完全試合の向こう側
河内正則 栄光への道
第28話「完全試合の向こう側」
第一章 完全試合よりも価値のあるもの
全国大会二回戦。
大阪タイタンズ対福山シーガルズ。
スコアは5対0。
七回を通じて、福山シーガルズの打者二十一人を一人も出塁させなかった。
先発した池永智雄は五回まで十五人を完全に抑え、六回から登板した河内正則も六人を連続で打ち取った。
そして、二人の持ち味を最大限に引き出した捕手、有村恒一郎。
継投による完全試合。
全国大会でも極めて珍しい快挙だった。
試合終了後、記者会見場には大勢の報道陣が詰めかけていた。
川原監督の隣には、智雄、正則、恒一郎が座っている。
記者の一人が質問した。
「川原監督、継投完全試合達成です。今のお気持ちをお聞かせください」
川原監督は微笑んだ。
「もちろん、素晴らしいことです。智雄も正則も見事な投球でしたし、恒一郎のリードも素晴らしかった。しかし、私は完全試合以上に評価したいことがあります」
記者たちが顔を上げた。
「それは何でしょうか?」
「三回裏の攻撃です」
監督はスコアブックを開いた。
「五点という結果だけではありません。あの回、選手たちは相手投手の特徴を見極め、打席ごとに役割を考えていました。走者を進める打撃、相手の守備位置を見た打球、そして好機を逃さない積極性です」
監督は続けた。
「今日の五点は、誰か一人のホームランで奪った五点ではありません。チーム全員でつくり上げた五点です」
隣の正則がうなずいた。
「僕もそう思います。完全試合はうれしいですけど、野手のみんなが守ってくれて、点を取ってくれたから、思い切って投げられました」
智雄も口を開いた。
「僕は正則ほど球が速くありません。その分、緩急とコースで勝負しています。でも、それが通用したのは恒一郎が相手打者をよく見てくれていたからです」
恒一郎は少し照れた。
「二人とも、ええ球を投げてくれました。僕はそれを受けただけです」
正則が笑った。
「おいおい。そんな簡単な仕事ちゃうやろ」
亜由美が記者席の後方から声をかけた。
「恒一郎、謙遜しすぎやで! 今日、一番頭使うたんはあんたや!」
会場が笑いに包まれた。
川原監督は、最後にこう話した。
「完全試合は記録に残ります。しかし、これから先、どんな強豪と対戦しても勝つためには、今日のような野球を続けることが必要です。私たちは、まだ全国大会の途中にいるんです」
その言葉に、選手たちは改めて気を引き締めた。
第二章 敗れた者たちの教室
一方、福山シーガルズの宿舎。
監督と選手たちは、試合映像を見直していた。
画面には智雄の投球が映し出されている。
直球が低めに決まる。
次の球は、直球と同じような腕の振りから投げられた変化球。
打者のバットが空を切った。
「ここや」
監督が映像を止めた。
「この球、何で振ってしもうたと思う?」
一人の選手が答えた。
「真っすぐやと思ったからです」
「そうじゃな。じゃあ、何で真っすぐに見えた?」
選手たちは考え込んだ。
別の選手が口を開いた。
「腕の振りが変わらんかったから……」
監督はうなずいた。
「そういうことじゃ。球速だけを見とったら、あかんかったんやな」
今度は正則の映像に切り替わった。
速い直球。
鋭く曲がる変化球。
しかし、それだけではない。
捕手の構えたところへ、何度も正確に投げ込んでいる。
「河内君は速いだけの投手じゃない。池永君は遅い球でごまかす投手でもない。二人とも、自分の武器をどう使えば打者を抑えられるのか、よう分かっとる」
選手たちは真剣に画面を見つめた。
そして監督は、三回裏の大阪タイタンズの攻撃を再生した。
「もう一つ、こっちも見てほしい」
次の打者が何を狙い、どの方向へ打とうとしたのか。
走者はどのタイミングでスタートを切ったのか。
守備側は、何を警戒するべきだったのか。
五点を失った一連の攻撃を細かく検証していく。
「完全試合をされたことは悔しい。でもな、今日の試合から学べることは山ほどある」
監督は選手たちを見渡した。
「この悔しさを、次の野球につなげようや」
選手たちは、静かにうなずいた。
全国大会での敗退は決まった。
