Ⅰ悲報、春休み明けの大仕事決定
清々しいほどに空が青い。
眼下に建ち並ぶは、美しい城下町。
建物ばかりで森が遠い。
国の王都にやってきたのだから仕方がないのだけど。
少女は民家の屋根に立ち、ふと、自然豊かな街「フォレスタ」へ想いを馳せる。
そよ風が少女の髪と服を揺らした。
少女が身につけているのは黒のローブ。
金の刺繍がローブの縁に輝いている。
フードの下からは鮮やかな緑の髪が覗く。
「本日は快晴!絶好の学園日和ね」
少女は真っ赤なブーツを大きく動かし、屋根の上から飛び降りた。
そう、屋根の上から。
少女は真っ逆さまに落ちていく。
しかし、焦りもせず、少女は口を開いた。
「朱雀!!」
すると少女は赤の鶴の折り紙を投げた。
それが1羽の赤い大鳥に変化して、少女を背に受け止めた。
「ありがとう。ねぇ、このまま『学園』まで行ける?」
「……ワタシ、移動手段じゃないんだケド」
朱雀と呼ばれた鳥は、呆れながらも翼をはためかせる。
ちゃんと『学園』まで連れて行ってくれるらしい。
「そんなのでいいのカシラ?」
「ん?」
少女がローブを脱ぐと、白に紫のラインが入ったトップスと薄暮の空の色のスカートが顕になる。
「仕事なんでショウ?『御札の魔女』ウメ・イーグレットサマ?」
朱雀の言葉に少女は笑む。
この少女は、国直属の情報収集、潜入調査、極秘護衛などの公にはできない仕事を国王から引き受ける部署『陰』の一員『御札の魔女』ことウメ・イーグレットなのだ。
♢♢♢
話は2週間前にさかのぼる。
私、ウメ・イーグレットは己の家がある、愛してやまない街『フォレスタ』を散歩していた。
空気がきれいで、緑が豊か。
春の花が咲き誇るフォレスタは、私にとっては理想の桃源郷だ。
少し前に、ここ数年で1番長い休暇を上司からもぎ取った私は、我が家で十分に堕落した生活を送っていた。
まだ2週間も残っていると思うと顔のにやけが止まらない。
「ご主人様、お客さんです」
幸せいっぱいの私に、黒髪の幼女が話しかけた。
首に蛇を巻いた着物の彼女は。私の使い魔の1体である亀遠。
「誰?」
「えっと、コランダム・ミューズ様で──」
「追い返して」
私が食い気味に言い返すと、亀遠は困ったように視線を彷徨わせた。
きっと彼に何か言われたのだろう。
「で、でも……」
「お・い・か・え・し・て」
何か言われたのなら、言わせなければいい。
有無を言わさずに微笑むと、亀遠がヒッと悲鳴を上げた。
すると、彼女の肩に大きな手が乗った。
「それはひどいよ、イーグレット君」
亀遠の背後に立ったのは、藍色の髪のイケメン。
しかし、1度見ただけでは忘れてしまいそうな影の薄いイケメンである。
彼こそが『陰』の部長であり、私の育て親であるコランダム・ミューズだ。
私は軽く舌打ちをして、コランダムに目をやる。
「なんですか?私、休暇中なんですけど」
「まぁまぁ、とりあえず客人に茶ぐらい出しておくれ」
私は大袈裟にため息をつくと、我が家へ案内を始めた。
♢♢♢
私がコランダムの前に紅茶を置くと、彼はむっと顔をしかめた。
「緑茶はないのかい?」
「そんな高価で希少な茶があるわけないでしょう」
彼の言う緑茶は異国の茶であり、ほとんど流通していない。
普段から緑茶を飲んでいるコランダムは、実は結構な高位貴族なのだ。
私は、不満そうに茶をすするコランダムの向かいに座った。
「で、なんの用です?私、休みの日まで上司に媚びへつらうほど暇じゃないんですけど」
「ははは、君はいつでも僕に媚なんて売らないだろうに。心配せずとも君の大事な春休み休暇をなくしたりはしないよ。ちょっと休暇明けが忙しくなるだけだ」
「は?」
コランダムは美女も卒倒しそうなスマイルをかましながらこう言った。
