第110話 帰還記録
御影ダンジョンの地上へ戻った時、《帰り道》の光はまだ俺たちの足元に残っていた。
未記録亀裂の奥でリュシアが境目を越えたあと、地上方向へ向きを変えた光は、そのまま俺たち四人を第五層から連れ出した。第一層を抜けてダンジョンの入口を通過し、全員の帰還が確認されたところで、淡い光はいつものように少しずつ薄くなり、やがて完全に見えなくなった。
俺が念のため足元を確かめていると、隣にいた現地救難班長が声をかけてきた。
「消えました?」
「はい。今です」
「リュシアさんが境目を越えたあとに向きが変わって、俺たちが地上へ戻ったところで消えた」
「今回確認できた範囲では、そうなります」
班長は頷き、そのまま端末へ内容を入力する。
「理由は書きません」
「お願いします」
ここ数日で、このやり取りにもすっかり慣れてしまった。
管理棟へ戻ると、まず亀裂内部へ入った全員の状態確認が行われた。神代さんにも現地救難員にも怪我はなく、通信が切れる区間で感じていた身体の軽さや音の距離感の異常も、亀裂から離れてからは残っていない。俺にも特に異常はなく、全員が通常通り動けることが確認された。
人数だけを見れば、出発した時より一人少ない。ただ今回は、その一人を無事に帰すことが目的だった。誰かを置いてきたわけではなく、リュシアが自分の帰る場所へ戻ったからこそ、俺たちは四人で帰ってきた。
会議スペースには、昨日まで使っていた第五層の図面と、亀裂内部で撮影した写真が並べられていた。黒い苔のような植物、青い境目、その向こうに見えた黒い土や細い木々など、人間側ではこれまで確認されていないものばかりだ。
それでも班長は余計な意味を足さず、俺たちが実際に見たことと、リュシア本人が話したことを分けながら記録を整理していった。
「対象者については、これでいいですかね」
班長が画面を見ながら読み上げる。
「人型女性一名。本人申告では魔族。人間側の入場記録なし。第五層西側旧採掘区画の未記録亀裂から進入したと申告。右脚および脇腹に負傷あり。旧作業員用緊急通話端末を使用し、救難用通信帯へ音声を発信」
「いいと思います」
神代さんが答えた。
班長はそのまま次の項目へ進む。
「本人は魔物とは異なる存在であり、町、仲間、生活圏を持つと説明。実際に本人を追ってきたと思われる魔物を確認し、本人が倒したと申告した個体の死体も現地で確認」
「そこは『本人が倒したと申告』のままでお願いします」
俺が言う。
「武器の形や傷とは合ってそうでしたけど、俺たちが倒すところを見たわけじゃないので」
「分かりました」
次は《帰り道》についてだった。
班長が端末を少し下へ送る。
「久世さんが対象者を帰還対象として認識した状態で、管理棟内にて《帰り道》を確認。初回は表示なし。その後、本人と未記録亀裂付近まで移動した際に、亀裂内部を示す表示を確認」
「はい」
「その後、地上へ戻っても表示は継続。再び亀裂内部へ進入した際も、境目方向を示した」
「その通りです」
班長は最後の部分を読み上げる。
「対象者が境目を越え、本人が既知の土地と認識している場所へ移動したのち、表示方向が地上側へ変化。残った救難班が地上へ帰還した時点で表示消失」
俺は頷いた。
「ここまでで十分だと思います」
そこから先については、まだ書かない方がいい。
今回の一件だけを見れば、魔族でも《帰り道》の対象になったように見えるし、地上とは別の場所へ光が続いたようにも見える。リュシアが境目を越えたあとに表示方向が変わったことも事実だ。
だからといって、「人間以外も対象にできる」「別世界への帰還経路を示せる」「境目を越えれば自動的に帰還対象から外れる」といったところまで決めてしまうことはできない。次に同じ状況が起きても、同じ結果になる保証はなかった。
神代さんも同じ考えだった。
「『魔族を対象にできることを確認』とは書かない方がいいと思います」
班長が頷く。
「一件だけですからね」