しかし、彼らの野球人生が終わったわけではない。
むしろ、新しい課題を見つけた一日でもあった。
第三章 数字が語る、あまりにも似た二つのチーム
同じ頃。
別の球場では、全国大会二回戦の注目カードが始まろうとしていた。
福岡代表、博多リトルスターズ。
宮城代表、仙台フェニックス。
大会関係者が両チームのデータを比較すると、驚くほどよく似ていた。
全国大会二回戦・試合前のチーム比較
両チームの大会前までの成績。長打には二塁打・三塁打・本塁打を含む。
打率の差は、わずか二厘。
防御率の差も0.04。
そして、平均失策数に至っては0.001しか違わない。
しかし、一つだけ大きな差があった。
長打力だ。
博多リトルスターズは一試合平均5.8本の長打を記録している。
対する仙台フェニックスは2.5本。
この差を、実況席も注目していた。
実況担当は河原崎直人アナウンサー。
解説は、元社会人野球選手の斉藤薫。
河原崎が話し始める。
「さあ、注目の一戦です。チーム成績を見ますと、非常によく似た二つのチームなんですが、斉藤さん、どこが勝負の分かれ目になりますか?」
「長打力でしょうね。打率がほとんど同じということは、安打を放つ割合に大きな差はない。しかし、博多には一打で走者を二つ、三つ先の塁へ進める力があります」
「仙台はどう戦えばいいでしょう?」
「走者をためないことです。特に博多の三番から五番。ここに走者を置いて回してしまうと、長打一本で複数得点を奪われる危険があります」
その三番から五番とは、岸田誠一、立花朋輝、柳川悠翔の三人だった。
一方、仙台フェニックスも簡単には崩れない。
堅い守備。
粘り強い打撃。
走塁の正確さ。
そして、先発四人を含む女子選手六人が、それぞれ重要な戦力としてチームを支えていた。
第四章 仙台フェニックス、精鋭たち
試合開始前、両チームの先発メンバーが発表された。
仙台フェニックス・先発オーダー
控えの女子選手は投手・片倉紗季と、内外野を守れる桜井美咲。女子選手は計6名。
仙台の監督が選手たちに話しかけた。
「博多は強い。特に長打力は全国でもトップクラスだ。しかし、我々の守備力も全国トップクラスだ。自分たちの野球を貫こう」
捕手の菅原結菜が力強く答えた。
「悠真、思い切って投げて。私がちゃんと受けるから!」
高橋悠真が笑った。
「頼んだぞ、結菜!」
一方、博多リトルスターズのベンチ。
柳川悠翔が、グラウンドを見ながらつぶやいた。
「仙台って、守備がめちゃくちゃ堅いっちゃね」
牧田和美がうなずいた。
「失策の数字、うちとほとんど変わらんもんね」
立花朋輝が笑った。
「なら、守れんところまで飛ばせばよかろうもん!」
悠翔がすかさず返した。
「それが簡単にできたら苦労せんたい!」
ベンチに笑いが起こる。
しかし、選手たちの表情は真剣だった。
相手が強いことは、全員が理解していた。
そして、試合開始のサイレンが鳴り響いた。
第五章 一歩も譲らない攻防
一回表。
仙台の先頭打者、早坂航太が打席に入る。
博多の先発は大原颯真。
初球、外角低めへの直球。
ストライク。
二球目は変化球。
早坂が鋭く振り抜いた。
打球は二遊間へ。
しかし、二塁手の牧田和美が素早く回り込み、グラブに収める。
一塁送球。
アウト。
「いい守備です! 博多リトルスターズ、いきなり堅守を見せました!」
二番、相澤美琴。
粘ってフルカウントまで持ち込むが、最後は高めの直球に空振り三振。
三番の及川蓮斗も三塁ゴロ。
三者凡退。
その裏。
仙台の高橋悠真も、博多打線を三人で抑えた。
「こちらも素晴らしい立ち上がりです!」
斉藤がうなずいた。
「両投手とも制球がいいですね。簡単に四球を出さない。これは締まった試合になりますよ」
二回表。
仙台の四番、伊達大翔が四球を選んだ。
五番の菅原結菜が確実に走者を進める。
そして六番、三浦陽菜。
二球目の直球を捉えた。
鋭い打球がセンター前へ抜ける。
二塁走者の伊達が三塁を回った。
「ホームへ突っ込む! センター坂井から返球!」
捕手の森下悠一が捕球する。
しかし、伊達の足が一瞬早かった。
セーフ!
