第69話 ルートへの入口
```
[SYSTEM LOG - top floor / recovery phase / T+00:00]
> admin_core: AWAKE (semi-transparent, tower-repair mode)
> tower_repair_eta: 12:00:00 → 00:00:00
> entity 01 (LEN): integrity 56% (critical, recovery initiated)
> entity 02 (PCH-0001 / dual): self-coherence 62% (stabilizing)
> party deployment:
> - shell: medic / observation lead
> - memory: source-code patch / dialog prep
> - aria / guard / harsh: lower-floor cleanup
> - virus: north-wall repair assist (auth: dual identification)
> bug_density (global counter): 93.8%
> [STATUS] preparation phase / 12h to Lv5 transfer interview
```
---
塔の最上階の床は、思っていたよりも、柔らかかった。
水盤の脇の、源コードの透ける石畳の上に、メモリが、白い布を、一枚、敷いた。布の縁に、薄い、銀色の文字列が、流れていた。`temporary recovery zone / Lv4 priority`の、表記、だった。
俺は、その布の上に、ゆっくりと、横になった。
横になった瞬間、Lv4視界の、解像度を、半分まで、落とした。
落とした半分の視界の中で、塔の最上階の天井の、源コードの流れが、ゆったりと、上から下へ、流れていた。流れの速度は、修復モードの、低速だった。
「マスター」
メモリが、俺の頭の、すぐ側に、座った。
座って、千頁の書を、開いた。
「源コード補修を、開始します。Lv4整合度の、回復目標は、十二時間後に、七十パーセント台」
「現在、五十六パーセント、か」
「五十六パーセントです。十二時間で、十五ポイント、戻します。一時間あたり、約一・二五ポイント。安全な回復速度です」
メモリの右手が、俺の左の手首の上に、薄く、置かれた。
置かれた手のひらから、薄い、白い光が、俺の左腕の中に、薄く、流れ込んだ。
光は、源コードの、補修の、薄い、糸、だった。
糸は、俺の左腕の、源コードの、剥がれた箇所を、一本ずつ、ゆっくりと、繋ぎ直した。
「シェル」
俺は、低く、呼んだ。
「カウンターは」
「九十三・八パーセント。塔の修復モードの間、上昇速度は、毎時、約〇・〇三パーセントに、抑えられています。十二時間で、〇・三六ポイント程度の、上昇。許容範囲内です」
シェルの観測魔法の補助具が、俺の足元の方向に、五個、低く、浮かんでいた。
補助具の表面に、世界全体の、バグ密度の、グラフが、薄く、流れていた。
「アドミンの修復は、塔の、どこから、始まってる」
「北の壁、東の壁、そして、各階の、ガーディアンの、再格納の岩盤、です。優先順位は、防衛機構の、再起動準備。最後に、塔の外壁の、源コードの、整形」
「俺たちの戦闘の、痕跡か」
「はい。塔の各階の、戦闘痕跡を、消すというよりは、源コードの、整合性を、もう一度、整える、という、作業です」
「了解した」
俺は、息を、深く、吐いた。
吐いた息が、塔の最上階の、空気の中に、薄く、白く、流れた。
塔の最上階の空気は、修復作業の、低い音で、満たされていた。
低い音は、塔の北の壁の方角から、わずかに、強く、聞こえていた。
その音の中央に、藍色と、銀色の、二色のオーラが、静かに、立っていた。
ヴァイラスだった。
ヴァイラスは、塔の北の壁の、剥がれた部分の、近くに、立っていた。
両手の手のひらを、剥がれた壁の、源コードの、断面に、薄く、当てていた。
当てた手のひらから、藍色と、銀色の、二色の光が、薄く、壁の源コードの中に、流れ込んでいた。
二色の光は、互いを、押しのけずに、並んで、流れていた。
「……あいつ、修復、手伝うのか」
俺は、低く、呟いた。
「アドミンが、修復作業を、共有していい、と、許可しました」
メモリが、俺の手首に、もう一度、補修の糸を、流しながら、答えた。
「Lv4.5の、源コード書き換え権限は、塔の修復にも、有効です。アドミン本体だけで、修復するより、ヴァイラス様が、手伝ったほうが、二割、早く、終わります」
「二割……ヴァイラス、それを、自分から、提案したのか」
「はい」
メモリの目元が、わずかに、緩んだ。
「アドミンが、覚醒直後に、修復作業を、始める、と、言った時――ヴァイラス様は、自分から、修復を、手伝いたい、と、申し出ました」
「四百年、壊そうとしてきた、相手の、塔を」
「はい」
「変わったな」
「変わりました」
メモリの千頁の書の、右の頁の、新しい一頁が、ゆっくりと、繰られた。
繰られた頁に、薄い、文字列が、流れた。
```
> PCH-0001 / dual identification log
> action: north_wall_repair_assist (voluntary)
> emotional_tag: [residual_attachment / patch_origin / loyalty_to_world]
> note: patch-origin code reactivated. loyalty surface increased.
