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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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変化する者同士

 第25話「変化する者同士」


 四回表を終えて、大阪タイタンズが5対0でリードしていた。


 先発・池永智雄は、ここまで十二人の打者を一人も出塁させていない。


 130キロ前後の速球。


 100キロ前後の緩い球。


 そして約60キロの超スローボール。


 内角と外角、高めと低めを自在に使い、四回からは投手板の両端を利用して投球角度まで変えてきた。


 福山シーガルズは、対策を考えるたびに新しい課題を突きつけられていた。


 しかし、大阪の川原監督には、まだもう一つ考えがあった。


 智雄自身にも、まだ使っていない力が残されていたのである。


 四回裏 福山の意地


 大阪タイタンズの攻撃は六番・宮本さくらから。


 福山の先発・倉橋颯真は、三回裏に五点を失った。


 その原因は、味方打線が抑えられていることへの焦りだった。


 打たれてはいけない。


 先制点を与えてはいけない。


 そんな思いから安全なコースばかりを狙い、投球が単調になってしまった。


 だが、倉橋も簡単には終わらなかった。


「もう一回、最初からやり直そう」


 捕手・藤村海斗が声をかける。


 倉橋はうなずいた。


 六番・宮本さくら。


 初球、外角低めのストレート。


 ストライク。


 二球目、内角へのカーブ。


 さくらが見送る。


 ボール。


 三球目。


 今度は内角高め。


 さくらが振り抜いた。


 鋭いライナーがセンターへ飛ぶ。


 しかし、山根蒼太が素早く落下点へ入った。


「アウト!」


 一死。


 七番・川上眞子。


 前の打席では十一球粘ってツーベースを放っている。


 倉橋は慎重に攻めた。


 眞子も簡単には引き下がらない。


 五球目をセンター前へ弾き返した。


 一死一塁。


 続く八番・村瀬涼太。


 川原監督はベンチからじっと見守っていた。


 倉橋の球が内角へ入る。


 村瀬が打った。


 セカンドゴロ。


 三島悠真が捕球し、ショート・大田蓮へ。


 二塁アウト。


 一塁へ転送。


「アウト!」


 ダブルプレー。


 スリーアウト。


 神谷直樹が実況する。


「福山シーガルズ、ここは見事な連係プレー! 倉橋颯真、四回裏を無失点で切り抜けました!」


 解説の杉本隆志もうなずいた。


「三回の大量失点から立て直しましたね。内角を使えるようになったことが大きいです。福山の守備も、やはり堅い」


 大阪ベンチ。


 正則が言った。


「福山、簡単には崩れへんな」


 亜由美もうなずく。


「そら全国大会に来とるチームやもん。五点取られたくらいで諦めるわけないやろ」


 スコアは5対0。


 そして五回表。


