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申し訳ありません、どちらの家の方でしたか  作者: 九葉(くずは)


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6/10

第6話 何をするかは書いてある

八月の欄に、ル・グラン家、喪明け、と書いてあった。


四十枚の束は月ごとに索引がついていて、探すのに手間はかからなかった。


「ギヨーム。ル・グラン家へ、喪明けの祝いを」


「品はいかがいたしましょう」


「そうだな。銀の燭台でいい」


去年、どこかの家に燭台を贈って喜ばれた覚えがある。選んだのは僕ではない。喜ばれたことだけを覚えている。


家令は少し立ったままでいた。


「何か」


「いえ。承知いたしました」


「ほかに、八月の分は」


「ソレル家の先代の一周忌が十一月と書かれております。八月は、ル・グラン家のみで」


「では、それだけだ」


家令は下がった。下がる前に、束の表紙をもう一度見ている。


三日後、燭台が戻ってきた。


箱は開けられた形跡がなかった。紐の結び目まで、こちらで結んだままである。


添えられていたのは短い手紙で、当家では喪明けの祝いを受けぬ習わしにございます、と書いてある。それだけである。理由は書いていない。


束を開き直した。ル・グラン家の頁を探す。八月末、喪明け。その下に、贈らない、とある。


贈らない。


喪明けまでの話だと読んだ。だが、その「まで」がどこにも書かれていない。喪が明けても贈らないのか、明けたら贈ってよいのか、どちらとも書いていない。


母上に聞いてみた。


「あの家は、そういう家なのでしょう」


「なぜです」


「さあ。リディアさんに聞けば分かるでしょうが」


母上は索引の頁を膝に置いたまま、そう言った。


茶会は月末。案内状は僕が自分で書いた。


十二通を一晩で書いた。索引を左に置いて、家名を写し、刻限を入れ、封をする。


十二人を招いた。手配は索引のとおりで、菓子も花も刻限も、書いてあるままにやらせた。手順に不備はないはずである。


前の晩に、ギヨームが名札を並べていた。十二枚。索引の順に置いていく。


「その順でよいのか」


「束にございます順でございます」


「席は」


「席の並びは、書かれておりません」


家令はそう言って、十二枚を卓の縁に沿って等間隔に置いた。


当日、来たのは五人だった。


五人のうち二人は早く帰った。招いた客で残ったのは三人。あとはマノンと、僕である。広間の卓は十二人ぶんに整えてある。


名札が七枚、置かれたまま残った。誰も座らない椅子の前で、紙だけが立っている。


給仕が下げようとしたので、そのままにしておけと言った。


菓子の皿が回ってきたとき、ロジエ家の奥方が手を止めた。杏の砂糖漬けである。


「わたくし、これは」


「お口に合いませんか」


「ええ、少し」


奥方はそれきり皿に触れなかった。


「ジェラール様」


マノンが袖を引いた。


「どうして誰も来てくださらないの」


「都合が悪かったんだろう」


「七人も」


僕は答えない。


理由の一部は、四日後に出てきた。


案内状が三通、まとめて返ってきた。ブランシャール、ヴェルニー、ソレル。三通とも封は開いていて、中に短い断り書きが入っている。


当家にはその名の者はおりませぬ。


三通とも同じ文面だった。


宛名を見た。ブランシャアル。ヴェルニエ。ソレール。


僕が書いた。索引には家名が並んでいて、そのとおりに写したつもりだった。写したつもりで、写せていなかったらしい。


ギヨームを呼んだ。


「これは、お前が出したのか」


「宛名は旦那様がお書きになりました」


「その前に、綴りを確かめなかったのか」


「わたくしは、宛名を確かめる役を承っておりません」


「では誰が確かめていた」


家令は答えなかった。答えないまま、少し頭を下げた。


