最後の三人
第27話「最後の三人」
全国大会二回戦。
大阪タイタンズ対福山シーガルズ。
六回表を終えて、5対0。
大阪タイタンズは、ここまで十八人の打者を一人も出塁させていなかった。
先発・池永智雄が五回まで十五人を完全に抑え、六回から登板した河内正則も三者凡退。
しかも正則は、130キロに満たない速球で福山打線を圧倒していた。
その秘密は、驚異的な回転数。
強烈なバックスピンのかかった速球と、約60キロでありながら速球に匹敵する回転数を持つスローボール。
福山は、智雄の球速差と角度差に苦しめられたあと、正則の回転数という新たな難題に直面していた。
残された攻撃は七回表だけ。
大阪が守り切れば勝利。
そして三人で終われば、継投による完全試合が成立する。
だが、福山も最後まで諦めてはいなかった。
六回裏 福山の堅守は最後まで健在
大阪タイタンズの攻撃は四番・加藤亜由美から始まった。
福山の倉橋颯真は、三回に五点を失ったものの、その後は粘り強く投げ続けていた。
亜由美は外角の球を捉え、鋭い打球を放った。
しかし、ショート・大田蓮が素早く反応する。
深い位置で捕球すると、踏ん張って一塁へ送球した。
「アウト!」
一死。
続く五番・有村恒一郎は、粘った末にセンターへ大きな打球を飛ばした。
だが、山根蒼太が落下点へ入り、しっかり捕球。
二死。
六番・宮本さくらもライト方向へ鋭い打球を放ったが、竹原颯が前進して捕球した。
スリーアウト。
神谷直樹が実況する。
「福山シーガルズ、六回裏も無失点! 三回の五失点以降、倉橋颯真は立ち直り、味方の好守備にも支えられています!」
解説の杉本隆志がうなずいた。
「福山は守備の集中力を切らしていませんね。五点差になっても最後まで全力で守る。全国大会に出てくるだけの力を持ったチームです」
スコアは5対0のまま。
そして七回表。
いよいよ最終回を迎えた。
「正則、最後まで油断するなよ」
大阪ベンチ。
河内正則がグラブを手に立ち上がった。
有村恒一郎が隣へ来る。
「正則」
「ん?」
「最終回やけど、油断するなよ」
「分かっとる」
有村はさらに続けた。
「ここまで十八人連続でアウトにしとる。でも、次の一人が出たら完全試合は終わりや」
正則がうなずく。
「せやな」
「それに五点差や。まだ試合は終わっとらん。変に記録を意識して甘い球投げるなよ」
「分かっとるって」
正則は笑った。
「俺は目の前の打者を抑えるだけや」
有村も笑う。
「それでええ」
川原監督が二人へ声をかけた。
「正則、恒一郎!」
「はい!」
「完全試合を狙いにいくな。勝ちにいけ!」
「はい!」
正則がマウンドへ向かう。
その背中を、池永智雄と星野慎一が見送った。
智雄がつぶやく。
「あと三人やな」
慎一が答える。
「せやな。でも最後が一番難しいかもしれん」
亜由美は二塁の守備位置へ向かいながら、正則を見た。
「正則!」
マウンドの正則が振り向く。
「何や?」
「最後まで、あんたらしいピッチングしてや!」
正則が右手を上げた。
「任せとけ!」
七回表 一番・山根蒼太
実況席。
神谷直樹の声にも緊張が感じられた。
「いよいよ最終回です。福山シーガルズは一番・山根蒼太から。大阪タイタンズはここまで十八人を連続で打ち取っています」
杉本隆志が続ける。
「打順が上位に戻るだけに、福山にもまだ可能性はあります。ただ、河内投手の球は球速表示だけでは判断できません。打者がどれだけ軌道に対応できるかですね」
山根が右打席へ入る。
福山ベンチから声が飛ぶ。
「蒼太、頼むぞ!」
「まず一人出よう!」
「まだ終わってへんぞ!」
山根はバットを構えた。
有村がミットを外角へ。
正則が振りかぶる。
初球。
128キロ。
ズバァァン!
「ストライク!」
山根が目を見開く。
――速い。
表示は128キロ。
しかし、ボールの勢いは数字以上だった。
強烈なバックスピンがかかった球は、打者が予測するほど落ちてこない。
二球目。
127キロ。
内角高め。
山根が振る。
カキン!