仙台フェニックス、先制。
0対1。
ベンチから大きな歓声が上がった。
「ナイスバッティング、陽菜!」
三浦は笑顔で一塁ベース上から手を振った。
ただし、博多も黙ってはいなかった。
三回裏。
二死から走者をため、三番の岸田誠一が右中間を破る二塁打を放った。
一人が生還。
1対1。
「出ました! 博多の長打力!」
河原崎が声を張り上げる。
斉藤が解説した。
「今の一打が、まさに博多の強さです。走者が出てから長打が一本。これだけで得点につながります」
その後も試合は投手戦となった。
仙台の二塁手、相澤美琴が難しい打球を好捕する。
三塁手の佐藤凛花も、三塁線を抜けそうな強烈なゴロを横っ跳びで止めた。
右翼手の千葉蒼真は深い飛球をフェンス際で捕球。
博多の長打を何度も阻止した。
「すごい守備力です!」
「ええ。数字は伊達じゃありません。仙台フェニックスは本当に守備の完成度が高い」
第六章 五回、仙台が再び勝ち越す
五回表。
二番の相澤美琴が、左中間を破る二塁打を放った。
「仙台にも長打が出ました!」
三番の及川蓮斗が進塁打を放ち、一死三塁。
四番、伊達大翔。
打球はセンターへの大きな飛球となった。
坂井雄二が捕球する。
三塁走者の相澤がスタート。
ホームへの返球。
わずかに間に合わない。
仙台、勝ち越し!
2対1。
仙台ベンチが歓声に包まれた。
「よっしゃ! これが俺たちの野球だ!」
斉藤が解説する。
「見事ですね。二塁打、進塁打、犠牲フライ。安打を何本も連ねなくても一点を奪える。仙台は自分たちの強みを最大限に生かしています」
その裏、博多は得点を奪えなかった。
そして試合は、いよいよ終盤へ入っていく。
第七章 長打力が試合を動かした六回裏
六回裏。
スコアは仙台2対1博多。
先頭の坂井雄二が三振に倒れた。
一死走者なし。
二番、牧田和美。
初球はボール。
二球目。
内角の直球をたたいた。
打球は二遊間の深いところへ転がる。
相澤美琴が追いついた。
素早く一塁へ送球。
しかし、牧田の足が勝った。
「セーフ! 俊足の牧田、内野安打です!」
ベンチから大きな声が飛ぶ。
「和美、ナイス!」
続いて三番、岸田誠一。
高橋悠真は慎重に攻めた。
外角への変化球。
ボール。
次は内角直球。
ファウル。
カウント1ボール1ストライク。
三球目。
少し甘く入った直球だった。
カキーン!
