5 女幹部
そうこうしているとサキュバスたちの第一陣が翼を羽ばたかせてこちらに飛んでくる。俺は剣を構えはしたものの、あえて振らずに相手に攻撃を譲る。こいつらはリースの部下だ。下手に攻撃を加えてリース(ヤツ)の心証を損ねるのは得策ではない。
一体のサキュバスが黒い爪を俺に振り下ろした。かなりの速度だ。俺は剣を立てて相手の攻撃をいなす。敵の攻撃は剣を滑り落ちていった。やはり魔王軍幹部の直属の部下ともなると、これまで戦ってきた魔物どもとはレベルが違うようだ。さすが精鋭部隊といったところか。体感、今まで戦ってきた魔族たちよりも数倍強い。だけど、この程度であれば俺にとっては今までのザコ魔族どもとたいして変わらない。しかし仲間の騎士たちはそうもいかないだろう。
「うわあ!」
すぐ近くの騎士がサキュバスに襲われて剣をはじかれる。騎士は胴体がガラ空きになり完全に無防備をさらしている。まずい!
「はい、一体目!」
サキュバスが騎士の頭目がけて爪を振るう。兜ごと頭部を破壊するつもりだな。見た目通り豪快な戦法だ。
「うわああああああ!」
自身の一秒後がわかってしまったのだろう。騎士は恐怖におののいて絶叫した。俺は彼の前に身を乗り出し、サキュバスの攻撃を剣で受け止めた。爪の衝撃で剣から甲高い音が鳴り、火花が散った。確かにこの威力で攻撃されたら並の人間じゃひとたまりもない。俺は、そのまま片手で剣を振るってサキュバスを吹き飛ばす。
「な――」
サキュバスは一瞬何が起こったのか理解できなかったのか、表情を固めたまま彼方へと吹っ飛んでいった。
俺は力も人間離れしている。サキュバス程度に後れを取ることはない。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます勇者様!」
助けた兵士が感謝の言葉を述べる。俺は軽く微笑んでおいた。しかし……。
まずいな。サキュバス(こいつら)態度こそいい加減だけど戦闘能力は本物だ。このままでは俺たちの被害が想定よりも大きくなる。こっちの戦力を過剰にそがれてパワーバランスが崩れるのは避けたい……。長期戦は分が悪い。どうする……。
俺が思案を巡らせていると、真横で勇ましい雄たけびが上がった。この声は……グレイル将軍!
「うおおおおおおおおおおおお!」
大剣を握りしめた将軍が一人で敵陣のど真ん中に突っ込んでいく。将軍がいかに剣の達人であろうとも、どう考えても無謀な突撃。もはや自殺行為と言ってもいいほどの暴挙だ。そんな目立つことをしたらサキュバスどもの格好の的だぞ!
「将軍! 危険です!」
俺の呼びかけにも将軍は足を止めず、敵の大群に突撃していく。すさまじい気迫だ。これは相当な覚悟のうえでの突撃。こんな行動、思い付きでとれるものではない。まさに命がけ。将軍には何か秘策があるのか?
いかに将軍が鎧で全身を守っているとはいえ相手は魔族。まともに攻撃を食らえばダメージは免れない。だというのに彼の足取りには一切の迷いがない。
もちろんそんな格好の的をサキュバスたちが見逃すはずがない。将軍は一瞬にして奴らに囲まれてしまう。しかも全方位から。絶体絶命と言う言葉が最高に似合う状況を自ら作り出してしまったのだ。多対一であろうがお構いなしに、敵は一斉に攻撃を仕掛けた。将軍は剣を構え、すかさず臨戦態勢に入る。しかし敵の数が多すぎる。無茶だ! 絶対に受けきれんぞ!
