勝ち続ける者たちの重圧
河内正則 栄光への道
第29話「勝ち続ける者たちの重圧」
第一章 完全試合の翌朝
全国大会二回戦で、福山シーガルズを5対0で破った大阪タイタンズ。
池永智雄が五回まで十五人を完全に抑え、六回から登板した河内正則も六人を連続で打ち取った。
二人をリードした捕手は有村恒一郎。
継投完全試合という快挙は、翌朝の新聞でも大きく取り上げられていた。
宿舎の食堂では、選手たちが新聞を広げていた。
「正則! あんた、写真めっちゃ大きく載っとるやん!」
加藤亜由美が笑いながら新聞を差し出した。
正則は写真を見て苦笑した。
「なんやこれ。俺、めっちゃ怖い顔しとるやん」
「いつもの顔やん」
「おい!」
池永智雄が笑った。
「でも、全国大会で完全試合なんて、なかなかできへんで」
恒一郎もうなずいた。
「そやな。でも、今日からまた別の勝負や」
そこへ川原監督が姿を見せた。
「おはよう。みんな、昨日はよくやったな」
「おはようございます!」
「昨日の完全試合は素晴らしかった。ただし、それは昨日の話だ。三回戦の相手は、これまでとは全く違う野球をする」
選手たちは監督を見た。
「栃木県代表、鹿沼ナインズだ」
監督は少し間を置いた。
「このチームは、とにかく走る。走者を出したら最後、あらゆる方法で次の塁を狙ってくるぞ」
正則が目を輝かせた。
「おもろそうな相手やな」
亜由美がすかさず言った。
「あんた、そうやって楽しんどる場合ちゃうで。盗塁されまくったら、恒一郎が大変やん」
「分かっとるわ!」
いつもの笑いが食堂に広がった。
しかし、監督の表情は真剣だった。
「午前九時から分析ミーティングを行う。全員参加だ。スコアラーが相手の詳しい資料をまとめてくれている」
第二章 鹿沼ナインズの恐るべき機動力
午前九時。
宿舎の会議室。
大型スクリーンの前に立ったのは、マネージャーの森下真央だった。
中西莉子が選手たちへ分析資料を配る。
「はい、全員分あるから、一人一冊ずつ取ってな!」
真央が口を開いた。
「それでは、全国大会三回戦の対戦相手、鹿沼ナインズの分析を始めます」
スクリーンにチームの成績が映し出された。
鹿沼ナインズ・スコアラー分析資料
チーム打率.274
チーム防御率1.42
1試合平均失策0.50
1試合平均盗塁5.2個
盗塁成功率88.2%
1試合平均犠打・犠飛3.1本
地方大会と全国大会二回戦までの映像・記録を用いた作中の分析データ。
選手たちがざわめいた。
「一試合で五盗塁以上って、すごいやん!」
「しかも成功率が九割近いんか!」
真央が説明した。
「鹿沼の特徴は、足が速い選手が多いだけではありません。投手の動作をよく観察しています。そして、打者も走者を進めるための打撃を徹底しています」
映像が切り替わった。
一番打者の小野寺駿が内野安打で出塁する。
続く打者への初球。
小野寺がスタートした。
捕手が二塁へ送球するが、悠々セーフ。
その後、送りバントで三塁へ。
続く打者が浅いセンターフライを打ち上げた。
外野手が捕球した瞬間、小野寺がスタートする。
本塁への返球より一瞬早くホームイン。
真央が映像を止めた。
「これが鹿沼ナインズの得点パターンです」
亜由美が資料を見ながら言った。
「ヒット一本で一点取っとるやん」
「そうです。走者を一人出しただけで、簡単に得点圏へ進めてしまいます」
捕手の恒一郎が腕を組んだ。
「これは厄介やな。盗塁を警戒したら、打者への配球にも影響する」
川原監督がうなずいた。
「だから、投手だけ、捕手だけで対応してはいけない。チーム全体で走塁を封じる必要がある」
そしてホワイトボードに大きく書いた。
『無駄な走者を出さない』
「ヒットは仕方がない。相手も全国大会に出場してくる強豪だ。打たれることもある」
監督は選手たちを見渡した。
「だが、四球やエラーで無駄な走者を出すことだけは、できる限り避けたい。鹿沼にとって一塁走者は、あっという間に三塁走者になる。そして、浅い外野フライでも犠牲フライにしてしまう」