「それに、リュシアさんが人間とは完全に別の生物なのかどうかも、私たちには確認できていません。本人が自分を魔族と呼んでいることと、私たちが生物として分類できることは別です」
「そうですね。今のところ確実に残せるのは、本人が自分を魔族だと説明したことまでにします」
記録に残すのは、俺たちが確認した事実と、本人が話した内容。それを混ぜない。
相馬さんがいたら、たぶん同じことを言う。
実際、その十分後には本人から通信が入った。
班長が一通り状況を報告すると、相馬さんは最初にリュシアの状態を確認した。
『本人は歩いて帰ったんだな』
「はい。境目を越えたあとも、こちらから見える範囲では自力歩行を確認しています。途中で何かを避けるように進路を変え、そのまま木々の奥へ入りました」
『そこから先は』
「確認してません」
『それでいい』
相馬さんは余計な感想を挟まず、次に俺へ代わるよう言った。
「久世です」
『光はどうなった』
「リュシアが向こうへ行って、自分で帰れる場所まで戻ったと俺が認識したあたりで、境目の向こうへ続いていた光が消えました。そのあと、残った俺たちの地上方向へ切り替わってます」
『お前がそう認識したから変わったと思うか』
「可能性はあると思います。ただ、まだ分かりません」
『なら、それ以上は決めるな』
「はい」
昨日までと変わらない。
一度見ただけのことをルールにはしない。
俺は少し迷ってから、相馬さんに言った。
「相馬さん」
『何だ』
「リュシア、帰せたと思います」
通信の向こうで少しだけ間が空いた。
『本人が自分で帰れる場所まで連れていったなら、救難としては終わりだろ』
「ですよね」
『町に着くところまで付いていきたかったのか』
「少しだけ」
正直に答えると、神代さんが横からこちらを見た。
相馬さんは呆れたような声を出す。
『行かなくて正解だ』
「分かってます」
『お前らが向こうで遭難したら、今度は誰が迎えに行くんだ』
「《帰り道》があるので、と言いたいところですけど」
『お前自身が帰れる保証はないだろ』
すぐには返せなかった。
第二森下ダンジョンで《帰り道》が出なかった時のこともある。能力を持っているからといって、自分が必ず帰れる保証があるわけではない。
「はい。その通りです」
『だったら救難員は、帰れる範囲で仕事しろ』
「分かりました」
通信を切ると、神代さんが少し笑っていた。
「何です?」
「相馬さんに同意していただけです」
「何も言ってなかったですよね」
「顔で」
「最近みんな、顔で会話しすぎじゃないですか」
神代さんは否定しなかった。
その日の午後には、未記録亀裂の当面の扱いについても方針が決まった。
第五層西側旧採掘区画は引き続き封鎖し、境目の先へ人間側から踏み込むことはしない。ただ、完全に放置するわけにもいかないため、救難班がすでに安全を確認している人間側の区間に限り、設備担当者が有線式の監視設備を設置することになった。
亀裂内部では十八メートル前後から通常の通信が不安定になる。そのため無線式にはせず、境目を見通せる位置にカメラ、収音機、小型スピーカーを置き、ケーブルを亀裂入口側まで直接延ばして映像と音声を送る方式を取る。
設置が終わったあとは、魔物が人間側へ出てきた場合や設備異常が起きた場合を除いて、人が境目まで近づかない。研究や攻略を目的とした立ち入りについても、少なくとも救難部門から許可を出さないことになった。
すでに亀裂を調べたいという話はいくつも来ているらしい。
班長が端末を見ながら困った顔をする。
「『未知領域調査』『新規ダンジョン構造の確認』『未確認資源の採取』。朝からこういう問い合わせが続いてます」
「早くないですか?」
俺が聞く。
「情報を完全に止められる時代じゃないですからね。第五層が閉鎖されたことと、見たことのない女性が救助されたらしいという話くらいまでは、もう外に出てるみたいです」
神代さんが聞く。
「魔族のことまで?」
「そこは正式には出してません。ただ、角のある女性を見た人は何人かいますから」
それだけでも噂にはなる。
俺が思っている以上に、大きな話になっていく可能性はある。