乾いた金属音が球場に響く。
打球は右中間へ。
センター早坂が追う。
ライト千葉も追う。
しかし、二人の間を抜けた。
「抜けた! 右中間真っ二つ!」
一塁走者の牧田が二塁を蹴った。
三塁へ向かう。
三塁コーチが腕を回す。
「回れ! 回れ!」
牧田は迷わず本塁へ突っ込んだ。
早坂から中継へ返球。
そしてホームへ。
菅原結菜がミットを伸ばした。
しかし、その直前。
牧田の足がホームベースを踏んだ。
「セーフ! 同点! 博多リトルスターズ、岸田誠一のタイムリーツーベースで追いつきました!」
2対2。
球場が大きく沸いた。
しかし、博多の攻撃は終わらない。
なおも一死二塁。
四番、立花朋輝。
仙台ベンチから監督が声をかける。
「悠真、落ち着け! まだ同点だ!」
高橋はうなずいた。
菅原結菜がマウンドへ向かった。
「悠真、大丈夫。自分の球を投げよう」
「ああ。ありがとう」
二人はミットを合わせた。
初球。
外角への直球。
見逃しストライク。
二球目。
変化球が低めに外れる。
三球目。
高橋は、もう一度直球を選んだ。
立花が踏み込んだ。
カキィィィン!
強烈な打球が左中間へ伸びた。
「大きい! これはどうだ!」
左翼手の三浦陽菜が全力で追う。
センターの早坂も走る。
しかし、打球は二人の間を深々と破った。
岸田が三塁を回る。
立花は一塁を蹴り、二塁へ。
そして三塁を狙った。
「岸田、ホームイン! 博多、逆転です!」
3対2。
立花は三塁へ滑り込んだ。
セーフ!
逆転タイムリースリーベース。
博多ベンチが総立ちになった。
「朋輝、よう打った!」
「でかしたばい!」
河原崎が興奮気味に叫ぶ。
「これです! まさに博多リトルスターズの長打力! 二本の長打で一気に逆転しました!」
斉藤も声を弾ませた。
「仙台も素晴らしい野球をしています。しかし、二塁打と三塁打が続くと、どんなに守備が堅くても防ぎきれない。試合前に注目した長打力の差が、ここで勝敗を分ける可能性があります!」
仙台フェニックスは投手交代を告げた。
マウンドへ上がったのは、女子投手の片倉紗季。
片倉は三塁走者を見たあと、菅原のミットを見つめた。
「結菜、これ以上は絶対に取らせないから」
「うん。お願い!」
打席には柳川悠翔。
強打者だった。
しかし、片倉は臆することなく内角を攻めた。
悠翔が鋭く振り抜く。
打球はレフトへ。
三浦陽菜が前進する。
そして、落下点に入って捕球した。
三塁走者の立花は動けない。
二死。
続く森下悠一も鋭い打球を放ったが、三塁手の佐藤凛花が好捕。
一塁へ送球。
アウト。
スリーアウト。
「片倉紗季、素晴らしい救援です! 逆転は許しましたが、追加点は与えませんでした!」
仙台の選手たちも、片倉を迎えた。
「紗季、ナイスピッチング!」
「まだ一点差! 絶対に追いつこう!」
仙台フェニックスも、最後まで勝負を諦めてはいなかった。
第八章 最後の一球まで
七回表。
博多リトルスターズは、あと三つのアウトで勝利となる。
しかし、仙台は簡単には終わらせてくれなかった。
先頭の千葉蒼真がセンター前ヒット。
無死一塁。
続く佐藤凛花は、送りバントではなく積極的な打撃を選んだ。
打球は二塁手への鋭いライナー。
牧田和美が捕球した。
一死一塁。
ここで仙台ベンチが動く。
「代打、桜井美咲!」
控えの女子選手が打席へ向かった。
桜井はバットを握り直した。
「絶対につなぐ!」
初球の直球を見送る。
二球目。
外角への変化球。
桜井は逆らわず、右方向へ打ち返した。
打球はライト前へ落ちた。
「ヒット! 桜井美咲、代打で見事な一打!」
一死一、二塁。
仙台ベンチから大きな声が飛ぶ。
「よっしゃ! まだいける!」
博多の大原颯真は、帽子を取り、額の汗を拭った。
捕手の森下悠一がマウンドへ向かう。
「颯真、落ち着け。あと二人たい」
「ああ。分かっとる」
打席には一番、早坂航太。
初球。
外角低めへの変化球。
ボール。
二球目。
直球。
ストライク。
三球目。
早坂のバットが火を噴いた。
カキーン!