三通を卓に並べた。ブランシャアルのaが一つ多い。ヴェルニエは、たぶん最後がイではない。ソレールは、伸ばすところが違う。


どれも似ている。似ているから、写せば済むと思っていた。


ヴェルニーは、綴りにeが二つ入る。誰かがそう言っていた気がする。いつ、どこで聞いたのかは出てこない。


母上のところへ持っていくと、母上は三通を順に見て、それから索引を見た。


「索引の綴りは正しゅうございますよ」


「では、僕が」


「あなたがお書きになったのでしょう」


母上は三通を返してきた。返してから、ご自分の予定表を膝に載せて、しばらく黙っていた。あの折り目のついた紙である。


「ヴァレ家の伯母様の見舞いは、来月の一日でしたかしら」


「束に書いてあります」


「そうね。書いてありますね」


夜、書斎で束を最初から読み直した。


一枚目は索引。二枚目、三枚目も索引で、月と家名と刻限の三通りに分かれている。四枚目から本文になる。


一月、ヴァレ家、毎月一日、音の出ないもの。


音の出ないもの。なぜ音の出ないものなのかは書いていない。


二月、ベルナール家、容体次第、砂糖菓子を除く。容体次第というのは、誰がどう判断するのか。砂糖菓子を除く理由も書いていない。


三月、ブランシャール家、当主夫妻が銀婚。品の格は一段上。一段というのは、何を基準にした一段なのか。


六月、ヴェルニー家の長男の婚礼。贈る先は本家と分家の両方、と書いてある。両方に贈る家と、本家だけの家がある。その別がどこから来るのかは書いていない。


七月の第二週、三軒が重なる。品は先に手配すること。先に手配しないとどうなるのかは書いていない。


四十枚を、順にめくった。


日付がある。家名がある。品物がある。刻限がある。全部書いてあって、それだけである。


八月の頁に戻った。ル・グラン家、喪明け。贈らない。


なぜ贈らないのか。


その一行がどこにもない。四十枚のどこにもない。四十枚は、何をするかしか書いていない。


卓の上に、まだ名札が七枚残っている。広間から下げさせていない。


そのうちの一枚を持ってきて、机に置いた。ロジエ家の奥方の名札である。当日、あの方は来られた。来られて、菓子には手をつけずじまい。


書棚から名鑑を出した。


背表紙が硬くて、開くのに力が要った。開いたところは中ほどで、見たことのない家の名が並んでいる。ル・グラン家を探そうとして、どこを引けばよいのか分からなかった。


家名の順なのか、位の順なのか。位の順だとして、位はどこに書いてあるのか。


巻頭に凡例らしき頁があった。読むと、爵位と叙爵の年で並べると書いてある。叙爵の年が分からなければ引けない。ル・グラン家の叙爵が何年かを、僕は知らない。


頁の隅に埃が溜まっていた。指で払うと、指の方が黒くなった。


名鑑を閉じて、机に置く。置いてから、便箋を出した。


書き出しに時間がかかった。


拝啓としてから、消す。前略と書いて、これも消した。二枚を無駄にしてから、便箋を三枚目にした。


リディア、と書いて、その下が続かない。何を頼むのかは決まっている。決まっているのに、頼む理由の書き方が分からない。


困っている、と書けば済むのかもしれない。


結局、三行書いた。


ル・グラン家のことで伺いたい。八月の欄に贈らないとあるが、喪が明けた後はどうすればよいのか。ほかにも同じような箇所がいくつかある。


読み返して、これでは足りないと思った。足りないと思ったが、足す言葉が浮かばない。


ル・グラン家のことだけを訊けば、返ってくるのはル・グラン家のことだけである。同じような箇所は、四十枚のほとんど全部にある。全部を訊くには、四十枚を丸ごと送り返すことになる。


封をして、明日の朝に出すよう、机の端に置く。


置いてから、また束をめくった。


妻の字で書かれた頁には、何をするかだけがあった。なぜするのかが、どこにもなかった。

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