 福山の攻撃は四番・瀬戸航平から始まる。


「智雄、こっち来い」


 大阪ベンチ。


 川原監督が智雄を呼んだ。


「智雄」


「はい」


「お前、今日の登板はこの五回までや」


 智雄は少し驚いた。


「まだ投げられますけど」


「分かっとる。だからこそ、ここで区切る」


 川原監督は続けた。


「六回からは正則か慎一に任せる。全国大会はまだ続くんや。お前一人に全部背負わせるつもりはない」


 智雄がうなずく。


 すると川原監督は、少し笑った。


「その代わりや」


「はい?」


「最後の一回、リミッター外してこい」


 智雄が目を見開いた。


「えっ?」


「向こうは、お前の最速が130キロくらいやと思っとる」


「はい」


「でも、お前なら135キロは出せるやろ」


 智雄の表情が変わった。


「出せます」


「だったら、思いっきりねじ伏せてこい。ただしフォームと制球は崩すなよ。力任せに投げるんと、全力で投げるんは違うからな」


 智雄が笑った。


「分かりました!」


 川原監督が肩を叩く。


「五回はお前の持っとるもの全部使ってこい!」


 正則が横から声をかけた。


「智雄、いよいよ135解禁か!」


 慎一も笑う。


「向こう、130が最速やと思っとるからな」


 有村恒一郎がマスクを手に取る。


「135のあとに60が来たら、どうなるやろな」


 智雄が答えた。


「そら、打者に聞いてみんと分からんやろ」


 正則が笑った。


「お前、なかなか意地悪やな」


「誰に言うとんねん!」


 大阪ベンチに笑いが広がった。


 しかし、有村がグラウンドへ目を向けると、その表情はすぐに引き締まった。


「ほな行こか。最後の一回や」


「ああ」


 智雄がマウンドへ向かった。


 五回表 四番・瀬戸航平


 実況席。


 神谷直樹がマウンドを見つめていた。


「五回表、福山シーガルズの攻撃です。四番・瀬戸航平から始まります。池永智雄はここまで四回パーフェクトピッチング」


 杉本隆志が言う。


「福山としては、そろそろ何とかしたいところですね。二巡目までの経験をどう生かすかです」


 瀬戸が右打席へ入る。


 一巡目は内野ゴロ。


 二巡目ではプレートの位置を変えられ、打者のタイミングが崩された。


 福山ベンチでは、三巡目へ向けて対策を立てていた。


 全部の球を打とうとしない。


 狙う球を絞る。


 瀬戸は決めていた。


 ――130キロに合わせる。


 約60キロは、追い込まれるまでは無理に打たない。


 それが福山の出した答えだった。


 有村がサインを出す。


 智雄がプレート三塁側へ軸足を置く。


 振りかぶる。


 投げた。


 ズバァァン!


「ストライク!」


 瀬戸が目を見開いた。


 神谷が叫ぶ。


「速い! 今の球速は……135キロ!」


 杉本も驚いた。


「これは予想外ですね! 池永投手、ここへ来て球速を上げてきました!」


 瀬戸が思わずマウンドを見る。


 ――135?


 ――130が最速やなかったんか?