それでも、相馬さんから出ている指示は変わらない。
救難部門は攻略をしないし、未知の場所を調べるために《帰り道》を使うこともしない。今回の亀裂へ入ったのも、帰れなくなったリュシアがいたからだ。
今はもう救難対象がいない。
だったら、俺たちが奥へ進む理由もない。
夕方になり、俺と神代さんは御影ダンジョンを離れた。
帰りの車では、しばらく二人ともあまり話さなかった。御影ダンジョンにいたのは数日だけなのに、リュシアがいなくなった管理棟は少し静かになったように感じた。
実際には現地職員も救難員も変わらず働いている。それでも、あの片言の日本語で急に話しかけてくる人が一人いなくなっただけで、妙に物足りなく感じる。
助手席の神代さんが窓の外を見ながら言った。
「帰れましたね」
「そうですね」
「今日は『たぶん』じゃないんですね」
「自分で帰れるところまでは戻せましたから。そこから先はリュシアの仕事です」
神代さんは少し笑った。
「それでいいと思います」
俺も前を見る。
リュシアに会うまで、《帰り道》が地上以外を示すことなんて考えたことがなかった。というより、考える必要がなかった。
これまで助けてきた人たちは、全員地上へ帰りたがっていたからだ。
今回は違った。
リュシアにとって、地上は帰る場所ではない。俺たちにとって安全な場所へ連れていけば終わるのではなく、本人が自分の帰る場所へ戻れるところまでつながなければ意味がなかった。
俺は少し考えてから神代さんに聞く。
「リュシア、また来ると思います?」
「どうでしょう。でも『次』って言ってましたね」
「言ってましたよね」
「気になります?」
「そりゃ少しは」
「私もです」
神代さんは少しだけ間を置いてから続ける。
「今度会ったら、名前の呼び方は直したいですけど」
「まだ諦めてなかったんですか」
「久世さんみたいにすぐ諦めません」
「別に諦めたわけじゃないんですけどね」
神代さんが突然こちらを向いた。
「ナオト」
思わず俺も横を見る。
「何ですか急に」
「リュシアさんがずっとそう呼んでいたので、試してみただけです」
「神代さんが言うと変ですね」
「私もそう思いました」
自分で言った本人にも違和感があったらしい。
神代さんは少し笑い、また窓の外へ視線を戻した。
翌日、いつもの救難所へ戻ると、小日向が机の上いっぱいに書類を広げて待っていた。
「お帰りなさい。すごいことになってます」
「何が?」
「問い合わせです。ほとんど御影の件ですよ」
嫌な予感がする。
小日向は何枚かの書類を俺へ見せた。
「まだ正式発表してないので内容はぼんやりしてますけど、『新しいダンジョンが見つかったんですか』『異世界につながったって本当ですか』『角のある女性を助けたって聞いたんですけど』とか、朝からいろいろ来てます」
「どこから出てるんだろう」
「噂って早いですよ」
小日向はさらに別の書類を持ち上げる。
「こっちはもっと面倒です。攻略部門と研究機関から、久世さんの《帰り道》を使って亀裂の先を調べられないかって問い合わせが来てます」
相馬さんの机から声が飛んできた。
「断った」
小日向が俺を見る。
「だそうです」
「ですよね」
相馬さんは書類から顔も上げない。
「救難対象がいない」
「はい」
「なら久世を出す理由もない」
分かりやすい。
小日向が少し笑う。
「『未知領域へ帰り道が出るなら、攻略に使えるのでは』って質問も来てます」
俺は首を横に振った。
「それ、違いますよ。俺が知らない場所へ行きたいと思って出した道じゃないです。リュシアを帰すつもりで見たら、結果としてあの方向に出ただけなので」
「ですよね」
瀬川も記録用端末を持って近づいてきた。
「そこ、かなり大事だと思います」
「瀬川。記録見た?」
「全部ではないですけど、小日向さんと一緒に整理してます」
瀬川は端末を開く。
「今のところ、《帰り道》について追加で書けるのは、今回観察した内容だけにしています。人間以外を対象にできるとか、別世界へ向かえるとか、そういう形では入れてません」
「それでお願いします」
