1 呪われた勇者
勇者の最期は実に哀れだ。彼らはまともな死に方をしない。だから勇者である俺の最期も、きっとロクなものじゃないだろう。
それにしても、さっきからずいぶんと賑やかだな。周囲では鎧を着こんだ兵士たちが、せわしなく走り回り、伝令やら戦いの準備やらを行っている。ここは魔王城の南に位置する場所。俺の目の前には魔王城を守るための大要塞がそびえ立っている。いかにも怪物がひしめいていそうなイカツイ建物だ。俺たち人間軍は、魔族との戦いに決着をつけるために、長い冒険の末に、この場所にたどり着いた。もうじき俺たち人類と魔族との最後の戦いが始まる。まったく、はた迷惑な話だぜ。
「アゼル様!」
透き通るような声に名前を呼ばれた。振り返ると、純白のドレスを着た美少女がそこにいた。柔和な笑みを浮かべた優しそうな女の子だ。腰まである彼女の金髪が、そよ風になびいた。
「セレナ様! なぜこのようなところに?」
俺は率直な疑問を少女にぶつけた。
「もうじき戦が始まると聞いたので勇者様にお会いしたかったのです。戦いというものはとても危険ですし、万が一、怪我などをなさることがあれば大変といいますか、なんといいますか、その……」
少女の言葉は語尾に近づくにつれてどんどん小さくなっていく。彼女は指をもじもじさせたまま、ゴニョゴニョとつぶやく。
「心配してくださるのですね。相変わらずお優しいですね、姫様は」
俺が微笑みかけると少女は頬を赤らめて、あわあわと慌て出した。
この女の子はセレナ姫。人類最大の国家、アルカディア王国のお姫様。歳は俺よりも一つ下で、まだ16歳。だけどそのとびぬけた美貌と人当たりの良さから、国内外を問わずやたらと人気が高い。
当然、貴族連中にも評判が良く、プロポーズが後を絶たないらしい。断るのが面倒だという愚痴を、ときどき俺にこぼしてくる。やれやれ、モテるってのも大変だ。
ちなみに王位継承権は第三位なので次期国王になる可能性もゼロではない。まあ、よっぽどのことが無ければ第一王位継承者が次の国王になるのがアルカディア王国の習わしだけど。とはいえ上位継承者に『何か』があった場合、繰り上がりでセレナ姫が国王になることもあり得る。何かっていうのは例えば……。……暗殺とかね。
「ついに最後の戦いが始まるのですね」
つぶやくとセレナ姫は不安そうに要塞を見つめ。
「人類は魔族に勝てるでしょうか?」
「心配なのですか、姫様」
俺が問うと姫様はうつむいて黙り込んでしまう。返答などなくとも、その暗い顔を見れば答えは明白だ。
不安になるのも無理はない。これから行われるのは総力戦。もしこの戦いに負ければ、人類は一気に形成不利になる。下手をしたらそのまま魔族に世界を支配される可能性だってある。そんな状況でナーバスにならないわけがないのだ。
周りはガヤガヤと騒がしいのに、俺と姫様の間だけは、まるで深夜の湖畔のように静まり返っている。
空気重っ! しかたない。励ましてやるか。
「人類は負けません。私がいますからね」
俺はキメ顔で言った。ちょうどいいタイミングで風が吹き、俺の髪がいい感じでなびいた。キマった。
「さすがは勇者アゼル様!」
俺があまりに自信満々なことに安心したのか、姫の顔にようやく色が戻る。
よしよし。うまくいったらしい。
「やはり世界の平和はアゼル様無しには考えられません!」
姫は目を輝かせて力説する。普通に考えたらあまりにも大げさなセリフだ。しかし彼女の言葉は真実だ。なぜなら勇者とは、超一流の剣士をしのぐ剣術を操り、超一流の魔法使いをしのぐ魔力さえも併せ持つ戦いのスペシャリストなのだから。つまり勇者というのは誇張でもなんでもなく人類の最高戦力に他ならない。俺以外の人間に魔王を倒すことは不可能だろう。
「勇者様が魔王を打ち倒してくれることを全ての人々が待ち望んでおりますわ」
「……ええ」
みごと魔王を倒した者には、地位と名誉が約束される。そして魔王を倒せるのは勇者だけ。だからこそ誰もが勇者に憧れる。
だが勇者というのは、そんなにいいものだろうか?
