Ⅲ噂と嘘
『魔壊』とは、球状の殺戮魔道具である。
魔道具とは、魔術が使えない者でも体内の魔力を流し込むことで魔術と似た現象を起こすことができる。
この国ではもちろん危険な魔道具は禁止で、使ったり販売すればそれこそ我ら『陰』に捕まったり、最悪殺されたりするだろう。
でも、どれだけ一網打尽にしても危険な魔道具売買は行われる。
まぁ、幸いにも危険な魔道具の特徴は把握しているため、大々的に売買されない限りは大規模摘発は行われないだろう。
そんな危険な魔道具の中で最も危険だと教えられたのが『殺戮魔道具』である。
込める魔力は多いものの、狙ったものを絶対に殺し尽くす魔道具として開発された過去を持つ。
馬鹿みたいに大きな攻撃を放つ魔道具もあれば、対象を捕獲した後にじわじわと殺す魔道具もあり、それは買い手の希望が大きく反映されているのだろう。
例の『魔壊』は後者である。
対象に投げつけ、本体に強い刺激を与えることでカプセルが割れる。
そして中の強力な氷の魔石が空気に触れて、氷を吐き出す。
氷には仕掛けが施されており、その多くは周囲の魔力を際限なく吸収する仕掛け。
氷は時間と共に増幅し、氷で身動きがとれなくなったところを魔力を吸い尽くされて絶命するのだ。
それがこの『学園』で流通していると。
「不味いわね」
なんてったって思春期の大人になりかけの時期は大人ぶり、危険なものに手を出しやすい。
経験が浅く、今までぬくぬくと暮らしてきた貴族の子女など格好のカモだ。
「ですから私には荷が重いと感じ、ミューズ部長はイーグレット先輩を派遣したのかと」
「確かにこの案件はチェリーには荷が重いね」
私が密かに納得する。
あの残念イケメン上司の評価を一段階上げてやろう。
「あくまで噂なのね?」
「はい、確証もなく詳しいことはまだ何も」
「だったら私が調査を引き継ぎましょう。情報が入り次第、作戦を考えていくことが最善だと思うわ」
ありがとうございます、とチェリーが言ったところで魔術の継続時間が過ぎ、結界が消えた。
さすがチェリー、ここまで読んで結界を張ったわね。
♢♢♢
そんなこんなで入学から1週間。
調査はしているがこの立場、情報は入るどころか生徒には避けられている。
困ったものだ。
私が調査を引き継いだはずなのにまだチェリーにも手伝ってもらっている始末。
どうにかしたいがなんせ『札付き』だし貴族階級も最低の男爵。
焦りは禁物だけど、このままにする訳にもいかないしな……。
私は悩みながら廊下を急ぐ。
普段はチェリーの侍女なので今回のような移動教室であろうと彼女に付き従っていのだが、私が忘れ物をしてしまったので慌てて教室へ戻ったのだ。
忘れた教科書をぎゅっと抱き、早足で階段を上がる。
まだ時間に余裕はあるが、チェリーをずっと1人にさせるのは侍女としてよくない。
急がなくては。
「トパーズさん」
背後から呼び止められて、私はやむなく足を止めて振り返った。
立っていたのは数名の女子生徒。
セピア色の髪をシニョンにした少女が私を呼び止めたようだ。
彼女がこのグループのリーダーらしい。
「なんでしょうか」
「ごめんなさいね、薄汚い『札付き』さんに少々忠告をと」
薄汚い、その一言に私の顔が強張る。
「最近、王子殿下が2学年の編入生にご執心という噂が流れていてよ。ご存知かしら?」
殿下が?
第一王子殿下は、現在『学園』の3年生で生徒会長を務めている。
しかも婚約者がいないという超優良物件。
このご令嬢も彼を狙っているのだろうか。
「王子殿下の婚約者にふさわしいのはたった1人、シャイニー・オルキデア様しかおりませんわ!!」
……え?
てっきり『王子殿下の婚約者にふさわしいのは、このワタクシしかいませんわ!!』なんて言うと思ったのに、この子、オルキデア嬢のシンパ?
「オルキデア様には王子殿下からの婚約のお話がきていますのに、当の王子殿下が頷かないのだと⎯⎯」
それって噂とかじゃ……?
「オルキデア様が仰っていました」
噂ではないと。
だったらオルキデア嬢の作り話?
でも、この1週間見た限りはそんなことをするような子じゃないと思うんだけけど。
本当に怖いのは、婚約のお話がきていてもおかしくないということ。
故に真実なのか見分けるのが難しい。
今度、残念イケメン上司に問い合わせてみよう。
「ですから、トパーズさんには王子殿下に近付いてほしくないのです」
そう言いきった少女は、私の返事を待つかのように口を閉ざした。
ここで私が頷けば全ては解決するのだけど──。
「わたくし、今まで屋敷で働いていましたので、社交に疎いのです。貴女の名前をお伺いしても?」
「そう。わたくしはエマ・モスチェ。モスチェ伯爵令嬢ですわ」
モスチェ嬢は誇らしげに名前を告げた。よほど家のことが好きとみた。
「失礼しました、モスチェ嬢。ですが、わたくしが王子殿下を避ける理由が分かりませんわ」
「は?」
私は困惑を顔に張り付けて、モスチェ嬢を見つめた。
モスチェ嬢は理解できないとその表情が語っている。まだまだね。
「わたくしは入学してから王子殿下と話したことがありません」
「そんなの嘘ですわ!」
「そちらこそ、ただの噂でわたくしを脅して『嘘』ではない証拠はおありで?」
「それは……!!」
モスチェ嬢は目を泳がせ、言葉を詰まらせた。
私は大きくため息をついた。
「侍女といえど侯爵家の一員の矜持があります。問い詰めるならば確固とした証拠をお持ちくださいな」
呆気にとられたモスチェ嬢をおいて、私は駆け足で廊下を去った。
急がないとチェリーに心配されてしまう!
♢♢♢
「何よ、薄汚い『札付き』の癖に……」
モスチェは、プラムが去っていった廊下を睨み、強く歯を噛み締めた。
「まぁまぁ、男爵令嬢ですもの、マナーというものを理解していないのでしょう」
取り巻きの1人がそう宥めるも、モスチェ嬢の顔は晴れない。
プラムはモスチェ嬢の話を『嘘』だと言いきった。
つまりはモスチェ嬢の敬愛するオルキデア嬢まで『嘘つき』呼ばわりしたのだ。
「許せない……!!」
モスチェ嬢はその華やかな顔に憎悪を漲らせ、呟いた。
もしも、そう言って王子殿下や他の高位貴族に媚びるならば──。
「ここにいられないようにしてやるわ」