「相馬さんにも同じこと言われました」
やっぱりだった。
小日向が聞く。
「でも、久世さん本人としてはどうだったんです?」
「何が?」
「《帰り道》が地下の奥を向いた時。かなり驚いたでしょう」
俺は少し考えた。
「最初は、スキルがおかしいっていうより、俺の見方が間違ってるんじゃないかと思いました。今まで地上にしか人を帰してこなかったから、俺自身が『帰るって地上へ出ることだ』と思い込んでたのかもしれない」
相馬さんが書類をめくりながら言う。
「そこも推測だ」
「分かってますよ」
「ならいい」
本当に何も言わせてもらえない。
ただ、そのくらい慎重でちょうどいいのだと思う。一度起きたことに意味を付けすぎれば、次の現場でその意味に状況を合わせようとしてしまう。救難でそれをやれば、実際に目の前で起きていることを見落としかねない。
俺は自分の机へ戻り、御影ダンジョンの救難記録を読み返した。
今回の救難は、発信者不明の音声から始まった。入場記録に誰も残っていないにもかかわらず、「帰りたい」と聞こえる声が古い緊急通話端末から救難用通信帯へ届き、その声を探した先で人間ではない女性を見つけた。
リュシアは自分を魔族と名乗り、魔物に追われて怪我をし、自分の町へ帰りたいと言った。そして《帰り道》は、地上ではなく彼女が帰る方向へ伸びた。
記録だけ読めば、今までの救難とは全く違う出来事に見える。
それでも現場でやったことを一つずつ振り返れば、そこまで大きく変わってはいない。声を聞き、居場所を探し、怪我を確認して、安全に通れる状態を作り、本人が自分の力で帰れるところまで送り届けた。
相手が魔族だったことと、帰る方向が地上ではなかったこと以外は、これまでと同じ救難だった。
小日向が俺の机へ一枚の紙を置いた。
「これ、最終確認お願いします」
「何?」
「御影の救難結果です」
簡潔にまとめられた記録だった。
救難対象一名。本人申告では魔族。地上へ一度搬送したのち、本人の希望に基づき、帰還先へ向かうため未記録亀裂まで再同行。未記録亀裂内部にて、本人が既知の土地と判断した場所を確認。本人が自力で帰還可能と判断した地点まで同行し、そこで救難同行を終了。救難班は全員地上へ帰還。
最後には、救難完了と記されている。
俺は一通り読み終えてから紙を返した。
「これでいいと思います」
小日向が頷く。
「じゃあ閉じますね」
端末上で、御影ダンジョンの救難記録が完了扱いになった。
魔族との初接触とも、別世界の発見とも書かれていない。記録上は、あくまで一人の要救助者を帰した一件として処理されている。
俺には、それくらいがちょうどよく思えた。
その翌日も御影ダンジョンから大きな連絡は入らず、リュシアを帰してから三日目の午後を迎えた。
未記録亀裂にも目立った変化はなく、救難後に設置した有線監視設備から送られてくる映像にも、リュシアの姿は確認されていない。境目そのものは変わらず残っているが、人間側から新たに近づくことはせず、魔物がこちら側へ出てきた場合や設備に異常が生じた場合だけ対応する方針が続いていた。
俺自身も通常の救難業務へ戻り、迷った探索者からの問い合わせに対応したり、怪我人の搬送計画を確認したり、別のダンジョンから届いた救難経路の相談を見たりしていた。
御影で起きたことが嘘になったわけではない。それでも、救難所の日常は変わらず続いていく。
その日の午後も、このまま特別なことは起きないと思っていた。
俺が少し離れた机で救難記録を書いていると、小日向がいつものように受付の電話を取った。
「はい、救難受付です」
最初は普段と変わらない声だったが、数秒後、小日向の表情が変わった。
「……御影ですか?」
俺は手を止めて顔を上げる。
相馬さんも同時に小日向を見る。
「はい。未記録亀裂……分かりました。映像は?」
小日向は電話を肩に挟みながら端末を操作した。
「こちらにも送ってください」
少し会話を続けたあと、最後に人数を確認する。
「三人ですね?」
その言葉で、俺も椅子から立った。
小日向が通信を切る。
