Ⅱ入学
私は極秘任務解決部『陰』所属のウメ・イーグレット。
今日から男爵令嬢プラム・トパーズとして国内唯一の魔術学校『学園』に潜入する。
⎯⎯ということで、私は使い魔の1体、朱雀に乗せて『学園』へ連れていってもらっている。
朱雀はその赤い羽をはばたかせ、私に声をかけた。
「もう、下は『学園』ヨ」
「うわぁ、本当だ!」
地上を覗き込むと、そこには『学園』の広大な敷地が広がっていた。
茶色く厳かに立つ校舎、色鮮やかな庭園。
ここは国の魔術を使う者が集まる学校、『ディベルティメント魔術学校』通称『学園』。
多くの著名な魔術師を輩出していて、有名なのは国内最高峰の魔術師たち『五惑星』のほとんどが『学園』の卒業生であること。
『陰』も在学中のチェリー・フィナーレを除けば、私以外の人間は全員『学園』の卒業生である。
「朱雀、ありがとう」
お礼を言うと、朱雀は空中にも関わらず、赤い鳥の折り紙に戻った。
私は落下しながら折り紙をしまい、かわりに1枚の御札を取り出す。
「臨む兵、闘う者、皆、陣列べて前に在り。四神・青龍よ、我に力を──疾風」
そう唱えると御札が緑に光り、足元から風が舞う。
私はそのまま地面に着地し、目の前の大きな漆黒の門を見上げた。
「ここがプラム・トパーズの『学園』か、悪くないね」
♢♢♢
「美しく尊い女神様、我に神の力を──鑑定の瞳」
私が小声で詠唱を行うと、片目に小さく魔方陣が浮かび上がる。
私は普通の魔術は得意ではないが、5分程度なら持続させられる。
クラスメートの実力を見るならこのくらいが丁度いい。
「トパーズさん、入って」
扉を開いて担任の教師が顔を出した。
私は返事をして、廊下から教室へ足を踏み入れる。
高等部2年B組。
ざっと見たところ、普段『陰』を見ているからかめぼしい力の人物はあまりいない。
どちらにしても私には匹敵しそうもないな。
「プラム・トパーズ、16歳です。王都のはずれの出身でプラムパイが好物です」
簡単な自己紹介、プラムの設定は綿密に組み立てたから問題はない。
ここまでは順調。
ここからが、最大のカミングアウトだ。
「陰陽道が得意です」
教室内がざわついた。
陰陽道、そしてそれを使う陰陽師。
大昔、東の国で生まれた術は、長い道のりを経てこの西の国々へも届いた。
しかし、すでに魔術が普及していた我が国では陰陽師は魔術師の劣化版『札付き魔術師』と呼ばれ、虐げられた。
80年程前、奴隷と等しくなりかけていた彼らを救った陰陽師がいたのだが、それももう昔。
いまだに『札付き魔術師』として差別が続いている。
プライドが高く、魔力の多さだけで『学園』に進み、出世コースのクラスメートには嫌なものだろう。
値踏みや好奇の視線が明らかに蔑みの視線に変わった。
あぁ、これが嫌だから学校には通わなかったのに。
「これからよろしくお願いします」
己に向けられる視線に嫌悪感を抱きながら、私は仮面の笑顔のまま美しく礼をした。
教師に命じられるがまま席に座り、視線だけゆっくり動かす。
将来有望そうな宝石の原石は2人。
黒檀を溶かしたような黒髪と紅の瞳を持つ『陰』の最年少、チェリー・フィナーレ。
もう1人は、金と赤の髪の目付きの悪い青年。
あの特徴的な髪はルミナス公爵家の者ではないだろうか。
そんなことを考えていたら、休憩時間に入り、可愛らしい少女がヒールを鳴らして近づいてきた。
オレンジ色の巻き髪に蘭の飾りをつけた彼女は、ピーコックグリーンの丸い瞳で私を見下ろした。
「ごきげんよう、トパーズ男爵令嬢。わたくしはシャイニー・オルキデア。シャインと呼んでくれる?」
にこりと笑ったオルキデア嬢に私が応えようとしたその時、通路を挟んで横に座っていたチェリーが口を挟んだ。
「プラムは私の侍女なの。そちらに引き込まないでくれるかしら」
オルキデア嬢はそう言ったチェリーを面倒くさそうに見て、扇を口に当てた
「あら、そんなの関係なくってよ?編入して間もないもの、分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
何故か哀愁を漂わせ、オルキデア嬢は他の生徒のもとへ話しにいった。
なんであんなに寂しそうだったのかな……。
私がオルキデア嬢を目で追っていると、チェリーが小さく詠唱を行った。
薄い防音結界が張られ、彼女が浅い礼をした。
「お久しぶりです、イーグレット先輩」
「久しぶり、チェリー」
「では、早速情報を共有致しましょうか」
一応『陰』は年功序列。先輩は敬うものである。
現在1番後輩のチェリーは、鼻の高い貴族の一員とは思えないほど、皆に敬語を使っている。
正直、私は年功序列なんて知らねーという派閥なので先輩後輩関係なくタメ口である。
幼い頃からここにいましたから不敬とかではないですけどね。
それを踏まえるとチェリーはとっても優秀な後輩なのだ。
私が感心していると、チェリーがオルキデア嬢を見た。
「先ほどのオルキデア嬢は存じ上げていると思いますが、オルキデア侯爵家のご令嬢でございます。この学年では1番爵位が高い令嬢で、社交界にも顔が広いため2学年の女王と言っても過言ではないでしょう」
私も任務で何度か見かけたことがあるから、きっと社交に積極的な子なのだろう。
「あまり彼女の邪魔はしない方が良いかと。最悪退学に追いやられます」
「そこまで?」
いくら侯爵令嬢と言えど退学は言い過ぎでは?
「私はできますが?」
「……ならできるか」
オルキデア嬢と同じ侯爵令嬢のチェリーがそう言うならできるのだろう。
貴族って怖い。
「そんなことになりましたら、私が持ち得るすべての権力と財力を乱用してでも止めますが」
それは裏の私たちは助かるけど、表のフィナーレ侯爵家が困りますよね?
「それはやめようか。あと他に注意すべき人はいる?」
「このクラスではノーチェ・ルミナス公爵令息でしょうか。実力も努力も申し分なく、爵位は学年で最も高いですから。ただ、少々不良の一面があり、私は認めておりません」
チェリーは私が知る限り最も礼儀に厳しい人である。
相当嫌われているんだろうなぁ。
それに、やっぱり彼は公爵家の者だったか。
「ありがとう、チェリー」
気を付けるべきはオルキデア嬢とノーチェ・ルミナス、ね。
「それで、チェリーはここで何を調査しているの?」
「はい、私が調査しているのは⎯⎯」
チェリーはかしこまり、凛と言葉を発した。
「『学園』で流通している『魔壊』についてです」
……魔壊!?




