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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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次の切り札

第26話「次の切り札」

五回表を終えて、5対0。

大阪タイタンズの池永智雄は、福山シーガルズ打線を十五人連続で打ち取っていた。

被安打ゼロ。四死球ゼロ。走者ゼロ。

五回には最速135キロを解禁し、約60キロの超スローボールとの速度差を75キロにまで広げた。しかも投手板の両端を使って角度を変え、内外、高低まで自在に投げ分ける。

福山は最後まで智雄の投球を攻略できなかった。

しかし、大阪の川原監督は予定どおり継投を決めていた。

「智雄はここまでや。次は正則、お前に任せる」

その言葉を聞いた河内正則が、静かにうなずいた。

「はい。任せてください」

だが、このあと福山の選手たちは思い知ることになる。

球速が遅いことと、打ちやすいことは、まったく別の話なのだと。

五回裏 最後まで粘る倉橋

大阪の攻撃は九番・池永智雄から。

福山の先発・倉橋颯真は、三回に五点を失ったものの、四回は無失点で切り抜けていた。

福山ベンチでは継投も検討されていたが、監督は倉橋の続投を選んだ。

「颯真、もう一回頼むぞ」

「はい!」

智雄が打席へ入る。

初球は外角低め。

見送ってストライク。

二球目は内角。

智雄がファウルにする。

三球目。

倉橋のカーブを智雄がうまく拾った。

打球は一、二塁間。

二塁手・三島悠真が飛びつく。

しかし、わずかに届かない。

ライト前ヒット。

無死一塁。

神谷直樹が実況する。

「池永智雄、今度はバットでも結果を出しました! 五回裏、先頭打者が出塁です!」

解説の杉本隆志も感心する。

「投球だけでなく打撃でも貢献していますね。三回のセーフティースクイズに続いて、今度は先頭打者として出塁しました」

一番・梶原和樹。

ここは送りバント。

一塁手・瀬戸航平が処理して一塁アウト。

一死二塁。

二番・朝倉美羽。

三回に3ランを放った打者だ。

福山の守備陣が警戒する。

倉橋は外角低めへ慎重に投げ込んだ。

美羽が振り抜く。

鋭いライナー。

しかし遊撃手・大田蓮が素早く反応した。

「アウト!」

二死二塁。

三番・三宅奈緒。

三宅も強い打球を放ったが、センター・山根蒼太が落下点へ入った。

スリーアウト。

大阪は追加点を奪えなかった。

神谷が伝える。

「福山シーガルズ、五回裏を無失点で切り抜けました! 倉橋颯真、三回の大量失点から立て直しています!」

スコアは5対0のまま。

そして六回表。

大阪のマウンドへ、新しい投手が向かう。

「河内正則が来た!」

福山ベンチ。

七番・岡崎大翔がヘルメットをかぶる。

「池永、交代や!」

八番・竹原颯が立ち上がった。

「ほんまか!」

九番・倉橋颯真もグラウンドを見る。

マウンドへ向かうのは河内正則。

大阪タイタンズの投手陣の中でも、強い速球を投げることで知られる存在だった。

しかし福山は、正則の今日の投球が智雄とは違うことに、まだ気づいていなかった。

福山の監督が言う。

「新しい投手や。最初の数球をしっかり見ろ。球速も軌道も確認するんや」

藤村海斗もうなずく。

「池永の135と60を見たあとや。次の投手には早めに合わせたいな」

大阪ベンチでは、川原監督が正則を送り出していた。

「正則」

「はい」

「今日は球速競争せんでええぞ」

正則が笑った。

「分かってます」

「回転で勝負してこい」

「はい!」

有村恒一郎がマスクをかぶる。

正則は投球練習を始めた。

一球目。

ズバン!

二球目。

ズバン!

