げたが、向こうからこちらの姿が見えているわけではないことに気づく。


それでも数秒後、リュシアはザイルとフェナを連れて木々の方へ歩き始めた。


三人の姿が見えなくなるまで、俺たちは画面を見ていた。


やがて相馬さんが言う。


「久世」


「はい」


「勘違いするなよ」


「何をです?」


「お前は外交担当になったわけじゃない」


「分かってます」


「向こうへ行く理由もない」


「分かってますって」


相馬さんは俺の顔をしばらく見たあと、それ以上は何も言わなかった。


俺も監視画面から離れる。


今回は誰も救助していないし、《帰り道》も使っていない。


それでも、三日前に一人を帰したことが、今日の会話につながった。


魔族だったから特別なことをしたわけではない。


リュシアが帰れなくなっていたから助けただけだ。


ただ、その一人が帰った先にも町があり、仲間がいて、こちらを警戒しながら生活している人たちがいた。


俺たちは今日、その事実を「魔族」という言葉ではなく、ザイルやフェナという一人ずつの相手として初めて見た。


そして向こうもきっと、人間という大きな括りではなく、俺たち一人ずつを見始めたところなのだと思う。

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