2 協力者
◇
俺の目の前に魔王の間が広がっている。昼間だというのに妙に薄暗くて辛気臭い場所だ。
俺は手に握った石に視線を落とした。この石は転移石と言って、強く握ることで、あらかじめ定められた場所に一瞬で移動できる。俺はコイツを使って魔王城の内部、それも魔王の間に直接移動したのだ。
「便利なアイテムだ」
なんたって人類が命がけで攻め入ろうとしているこの場所に、いとも簡単に入れてしまうのだから。
にしても、もう約束の時間だってのに、魔王の間にいるのは俺だけ。時間にルーズな奴らだ。やれやれ、これだから魔族は。こっちは忙しいってのに。
俺が内心、立腹していると、背後で鳴った靴音が魔王の間の静寂を切り裂いた。
振り返ると、俺の視界いっぱいに血のように鮮やかな長髪が飛び込んできた。その特徴的な髪で、すぐにそいつが誰だかわかる。こいつは魔王軍幹部のアリア。『鮮血のアリア』の異名で恐れられている人物だ。ひとたび戦場に出ればすべての敵をせん滅するまで戦いをやめないのだとか。
噂ではアリアの髪はもともと違う色だったらしい。戦場で返り血を浴びすぎて赤色に染まったんだとか。ウソかホントかはしらない。根も葉もないゴシップかも。
しかし当のアリアの髪は、確かに人間の血のように鮮やかだ。あながちウソじゃなかったりして。
アリアと目が合った。氷のように冷たい目だ。
凍てつく瞳の女は赤髪を揺らしながら俺の前までやってくると、何も言わずに立ち止まった。
「お早いお着きで」
待たされた腹いせに、皮肉をひとつプレゼントしてみた。
しかし女はなんの反応も示さない。眉一つすら動かさない。まるで俺のことなんか眼中にないみたいに。無口なやつ。
その時ふと闇の中から現れた人物がいた。そいつは音もなく、そしてしなやかな動きで俺の元までやってきた。
「遅いぞ」
「勇者くん、せっかちだねえ」
青髪ショートの魔族は、俺の言葉に悪びれもせず返した。
こいつは魔王軍幹部の一人、ミア。飄々とした性格でまるで猫のようなヤツだ。
俺に全く興味を示さないアリアとは対照的で、ずいぶんとフレンドリー。
「そう言えば、さっき私のお城に人間が忍び込んできたんだけど、どういうことかな?」
「俺が知るかよ。誰かが偵察にでもよこしたんだろ」
「じゃあ勇者くんの友達じゃないんだ?」
「俺に友達なんていない」
「そっかー。よかった! その侵入者くんで、ちょっと“遊んじゃった”からさー」
暗闇に包まれた魔王の間で、ミアが目を赤く光らせた。……不気味なヤツ。
「何をしたんだ?」
「あはは。聞かないほうがいいよー。……グロいから」
純真な少女のように笑っていたミアが目を細める。そしてこの話題にも飽きたのか、急にそっぽを向くと指先で髪をいじり出した。
人懐っこいようでも所詮は魔族。人に仇なすという本質は、他の魔族となんら変わらない。
「残りの奴らは?」
俺は、まだ集まっていない幹部たちの動向を尋ねた。
「さあ?」
「まったく。どこで道草食ってるんだか」
俺が愚痴を漏らすと、それに呼応するかのように暗闇に四つの赤い瞳が浮かび上がった。そのうちの二つは俺の目線よりもやや低い位置にあり、もう二つは、うんと低い位置にある。
「あー! 勇者のヤツ、もういるじゃん!」
うんと低いほうが甲高い声で言った。無駄に声がデカくて実にうるさい。
「ヒマなヤツほど早く来るよな」
今度は、やや低い方が言った。遅れたくせになんて態度だ。
身長差のあるムカつく二人組が俺の元までやってきた。チビの方は俺を見上げて、バカにするような笑みを浮かべ、もう一人は腰に手を当てて踏ん反り返っている。こんな失礼なやつらが魔王軍の幹部だって言うんだから驚く。魔族には礼節なんて概念は無いらしい。
とはいえ、これで魔王軍四天王が勢揃いしたわけだ。
「やっほーヒマ人」
ゴスロリ衣装を着た金髪ツインテールのチビが、軽い口調で話しかけてくる。
こいつはルナ。見た目も言動も完全にクソガキそのもの。こんなやつが魔王軍の幹部だなんて、魔族は人材不足なのか? いくらなんでも、もっとマシな人選があるだろう。
10歳にも満たなそうな幼い姿をしているが、魔族なので姿からは年齢がわからない。俺の数倍、あるいは数十倍は長く生きているはず。何百年も生きているのに見た目は子供だなんておかしな話だ。
ルナとやってきたもう一人の魔族は、サキュバスのリース。肩口を覆い隠すピンク色の髪と、魔族特有の赤い目が印象的だ。理由はわからないが、どこか不機嫌そうな顔をしている。その顔をしたいのは待たされた俺の方だぞ。
「なんだよ。機嫌悪いのか?」
「ここは魔王様の城だ。人間ごときが軽々しく踏み込んでよい場所ではない」
リースがこちらを睨みつけてくる。ずいぶんとご立腹らしい。おお、怖。
「そう、つっかかるなよ。こいつをくれたのは、おまえらの魔王様なんだからさ」
俺は転移石を見せつけた。
人間に魔王城への入城――それも魔王の間への直接転移を許す行為は、間違いなく破格の待遇と言える。
「……ちっ。魔王様はなぜこんな者を特別扱いするのだ」
「そりゃあ、お前らよりも俺の方が頼りになるからだろ?」
「馬鹿か貴様は。今、ここには魔王軍の幹部四人が全員揃っているんだぞ」
「だから?」
「マヌケなのか? 我ら四人を同時に相手すれば、いかに貴様でもただでは済まんと言っているのだ」
「ははっ。お前らごときに俺が負けるわけないだろ」
俺は目の前の魔族たちを嘲笑した。アリアを除く三人が、赤い目で俺を睨みつけてくる。すごい殺気だ。今にも跳びかかってきそうなほどに。やだねえ野蛮な種族は。
広間がみるみるうちに険悪な雰囲気に飲み込まれていく。
怒りで表情を崩したリースが吐き捨てるように言った。
「いますぐ殺してやろうか?」
リースの口調はマジだ。やれやれ。誰にものを言ってんだか。
「この俺がサキュバスごときに負けるかよ」
「貴様ァ!」
間髪入れずリースの黒い爪が俺の顔に襲いかかる。その動きには一切の躊躇が無い。おいおい。本気で殺す気かよ。
サキュバスの腕力は魔族の中では、さほどでもない。しかし並の人間の首をはねることくらい造作もない。だが残念ながら俺は並の人間ではない。
それにしても、さすがは魔王軍幹部。ザコ魔族とは比較にならないパワーとスピード。近接戦を得意としないサキュバスでも幹部クラスになると相当強い。見事なもんだ。
黒い爪が俺の目玉をえぐろうとした直後、その攻撃はピタリと止まった。……なんだ?
当のリースは腕に力を込めたまま奥歯をかみしめて俺を睨みつけてくる。
よく見るとリースの手首を白い手がつかんでいる。アリアの手だ。
「なぜ止める!」
振り返ったリースが、自身の攻撃を妨害した邪魔者に怒気をぶつける。
興奮するリースとは対照的に、アリアは落ち着いた口調で言った。
「魔王様の御前ですよ」
アリアの一言で場の空気が一変した。
広間の奥からこちらに歩いてくる人物がいる。
出たな……。