 二球目。


 智雄は一塁側へ軸足を移す。


 内角高め。


 今度は約100キロ。


 瀬戸が振る。


 タイミングが早い。


 ファウル。


 0ボール2ストライク。


 有村は瀬戸の様子を見ていた。


 速球への対応を考えている。


 しかし100キロで身体が前へ動いた。


 次は――。


 三球目。


 智雄が投げる。


 約60キロ。


 外角低め。


 瀬戸は待とうとした。


 だが135キロの残像がある。


 速球を警戒していた身体が、どうしても先に反応する。


 バットを止めようとする。


 しかしスイングは始まっていた。


 腰が開く。


 上体が前へ突っ込む。


 バットが空を切った。


「ストライク! バッターアウト!」


 空振り三振。


 神谷が興奮した声を上げる。


「135キロの速球を見せたあと、最後は約60キロ! その差、実に75キロです!」


 杉本が解説する。


「これまでも70キロ前後の速度差がありましたが、さらに広がりましたね。しかも腕の振りからは見分けにくい。瀬戸選手は最後、完全にフォームを崩されました」


 瀬戸はベンチへ戻りながら首を振った。


「なんや、あれ……」


 福山の監督が聞く。


「135か?」


「はい」


「速かったか?」


「速かったです。でも……」


 瀬戸は悔しそうに言った。


「そのあと60が来たら、身体が全然言うこと聞かんのです」


 五番・藤村海斗


 一死走者なし。


 五番・藤村海斗。


 捕手として相手投手を観察する力には自信がある。


 藤村は考えた。


 ――速球は135。


 ――遅い球は60。


 ――なら100を基準にして対応する。


 打席へ入る。


 有村がサインを出した。


 初球。


 智雄はプレート一塁側。


 135キロ。


 内角いっぱい。


「ストライク!」


 藤村は振れなかった。


 二球目。


 智雄は三塁側へ。


 約60キロ。


 外角低め。


 藤村が見送る。


「ストライク!」


 0ボール2ストライク。


 藤村が打席を外す。


 ――何やねん、この速度差。


 しかも球が来る角度まで違う。


 一塁側から内角へ向かってくる135キロ。


 三塁側から外へ逃げていくように見える60キロ。


 まるで別の投手を相手にしているようだった。


 三球目。


 智雄が投げる。


 約100キロ。


 外角。


 藤村が振った。


 ファウル。


 四球目。


 135キロ。


 外角高め。


 藤村がなんとかバットを当てる。


 またファウル。


 有村がミットを構え直した。


 ――まだついてくるか。


 ならば。


 五球目。


 約60キロ。


 内角低め。


 藤村は必死に身体を残す。


 しかし待つことを意識しすぎた。


 バットを出したときには、身体の軸が後ろへ傾いている。


 かろうじて当てた。


 ボテボテのゴロ。


 投手前。


 智雄が捕球。


 一塁へ。


 アウト。


 二死。


 神谷が実況する。


「ピッチャーゴロ! 藤村も打ち取られました!」


 杉本が続ける。


「藤村選手は何とか当てましたが、打撃フォームが崩れていました。これだけ球速差と角度差があると、身体の軸を一定に保つこと自体が難しくなります」


 六番・西原琉生


 二死走者なし。


 六番・西原琉生。


 福山にとって、ここまで十四人が連続して凡退している。


 監督が声をかけた。


「西原! 思い切って行け!」


 西原がうなずく。


 打席へ入った。


 ――迷わん。


 ――来た球を打つ。


 しかし、智雄はその積極性さえ利用しようとしていた。


 初球。


 135キロ。


 外角低め。


 西原が振る。


 ファウル。


 二球目。


 約100キロ。


 内角高め。


 西原が振る。


 またファウル。


 0ボール2ストライク。


 有村がサインを出す。


 智雄がうなずいた。


 三球目。


 約60キロ。


 外角低め。


 西原が振りにいく。


 だが、速球に合わせていた身体はすでに前へ動いている。


 バットが早く出る。


 空振り。


 三振。


 スリーアウト。


 五回まで十五人


 神谷直樹が声を張り上げた。


「三振! 池永智雄、五回も三者凡退! これで十五人の打者を一人も出塁させていません!」


 杉本隆志も感心したように言う。


「五回になって135キロを解禁しました。これまで福山が研究してきた130キロ、100キロ、60キロという組み合わせに、さらに速い球が加わったわけです」


「福山は三巡目に向けて対策を練っていたはずですが……」


「その対策を上回る変化を見せましたね。しかも単に速くなっただけではありません。135キロを見せることで、60キロがさらに遅く感じられる。球速差によって打者のスイングそのものを崩しています」


