6 裏切り者
リースは完全に我を失っている。まずいぞ。このままじゃ本当に要塞を突破されかねない。早く将軍を何とかしないと。だけどリースはあの調子だ。当てにならない。部下のサキュバスたちでは、どう考えても戦力不足。玉座付近にいる者でグレイル将軍とまともに戦える者なんていないぞ。
将軍が予想以上に強かったことと、リースが想定以上にアホだったことが災いして、状況が極めて悪い方向に流れている。何とかならないものかと考えをめぐらすも、結局この答えしか思い浮かばない。
……仕方ない。俺が助けるしかないか。それ以外に方法も無さそうだしな。リースの奴、あの調子じゃそう長く持たないぞ。急がないと。俺は石床を蹴って要塞の奥に走り出す。しかしいくらか進んだところで、すぐに足を止めることになる。何体ものサキュバスたちに取り囲まれてしまったのだ。
こいつら、なんのつもりだ? 俺たちは今、協力関係にある。まさか俺の首を狙ってるなんてことはないよな。まさかね。あ、もしかして適当にやられたふりでもして俺に花を持たせてくれるつもりかも? 勇者の俺がろくに活躍してないんじゃ不自然だからな。ふっ。気の利く奴らだ。
「勇者を倒せば幹部に成り上がれるわよ!」
俺の正面にいるサキュバスが目の色を変える。その顔は完全に欲に取りつかれたものの表情だ。それを皮切りに他の奴らも一斉にしゃべり出す。
「やっとつまんない雑用から解放される日が来たのね」
「でも勇者って意外といい男じゃない?」
「たしかに!」
たしかに、じゃねーよ!
「殺すの、もったいない気がする」
「えー? でも地位も欲しいよ」
「じゃあ部屋に連れ込むか、首をはねるか、どっちが早いか勝負しない?」
「おもしろそー!」
サキュバスたちはノリノリだ。
駄目だコイツら……。本能に忠実すぎる。欲望よりも任務を優先しろっつーの。ていうか、よく今日まで落とされなかったな、この要塞。
はあ。まずはこいつらを何とかしないとリースを助けに行けないぞ。そうは言っても数が多い。剣だけで捌いていたら時間がかかりすぎる。なにより面倒だ。……仕方ない。俺は体内の魔力を開放した。途端、膨大なマナが体表を駆け巡る。
「風よ」
俺は風魔法を発動させた。俺の周囲に暴風が巻き起こり、サキュバスたちを一瞬で要塞の彼方に吹き飛ばした。
「「「「きゃああああ!」」」」
ごく初歩的な風魔法だけどマナの強いものが使えば暴風を起こすことだってできる。コイツらごときこれで十分だ。
「うおああああ!? なんだこの暴風は!」
「うろたえるな! 勇者様が魔法で敵を追い払ったのだ!」
「さすがは勇者様だ! 一瞬で何体もの魔族を吹き飛ばしたぞ!」
後ろの方で仲間たちが騒いでいる。うわ、なんか目立ってる。恥ずかしい……。そ、そんなことよりもリースの元に向かわなくては……。
俺が玉座にたどり着くと、リースは将軍から苛烈な打ち込みを受けていた。
「うおおおおおおお!」
「くっ!」
一目でリースが押されているとわかるくらいの劣勢。一歩、また一歩とリースが追いやられていく。と、リースの靴のかかとが玉座に触れる。自身が座するはずの玉座が、皮肉にもリースの退路を阻んだ。
まずい。リースの奴、逃げ場がないぞ! どうにかして援護しないと。だけど、ここは目立ちすぎる。こんなところから援護したら人間軍の騎士達にモロバレだ。どこかいい場所は……。と、周囲から死角になっている物陰が見つかる。俺は急いで物陰に駆け込んだ。
「もらったーーーーー!」
間に合え! 俺は指先にマナをためて炎魔法を撃った。俺の放った魔法は一直線に飛んでいき、リースに襲いかかる将軍の剣を押しのけた。剣の軌道がわずかにずれ、リースの真横を通過していく。
「ぬかったか」
