7 魔道教皇
――魔王城
「内通者がいることがバレた。人間たちは今頃、裏切り者探しの真っ最中だ」
俺は事の顛末を魔王城へ報告に来た。今回はルナとリースしかいない。他の奴らは出払っているらしい。
「ま、西の要塞にまで増援が来るなんて都合良すぎだしねー」
金髪ツインテールにゴスロリ衣装の子供――ルナが言った。子供と言っても見た目だけだけど。
「お前、うまく人間を追い返したんだよな?」
「当たり前でしょ? アリアの部隊が来なくたって私たちだけで十分だったけどね。人間軍の精鋭部隊って大したことないんだねー。キャハハ!」
戦いに勝利したことがうれしいのか、ルナは機嫌がいい。
「でもリースぅ? あんたかなりやられたらしいじゃん。あたしみたいにうまくやれないのかしら、おばさん?」
「やかましいぞ。だいたい歳はお前の方が上だろう」
「ぶーだ。こういうのは雰囲気が大事なの! 実年齢なんか意味ないんだって。魔族は見た目がすべてなんだから」
「意味の分からん理屈だな」
ピンク髪のサキュバス――リースはルナの言動にあきれている。
まるで子供同士のような軽口の応報を見ていると、こいつらが魔王軍の幹部だということを忘れそうになる。
「でも魔族の幹部様に貸しを作れてよかった」
俺はさりげなくリースに視線を送る。大要塞での戦いでグレイル将軍からの攻撃を陰から防いだことの恩を着せてみる。リースみたいなプライドの高いタイプは借りを作ることを嫌がる。案外すぐに礼をしてくれるかもしれない。どんな礼かはわからないが。
「貴様とて自らに利があってやったこと。礼は言わんぞ」
「構わないさ。魔王軍の幹部様に貸しができたしな」
「……ふん。もう一度戦えば負けはしない。何なら貴様ごと始末してやってもいいんだぞ」
「……ふーん?」
ずいぶんな態度だな。少し立場をわからせてやった方がいいかもしれない。
俺は一瞬で剣を抜くとリースの背後に回り込み、無防備な首に刃を当てた。リースは俺が首に刃を当てるまで、身動き一つとれないでいた。
「な――」
一言漏らしてリースが固まる。
「このようにお前程度一瞬で殺せてしまうんだよ。あまり勘違いするんじゃないぜ?」
忠告をして、俺は剣を鞘に収めた。今のが本気の殺し合いだったらこいつはもう死んでいることになる。
リースは、しばらく俺のことを睨んでいたけど、それにも飽きたのか鋭い眼光をふっと脱力した。さすがに少しは反省したのだろうか。と、思ったのもつかの間。
「たかが100年すら生きられん脆弱な種族が」
よほど腹が立ったのか、挑発をしてくる女幹部様。やっぱりこいつは変わらないな。いや、魔族なんて、どれもこんなもんか。
「お前って、いつになったら俺に勝てるんだ? 100年後か?」
「なんだと貴様ァ!」
リースが力任せに爪を振り下ろす。俺はすかさず剣を抜き、攻撃を受け止めた。弾け飛んだ火花が薄暗い魔王の間を一瞬だけ明るく照らした。
「だからさぁ……。キレて殴り掛かる癖やめろよ」
俺は剣でリースを押し返す。俺とこいつじゃパワーが違いすぎる。簡単に体勢を崩したサキュバスが後ろによろめいた末に背中から倒れていく。床に激突する直前、リースの背中で黒い翼が羽ばたく。恵体が宙で静止し、次の瞬間には床から浮かび上がってくる。音もなく床に着地すると、幹部は恨めしそうにこちらを睨んでくる。
「チィィ! 馬鹿力が……」
まるで学習しない協力者に、剣先を向ける。
「ほんと単細胞だな、お前は。それでグレイル将軍にやられかけたばかりだろ?」
この際だから事実を言ってやるか。
「毎回、俺がお守できるわけじゃないんだぜ? お前、魔法の方が得意なんだから魔法で戦えよ」
幹部に負けてもらったら俺が困る。警告くらいはしておいた方がいいだろう。
「あ、それと100年以上生きる人間も少しはいるんだからな?」
「例外の話など、どうでもいい」
「ていうか、寿命でマウント取ってくる種族なんて魔族くらいのもんだぞ」
「ふん。悔しかったら長生きしてみろ」
「子供かよ」
「あたしは子供じゃないからねー?」
「「お前はクソガキだ」」
初めてリースと意見が合った。
◇
――南の大要塞前
魔王城から戻ると何やらあたりが騒がしい。
兵士の一人を捕まえて理由を聞いてみた。
「なにかあったんですか?」
「魔道教皇がお見えになったんです!」
魔道教皇だって?
