4 突撃
――南の大要塞前
「勇者様!」
「お静かに願いますセレナ様。勇者様は精神を集中しておられるのです」
俺に話しかけてきたセレナ姫を、屈強な騎士が制止した。この男はグレイル将軍。年齢は30代半ばで人類でも有数の剣の使い手である。
「そ、それにしてもすさまじい魔力だ!」
「さすがは勇者様!」
近くにいる兵士たちが騒ぎ出す。ていうか気が付けば人だかりができている。みんな俺の精神統一を見に来たらしい。あちこちから歓声が上がっている。
手を抜いているとはいえ、精神を集中させていると自然と穏やかな気分になる。心の静止したこの状態が、案外嫌いじゃない。
本気を出す必要は無いとはいえ、ある程度のものを見せておかないとギャラリーが納得しないからな。普通の人間が驚くくらいのマナを長時間維持する。しかも、それっぽい表情で。マナを維持するスキルはともかく、それっぽい雰囲気をまとうスキルなんて実戦では、なんの役にも立たない。だけど勇者ファンの皆様が喜んでいるようでなによりです。俺はファンサービスのできる勇者。仕事出来すぎ。……はあ。なんて滑稽な時間だろう。泣きたくなるぜ。こんなこと、勇者のすることか? とは言えリース達に時間を稼ぐと言った手前やるしかない。
「失礼いたします勇者様。そろそろ突入を開始したいのですが、よろしいでしょうか……」
将軍が遠慮気味に声をかけてくる。
精神統一をはじめて早一時間。さすがにここらが限界か。これだけ時間を稼げばリースたちの準備も整っただろう。
「すみません。無理を言って待ってもらって」
「とんでもない。次の一戦は我らにとって極めて重要な意味を持ちます。うまく要塞を落とすことができれば魔王城に手が届くのですから。勇者様が慎重になるのも当然のこと」
真剣な面持ちの将軍に、俺はさもマジメそうな表情でうなずいて見せた。
当たり前だが周囲にいる者たちの中にヘラヘラしている者など一人もいない。みんながみんな、その表情に緊張感を宿している。……それが実に滑稽で、どうにもおかしくて吹き出しそうになる。当たり前だけど次の戦いで人類が勝つことは無い。でないと俺の命にかかわるからな。
さーてと。仕事(時間稼ぎ)も終わったことだし始めるとするか。――負けの決まった茶番(戦い)をな。
「勇者様。人類は……私たちはきっと勝てますよね?」
セレナ姫は不安そうだ。
うーん、まいったな。次の戦い、人類が負けるって筋書きなんだけど……。とはいえ、そんなこと正直に話したところでしょうがないというか、口が裂けても言えないというか……。まあこういうときは――。
「俺を信じてください」
とりあえず自信満々にふるまっておく。こういう時はグダグダ説得するよりも、態度で示した方がうまくいくことが多いし。四の五の言わずに堂々としておけばたぶん雰囲気に流されてくれるんじゃないかな? って、さすがにそんな子供だましじゃ無理があるか。
「……はい!」
姫の瞳が希望に輝く。
ええ……。こんなんでいいの? ほんとに?
なんとキレイな目だこと。もっと人を疑うということを覚えたほうがいいですよ、姫様。
「勇者様、どうか兵士たちに勇気を」
今度はグレイル将軍に頼まれてしまう。兵士たちに一声かけてやれってことだよな。俺の前には、数えきれないほどの騎士たちが整列している。ここまでの戦いを勝ち抜いてきた屈強な戦士たちだ。発言をうながされはしたものの、大勢の前でしゃべるの苦手なんだよなあ……。俺よりも将軍がしゃべったほうがよっぽど士気が上がるぜ。やたら貫禄あるし。……ま、しょうがない。適当に盛り上げとくか。
「みんな、今日までよく戦ってくれた! 今、我らがここに立っていられるのは、ここにいる全員の頑張りがあったからこそ。今日まで命がけで戦ってくれたこと心より感謝する! さて、次の戦いは我ら人類にとって極めて重要な一戦になる! この戦いで南の要塞を落とすことができれば、念願の魔王城に手が届く! 我ら人類が魔族の脅威から解放されるときがついに来るのだ! 戦いの終わりは近い! だがこの要塞を守るのは魔王軍幹部のリース! 今までの相手よりもはるかに格上だ! 一筋縄でいく相手ではない! 決して気を抜かず戦ってくれ!」
俺は手を抜くけどな。
「行くぞ!」
「「「「おーーーーーーーーー!」」」」
さーてと。リースのお手並み拝見といくか。
◇
城門を突破した俺たちは、大要塞の内部に突入した。中は見るからに頑丈そうな石造りになっていて、何物をも寄せ付けぬイカツイ雰囲気がある。魔王の城を守る要として、これ以上にふさわしい建造物もないだろう。当然、責める側からしたら厄介だ。簡単に落とすことができないのだから。――戦いを長引かせたい俺からしたら実に好都合。
俺が本気を出せば一人でこの大要塞を制圧することも可能だ。しかし、もちろんそんなことはしない。俺がこの戦いで全力を出すことは無い。俺が手抜きをした場合、人間軍と要塞側の戦力は、ほぼ互角といったところ。つまり、運が悪ければ人類側が要塞を制圧してしまう。それだけはなんとしても防がなくては。
さてと。リースのやつはどこかな。それにしても凄まじく広いな……。外から見ても巨大だったが中に入ってみるとより一層大きく感じる。これだけ広いと探すのも一苦労だぞ。
要塞内にはリースの部下のサキュバスたちがひしめいている。うーん、数が多すぎる。こんなにいたんじゃ、目当ての相手を見つけるのは骨が折れるぜ。……いた!
視線のはるか先。要塞の最奥部にリースを発見した。最奥に設置された玉座の前に立ち、周囲にいる配下のサキュバスたちに、何やら命令しているようだ。
「ねー、リース様ー、いい男がいたら持ち帰ってもいいですかー?」
「ちょっとー? 今は、そんなことどうでもいいでしょ? ねえリース様、首一つにつきいくらもらえるんですか? 私、安月給で働きたくないんですけど」
「あ、ねえねえ、あそこにいい男がいる!」
「えっ、どこどこ!」
リースの周りにいる大量のサキュバスたちは、みな好き勝手にふるまっている。さっきからリースがずっと指示を出しているのに誰もまともに聞いていない。苦虫を噛み潰したような顔でリースが大口を開く。
「やかましいぞバカ者ども! さっさと持ち場に着かんか! こっちはギナ様の前で大見得を切っているのだ! 失敗は許されん! 何としてもこの場を死守するのだ! わかったな!」
キレ気味のリースが大声で捲し立てる。上官ってのも大変だなあ。
と、城門を突破して要塞の入口に立つ俺たちにリースが気づく。
「なぜ人間どもの進入を許した!」
「だってー。敵の数が多すぎるんですもん」
「馬鹿者! この要塞の防衛には私のメンツがかかっているのだぞ! 死んでも守り抜け!」
「リース様こわーい! 怒るとシワ増えますよ?」
言いながら、サキュバスがリースの首に手を回してまとわりつく。
「ええい、うっとうしい!」
「きゃー!」
振り払われた部下は、ものすごい勢いでどこかに飛んでいった。大丈夫か、こいつら。敵であり味方でもある魔族たちに俺は一抹の不安を覚えた。
「ちっ。使えん部下どもだ……」