あ、あっぶねえ……。まったく。なんで勇者の俺がこんな雑用を……。部下のサキュバスどもは何やってるんだ! 自分たちのボスが危ないって時に。
「ねえねえ! 向こうにいい男いたんだけど、連れ込まない?」
「えーどこー?」
「私もいきたーい!」
駄目だコイツらは。
それにしてもリースめ。意地を張って命を危険にさらすなんて上官失格だぞ。お前がやられたら、人類がこの要塞を制圧しちまうんだから。
「勝負はまだまだこれから。ゆくぞ!」
「……ちっ」
このままじゃ、時間の問題でリースの負けだ。かといって、俺がこの場所から援護を続ければ、いずれ俺も見つかってしまう。なんとかしないと……。やはり将軍をどうにかするしかないか? だけど、どうやって? 普通に戦えばなんてことない相手だけど、この場所に身をひそめながら、しかも誰にも見つからずに倒すとなると取れる手段が限られてくる。思った以上に厄介な状況だぞ……。
その時、高台にいる騎士の一人が叫ぶ。
「て、敵の増援だー!」
玉座の奥の扉が開き、リースの背中を照らす。ミアたちの部隊が到着したのだ。
「ぞ、増援だと!」
さすがの将軍も戦いの手を止める。続けざまに。
「く! なんという数だ! 状況は!」
「ケガ人が多すぎます! 回復が間に合いません!」
「く……。あと一歩のところで」
グレイグ将軍の顔が曇る。あのまま戦っていれば、間違いなく将軍が勝っていただろう。しかし状況は変わった。大量な援軍が押し寄せれば、俺たちの敗北は必至。今は一秒でも早くこの場を離脱するべき局面。あと一歩で魔王城への道が開けたというのに、将軍としては、さぞ無念だろう。
さーてと。この隙にさりげなく将軍の近くに移動してっと。
「将軍! 敵の数が多過ぎます! このままでは甚大な被害が出ます! ここは一度撤退しましょう!」
ダメ押しで俺も逃げの一手を提案する。
「く……。……やむおえませんな。全軍退けーーーーーー!」
将軍の号令で一斉に撤退が始まった……。
◇
――南の大要塞前
「西に向かった部隊はどうなりました?」
俺は内心緊張しながら伝令係に尋ねた。南を退けても西の要塞が落とされていては意味がない。
「駄目です。思いのほか相手の抵抗が激しくて……」
「く……。なんてことだ……」
よーし! いいぞ! 向こうは向こうでうまくやったみたいだ。
「勇者様……」
セレナ姫だ。さすがにがっかりしてるな。ごめんね、わざと負けて。
「魔王軍も幹部クラスとなると一筋縄にはいかないようです」
「ええ……」
姫はずいぶんと落ち込んでいるようだ。無理もない。この戦いで人類が勝利をおさめたら魔王城への扉が開いたわけだから。しかしそれも失敗に終わった。負傷した兵士たちを治癒し、物資を補給するとなると、しばらくの間は再戦は無理だろう。人類の勝利が一歩遠のいたというわけだ。しかも南には主力部隊をぶつけた。それでも突破できないとなると魔王城攻略が絶望的になる。姫の落胆は計り知れない。いや、姫だけではない。軍全体の士気も間違いなく下がるだろう。ここまで快進撃を続けてきた人間軍だったが、ここにきて初めて躓いたというわけだ。とはいえ戦局が長引くことは俺にとっては好都合。しかし軍の士気まで下がるのは避けたいところ。
「将軍、お話が……」
兵士の一人が将軍に耳打ちした。
「何? 西の大要塞に北からの援軍があった?」
「はい」
「南の要塞に集まるならわかるが、なぜ西の要塞にまで……」
「あまりにも手際が良すぎます。不自然かと……」
「――! まさか、内通者がいるというのか?」
「万が一情報が洩れているとすれば再び攻め込んだとしても、また同じ結果になりかねません。作戦を練り直す必要があるかと……」
「まさか! 我らの中に裏切り者がいるなど……」
「しかし状況から言ってそうとしか……」
ま、当然そうなるよな。




