3 魔王
規格外の魔力をまとったそいつは俺たちの前までやってくると歩みを止めた。透き通るような銀髪は、床に触れそうなほどに長い。見た目だけなら俺とそう歳の変わらない少女にしか見えないが、魔族の寿命は人間と比較にならないほどに長い。外見だけで実際の年齢をはかり知ることは不可能だ。
魔王は、ごく自然に構えているように見えて、まるで隙がない。こいつだけは完全に別格の強さを持っている。魔族の中で唯一この俺に届きうる存在。それがこの魔王ギナだ。
コイツこそが俺にとっての最大の脅威。コイツさえいなければと思う反面、コイツがいるからこそ人類と魔族の絶妙なパワーバランスが維持されているとも言える。魔王ギナ(ヤツ)さえいなければ人類はとっくに魔族に勝利しているのだから。俺の目的は人類と魔族の戦いを長引かせること。だから魔族には簡単に負けてもらっては困る。強大な力を持った魔王ギナの存在は、俺にとって好都合でもあるのだ。
ミアとルナがその場に跪いて魔王に頭を下げる。二人からは、さっきまでの軽薄な態度が露と消えている。
「もう冷静だ。その手を放せ」
リースは先ほどまでと打って変わって落ち着いた口調でアリアに告げる。アリアはリースの腕を解放すると、魔王に向かって跪いた。
しかしどういうわけかリースだけは頭を下げようとしない。それどころか同僚たちを置き去りにして、つかつかと歩き出す。向かう先には魔王がいる。
異変を感じ取ったのか三人の幹部たちが揃ってリースに視線を向ける。
「リース! 魔王様の前だぞ!」
不遜な態度のリースを、ルナが叱責する。しかしリースは止まらない。魔王の元まで歩み寄ると、ギナの耳元でささやく。
「なぜあのような者を生かしておくのです」
サキュバスはまるで穢らわしいものでも見るかのように、目の端を俺に向けた。
「全員でかかれば勝てない相手ではないはず。ここで始末しましょう」
聞こえてるけどね。俺、耳いいし。お前、そんなに俺を殺したいのかよ。さっきバカにしたこと根に持ってんのか?
「そう慌てるな。魔族と勇者の利害は一致している」
「しかし……」
「ヤツの狙いは戦を長引かせること。人間どもはこの魔王城の近くまで兵を進めている。戦局は我ら魔族が劣勢。しかし勇者の目論見通り戦いが長引けば、必ず反撃のチャンスが訪れる。その時を待てばよい。……それに奴は所詮、人間。100年もしないうちに息絶える。哀れな生き物だ」
リースは何か言いたそうにしたものの、言葉を飲み込むと魔王の元を渋々立ち去る。
魔王の言うことはどれも正論だ。そもそも人間軍の侵攻をここまで許したのは魔王軍幹部たちの失策ともいえる。ヘマをした張本人のリースとしては何も言い返すことはできまい。それにしても……。
部下の四人だけならどうとでもなる。だが魔王ギナ。奴だけは別格だ。あいつだけはこの俺と同等の力を持っている。全力で戦ったとしたら、どちらが勝つか、わからない。そんな危険な橋を渡る気なんてさらさらない。だからこその協力。魔王もそれが最善の選択だとわかっている。そのほうがお互いに都合がいい。
「内緒話は終わったか?」
魔王の元から戻ってきたリースに尋ねると、幹部様は「ふん」と鼻を鳴らして不機嫌そうにそっぽを向いた。
「楽にして構わん」
魔王の配慮に、幹部たちが立ち上がる。
にしてもピリついた雰囲気だ。ま、当然か。この魔王城の間近に人間たちが迫っているんだから。
両軍の主力部隊が激突するのも時間の問題。攻められる側の魔族としては鬼気迫る状況だ。
俺だってあまり席を外しすぎると人間軍の者たちに怪しまれかねない。急いだほうが良さそうだ。
「さて。時間がないから手短に伝える。まもなく、人間軍は戦力の大半を南の要塞にぶつけるつもりだ」
途端、誰かが吹き出した。
「きゃははは! リースの所が一番手薄だと思われてるじゃーん!」
「黙れクソガキが!」