こんな話がある。
その昔、東方のある国が魔族の侵攻を受けていた。その国では毎日のように大勢の人が魔族に殺され、国は滅亡に向かいつつあった。
そんなとき、一人の青年が現れた。彼は鬼神の如き強さで次々と魔族を打ち倒し、人々を魔族の脅威から救い出したのだ。
人々は歓喜し、青年のことを勇者として祭り上げた。そして宮殿に住まわせ、豪華な食事にきらびやかな衣服を与え、最大限の見返りで彼をもてなした。
しかし平和は長く続かなかった。ほどなくすると今度は流行り病が国を襲ったのだ。国民たちは一人、また一人と病に倒れていく。だというのに病気の原因は一向に掴めない。事態は、まるで収まる気配を見せなかった。そんな時、こんなウワサが流れた。
『勇者がこの国に病を持ち込んだ』
根も葉もない話にもかかわらず、どういうわけか住民の多くはこの話を信じてしまった。蜂起した国民は王宮に押しかけ、宮殿から勇者を連れ去ってしまう。そして勇者は、そのまま火あぶりにされて命を落としてしまう。
どうにも不自然な話だ。
さらにおかしな話をしよう。史実に基づいたデータでは、勇者と称される人物は100%不幸な末路をたどっている。そう。この国のような話が古今東西あふれるようにあるのだ。どの場合でも勇者は、まともな死に方をしていない。まるで呪われているかのように悲惨な最期を迎える。ハッピーエンドなんて、お芝居や吟遊詩人の語りの中だけ。現実世界の勇者のオチは酷いものだ。勇者とは英雄であると同時に呪われた存在でもあるのだ。
このままでは俺もいずれ……。
だからこそ手を打たなくてはいけない。勇者であるこの俺が幸福に人生を終えるために。
さて、話を戻そう。
胸糞悪いオチではあるものの、先ほどの昔話には教訓もある。
この話の勇者の失敗は人々を救ったことにある。勇者が無惨な死を迎えるのは人々を救った後。ならば人々を救いさえしなければ、この勇者が殺されることも無かったのだ。
では、魔族に襲われる人々を見殺しにすればよかったのか? それも違う。
国の人々が魔族によって滅ぼされたら、王宮での豪勢な生活は手に入っていない。そもそも多くの人を見殺しにしたら気が咎めるだろう。夢見も悪そうだ。
助けてもダメ。見殺しにしてもダメ。
じゃあ、どうするか?
答えは簡単。
魔族から人々を守りつつ、戦いに決着をつけなければいい。
魔族との戦いに決着が着かなければ、人々は勇者を求め続ける。なんたって、勇者がいなければ人類が魔族に滅ぼさてしまうんだから。
そもそも冷静に考えて勇者の市場価値が最も高まるのはいつか?
それは戦いのさなかに他ならない。乱世でこそ勇者の価値は最大化される。
世界を救った後の勇者が非業の死を遂げるなら、世界を救わなければ死を回避できる。
俺はまだ死ぬわけにはいかない。
人類には悪いが、俺が生きている内はこの戦争に決着が着くことはないだろう。
ま、人類が滅びないようにしっかりと守ってやるからそこは安心していいけどな。ふふ。
「あら、アゼル様。何を笑ってらっしゃるのです?」
「いえ、なんでもありませんよ」
セレナ姫は状況が飲み込めないのかキョトン顔。飲み込まれても困るけどね。
さて、と。そろそろ行くか。
とある場所へ向かうため、俺は身をひるがえす。
「どこへ行かれるのですか?」
「戦いの準備をしてきます」
俺が去ることが不安なのか、姫の顔が曇る。
「大丈夫。すぐに戻りますよ」
俺が穏やかな口調で伝えると、姫の表情がいささか和らぐ。
「アゼル様ならば、きっと勝てると信じておりますわ。私は戦うことができません。なのでせめて陰ながら応援させてください」
「身に余る光栄です。……また後で」
軽く会釈をして姫と別れる。
そのまま近くの森に足を踏み入れた。しばらく歩くと、兵士たちのあわただしい声は全く聞こえなくなっていた。ここまでくれば大丈夫だろう。
周りに誰もいないことを確認すると、俺はポケットに手を忍ばせる。中から独特な文様の刻まれた石ころ型のアイテムを取り出した。石を強く握り込むと、急激に目の前の景色が遠のき、俺は暗い闇に包まれた。