魔道教国の最高権力者じゃないか。
なぜそんな重要人物がこんな危険な前線に……?
「急なことでしたので驚きました」
グレイル将軍の声だ。将軍の話している相手はくだんの人物だった。
「ほっほっほ。すみませんね、いきなり押しかけてしまって」
「とんでもない。教皇様の助力を頂けるとは、これほど心強いことはありません」
法衣を身にまとった初老の男性。この人物こそが魔道教皇マモンその人だ。俺に気づいた教皇が小走りでこちらにやってくる。歳の割に軽快な動きだ。
「これはこれは勇者様。このようなところでお会いするとは奇遇ですな」
「マモン様! なぜこんなところに?」
問うと教皇は低い声で笑った。
「ほっほっほ。なに、人類のピンチと聞いて飛んできたのですよ。光が闇に飲まれるなど、あってはならないことですからね」
「我々を助けに来てくださったのですか?」
「人類軍は今回の戦いでかなりのダメージを受けたらしいですな。立て直すには相当な時間がかかるでしょう。その間、戦いは我らが引き継ぎましょう。幸い、我が部隊を用いれば今の疲弊した南大要塞なら問題なく落とせることでしょう」
魔道教国は近年、軍備にかなり力を入れている。マモン様が教皇に就任してからというもの魔道教国は軍国化が激しい。
面倒なことになったな。
教皇は人類最高の魔法の使い手と称されるほどの魔法の達人。彼の範囲魔法はサキュバスたちが密集する要塞内では驚異的な威力を発揮するだろう。範囲魔法は相手の数が多ければ多いほど、その効果を発揮する。数で攻めるタイプのリース軍とは相性が悪すぎる。
……教皇の作戦、俺も参加を志願するべきだ。そしてもう一度リース達のフォローをする。要塞の中にさえ潜り込んでしまえば、やりようはいくらでもある。と、俺が参加表明しようとしたその時。
「私も参加させてはいただけまいか」
俺よりも先に将軍が戦いへの参加を志願する。
「いえ、それには及びません」
「む、なぜですか? 私はこのようにピンピンしております。まだまだ戦えますぞ」
「内通者の話は私の耳にも入っています。申し訳ないが次の作戦は私の兵だけで行わせていただきたい」
参加を拒否されて将軍の顔がかすかに曇る。
「ハッハッハ! すみませぬ将軍。別にあなたを疑うわけではないのだ。しかし裏切り者がいるとすれば必ず我々と行動を共にしたがるでしょうな」
うーん、バレてる。
「情報漏洩は防ぎたい。妨害工作も考えられますからな。現に先の戦いでは不審な動きが敵にあったのでしょう?」
「確かに……。西の要塞への敵の援軍は、我らの作戦を知っていないと無理な動き」
「そう。万が一、我々の作戦が漏れたらまずいのです。よって、今回は我々魔道軍のみでの作戦行動とさせていただきたい」
……まずいな。突破こそされなかったとは言え南の魔族たちは相応のダメージを負ったはずだ。間を置かずに攻め込めば今度こそ突破されかねない。しかも今回は魔道教皇もいる。
「しかし攻め入るまでには、しばらく時間がかかります。いろいろと準備も必要ですからな。……そこで、ちょっとした余興を行いたい」
余興? 何をするつもりだ?
「勇者様。私と戦ってみませんか?」
「マモン様とですか?」
どういうことだ? なんでわざわざそんなことを。
仮に本気で戦ったら俺が秒殺で勝っちゃうけどいいのかな。
勇者とそれ以外では持っている戦闘力が違いすぎるわけだし。
しかし教皇は意外な条件を提示してきた。