打球はセンター方向へ高々と上がった。
「大きい! センターへ!」
坂井雄二が後退する。
さらに後退。
フェンスが近づく。
坂井は最後まで打球から目を離さなかった。
そして、フェンスの手前で捕球!
「捕った! 坂井雄二、素晴らしい守備です!」
二死一、二塁。
仙台の攻撃はまだ終わらない。
二番、相澤美琴。
今日、勝ち越しの起点となる二塁打を放っている好打者だった。
相澤は、ゆっくり打席に入った。
ベンチから菅原結菜が声をかける。
「美琴! いつもどおり!」
相澤がうなずく。
初球、ファウル。
二球目、ボール。
三球目、ファウル。
四球目、ボール。
五球目もファウル。
粘る。
そして六球目。
大原が投げ込んだ直球。
相澤が振り抜いた。
鋭いライナーが二塁方向へ飛んだ。
「痛烈な当たり!」
しかし、その正面にいたのは牧田和美。
牧田は両手でしっかりと打球をつかんだ。
「捕った! 試合終了!」
博多リトルスターズ、勝利!
全国大会二回戦・試合結果
博多リトルスターズ 3-2 仙台フェニックス
両チームとも無失策。博多が六回の連続長打で逆転。
第九章 数字だけでは分からないもの
試合終了後。
博多と仙台の選手たちは、ホームベースを挟んで整列した。
「ありがとうございました!」
両チームが深々と頭を下げた。
仙台の高橋悠真は悔しさを隠せなかった。
「あと少しだったのに……」
菅原結菜が肩をたたいた。
「悠真、最後までよく投げたよ」
高橋がうなずいた。
「でも、あの二本の長打がな……」
仙台の監督が近づいてきた。
「みんな、顔を上げよう。今日の試合、失策は一つもなかった。打撃も走塁も、自分たちの野球をやり切った。それでも勝てなかった。それが全国大会だ」
相澤美琴が涙をこらえながら話した。
「うちら、守備だけなら絶対に負けてなかったと思います」
「そのとおりだ」
監督はうなずいた。
「だからこそ、次は打撃でも負けないチームになろう」
一方、博多ベンチ。
柳川悠翔が立花朋輝に話しかけた。
「朋輝、あの三塁打、めちゃくちゃすごかったばい」
立花が笑った。
「いや、和美が出て、誠一が打ってくれたけんたい。俺一人じゃ点は取れんかった」
牧田がうなずいた。
「そうそう。みんなで取った二点やもん」
そこへ仙台の菅原結菜がやってきた。
「博多のみなさん、ありがとうございました」
悠翔が答えた。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
結菜は笑顔で続けた。
「次は絶対に負けませんから」
立花が笑った。
「望むところたい!」
両チームの選手たちが握手を交わした。
負けた悔しさ。
勝った喜び。
そして、相手を認める気持ち。
そのすべてが、選手たちを一回り成長させていた。
第十章 大阪に届いた結果
夕方。
大阪タイタンズの宿舎。
川原監督が、博多リトルスターズと仙台フェニックスの試合結果を選手たちに伝えた。
「博多が3対2で勝ったそうだ」
河内正則が顔を上げた。
「博多リトルスターズ……」
亜由美が資料を広げた。
「正則、このチーム、なかなかすごいで」
「何がや?」
「打率と防御率は仙台とほとんど一緒やのに、長打が一試合平均5.8本もあるねん」
池永智雄が驚いた。
「5.8本? それ、めちゃくちゃ多いやん」
有村恒一郎も資料に目を落とす。
「しかも今日、六回に二塁打と三塁打を続けて打って逆転してる」
正則が腕を組んだ。
「打線が強いだけとちゃうな」
川原監督がうなずいた。