星野慎一が質問した。
「監督、盗塁を防ぐために牽制を増やしたほうがいいでしょうか?」
「必要な牽制はもちろん行う。しかし、牽制ばかり意識して制球を乱すようでは逆効果だ」
続いて、監督は正則を見た。
「正則、お前も同じだぞ。球速があるからといって、盗塁を絶対に防げるわけじゃない」
「はい!」
「それに、速い球だけでは勝てない。相手は直球を打つ練習を徹底している。どれだけ速くても、コースが甘ければ打たれる」
智雄もうなずいた。
「直球だけやからこそ、内外角と高低の使い分けが大事なんですね」
「そういうことだ」
第三章 ピッチング、守備、打撃の詳細分析
真央が次の資料を表示した。
鹿沼ナインズの予想先発メンバーだった。
打順
選手名
守備位置
1
小野寺駿
センター
2
石川大地
セカンド
3
宇都宮翔
ショート
4
佐久間悠斗
ファースト
5
黒崎健太
キャッチャー
6
高野美咲
ライト
7
藤田結衣
レフト
8
日向拓海
サード
9
相澤蓮
ピッチャー
「一番から三番まで、全員が俊足です。特に小野寺選手は内野安打が多く、塁に出れば積極的に盗塁を狙います」
真央はさらに説明を続けた。
「六番の高野美咲選手は、外野への飛球を打つ技術に優れています。三塁走者がいる場面では、意識して外野へ打ち上げています」
次に、先発投手の相澤蓮について分析した。
相澤蓮・投球分析
投球直球のみ
最速116km/h
ストライク率67%
与四球7回換算1.1個
得意なコース外角低め、内角いっぱい
特徴打者の苦手なコースに直球を投げ分ける制球型
真央が話した。
「相澤選手の特徴は、直球のコントロールです。無理に三振を狙わず、打たせて取る投球をします」
正則が感心した。
「なるほどな。球速がそれほど速くなくても、コースがよかったら簡単には打てへんわけや」
智雄が笑った。
「正則も、俺の投球から少しは勉強してくれや」
「勉強しとるわ!」
亜由美がすかさず口を挟んだ。
「でも正則、たまに速い球投げたら何とかなると思っとるやろ」
「思ってへん!」
「ほんまか?」
「ほんまや!」
会議室が笑いに包まれた。
川原監督も笑ったが、すぐに表情を引き締めた。
「相手の投手は直球の制球がいい。こちらも強引に引っ張るだけでは駄目だ。逆方向への打撃、走者を進める打撃を意識してほしい」
次に、守備体系の分析へ移った。
鹿沼は内野の守備範囲が広く、バント処理も素早い。
一方で、走者を警戒した極端な前進守備を取る場面もある。
「そこが狙い目になるかもしれません」
真央は続けた。
「特に三塁手が前進した場合、三遊間に空間ができます。打者は相手の守備位置も確認してください」
西村奈緒が質問した。
「相手が前進守備を取るなら、強いゴロを打つほうが有効な場面もありますね?」
「そうです。ただし、打球方向を決めつけず、投球コースに合わせる必要があります」
監督がうなずいた。
「いい質問だ。奈緒。今日は相手の守備位置をよく観察してくれ」
「はい!」
さらに亜由美が口を開いた。
「相手が足でかき回してくるなら、こっちも簡単にアウトにならんことが大事ですよね」
「もちろんだ。鹿沼だけが走塁を使えるわけではない。こちらも走者を進める野球を徹底しよう」
第四章 三回戦の先発投手
分析が終わると、川原監督は選手たちを見渡した。
「明日の先発投手を発表する」
会議室が静かになった。
「星野慎一でいく」
星野が立ち上がった。
「はい!」
「前の試合は智雄が五回、正則が二回を投げた。二人は必要に応じて登板させるが、まずは慎一に任せたい」
星野は力強く答えた。
「絶対に期待に応えます!」
川原監督は首を横に振った。
「慎一、気負う必要はない。お前に完全試合を求めているわけじゃないんだ」
「はい」
「ヒットを打たれてもいい。ただし、四球を出したあとに慌てて制球を乱したり、走者を意識しすぎて打者への集中を欠いたりしないことだ」
恒一郎も立ち上がった。
「監督、僕も慎一をしっかりリードします」
「頼んだぞ」
最後に、監督が全員に告げた。