```
「パッチの、忠誠心、か」
俺は、薄く、呟いた。
「ヴァイラスの、奥に、四百年、ずっと、座っていた、世界への、忠誠が、表に、出てきている」
「はい。藍色は、まだ、残っています。怒りも、孤独も、残っています。ですが、その横に、銀色が、座って、いる。銀色は、世界を、愛していた、修正パッチの、コードです」
「両方、抱えたまま、続いている、か」
「はい」
俺は、目を、塔の最上階の天井に、向けた。
天井の源コードの流れの、ゆったりとした、リズムを、しばらく、目で、追った。
追っているうちに、Lv4視界の、解像度の、低下が、俺の体の、源コードの、補修を、ゆっくりと、許していた。
俺の左の手首から、メモリの補修の糸が、薄く、入り続けていた。
俺の体内整合度は、五十六パーセントから、ごくゆっくりと、五十六・五パーセントに、上がった。
上がった〇・五ポイントは、Lv4視界の、補助具の、グラフの上で、薄い、線、として、流れた。
線は、しばらく、平行に、進んだ。
---
塔の下の階の方角から、低い、足音が、響いた。
足音は、複数だった。
階段を、上がってくる、足音の、リズムだった。
塔の最上階の、入口の方角を、Lv4視界で、観た。
入口の手前に、三つの人影が、立っていた。
アリアと、ガルドと、ハーシュ、だった。
三人とも、塔の下の階の戦闘の、痕跡の、片付けの、途中で、わずかに、汚れていた。
アリアの白い軽鎧の、右肩に、藍色の、汚染オーラの、薄い、染みが、残っていた。
ガルドの赤い篭手の、左の指先に、ガーディアンの刃の、削れの、痕が、薄く、残っていた。
ハーシュの紺色の長衣の、左の腕の、布地が、わずかに、ほつれていた。
三人とも、入口で、息を、整えていた。
「下の階の、片付け、どうだ」
俺は、低く、声を、かけた。
「四階までは、終わりました」
アリアが、即答した。
「残りは、五階から、最上階の手前まで。今夜のうちに、半分。明日の朝までに、全部。半日の修復期間で、塔の戦闘痕跡を、完全に、消せる、見通しです」
「了解した」
「レン、お前、横に、なってんのか」
ガルドが、塔の最上階の中央に、入ってきた。
赤い篭手を、軽く、握り直しながら、俺の方を、見下ろした。
「メモリと、シェルが、補修を、やってる」
「半日、おとなしくしてろよ」
「おとなしくしてる」
俺は、薄く、笑った。
「Lv5譲渡の対話までに、Lv4整合度を、七十パーセント台に、戻す必要が、ある。そのためには、半日、横になる、というのが、合理的な、選択だ」
「合理的か」
ガルドの右の口元が、ふっと、緩んだ。
「お前が、合理的に、横になってる、っていうのは、悪くない、景色だ」
「景色か」
「お前、自分の整合度が、五十六パーセントになるまで、戦ってたんだぞ。あと、四ポイントで、Lv4の、コアコードが、剥がれ始めるラインだ」
「五十二パーセント、か」
「五十二パーセント」
ガルドの声が、低くなった。
「俺たちは、お前の、五十六パーセントを、見てる。お前が、休まないと、俺たちが、休めない。だから、横に、なってろ」
「了解した」
俺は、薄く、頷いた。
頷きながら、ガルドの、低い声の、奥の、薄い、心配を、Lv4視界の、半分の解像度で、観た。
ガルドの左の指先が、わずかに、震えていた。
震えは、戦闘の後の、神経の余韻、だった。
俺だけが、限界に、なっていたわけではない、ということが、震えの中に、薄く、流れていた。
「ガルド」
俺は、低く、呼んだ。
「お前も、座れ」
「俺は、平気だ」
「指、震えてる」
ガルドは、自分の左の指先を、見た。
見て、薄く、息を、吐いた。
「……ばれてんな」
「Lv4視界には、ばれる」
「了解した」
ガルドは、塔の最上階の、入口の脇に、ゆっくりと、座り込んだ。
座って、赤い篭手を、外して、両手の指を、ほぐした。
ほぐした指の、震えが、ゆっくりと、収まった。
アリアと、ハーシュは、塔の最上階の入口の、両側の壁に、それぞれ、もたれた。
もたれて、しばらく、無言だった。
塔の最上階の空気の中に、源コードの修復の、低い音と、五人分の、低い、息の音と、ヴァイラスが壁を撫でる、薄い音が、流れていた。
その音の中で、俺の体内整合度は、ゆっくりと、五十六・五パーセントから、五十七パーセントに、上がった。