福山ベンチのスピード表示を見る選手たち。

127キロ。

128キロ。

126キロ。

瀬戸航平が言った。

「あれ?」

藤村も画面を見る。

「130出てへんやん」

岡崎が笑った。

「池永より遅いんか?」

竹原も続ける。

「それなら何とかなるかもしれんぞ!」

福山ベンチに、久しぶりに明るい声が戻った。

しかし、スコアラーだけは別の数字を見ていた。

「……ちょっと待ってください」

六回表 七番・岡崎大翔

先頭は七番・岡崎大翔。

一巡目も二巡目も、智雄の前に凡退している。

今度こそ出塁したい。

正則がセットポジションに入る。

有村がサインを出した。

初球。

128キロ。

外角高め。

岡崎は振りにいった。

ところが。

「えっ?」

予想した位置にバットが出たとき、ボールはまだその上を通っていた。

空振り。

神谷直樹が実況する。

「空振り! 球速は128キロですが、岡崎のバットがボールの下を通りました!」

杉本隆志がモニターを見る。

「今の速球、非常に回転が強いですね」

二球目。

正則が投げる。

127キロ。

内角。

岡崎が振る。

またバットの下を通った。

空振り。

0ボール2ストライク。

岡崎が思わずバットを見た。

――おかしい。

――速さは池永より遅いはずや。

なのに、振り遅れたわけでもないのに当たらない。

三球目。

正則が腕を振った。

投球フォームはほとんど同じ。

岡崎は速球を警戒した。

だが、ボールはゆっくりと進んでくる。

約60キロ。

しかも、ただの山なりの球ではない。

強烈な回転がかかったボールが、独特の軌道を描いて落ちてくる。

岡崎が待つ。

待ったつもりだった。

しかし、バットの面が合わない。

空振り。

三振。

神谷が叫んだ。

「三球三振! 河内正則、最初の打者を完璧に打ち取りました!」

杉本も驚いたように言う。

「これはまた違うタイプの難しさがありますね。池永投手は球速差とコース、角度を使いましたが、河内投手はボールの回転そのものが非常に特徴的です」

「回転数を見てください!」

福山ベンチ。

岡崎が戻ってくる。

竹原が聞いた。

「どうやった?」

岡崎は首を振る。

「球速は遅いのに、全然打ちやすくない」

「どういうこと?」

「速球が、思っとるより落ちてこん。それで最後の遅い球は、回転がものすごい」

藤村が聞き返す。

「遅い球も?」

「そうや」

そのとき、福山のスコアラーが監督を呼んだ。

「監督! これ見てください!」

タブレットには、球速だけでなく回転数の解析結果が表示されていた。

球場の投球解析データ・推定値

監督が目を見開いた。

「……は?」

藤村が画面をのぞき込む。

「ちょっと待て。60キロの球も、速球とほとんど同じ回転数なんか?」

「はい」

スコアラーが答える。

「しかも回転軸も確認してください。二つの球は回転数が近くても、回転の向きが違います」

藤村が絶句した。

「なんやそれ……」

スコアラーは続ける。

「速球は強いバックスピンで、打者が予測するより落ちにくい軌道です。スローボールも回転が非常に強く、球速が遅いぶん回転による軌道の変化を受ける時間が長いんです」

監督が腕を組む。

「つまり、遅いから簡単に打てるわけやないんか」

「それどころか、タイミングを合わせても芯で捉えるのが難しいです」

瀬戸がつぶやいた。

「池永は球速差と角度。河内は回転数……」

藤村が苦笑する。

「何やねん、このチーム」

八番・竹原颯

一死走者なし。

竹原が打席へ入る。

福山ベンチから声が飛ぶ。

「回転に気をつけろ!」

竹原は内心で叫んだ。

――回転に気をつけろって、どう気をつけるんや!

有村がミットを構える。

正則が投げる。

初球。

127キロ。

外角低め。

竹原が振る。

カンッ!