回避不可能の全方位攻撃が将軍に襲いかかる。四方八方から襲いかかる黒い爪を、剣一本で受けきれないことなど、誰の目にも明らかだ。と、サキュバスたちの攻撃を被弾する直前、将軍が一回転しながら大剣を薙ぎ払う。鈍く輝く刀身が次々に爪をはじき返し、同時、サキュバスたちが立て続けに宙に跳ね返されていく。
「「「「きゃあああああああ!」」」」
すさまじい威力の一太刀だ。攻撃を防ぐだけではなく、同時に相手を吹き飛ばすほどの威力を持った一撃。防御と攻撃を同時にこなす、完全無欠の剣技。
将軍に襲いかかったサキュバスたちは、たった一撃で全て追い払われてしまった。
……うまい。相手が攻撃を仕掛ける一瞬の隙をついてのカウンター。刹那の狂いも許されない完璧なタイミングをとらえている。超一流の剣士にしかできない、もはや芸当と呼ぶにふさわしい技だ。捨て身の特効である手前、タイミングを外せば将軍自身が致命傷を受ける。だというのに将軍の所作からは、感情の乱れがみじんも見られない。なんという胆力。そして技術力。百戦錬磨の猛者と呼ぶにふさわしい。
そういえば将軍がまともに戦うところって初めて見たな。今までは部下たちが優秀過ぎて俺や将軍が出る幕がなかったんだよな。まさか、あそこまで強いとは。……想定外だぞ。俺は嫌な予感がした。
「ほう。少しは腕の立つものがいるみたいだな」
玉座に座り、足を組んだリースが感心している。
魔王城に行くためには玉座の後ろにある扉を通る必要がある。その扉はリースがしっかりと守っている。つまりリースを倒さない限り魔王城への道は開けない。ま、リースは最奥にいるし、しばらく安全だな……と安心していたのもつかの間、将軍は次々と敵をなぎ倒し、あっという間にリースの元にたどり着いてしまった。なんて勇敢な男だ。もうお前が勇者を名乗れよ。
リースが玉座から立ち上がり、自らの元に現れた挑戦者と睨み合う。
「貴様がこの要塞の主か。私は騎士団長のグレイグ。いざ尋常に勝負せよ」
将軍が剣先をリースに突き付けて挑発する。
リースは不快そうにしながら目を細め、より一層、鋭い眼光で将軍を睨みつけた。
「どうした、怖気づいたのか!」
「なんだと!」
将軍の再度の挑発にリースが声を荒げる。相変わらず短気な奴だ。
「その剣は飾りか。それとも剣で勝つ自信はないか?」
将軍は自らの手に握った大剣の剣先で、リースの腰にぶら下がった剣を指し示す。
将軍はサキュバスが近接戦よりも魔法を得意としていることを当然知っている。だからこその挑発。剣での戦いに持ち込めば分があると見たのだろう。当然こんな見え透いた挑発に乗るバカはいない。将軍の誘いを無視してリースは魔法で戦えばいいわけだ。
「ふっ。どうやら剣には自信がないようだな」
「舐めるな! 貴様ごとき魔法を使うまでもないわ!」
リースは腰にぶら下げたさやから勢いよく剣を抜いた。
うわあ……。バカだ……。
「貴様らは手を出すな。こいつは私一人でやる」
しかも、まさかの一騎打ち宣言。その有無を言わさぬ気迫に押されたのか、周囲にいるリースの部下たちは大人しく引き下がっていく。二人のタイマン勝負をサキュバスのギャラリーが見守るという、なんともヘンテコな構図が出来上がってしまった。
バカな。グレイル将軍は大陸一の剣の使い手だぞ。生半可な剣術では、とても太刀打ちできん。リースのやつ、何か秘策でもあるのか? お前が負けたら魔王城への道が開けてしまうんだぞ。
一抹の不安がよぎる中、俺の視線のはるか先で二人のバトルが始まってしまった。
「はーーーーーー!」
将軍の咆哮。すさまじい気合と共に渾身の一太刀が振り下ろされる。俺も剣には自信がある。一目でわかる。あまりにも重い。リースでは、とても受けきれない。真っ二つにされちまう……!
「ちっ!」
襲い来る刃に悪態をつきながら、女幹部が床を蹴る。身軽なサイドステップで飛び退くと、リースの目の前を大剣が素通りした。いい判断だ。それでいい。まともに打ち合っても勝ち目は無い。……にしても危なっかしい。見てるこっちが緊張する。手に、うっすらと汗ばんでしまった。リースが負けたら魔王城への道が開けてしまう……。それだけは何としても阻止しなくては……。
それにしてもリースの奴、いつまで剣の間合いで戦ってるんだよ……。魔法タイプのお前には、その距離は不利だぞ。もっと距離を取りつつ魔法を交えながら戦えばいいのに。……ん? なんだ? リースの奴、様子がおかしいぞ。
リースの頬の膨らみをなぞるように赤い雫が流れていく。どうやら、さっきの一太刀をかわした時に、剣先が頬をかすめたらしい。顎まで流れた血をリースが指先ですくいとる。その血を目にした瞬間、女幹部の口が大きく開く。
「きっさまあああ! よくもこの私に傷を!」
「リース様! その人間かなりの使い手。接近戦は不利です! いったん離れましょう!」
激昂して飛びかかろうとするリースを、近くのサキュバスが止めに入った。
「高貴な魔族であるこの私が、人間ごときに退くものかあああああ!」
「ま、魔法で戦ったほうがいいですって!」
「舐めるな! 人間ごとき、この剣一本で十分だ!」
うわあ……。完全に頭に血が上ってるよ……。ありゃ駄目だな……。