リースが鋭い眼光でルナを睨みつける。
「こっわーい! なんでおばさんってすぐピキっちゃうのかしら。小じわが増えるだけなのにねー」
口元に手を当てたルナがバカにする顔でリースをあざ笑う。
真横の二人がこれだけ騒がしいというのにアリアは顔色一つ変えない。対して口元がゆるんでいるミアは、内心楽しんでいることを隠しきれていない。
魔王城の周囲には四つの大要塞がある。それらは、この城を守るように東西南北に配置されている。人類が攻め込もうとしている南の大要塞はリースの管理下に置かれている。
人類の戦力では四つすべてを同時に攻略することは不可能。そのため一点突破を試みるのが無難な選択と言える。その結果選ばれたのがリースの支配する南の大要塞。そこが最も攻略しやすいと判断されたわけだ。リースにとっては屈辱以外の何物でもないだろう。戦力的に最も劣ると思われたってことだし。
「このままいけば南の大要塞は人類(俺たち)に突破される。魔族(お前ら)にとっては絶体絶命だな」
途端、6つの瞳が見開かれ、俺に向けられた。
「「「あははは!」」」
ギナとアリアを除く3人が一斉に笑い出す。
「何がおかしい」
心底おかしそうに笑い続ける3体の魔族に俺はほのかな苛立ちを覚えた。こいつらからは人を小ばかにする態度が透けて見える。だから魔族は嫌いだ。
3体の魔族はクスクス笑うだけで誰も俺の問いに答えようとしない。仕方なく俺は別の奴に話を振った。
「お前が打って出たらどうだ?」
俺は魔王に言った。
広間がしんと静まり返った。
「必要ない」
「ふうん?」
よくわからんやつだ。流石に数千もの敵を相手にするのは魔王であっても骨が折れると言うことか? コイツに敵う人間などいないのにな。俺を除いて。
「リース」
「は!」
「南の守りは貴様に任せる」
「かしこまりました。このリースがアリの子一匹通しはしません」
リースは満足そうに笑みを浮かべる。かなり自信ありげだ。
「あらら。そんな大見得、切っちゃっていいのー? 敵さん、かなりの数だけど」
魔王にいいところを見せようと張り切るリースを、ルナが冷やかす。
「私は任務を完璧に遂行して見せる」
「へーえ? 後で恥かかないといいんだけどねぇ、リースさん? 万が一失敗するなんてことがあったらどんな言い訳するのかしらー? その時が見ものだわ~。あっはっは!」
仲間がピンチだってのにルナは、ずいぶんと楽しそうだな。もしかして、こいつら仲悪いのか? あ、そういえば言い忘れてたことがあった。
「ああ、そうそう。人間軍は混乱に乗じて西の要塞も攻めるつもりだぞ」
「はあ!? 何よそれ!」
俺が特ダネを教えてやると、西の要塞を守るルナの顔色が変わる。さっきまでリースをさんざん馬鹿にしてたくせに、自分の要塞も狙われていると知った途端、露骨に不機嫌になった。
「俺に怒るな。そういう作戦なんだよ。見せびらかすように南に軍を集めれば、お前らだって警戒して南に兵を集めるだろ? だから手薄になった別の場所を攻めようってわけ。ちなみに西に突撃する部隊は数こそ少ないが精鋭ぞろいだ。なめてかかると苦戦するぞ」
「はっはっは! 大丈夫かルナ? せいぜい要塞を落とされんように用心しろよ?」
「ぐぬぬぬ……」
憤慨するルナが鬼の形相で指を噛む。
「アリア」
「は」
「ルナをサポートしてやれ」
「御意」
北の要塞の主であるアリアが魔王の命令で西の要塞をサポートすることになる。
「ミア」
「はあい」
「お前はリースの援護を」
「分かりましたー」
東の要塞の主ミアはリースをサポートするらしい。
「しかし大軍を動かすとなるとそれなりの時間が必要かと」とミア。
「心配するな。俺が適当な理由を作って時間を稼いでおく。その間に準備しろよ?」
「黙れ。貴様に指図される覚えなどない」
語気強く言い返してくるリース。よし、気負いはないようだな。
「上等だ。始めるぞ」