バットの根元に当たった。
詰まった打球が三塁方向へ転がる。
朝倉美羽が素早く前進。
捕球。
一塁へ送球。
「アウト!」
一死。
神谷が叫んだ。
「サードゴロ! 山根、完全に詰まらされました! これで十九人連続アウト!」
杉本が解説する。
「内角の速球で押し込みましたね。山根選手はタイミング自体は大きく遅れていませんが、バットの芯へ届いていません」
正則は表情を変えず、次の打者を迎えた。
二番・三島悠真
一死走者なし。
二番・三島悠真。
福山の監督がベンチから声をかける。
「悠真! 思い切っていけ!」
三島がうなずく。
正則の速球は、球速だけなら智雄より遅い。
しかし、打者が感じる難しさは別だった。
三島は打席へ入る前に、スコアラーから言われたことを思い出した。
「球速に惑わされるな。あの速球は回転が強い」
分かっている。
だが、分かっていても打てるとは限らない。
初球。
正則が投げる。
129キロ。
外角高め。
三島が振った。
ファウル。
二球目。
今度は内角。
128キロ。
三島は振りにいったが、途中でバットを止めた。
ボール。
1ボール1ストライク。
有村が返球する。
正則は落ち着いていた。
三球目。
投球フォームは同じ。
だが、ボールはゆっくりと飛んでくる。
約60キロ。
三島が思わず前へ出た。
「うわっ!」
バットを出す。
しかし、タイミングが早すぎた。
空振り。
1ボール2ストライク。
三島が打席を外した。
――また60か。
――速球に合わせたら、これが来る。
福山ベンチ。
藤村海斗がつぶやく。
「次、速いのが来るかもしれんぞ」
そのとおりだった。
四球目。
正則が力強く腕を振る。
128キロ。
内角高め。
三島が振った。
しかし、バットの根元に当たる。
詰まった打球が二塁方向へ上がった。
亜由美が前進する。
「オーライ!」
落下点へ入る。
しっかり捕球。
「アウト!」
二死。
神谷の声が高くなる。
「セカンドフライ! 二十人連続アウト! 大阪タイタンズ、継投完全試合まであと一人です!」
杉本が言う。
「今の打席も速球で押し込みながら、途中に約60キロの球を挟みました。三島選手は最後までタイミングを合わせきれませんでしたね」
亜由美が正則へボールを返した。
「あと一人やで!」
正則がうなずく。
「おう!」
三番・大田蓮
二死走者なし。
三番・大田蓮。
福山シーガルズに残された、最後の打者になるかもしれない。
大田は打席へ向かう前に、ベンチを振り返った。
仲間たちが声を出している。
「蓮、頼む!」
「まだ終わってへん!」
「一本でええぞ!」
大田は深く息を吸った。
そして打席へ入る。
大阪ベンチ。
智雄が立ち上がった。
慎一も隣に並ぶ。
川原監督は腕を組んだまま、マウンドを見つめていた。
正則がロージンバッグを置く。
有村がしゃがむ。
初球。
128キロ。
外角低め。
大田が見送る。
「ストライク!」
0ボール1ストライク。
二球目。
127キロ。
内角高め。
大田が振る。
カキン!
ファウル。
0ボール2ストライク。
追い込まれた。
福山ベンチ。
監督が叫ぶ。
「蓮! まだ二ストライクや! 落ち着け!」
大田がうなずいた。
有村がサインを出す。
三球目。
正則が投げる。
約60キロ。
大田は待った。
待った。
そして振った。
だが、バットはボールの上を通る。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
その瞬間。
大阪ベンチが一斉に立ち上がった。
ゲームセット!
神谷直樹の声が球場に響いた。
「三振! 三振です! ゲームセット!」
観客席から大きな歓声が上がる。
「大阪タイタンズ、5対0で福山シーガルズを破りました!」
正則がマウンドで拳を握る。
有村が立ち上がり、正則へ駆け寄った。
「正則!」
「恒一郎!」
二人がグラブを合わせる。
そして有村が叫んだ。
「やったな!」
正則も笑った。
「やったで!」
そこへ智雄が走ってくる。
「正則!」
慎一も続いた。
「おめでとう!」
三人の投手が集まった。
智雄が正則の肩を叩く。
「最後、よう抑えたな!」
正則が答える。
「お前が五回まで完璧に抑えてくれたからや!」
有村が笑う。
「二人とも、ほんまよう投げた!」
亜由美も駆け寄る。
「正則!」
「亜由美!」
「最後まで完璧やったやん!」
正則が照れくさそうに笑った。
「まあな」
亜由美がすぐに言う。
「そこで調子乗らん!」
「まだ何も言うてへんやろ!」
大阪ベンチが爆笑した。
継投完全試合達成
実況席。
神谷直樹が記録を確認する。
「大阪タイタンズ、池永智雄と河内正則による継投完全試合を達成しました!」
杉本隆志が感心したように話す。
「これは見事です。池永投手が五回を完全に抑え、河内投手が残り二回を三者凡退。投手の特徴は違いますが、捕手の有村選手がそれぞれの長所を引き出しました」
神谷が続ける。