---
時間が、ゆっくりと、流れた。
塔の最上階の、空気の中で、何時間かが、過ぎた。
シェルの補助具の、グラフの上で、俺の体内整合度の、線が、薄く、上を、向いていた。
四時間が、経った頃、整合度は、六十パーセントに、達した。
六時間が、経った頃、六十二パーセント。
八時間が、経った頃、六十五パーセント。
その間、塔の北の壁の方角で、ヴァイラスが、ずっと、修復作業を、続けていた。
藍色と、銀色の、二色のオーラの比率は、修復作業の途中で、ゆっくりと、変化していた。
最初は、藍色八、銀色二、くらいの比率、だった。
時間が経つにつれて、藍色七、銀色三になり、藍色六、銀色四になった。
六対四になった頃、ヴァイラスは、修復作業の手を、いったん、止めた。
止めた手の、両手のひらを、自分の前で、じっと、見つめていた。
「……レン」
ヴァイラスは、塔の最上階の、中央の、俺の方を、振り返った。
「俺の、両手から、藍色だけじゃなく、銀色も、出るようになった」
「気付いたか」
俺は、横になったまま、低く、答えた。
「気付いた。手の感覚が、四百年と、違う。指先に、薄い、温かさが、ある」
「それが、パッチの、感覚だ」
「……」
ヴァイラスは、長く、無言だった。
無言のまま、自分の両手を、もう一度、見た。
「俺は、これを、四百年、忘れていた」
「四百年だ」
「四百年、俺は、自分の手は、誰かを、壊すための、手だ、と、思っていた。世界を、壊すための、手。アドミンを、壊すための、手。それしか、ない、と、思っていた」
「今は」
「今は――誰かの、塔を、直すための、手にも、なる、と、いうことを、思い出した」
ヴァイラスの声は、低かった。
低かったが、その奥に、四百年前の、薄い、軽さが、わずかに、混じっていた。
「思い出すのに、四百年、かかった」
「四百年、お前は、起きていた」
「起きていた」
ヴァイラスは、もう一度、塔の北の壁の方角に、向き直った。
向き直って、両手のひらを、剥がれた壁の、源コードの、断面に、もう一度、置いた。
置いた手のひらから、藍色と、銀色の、二色の光が、また、薄く、流れ込み始めた。
二色の光は、塔の北の壁の、源コードの、繊維の中に、ゆっくりと、染み込んでいた。
染み込んだ場所の、壁の修復速度が、わずかに、上がった。
塔の最上階の、空気の中の、修復の、低い音が、わずかに、強くなった。
---
九時間が、経った頃、俺の体内整合度は、六十八パーセントに、達した。
メモリの補修の糸が、俺の左の手首から、ふっと、薄く、抜けた。
抜けた手首の、肌の、内側で、源コードの、繊維が、整っていた。
「マスター」
メモリは、千頁の書を、閉じた。
「源コード補修、第一段階、完了です。残り三時間で、七十パーセント台まで、自己回復で、到達可能です」
「自己回復、できるレベルに、戻った、ということか」
「はい」
「ありがとう」
俺は、薄く、頷いた。
頷きながら、ゆっくりと、上半身を、起こした。
起こした体の、各部位の、源コードの、繊維が、整っていた。
整った繊維の中を、Lv4視界の、薄い、銀色の光が、ゆっくりと、巡っていた。
「シェル」
俺は、低く、呼んだ。
「Lv5譲渡の対話まで、あと、何時間だ」
「二時間五十八分、です」
「カウンターは」
「九十四・〇九パーセント。修復モード中、上昇速度は、抑制されています」
「了解した」
俺は、塔の最上階の、中央の水盤の方を、見た。
水盤の中央に、半透明の、アドミンの姿が、静かに、立っていた。
立った姿の周囲に、塔の修復作業の、薄い、銀色の文字列が、流れていた。
文字列の中に、`tower repair: 92% complete`の、表記が、薄く、流れていた。
「あと、二時間で、塔の修復も、終わる」
「はい」
「Lv5譲渡の対話、準備、するか」
「準備、します」
メモリの目が、わずかに、強くなった。
「マスター、対話で、聞かれることは、おそらく、三つです」
「三つ」
「はい」
メモリは、千頁の書の、左の頁を、開いた。
「アドミンの、過去の譲渡記録から、推測される、判定の論点です」
「言ってくれ」
「一つ目――『お前は、何のために、世界を、救いたいのか』」
「動機の確認、か」