「昨日は完全試合。明日は、もしかしたら一球ごとに緊張するような試合になるかもしれない。しかし、どんな展開でも自分たちの野球を見失うな」
選手たちは声をそろえた。
「はい!」
第五章 試合開始、鹿沼の機動力が炸裂
翌日。
全国大会三回戦。
大阪タイタンズ対鹿沼ナインズ。
球場には大勢の観客が詰めかけていた。
実況を担当する高瀬美穂アナウンサーが話し始めた。
「さあ、全国大会三回戦。注目の大阪タイタンズが登場です。前の試合では継投完全試合を達成しましたが、今日は機動力を武器にする栃木県代表、鹿沼ナインズとの対戦です」
解説の山崎直人がうなずいた。
「鹿沼は走者を出してからの攻撃が非常に巧みです。大阪としては、いかに無駄な走者を出さないかが重要になります」
試合開始のサイレンが鳴った。
一回表。
鹿沼の一番、小野寺駿。
大阪の先発は星野慎一。
捕手は有村恒一郎。
初球、外角低めへの直球。
ストライク。
二球目。
内角への直球。
小野寺が鋭く振り抜いた。
打球は三遊間へ。
遊撃手が懸命に追ったが、わずかに届かない。
レフト前ヒット。
「鹿沼ナインズ、先頭打者が出塁しました!」
そして二番、石川大地。
一塁の小野寺が大きなリードを取った。
星野が牽制球を投げる。
小野寺が戻る。
次の投球。
星野が本塁へ向かって動き始めた瞬間、小野寺がスタートした。
「走った!」
恒一郎が二塁へ送球する。
しかし、小野寺の足が勝った。
セーフ!
「早速、盗塁成功です!」
続く石川は送りバント。
一死三塁。
三番、宇都宮翔。
二球目の直球を打ち上げた。
浅いセンターフライ。
中堅手が捕球する。
しかし、小野寺は迷わずスタートした。
本塁への返球。
恒一郎がミットを伸ばす。
小野寺が滑り込んだ。
セーフ!
鹿沼ナインズ、先制。
1対0。
高瀬アナウンサーが声を上げた。
「ヒット一本、盗塁、送りバント、そして犠牲フライ! 鹿沼ナインズ、持ち味を存分に発揮して先制しました!」
山崎がうなずいた。
「これが鹿沼の野球です。決して長打を必要としない。走者が一人出れば、あとは小技と足で得点を奪うんです」
ベンチの川原監督は静かに試合を見つめていた。
「やはり、簡単にはいかんな」
第六章 大阪も小技で応戦
二回裏。
大阪の先頭打者は西村奈緒。
相澤蓮の直球を見極める。
初球は外角いっぱい。
ストライク。
二球目。
内角の直球。
奈緒は強く振り抜いた。
打球は左中間へ。
「抜けた! 西村奈緒、ツーベースヒット!」
無死二塁。
続く宮本さくらが送りバントを決める。
一死三塁。
打席には有村恒一郎。
相澤は外角低めへ直球を投げ込んだ。
恒一郎は無理に引っ張らず、センター方向へ打ち返した。
打球は中前へ抜けた。
「タイムリーヒット! 大阪タイタンズ、同点です!」
1対1。
ベンチから正則が叫んだ。
「恒一郎、ナイスや!」
亜由美も拍手した。
「奈緒もさくらもようやったで!」
川原監督は笑顔でうなずいた。
「そうだ。鹿沼と同じように、こちらも走者を確実に進めればいい」
しかし、鹿沼も簡単には崩れなかった。
三回表。
九番の相澤蓮が、粘り強く直球を見極め、四球で出塁する。
無死一塁。
続く小野寺駿が送りバント。
一死二塁。
石川大地が右方向へゴロを打ち、二死三塁。
そして宇都宮翔。
星野の外角直球を、逆方向へ打ち返した。
ライト前ヒット。
鹿沼が再び勝ち越した。
2対1。
実況席では山崎が説明する。
「大阪にとって痛いのは、先頭打者の四球ですね。鹿沼のようなチームに無償の走者を与えると、こうして一点につながりやすいんです」
ベンチへ戻った星野は悔しそうだった。
「監督、すみません」
川原監督は首を横に振った。
「慎一、まだ試合は終わっていない。四球を出した事実は変えられん。しかし、そのあとどう投げるかは自分で決められる」
星野は顔を上げた。
「はい!」
三回裏。
大阪は反撃した。
走者を一人置いて、加藤亜由美が打席に入る。
相澤の直球を右中間へ打ち返した。
ツーベースヒット!