「池永投手は130キロ前後、100キロ前後、約60キロという三つの速度帯を使い、五回には135キロを解禁しました」
「さらに投手板の両端を使った角度の変化もありましたね」
「一方、河内投手は130キロに満たない速球ながら、驚異的な回転数で福山打線を圧倒しました」
「そうですね。約60キロのスローボールにも非常に強い回転がかかっていました。福山は最後まで打球を芯で捉えられませんでした」
全国大会2回戦・試合結果
チーム1234567計
福山シーガルズ00000000
大阪タイタンズ005000×5
福山の打者
21人
被安打・四死球
0
奪三振
8
池永智雄・河内正則による継投完全試合達成
池永:5回15人・5奪三振 / 河内:2回6人・3奪三振
福山シーガルズの涙
試合終了後。
福山の選手たちは整列した。
五点差での敗戦。
しかも、一人の走者も出せなかった。
山根蒼太は唇をかみしめていた。
三島悠真はグラブを握りしめる。
大田蓮は、最後の空振り三振を何度も思い返していた。
そして倉橋颯真。
三回に五点を失ったことが、どうしても頭から離れなかった。
「俺が……」
その言葉を聞いた藤村海斗が、倉橋の肩を叩いた。
「颯真」
「……何や」
「お前だけの負けちゃう」
倉橋が顔を上げる。
「俺らも一点も取れへんかった」
藤村は続けた。
「守備では何回も助けてもらったやろ。お前も四回以降、よう踏ん張った。今日の負けは全員の負けや」
倉橋は目を伏せた。
そして小さくうなずいた。
福山の監督が選手たちへ声をかける。
「胸張って整列しろ」
全員が顔を上げる。
「負けたからって、ここまで積み上げてきたものが消えるわけちゃう。今日の悔しさを、次につなげろ」
両チームが向かい合った。
「ありがとうございました!」
深い礼。
大阪の選手たちも、福山の健闘をたたえた。
正則は倉橋へ歩み寄る。
「倉橋」
「ん?」
「ええピッチャーやな」
倉橋は少し驚いた。
「五点取ったくせに、よう言うわ」
正則が笑う。
「いや、ほんまや。四回以降、簡単に点取らせてくれへんかったやろ」
倉橋もようやく笑った。
「次やったら、絶対抑えるからな」
「望むところや!」
二人が握手した。
勝っても、まだ終わりではない
大阪ベンチ。
川原監督が選手たちを集めた。
「みんな、ようやった」
選手たちが拍手する。
「智雄、正則、恒一郎。バッテリーは見事やった」
三人が頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「それから打線も、三回によく五点取った。眞子の粘りから始まって、送りバント、セーフティースクイズ、長打。いろんな形で点を取れたのは大きい」
眞子が笑う。
「十一球粘ったかいありました!」
美羽も言う。
「十球目、思いっきり振れました!」
亜由美が続ける。
「次はもっと打ちます!」
正則が思わず言った。
「今日もホームラン打ったやん!」
「まだ足りん!」
「どんだけ打つつもりやねん!」
一同が笑った。
しかし川原監督は、すぐに表情を引き締めた。
「今日の勝利は立派や。でも、全国大会はまだ続く」
選手たちが静かになる。
「今日の完全試合を、次の試合まで引きずるなよ。次の相手は、今日とは違う」
正則がうなずく。
智雄も慎一も、真剣な表情になった。
川原監督が言う。
「一試合ずつ勝っていくぞ!」
「はい!」
大阪タイタンズは全国大会二回戦を突破した。
目標は、まだ先にある。
その頃、別の球場では
博多リトルスターズもまた、全国大会を戦っていた。
柳川悠翔。
坂井雄二。
牧田和美。
立花朋輝。
森下悠一。
そして仲間たち。
大阪とは別の山に入った博多の選手たちも、全国制覇を目指していた。
大阪タイタンズと博多リトルスターズ。
まだ両チームは、直接対戦していない。
しかし、それぞれの勝利が積み重なれば、いつか同じグラウンドで向かい合うことになる。
その日が、少しずつ近づいていた。
次回予告
第28話「完全試合の向こう側」
全国大会二回戦。
大阪タイタンズは福山シーガルズに5対0で勝利。
池永智雄と河内正則による継投完全試合を達成した。
五回まで十五人を完全に抑えた智雄。
六回と七回を三者凡退に封じた正則。
そして二人をリードした有村恒一郎。
だが、試合後の記者会見で川原監督は意外な言葉を口にする。
「完全試合より、もっと評価したいことがあります」
記者たちが顔を上げる。
それは、三回裏の五得点を生み出した攻撃の組み立てだった。
一方、敗れた福山シーガルズも、試合映像を見直し始める。
「球速だけを見ていたら、あかんかったんやな」
そして、別の球場から届く博多リトルスターズの試合結果。
大阪の選手たちは、そのチームの名前を初めて強く意識し始める。
次回、第28話「完全試合の向こう側」。
勝利から何を学ぶか。敗北から何を学ぶか。
全国大会は、選手たちをさらに成長させていく。