「はい。二つ目――『Lv5の力を、得るために、何を、代償として、差し出せるか』」
「代償」
「はい。三つ目――『初期化を、選ぶ可能性は、ゼロでは、ない。それを、お前は、理解した上で、Lv5を、望むか』」
メモリの声が、低くなった。
「アドミンは、Lv5譲渡の対話で、被譲渡者の、世界に対する、姿勢を、確認します。確認の論点は、動機、代償、覚悟の、三つです」
俺は、長く、無言だった。
無言のまま、水盤の中央の、アドミンの、半透明の姿を、しばらく、見ていた。
見ながら、自分の前世の、三十六歳の最後の、終電の朝の、薄い、白い光を、思い出した。
その光は、サーバルームの、非常灯の光、だった。
その夜、俺は、サーバルームで、徹夜で、緊急対応をしていた。終わって、駅まで歩く途中、足が、止まった。
止まった足を、もう一度、動かす力が、なかった。
その時、俺の、頭の中に、薄く、流れていた、文字列があった。
`why do i keep doing this?`
なぜ、俺は、これを、続けているのか。
その問いに、俺は、その朝、答えなかった。
答えないまま、終電に乗った。乗った電車の中で、俺は、死んだ。
転生して、四十二日、経った今、その問いに、答える、機会が、回ってきていた。
「……動機、代償、覚悟」
俺は、低く、呟いた。
「全部、自分の、言葉で、答える」
「はい」
メモリは、薄く、頷いた。
頷いた瞬間、塔の最上階の、空気の中で、低い、音が、変わった。
水盤の中央の、アドミンの、半透明の姿の、輪郭が、わずかに、濃くなった。
濃くなった輪郭の、周囲に、`tower repair: 100% complete`の、文字列が、薄く、流れた。
塔の最上階の、北の壁の、剥がれた部分が、完全に、元の状態に、戻った。
塔の最上階の、東の壁も、戻った。
各階の、ガーディアンの、再格納の、岩盤も、戻った。
塔の修復作業は、十二時間より、わずかに、早く、終わった。
ヴァイラスの、二色のオーラの、修復作業の、貢献分だった。
「`……お前たち`」
アドミンの声が、塔の最上階の、空気の中に、低く、響いた。
「`時間より、わずかに、早い。だが、対話の準備が、整っているなら――Lv5譲渡の、判定対話を、開始する`」
俺は、ゆっくりと、立ち上がった。
立ち上がった足の、源コードの、繊維が、震えなかった。
体内整合度は、六十八パーセント。
予定より、二パーセント、低い。
しかし、立てる。話せる。
「俺は、準備が、整った」
俺は、低く、答えた。
「Lv5譲渡の、判定対話を、開始してくれ」
塔の最上階の、空気が、ぴたりと、止まった。
止まった空気の中央に、水盤の中央の、アドミンの、半透明の姿の、輪郭が、ゆっくりと、濃くなっていた。
濃くなっていく姿の、銀色の長衣の、縁に、薄い、源コードの文字列が、流れていた。
文字列の中に、`Lv5 transfer interview: session opened`の、表記が、薄く、流れていた。
ルートへの、入口が、開いた。
---
```
[SYSTEM LOG - top floor / interview opening / T+11:47:00]
> tower_repair: 100% complete (2h 13min ahead of schedule)
> repair contributor: PCH-0001 (Lv4.5 / dual identification)
> entity 01 (LEN) integrity: 68% (recovered, sufficient for dialog)
> admin_core: AWAKE (full posture, interview mode)
> session opened: Lv5 transfer interview
> evaluation axes: motive / cost / resolve
> bug_density (global counter): 94.09% → 94.11%
> [STATUS] interview phase active
> [NEXT_PHASE] root privilege evaluation
```
次回――第70話「適格者の対話」