無死二、三塁。
「亜由美、ナイスや!」
正則が叫ぶ。
亜由美は二塁上で笑顔を見せた。
「正則、あんたもちゃんと準備しときや!」
続く打者の内野ゴロの間に三塁走者が生還。
2対2。
さらに西村奈緒のセンター前ヒットで、亜由美もホームイン。
3対2。
大阪タイタンズ、逆転した。
第七章 追いついてくる鹿沼
四回は両チームとも無得点。
そして五回表。
鹿沼の七番、藤田結衣が内野安打で出塁した。
「またしても俊足を生かした出塁です!」
続く打者への二球目。
藤田がスタート。
恒一郎が二塁へ送球するが、間に合わない。
盗塁成功。
無死二塁。
そして八番、日向拓海。
星野の直球をセンター前へ打ち返した。
藤田が三塁を回る。
中堅手が本塁へ返球する。
しかし、藤田の足が勝った。
3対3。
鹿沼が再び追いついた。
「同点! 鹿沼ナインズ、またも機動力で一点をもぎ取りました!」
山崎が解説した。
「今日は一進一退ですね。大阪の攻撃力も見事ですが、鹿沼の走塁技術も素晴らしい」
ベンチの川原監督がうなずいた。
「簡単には勝たせてくれん相手だ」
だが、ここから星野は踏ん張った。
次の打者を直球で詰まらせ、内野フライに打ち取った。
続く小野寺にも内角いっぱいの直球を投げ込み、三塁ゴロ。
追加点を許さなかった。
ベンチへ戻る星野を、正則が迎えた。
「慎一、よう踏ん張ったな!」
「正則、あとは頼むで」
「任しとけ!」
亜由美が笑った。
「正則、頼むんはええけど、まず打線が点取らなあかんねんで」
「分かっとる!」
第八章 六回裏、再び勝ち越し
六回裏。
大阪タイタンズの攻撃。
先頭の西村奈緒がレフト前ヒットで出塁する。
続く宮本さくらが送りバント。
一死二塁。
内野ゴロで奈緒が三塁へ進む。
二死三塁。
打席には有村恒一郎。
鹿沼のベンチも警戒を強めた。
相澤蓮がセットポジションに入る。
初球、外角低め。
ボール。
二球目、内角直球。
見逃しストライク。
三球目。
相澤はもう一度外角へ直球を投げた。
恒一郎は、その球を逆方向へ打ち返した。
鋭い打球が一、二塁間を抜ける。
「ライト前ヒット! 三塁走者が帰ってきた!」
4対3。
大阪タイタンズ、再び勝ち越し!
正則がベンチから飛び出しそうな勢いで叫んだ。
「恒一郎! 最高や!」
亜由美も声を上げた。
「さすがや! よう打った!」
川原監督は拍手した。
「よし。あと一回だ」
そして監督がブルペンへ目を向ける。
そこには、既に投球練習を終えた河内正則の姿があった。
第九章 七回表、最後の攻防
七回表。
大阪タイタンズがマウンドへ送り込んだのは、河内正則だった。
球場が沸いた。
高瀬アナウンサーが実況する。
「さあ、最終回! 大阪タイタンズは河内正則を投入しました。前の試合では継投完全試合を締めくくった投手です!」
山崎が解説した。
「今日は一点差。しかも鹿沼は走塁に優れています。正則君も簡単にはいかないでしょうね」
先頭打者は藤田結衣。
正則の初球。
外角低めへの直球。
ストライク!