打球はバックネット方向へ。

ファウル。

二球目。

約60キロ。

竹原は待った。

しかし、回転の強いボールが予想とは違う軌道で入ってくる。

慌ててバットを出す。

ファウル。

0ボール2ストライク。

三球目。

正則が投げる。

129キロ。

内角高め。

竹原が振った。

バットの下をボールが通る。

空振り三振。

二死。

神谷が叫ぶ。

「二者連続三振! 河内正則、130キロ未満の速球で打者を圧倒しています!」

杉本が解説する。

「単純な球速ではありません。強い回転によって打者の予測と実際の軌道にずれが生じています。さらに約60キロの球まで高回転となると、対応は非常に難しいですね」

九番・倉橋颯真

二死走者なし。

九番・倉橋颯真。

ここまで福山は十七人連続で凡退している。

倉橋が打席へ入る。

初球。

128キロ。

外角。

ストライク。

二球目。

約60キロ。

内角低め。

倉橋が振る。

しかしバットの先。

弱いゴロが一塁方向へ転がった。

三宅奈緒が前へ出る。

捕球。

一塁ベースを踏む。

「アウト!」

スリーアウト。

神谷直樹が声を張り上げた。

「三者凡退! 大阪タイタンズ、継投後も一人の走者も許しません!」

杉本隆志が続ける。

「福山としては池永投手が降板したところを突破口にしたかった。しかし河内投手は、またまったく違う特徴を持っていました」

六回表終了。

5対0。

大阪の投手陣は、ここまで十八人の打者を一人も出塁させていない。

智雄が五回まで十五人。

正則が六回の三人。

継投による完全試合が、現実味を帯び始めていた。

「球速が遅いから打てる」は通用しない

福山ベンチ。

藤村がタブレットを見ながら話す。

「池永の球は、速度差と角度を読まなあかんかった」

瀬戸がうなずく。

「でも河内は、球速が分かっても芯に当たらん」

山根が聞く。

「何であんなに回転かけられるんや?」

藤村は首を振る。

「それは本人に聞かんと分からん。ただ、あの速球を普通の128キロと思ったらあかん」

スコアラーが補足する。

「しかも、速球とスローボールで回転数が近いからといって、同じような軌道になるわけではありません。回転軸も速度も違います」

福山の監督が言った。

「球速表示に惑わされるな。最後の七回、まず一人出ることだけ考えろ」

残る攻撃は一回。

五点差。

先頭は一番・山根蒼太。

福山は最後まで諦めていなかった。

大阪ベンチの笑い

正則がベンチへ戻る。

智雄が迎える。

「お疲れ!」

正則が笑う。

「おう!」

慎一が聞いた。

「今日、130出してへんやろ?」

「出してへん」

「なのに二つ三振取ったんか」

「回転で勝負したからな」

亜由美が横から言う。

「正則、あんた今日、球速抑えてたん?」

「うん」

「それであの回転数?」

「うん」

亜由美が呆れたように笑った。

「ほんま、あんたの指先どうなっとるん?」

正則が真面目な顔で答える。

「普通に五本あるで」

「本数の話ちゃうわ!」

大阪ベンチが爆笑した。

有村まで笑っている。

「お前ら、試合中やぞ!」

そう言いながら、自分も笑っていた。

川原監督が声をかける。

「正則、ようやった。六回は完璧や」

「ありがとうございます!」

「七回も頼むぞ」

「はい!」

川原監督は慎一にも目を向けた。

「慎一も準備は続けとけ。最後まで何があるか分からんからな」

慎一がうなずいた。

「はい!」

六回裏。

大阪タイタンズの攻撃が始まる。

福山はこれ以上の失点を防ぎ、最後の七回へ望みをつなぎたい。

大阪は追加点を奪って試合を決定づけたい。

そして正則は、残る三つのアウトを取りにいく。

ただし、川原監督は誰よりも冷静だった。

「完全試合は結果や。狙うのは勝利やぞ」

正則がうなずく。

「分かってます」

十八人連続凡退。

あと三人。

だが、その三人を打ち取ることが、決して簡単ではないことも大阪は知っていた。

次回予告

第27話「最後の三人」

六回表を終えて5対0。

大阪タイタンズの投手陣は、福山シーガルズの十八人を一人も出塁させていない。

池永智雄。

五回完全投球。

河内正則。

六回を三者凡退。

しかも正則の速球は130キロ未満ながら、驚異的な回転数を記録していた。

約60キロのスローボールも、速球に匹敵する回転数。

福山ベンチ。

「遅いから打てると思ったら大間違いやった……」

しかし七回表。

打順は一番・山根蒼太から。

三島悠真。

大田蓮。

そして四番・瀬戸航平。

福山が誇る上位打線が、最後の反撃に挑む。

一方、大阪ベンチ。

川原監督。

「完全試合を意識するな。まず一人ずつや」

正則。

「はい!」

亜由美。

「正則、最後まで油断せんといてよ」

正則。

「分かっとる!」

次回、第27話。

「最後の三人」

全国大会二回戦。

大阪タイタンズは、継投による完全試合を達成できるのか。

そして福山シーガルズは、最後の最後に意地を見せることができるのか。

試合は、いよいよ最終回へ向かう。

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