Ⅳ地位とか財産とか、マジでまどろっこしい
「遅かったわね」
「申し訳ありません」
モスチェ嬢を振り切って教室へ着いた私は、先に座っていたチェリーにポツリと嫌味を言われた。
そう、周りには嫌味と受け取られているであろうこの発言、実はチェリー用語で『時間がかかったようですが何かありましたか?』である。
分かりにくいが今は先輩と後輩ではなく、侍女と主人。侍女の心配など普通のご令嬢はしないのだ。
「少々モスチェ嬢に引き止められまして」
へぇ、と呟き、チェリーが冷笑した。
私のこの発言で私が苛められたと悟ったのだろう、チェリーの背後で吹雪が起こっているように感じる。
……何故?
先輩がちょっっっと嫌味を言われただけじゃん。
そんなに私のこと慕ってくれているってこと?
ありがたいけど……ねぇ。
私がこっそり悩んでいるとチェリーが話を切り出した。
「そういえばこの後は選択授業ね。私は風専だけど、あなたはどこの専攻なの?」
『学園』では週末の最後の授業は選択授業となっている。
それぞれ4つの属性専攻に分けられ、自分の得意属性の魔術を伸ばすことできる時間だ。
そして今日は私が編入してから初めての週末。
初めての選択授業なのだ!
「わたくしは水系属性専攻でございます」
私がそう言うとチェリーは分かりやすく鼻で笑った。
「かわいそうに、選択授業に陰陽道はないものね。あなたに水属性魔術が使えるかしら?」
これはたぶん『陰陽道が使えませんけれど先輩、水属性魔術も使えるんですか?』という感じだろうか。
私はちゃんと意を汲み、答えを返す。
「もちろんでございます。わたくしはお嬢様の護衛も兼ねております故」
「ふん、そう……」
一瞬チェリーから『本当に使えるんですか……?』って顔された。
私だって全属性は無理だけど、3属性くらいは使えますからね!?
♢♢♢
確か今日の会場は、3年B組だったはず……と思って校舎内を歩いていた私は、3年の教室の前で立ち尽くしていた。
人気がない……。
先生はここって言っていたのになぁ。
私はため息をついて、髪を耳に掛けた。
こんな時には探知魔術ね!
「美しく尊い女神様、我に神の力を──探知の耳」
私の耳に魔方陣の模様が浮き上がった。
少しの耳鳴りの後、周囲の音がかき集められる。
水の音、水の音──。
あった!魔術独特の水の音!!
「中庭っ!」
今から走ってたら間に合わない!陰陽道なら……!
「臨む兵、闘う者──」
「待った」
私が詠唱を始めたその時、凛とした声が聞こえた。
背後の教室から。
誰かいた?探知魔術で呼吸音すら聞こえなかったのに……どういうこと!?
私は意を決して扉に手を掛ける。
「失礼します」
中にいたのは、精霊のような美少年。
綺麗な長い銀髪をひとつに結っている。
ネクタイの色は青、3年生。
さらに制服の上に掛けている紫の絹でできたマントは生徒会役員の証。
彼はもしかして……
「初めまして、ブルーム副生徒会長。わたくし、この度編入してきましたプラム・トパーズと申します」
彼の名はアメリ・ブルーム。『学園』の副生徒会長であり、国内最高峰の魔術師たち『五惑星』の1人、『水星の魔女』の弟子である。
『陰』が裏の凶悪な犯罪者を取り締まるとすれば、『五惑星』は表の凶悪な犯罪者を取り締まる。
時には協力して取り締まることもあり、彼ら彼女らとは面識がある。
そしてその弟子とも面識が、ある!
1年程前、彼の師の『水星の魔女』の屋敷に潜入し、そこで毒をもっている奴をとっちめてこいと残念イケメン上司に命じられ、料理人に扮したことがあった。
そこで休暇中だった副会長と鉢合わせ。
得意のプラムパイを作って乗り切った過去がある。
私が密かに冷や汗を流していると、彼は柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「初めまして、水系属性専攻科長アメリ・ブルームだ。この『学園』では副生徒会長も務めている。トパーズ嬢、ようこそ水専へ」
バレてない……か。
心の中で大きなため息をつく。
「早速だが、最初にトパーズ嬢の実力を計ってもよいだろうか?」
私は思ったことを率直に口にする。
「何故教師ではなく、あなたが?」
「……担当教師が、いなくてな」
副会長は苦々しく言い放った。
どうやら彼の悩みの種だったらしい。
『学園』は国内有数の名門校だ。人材不足ではないと思う。
それどころか国中の優秀な魔術師が集まっているはず。それこそ生徒よりも何倍も優秀な。
何故だろうと考えていると、そんな私の様子を感じたのか副会長が説明してくれた。
「水専は四大属性の中で最も簡単だ。故にサボり魔が多く、皆すぐに匙を投げていくんだ」
魔術には、神、水、風、火、土、氷、雷、闇、光、の9つの属性がある。
ほとんどの人が使える神属性を除いた、比較的簡単な水火風土の属性は四大属性と呼ばれ、『学園』の9割以上の生徒が使っている。
その中でも水属性は簡単に扱えるから貴族の子女が好むのだろう。
魔術師になりたくもない貴族の子女は、更正が難しいだろうな……。
私は、むっと考え込む。
「すまない、こんなつまらない話を……。トパーズ嬢には場所が中庭に変更になったことを伝えられなかったため待っていたんだ。行こう」
「その前にひとつ提案を」
立ち上がった副会長を制止する。
この『学園』は地位とか財産とかいちいちまどろっこしいのだ。
ここは魔術学校なんだから、魔術で解決しないとね。
愚か者には制裁を。