二球目。
内角への直球。
藤田がバットを振り抜いた。
打球は三塁方向へ転がる。
三塁手が捕球して一塁へ送球したが、藤田の足がわずかに早かった。
「セーフ! 鹿沼ナインズ、先頭打者が出塁しました!」
正則が帽子をかぶり直した。
「しゃあない。次や」
続く日向拓海への初球。
藤田がスタートした。
「走った!」
恒一郎が二塁へ送球する。
しかし、セーフ。
無死二塁。
鹿沼ベンチから大歓声が上がった。
「よし! 同点にするぞ!」
日向拓海が送りバントを決めた。
一死三塁。
犠牲フライでも同点となる場面。
川原監督がベンチから守備位置を確認した。
右翼手の宮本さくらが、少し前へ出る。
中堅手も前進した。
打席には代打、田村航平。
正則は大きく息を吐いた。
恒一郎がミットを構える。
初球。
内角直球。
ファウル。
二球目。
外角低めへの直球。
ボール。
三球目。
正則が腕を振った。
直球。
田村が振り抜く。
カキーン!
打球は右翼方向へ上がった。
「ライトフライ! やや浅い位置です!」
さくらが前進する。
三塁走者の藤田は、ベースを踏んで捕球の瞬間を待っていた。
さくらが落下点に入る。
グラブを構えた。
捕球!
その瞬間。
藤田がスタートした。
「三塁走者、ホームへ突っ込む!」
さくらは捕球した流れのまま右腕を振り抜いた。
本塁へ一直線の返球。
恒一郎が捕球体勢に入る。
ボールが届く。
藤田がスライディング。
恒一郎がタッチ!
一瞬の静寂。
球審が右腕を上げた。
「アウト!」
高瀬アナウンサーが絶叫した。
「アウト! ダブルプレー! 試合終了! 大阪タイタンズ、最後の最後で鹿沼ナインズの機動力を封じました!」
正則がマウンドで大きく拳を握った。
さくらは安堵の表情を浮かべた。
恒一郎が駆け寄る。
「さくら! 最高の送球やったで!」
「恒一郎も、よう捕ってくれた!」
正則も二人に近づいた。
「ほんま、助かったわ!」
さくらが笑った。
「正則、最後までヒヤヒヤさせんといてや!」
「すまん!」
三人は笑い合った。
第十章 完全試合より難しい勝利
全国大会三回戦・試合結果
チーム
1234567計
鹿沼10101003
大阪
0
1
2
0
0
1
×
4
大阪タイタンズ 4-3 鹿沼ナインズ
準々決勝進出
試合終了後。
川原監督は選手たちを集めた。
「みんな、よくやった。今日は本当に厳しい試合だった」
正則がうなずく。
「監督、最後はほんまに危なかったです」
「そうだな。しかし、お前たちは最後まで集中力を切らさなかった」
監督は星野慎一を見た。
「慎一、今日の投球をどう思う?」
星野は少し考えた。
「四球から失点した場面が一番悔しいです。監督が言われたことを、そのままやってしまいました」
「そうだな。しかし、そこから崩れずに投げ続けたことは評価しているぞ」
星野は顔を上げた。
「ありがとうございます!」
続いて、監督は宮本さくらに声をかけた。
「さくら、最後の返球は見事だった」
「ありがとうございます!」
「試合前に、浅い外野フライでも得点されると話したな。あの場面で落ち着いて送球できたことは大きい」
さくらがうなずいた。
「捕る前から、三塁走者がスタートするかもしれないと思っていました」
「それが準備というものだ」
監督は全員を見渡した。
「前の試合は継投完全試合だった。今日は四点を取り、三点を失った。しかし、どちらも同じ一勝だ」
選手たちが静かに聞いている。
「全国大会では、すべての試合を圧勝できるわけではない。強い相手ほど、こちらの弱点を突いてくる。それをどう乗り越えるかが大切なんだ」
そして、こう続けた。
「今日の鹿沼ナインズは、素晴らしいチームだった。決して長打力だけが野球の強さではないことを、私たちに教えてくれた」
正則がうなずいた。
「はい。足だけで、あんなに点を取れるとは思いませんでした」
亜由美も話した。
「正直、めちゃくちゃ怖かったです。塁に出しただけで、次の瞬間には三塁まで進まれてしまうんですから」
恒一郎も口を開いた。
「捕手としても、ものすごく勉強になりました」
監督は笑顔を見せた。
「その経験を、次の試合に生かしてくれ」