「御影ダンジョンです」
相馬さんが聞く。
「何が出た」
「人です。たぶん」
小日向が送られてきた映像を開き、俺と神代さん、相馬さん、瀬川が画面の周りへ集まった。
映っているのは、救難後に境目手前の人間側へ設置した有線監視カメラの映像だった。カメラから伸ばしたケーブルは通信が不安定になる区間を通って亀裂入口側までつながっているため、通常の通信が切れる場所でも映像自体は管理側へ送ることができる。
その映像の中で、青い境目の向こう側に三つの人影が立っていた。
先頭にいる人物には見覚えがある。
暗い銀色の髪と、髪の間から伸びる短い角。腰には、神代さんが返した剣がある。
「リュシア」
俺が名前を呼ぶ。
神代さんも画面を見たまま言った。
「戻ってきましたね」
リュシアの後ろには、見たことのない二人が立っている。一人は背の高い男に見え、もう一人はリュシアより少し小柄な女性らしい。二人とも人間によく似た姿をしているが、頭部にはリュシアと同じような角があった。
相馬さんが聞く。
「救難要請か?」
小日向は首を横に振った。
「今のところ違います。境目の向こうに三人で立っているだけだそうです」
その時、カメラと一緒に設置した収音機から音声が入った。
有線設備を通しているため声そのものは届いているが、境目を挟んでいるせいなのか少しノイズが混じっている。
それでも、最初に聞こえた声はすぐに分かった。
『……ナオト』
俺は画面を見る。
リュシアがこちら側のカメラを見ている。
後ろにいる二人へ何かを話したあと、もう一度こちらへ向き直った。
『聞こえるか?』
小日向が御影側へ確認する。
「境目手前に設置したスピーカーも使えるそうです。こちらの音声を返せます」
相馬さんが俺を見る。
「久世」
「俺ですか?」
「名前呼ばれてるだろ」
それはそうだった。
俺は通信機を受け取る。こちらの声は御影側を経由し、有線で境目手前のスピーカーへ送られる。
「リュシア?」
少し間が空いた。
画面の中で、リュシアの表情が変わる。
『ナオト』
「聞こえてます」
『よかった』
数日前と同じ、まだ少し不完全な日本語だった。
ただ、声には怪我をしていた時の弱さがない。
俺は最初に聞きたかったことを口にした。
「ちゃんと帰れた?」
『帰れた』
その一言を聞いた瞬間、胸の中に少しだけ残っていたものがようやく消えた。
俺たちは、リュシアが自分で帰れる場所まで送り届けた。でも、本当に町へ着けたのかまでは確認できていなかった。
今、その本人が自分の足で戻ってきた。
「よかった」
俺が言うと、リュシアが少し笑った。
後ろにいる二人は、人間側の監視設備を珍しそうに見ている。
神代さんが俺の横へ来た。
「リュシアさん」
俺は通信機を少し神代さんの方へ向ける。
「神代さんもいます」
画面の中のリュシアがすぐに反応した。
『ミナミ』
神代さんの眉が少しだけ動いた。
「……お久しぶりです」
帰してから、まだ三日目だ。
それでも今度は名前を訂正しなかった。
リュシアは少し嬉しそうに見えた。
俺は後ろの二人へ視線を向ける。
「その人たちは?」
リュシアも振り返る。
二人へ俺たちには分からない言葉で何かを話したあと、日本語へ戻った。
『仲間』
「一緒に来たの?」
『うん』
リュシアは少し間を置いてから続ける。
『今日は、助けて、じゃない』
俺は相馬さんを見る。
相馬さんも画面を見たままだった。
「じゃあ、何しに?」
リュシアは一度後ろの二人を確認したあと、こちらへ向き直る。
『話しに来た』
俺は通信機を持ったまま少し黙った。
救難要請ではない。
帰れなくなった人もいない。
だったら、本来は俺の仕事ではないのかもしれない。
それでもリュシアは、俺の名前を呼んで戻ってきた。
『ナオト』
「はい」
『今度は、私たちが話す』
青い境目の向こうには、三人の魔族が立っている。
人を帰すために始まった今回の救難は、もう終わっている。
それでも、俺たちが帰れるところまでつないだ先から、今度は帰った相手の方が自分の意思で戻ってきた。