「国内唯一の魔術学校『学園』で潜入調査してきてほしいんだ」
私は間髪いれずにコランダムの胸ぐらを掴みあげる。
「残念イケメン上司、知ってます?私、魔術師じゃないんですけど。しかも今年で19歳、卒業してますよ?頭おかしくなったんですか?」
段々と力がこもっていき、コランダムが両手を挙げる。
「ちょ、首絞まって……苦し……」
私が手を離すと彼は数回咳をした後、苦笑いを浮かべた。
これは本当に困っているやつかもしれない。
「いやぁ、『陰』で『学園』に行っていない人間は君だけなんだよ。それにほら、札付き魔術師も大きく捉えれば魔術師だし。年ぐらいはごまかせるよ、イーグレット君、童顔だもん。人手不足なんだよ、頼まれておくれよぉ」
お願い、お願いと頼み続けるコランダムから目を離し、私は椅子に座り直す。
「分かりましたよ、設定は?」
「本当かい!?」
「2度も言わせんな、設・定・は?」
そんな私に気圧されながらもコランダムは潜入時の設定の説明を始めた。
「プラム・トパーズ、16歳。水系属性専攻で陰陽道が得意なトパーズ男爵家の一人娘──という設定で」
トパーズ男爵家、私の母の実家である。
確か、何年か前に一人娘が不慮の事故で亡くなったと聞いた。
きっと彼女として潜入するのだろう。
「なら、外見は変えなくていいんですね」
親族ならば外見は変えなくてもいい。加えて私は母似なので、自然だろう。
当たり前だが潜入には設定が必要だ。陛下曰く『素で潜入するのは潜入とは言わない』のだとか。
こちらからすれば髪色・長さ、目の色、体格、時には性別まで変えないといけないので、面倒臭いことこの上ない。
「世間的には今年で2年生の『陰』のフィナーレ君の従者という設定にしてみた。何か質問は?」
「この任務、チェリーだけではダメなんですか?」
『陰』の一員で最年少のチェリー・フィナーレは、別名『毒殺の魔女』とも呼ばれている期待の新人だ。
しかもチェリーの実家、フィナーレ侯爵家は国内有数の大貴族。
長男は在学中に新たな魔術を5つ完成し、今は跡取りとして父に控え、次男は王国騎士団所属。
長女は王子の婚約者候補で、次女は『陰』に所属──本物のエリート一家である。
そんなチェリーは学園在学中の学生だ。
私よりも彼女のほうが適任なのでは?
そう言うと、コランダムは困ったように笑った。
「フィナーレ君には独自に調査してもらっていたけれど、随分事が大きくなりそうだったからね。それに彼女は密偵には不向きだ。僕の片腕である君こそが最適なんだよ」
紅茶を飲み、「たまには紅茶も悪くないなぁ」と呟くコランダムは『陰』の部長なだけあり、部下の事をよく見ている。
だが、それと部下に無茶な仕事を押し付けるのは違うと思うんだけど。
「私の不在は他の任務に支障が出るのでは?」
「ははは、甚大すぎて笑えるくらいにはね。でも、俺がいるからには『陰』は潰れさせないよ」
「でしたら結構」
私は満足気に茶を飲んで頷いた。
憂いはない。
交渉はコランダムの方が得意なんだから、元々断れるとは思ってなかったしね。
「極秘任務解決部『陰』所属『御札の魔女』、ウメ・イーグレットがその依頼、お引き受けしましょう」
コランダムが露骨に肩の力を抜いたのを見て、私はティーカップを回収した。
「もう用事はないですよね?さっさとお帰りください」
「え?せっかくフォレスタまで来たんだから、一緒に食事でも──」
私は再度、黙って彼の胸ぐらを掴んだ。
「私、誰かさんのおかげで急遽任務の準備を行わなければいけなくなったので、そんな暇ないんですよね。さっさと帰れ」
コランダムの制止の声を聞かず、私は彼を家からポイっと放り出した。