第十一章 敗れた鹿沼の誇り
一方、鹿沼ナインズのベンチ。
選手たちは悔しさを隠せずにいた。
藤田結衣は涙を流していた。
「あと少しだったのに……」
宮本さくらの返球で、本塁寸前にアウトになった場面が頭から離れなかった。
捕手の黒崎健太が声をかけた。
「結衣、あの走塁は間違ってなかったと思う。あの浅いフライでも、いつもの俺たちならホームを狙うやろ」
藤田は涙を拭いた。
「うん……」
「相手の送球が見事だったんだ」
監督も近づいてきた。
「結衣、顔を上げよう」
「監督……」
「今日、お前たちは自分たちの野球を最後まで貫いた。結果は負けだった。しかし、全国の強豪を相手に、自分たちの機動力が通用することも証明した」
選手たちは監督を見た。
「大阪タイタンズは強かった。しかし、我々も決して劣っていたわけではない。今日の悔しさを忘れず、これからも野球を続けてほしい」
小野寺駿がうなずいた。
「はい!」
そして、鹿沼ナインズの選手たちは、大阪タイタンズの選手たちと握手を交わした。
藤田は宮本さくらの前で立ち止まった。
「最後の返球、すごかったです」
さくらは笑った。
「ありがとう。でも、めっちゃ怖かったで。ほんの少しでも送球がそれてたら、セーフやったと思う」
藤田も微笑んだ。
「次は絶対にホームを踏みますから」
「うん。また勝負しような!」
二人は強く握手を交わした。
第十二章 全国八強、そしてその先へ
夜。
大阪タイタンズの宿舎。
正則と亜由美は、試合映像を見直していた。
「なあ、正則」
「何や?」
「昨日は完全試合。今日は一点差の接戦。どっちがしんどかった?」
正則は少し考えた。
「今日やな」
「やっぱり?」
「ああ。昨日は打たれへんかったけど、今日は一人走者を出しただけで、ものすごいプレッシャーやった」
亜由美がうなずいた。
「鹿沼の足、ほんまに速かったな」
「せやな。でも、あれも野球なんやな」
正則は画面を見つめた。
「速い球を投げることだけが、野球の強さとちゃう。今日、ほんまによう分かったわ」
亜由美が笑った。
「正則、あんた、少しは大人になったんちゃう?」
「少しって何やねん!」
「まだまだ子どもやけどな!」
「お前も同い年やろ!」
二人は声を上げて笑った。
その頃。
川原監督とコーチ陣は、次の準々決勝に向けた分析を始めていた。
森下真央が新しいデータを表示する。
「監督、こちらが準々決勝の対戦候補の分析資料です」
監督は画面に目を向けた。
「ありがとう。ここからは、さらに相手が強くなる」
そして、静かにつぶやいた。
「正則たちも成長している。しかし、全国にはまだ、我々の知らない強豪がいる」
その一つが、福岡代表の博多リトルスターズだった。
強打者、柳川悠翔。
堅い守備と高い長打力。
そして、試合のたびに繰り出される独特の攻撃。
大阪タイタンズの選手たちは、まだ直接対戦したことのないそのチームを、少しずつ意識し始めていた。
全国制覇まで、あと三勝。
しかし、その三勝は、決して簡単なものではない。
次回予告
第30話「全国八強、それぞれの戦い」
大阪タイタンズは、栃木県代表・鹿沼ナインズを4対3で破り、全国大会準々決勝へ進出した。
機動力で何度も得点を奪われた試合。
しかし、最後は宮本さくらの好返球と有村恒一郎のタッチで、同点の犠牲フライを阻止した。
河内正則は、前の試合で達成した完全試合とは全く違う野球の難しさを学んだ。
一方、博多リトルスターズも全国大会三回戦に臨む。
仙台フェニックスとの激闘を制したものの、打撃陣にはまだ課題が残っていた。
特に五番打者、柳川悠翔は自分自身の打撃に納得していない。
「次は絶対に、俺のバットでもチームを勝たせるけん!」
その言葉に、チームメイトたちが笑顔を見せる。
そして、大阪タイタンズの宿舎には、新しい対戦相手の分析資料が届く。
そこには、これまでの対戦相手とは異なる、ある際立った特徴が記されていた。
次回、第30話「全国八強、それぞれの戦い」。
完全試合も、逆転勝利も、次の一勝を保証してはくれない。全国制覇を目指す少年少女たちは、勝利の喜びと重圧を背負いながら、さらに厳しい戦いへ挑んでいく