 智雄の投球内容は、五回を終えて――


 被安打ゼロ。


 四死球ゼロ。


 奪三振五。


 内野ゴロ十。


 打者十五人を完全に封じ込めた。


 しかも、まだ外野へ打球を運ばせていない。


 福山ベンチの衝撃


 福山の監督は、スコアシートを見つめていた。


 五回まで十五人。


 一人も出塁できない。


 三回までに必ず先制してきたチームが、五回まで一塁ベースを踏めない。


 それだけでも衝撃だった。


 しかし、さらに深刻なのは対策の難しさだった。


 一巡目。


 130、100、60の球速差。


 二巡目。


 投手板の両端を使った角度差。


 三巡目。


 最速135キロ。


 そのうえ約60キロのスローボール。


 藤村が言った。


「もう、球速だけ考えても無理です」


 瀬戸が続ける。


「投げる位置まで変わるし、135のあとに60なんか来たら、フォームがめちゃくちゃになります」


 福山の監督はしばらく黙っていた。


 そして言った。


「向こうは、こっちの対策を見て投球を変えとる」


 選手たちがうなずく。


「だったら、こっちも考え方を変えるしかない」


 山根が聞く。


「どうするんですか?」


「まず、きれいなヒットを打とうとするな」


 監督は続けた。


「内野安打でもええ。四球でもええ。バントヒットでもええ。とにかく一人、塁に出ることを考えろ」


 だが、残された攻撃は六回と七回。


 五点差。


 時間は少なくなっていた。


「よくやった、智雄」


 大阪ベンチ。


 智雄が戻ってくる。


 正則が真っ先に駆け寄った。


「智雄!」


「なんや?」


「135、出したな!」


 智雄が笑う。


「出したで」


 慎一も近づく。


「最後の60、えげつなかったな」


 有村がマスクを外しながら言った。


「135を見せたら、あの60が余計に効くわ」


 正則が智雄の肩を叩いた。


「五回パーフェクトやぞ!」


 智雄は少し照れくさそうに笑った。


「まあ、恒一郎のリードもよかったしな」


 有村が答える。


「お前が要求どおり投げてくれたからや」


 川原監督が近づいてきた。


「智雄」


「はい」


「よくやった」


 智雄が姿勢を正す。


「ありがとうございます」


「今日はここまでや。あとは任せろ」


「はい!」


 川原監督は正則と慎一を見た。


「次はお前らの番や」


 二人が顔を上げる。


「はい!」


「準備しとけ」


 正則と慎一がブルペンへ向かった。


 五回まで智雄が完全に抑えた。


 だが試合はまだ終わっていない。


 ここから投手が代わる。


 福山にとっては、新しい投手と対戦することになる。


 そして大阪にとっても、継投がうまくいくかどうかが重要になる。


 五回裏 追加点を狙う大阪


 大阪タイタンズの攻撃。


 打順は九番から。


 智雄がバットを持って立ち上がる。


 川原監督が声をかけた。


「智雄、最後の打席や。思い切って行け」


 智雄が笑った。


「はい!」


 福山の投手・倉橋颯真も、まだ諦めていない。


 三回に五点を失ったものの、四回は無失点。


 何とか大阪打線を抑え、味方の反撃を待とうとしている。


 福山の守備陣も声を出した。


「颯真、ここや!」


「まず一個!」


「絶対諦めんぞ!」


 大阪は5対0とリードしている。


 しかし、川原監督は選手たちへ言った。


「五点あるから大丈夫、なんて考えるなよ」


 亜由美がうなずく。


「分かってます」


 三宅奈緒もバットを握る。


「追加点、取りに行きましょ」


 大阪は攻撃の手を緩めない。


 福山も守備から流れを取り戻そうとする。


 そしてブルペンでは――


 河内正則と星野慎一が、それぞれ投球練習を始めていた。


 正則の剛速球。


 慎一の緩急。


 智雄とはまた違う投球を持つ二人。


 福山は、このあとさらに新しい難題と向き合うことになる。


 次回予告


 第26話「次の切り札」


 五回まで十五人。


 池永智雄は一人の走者も許さない完全投球。


 最後の五回には最速135キロを解禁し、約60キロの超スローボールとの速度差で福山打線を圧倒した。


 しかし川原監督は予定どおり継投を決断する。


「智雄はここまで。次はお前らの番や」


 ブルペンには河内正則と星野慎一。


 どちらも最速140キロ級の速球と、約60キロのスローボールを操る。


 福山ベンチ。


「池永が降りる?」


「だったら、ここからがチャンスや!」


 しかし、その言葉を聞いた藤村海斗は首を横に振る。


「待て。大阪には、まだ二人おるぞ」


 一方、大阪は五回裏の攻撃で追加点を狙う。


 福山は倉橋颯真を続投させるのか。


 それとも左腕・藤井健太、右腕・村上陸を投入するのか。


 そして六回表。


 大阪のマウンドへ向かうのは、正則か、慎一か。


 次回、第26話。


「次の切り札」


 一人を攻略できなかった福山の前に、今度は別の強敵が立ちはだかる。

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