「そうだ。しかも守備も非常に堅い。投手陣も安定している。打撃だけに頼ったチームではない」
亜由美が尋ねた。
「監督、博多とは決勝まで勝ち上がらんと対戦せえへんのですよね?」
「そうだ」
その言葉に、選手たちが顔を見合わせた。
正則は静かに笑った。
「おもろいやん」
智雄も笑う。
「全国には、まだまだ強いチームがおるんやな」
「せや。せっかく全国大会に来たんや。そういう相手と勝負したいやろ」
正則がそう言うと、亜由美がすかさず返した。
「その前に次の試合に勝たなあかんで。決勝のことばっかり考えて足元すくわれたら、洒落にならへんからな」
正則が苦笑した。
「分かっとるわ!」
一同、笑いに包まれた。
しかし、川原監督は最後に真剣な表情で告げた。
「正則の言うとおり、全国には強いチームがまだまだいる。だが、亜由美の言うことも正しい。次の相手に勝たなければ、その先はない」
選手たちの表情が引き締まった。
「今日、私たちは完全試合を達成した。しかし、次の試合でも完全試合ができるとは限らない。むしろ、走者を背負ったときにどうするか。失点したときにどう立て直すか。そこが本当に強いチームかどうかの分かれ目になる」
監督は正則と智雄を見た。
「完全試合の記録を持っているから強いんじゃない。どんな試合展開でも勝つ方法を見つけられるから強いんだ」
正則が答えた。
「はい!」
その夜。
正則は宿舎の窓から東京の街を眺めていた。
隣には亜由美がいた。
「なあ、正則」
「何や?」
「博多と試合することになったら、どうする?」
正則は少し考えた。
そして笑った。
「全力で投げる。それだけや」
「打たれたら?」
「次の打者を抑える」
「点取られたら?」
「取り返してもらう」
亜由美は笑った。
「ほんま、あんたらしいわ」
正則も笑った。
「でもな、亜由美」
「何?」
「今日、完全試合やってみて分かったことがある」
「何や?」
「俺一人では、何もでけへんってことや」
亜由美は黙って正則の顔を見た。
「智雄がおって、恒一郎がおって、亜由美がおって、チームのみんながおって、初めて勝てるんや」
亜由美は少し照れた。
「何やねん。急にええこと言うて」
「たまにはええやろ」
「たまにはって、自分で言うな!」
二人は声を上げて笑った。
そして正則は、もう一度夜空を見上げた。
全国大会は、まだ続く。
決勝までの道は遠い。
しかし、その先には、自分たちがまだ知らない強敵が待っている。
大阪タイタンズ。
博多リトルスターズ。
二つのチームは、まだ互いの本当の強さを知らない。
その対決が、やがて全国大会の歴史に残る大熱戦となることを、この時点では誰も知らなかった。
次回予告
第29話「勝ち続ける者たちの重圧」
全国大会三回戦を前に、各チームの研究が本格化する。
大阪タイタンズの継投完全試合は大きな話題となり、対戦相手からの警戒は一段と強まっていた。
「河内正則だけやない。池永智雄も攻略せなあかん」
一方、博多リトルスターズも仙台フェニックスとの接戦を振り返っていた。
仙台の堅守に苦しみながらも、長打力で逆転した試合。
しかし、柳川悠翔は自分の打撃に納得していなかった。
「勝ったけんよかったけど、俺はまだまだたい」
そして、次の対戦相手の分析が始まる。
強いチームほど、研究される。
勝ち進むほど、相手の警戒は厳しくなる。
それでも、優勝するには勝ち続けるしかない。
次回、第29話「勝ち続ける者たちの重圧」。
完全試合の記録も、強力打線の実績も、次の一勝を保証してはくれない。全国制覇への道は、ここからさらに険しくなる。




