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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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104/108

全国八強、それぞれの戦い

 河内正則 栄光への道

 第30話「全国八強、それぞれの戦い」

 第一章 息子の応援に駆けつけた母

 全国大会三回戦。

 東京の球場には、朝から大勢の観客が集まっていた。

 福岡県代表、博多リトルスターズ。

 北海道代表、札幌アンビシャス。

 どちらも地方大会を勝ち抜き、全国大会でも二連勝を飾っている強豪だった。

 試合開始まで、あと一時間。

 博多リトルスターズの選手たちはグラウンドで練習を始めていた。

 その頃、球場の正面入口に一人の女性が姿を現した。

 柳川優子だった。

 ファイブピーチ★のメンバーとして全国的な人気を誇る彼女だが、今日ここへ来た理由は芸能活動ではない。

 息子、柳川悠翔の応援だった。

「よーし! 今日は悠翔の応援たい! 絶対に勝ってほしかね!」

 優子は観客席へ向かった。

 しかし、その途中で気づいた観客から声をかけられた。

「あれ? 柳川優子さんじゃないですか?」

「本当だ! ファイブピーチ★の優子さん!」

 優子は笑顔で会釈した。

「こんにちは! 今日は息子の応援に来たとよ!」

「悠翔君、五番打者ですよね?」

「そうなんです! 今日こそ打ってくれるとよかっちゃけどね!」

 観客たちが笑った。

 優子はバックネット裏の観客席に座ると、グラウンドへ目を向けた。

 ちょうど悠翔が打撃練習をしていた。

 力強いスイング。

 鋭い打球が右中間へ飛んでいく。

 優子は小さく拍手した。

「うん。調子は悪うなさそうやね」

 そのとき、悠翔が観客席の母親に気づいた。

「うわっ! お母さん来とる!」

 チームメイトの坂井雄二が笑った。

「悠翔、今日はお母さんが見に来とるやん!」

 牧田和美もからかった。

「下手なところ見せられんね!」

 悠翔は苦笑した。

「分かっとるって!」

 優子は手を振った。

「悠翔ー! 頑張りんしゃい!」

 悠翔が慌てて叫んだ。

「お母さん! 試合中は普通に応援してよ!」

「普通に応援するったい!」

「その声がもう普通じゃなかろうもん!」

 周囲の観客から笑いが起きた。

 優子も笑っていた。

 しかし、彼女の目は真剣だった。

 前の仙台フェニックス戦で、悠翔は思うような打撃ができなかった。

 チームは勝った。

 それでも、本人は納得していなかった。

 だからこそ、今日は息子が思い切り自分の野球をできるように応援したかった。

 第二章 札幌アンビシャス、雪国で鍛えられた強豪

 博多リトルスターズの控室。

 篠田正孝監督と選手たちが、試合前のミーティングを始めた。

 前方のスクリーンには、札幌アンビシャスのチームデータが表示されている。

 スコアラーの分析担当が説明した。

「今日の対戦相手、札幌アンビシャスは、これまでの相手とは少し違う特徴を持っています」

 選手たちは資料に目を落とした。

 札幌アンビシャス・チーム分析

 項目成績

 チーム打率.312

 チーム防御率1.86

 1試合平均安打10.4本

 1試合平均長打3.7本

 1試合平均失策0.38

 チーム三振率11.2%

 地方大会と全国大会二回戦までを対象とした作中のスカウティング資料。

 悠翔が驚いた。

「チーム打率三割超えとるやん!」

 岸田誠一もうなずいた。

「しかも、三振が少なかね」

 スコアラーが説明を続けた。

「札幌の選手たちは体幹が非常に強いんです。冬季は屋内練習を中心に、下半身や体幹のトレーニングを徹底しています」

 映像が流れた。

 低めいっぱいの直球。

 札幌の打者が膝を柔らかく使いながらバットを出す。

 打球はセンター前へ。

 次は内角の直球。

 打者は体を開かず、鋭く振り抜いた。

 打球は左中間を破った。

「注目してほしいのは、スイング中の姿勢です」

 映像が一時停止した。

「低い球でも上体が大きく崩れません。内角に詰まらされそうになっても、下半身を使って打球を前へ運んできます」

 監督が口を開いた。

「つまり、甘い球だけを打つチームじゃないということだ。厳しいコースの球にも食らいついてくる」

 先発予定の大原颯真が質問した。

「監督、どこへ投げればいいですか?」

「まず、打者ごとの苦手なコースを確認しよう。ただし、そこへ投げれば必ず打ち取れると思ってはいけない」

 スコアラーが次の資料を表示した。

 第三章 投球・守備・打撃の徹底分析

 札幌アンビシャス・予想先発オーダー

 打順選手名守備

 1藤原湊センター

 2北見奏太セカンド

 3佐伯大河ショート

 4白石拓海ファースト

 5早川結菜キャッチャー

 6小樽颯太レフト

 7三浦美月ライト

 8片桐悠真サード

 9石狩蓮ピッチャー

 投球分析

 先発する石狩蓮は、直球のコントロールに優れた右投手だった。

 最高球速は119km/h。

 特に内角高めと外角低めの使い分けが巧みで、打者を簡単には打たせない。

 スコアラーが説明した。

「球種は直球だけですが、コースへの投げ分けが非常に正確です。球速も打者に応じて変化させています」

 映像には、石狩の投球が映っていた。

 初球は外角いっぱい。

 二球目は内角高め。

 どちらも直球だったが、打者は簡単にタイミングを合わせられない。

 森下悠一が感心した。

「同じ直球でも、コースが違うだけで全然打ちにくそうやね」

 篠田監督がうなずいた。

「そうだ。球速だけを見て判断しないこと。打席では、しっかり自分の狙いを持つんだ」

 守備分析

 続いて守備体系。

 札幌アンビシャスは失策が少なく、特に内野の守備範囲が広かった。

 二遊間の藤原ではなく、二塁手の北見と遊撃手の佐伯による連係が優れている。

 さらに、外野手は打者の打球傾向に応じて細かく守備位置を変更していた。

「このチームは、ただ守備がうまいだけではありません。相手打者がどこへ打ちやすいかを研究しています」

 篠田監督が言った。

「だから、打つ前から相手の守備位置を確認することが重要だ。強く振るだけでは、正面のライナーになってしまう」

 悠翔がうなずいた。

「分かりました!」

 打撃分析

 最後は打撃だった。

 スコアラーが強調したのは、札幌の打者の粘り強さだった。

「内角でも外角でも、簡単に空振りしません。追い込まれたら、ファウルで粘ってきます」

 そして、投手陣へ注意を促した。

「一番から五番までは、特に連打が多い傾向にあります。走者をためて長打を打たれると、一気に複数失点する可能性があります」

 大原颯真が深くうなずいた。

「分かりました。四球も気をつけます」

 監督は選手たちを見渡した。

「今日も簡単には勝てない。しかし、こちらにも強みがある」

 その視線が悠翔に向いた。

「悠翔。前の試合のことを引きずっていないか?」

「大丈夫です!」

「今日は自分の打撃をしてこい」

 悠翔は力強く答えた。

「はい! 絶対に打ちます!」

 第四章 札幌ベンチの最重要警戒人物

 一方、札幌アンビシャスのミーティング。

 監督がホワイトボードに一人の名前を書いた。

 柳川悠翔。

「この選手には、特に注意してほしい」

 選手たちが資料を開いた。

「博多リトルスターズの五番打者だ。前の試合では目立った成績を残せなかったが、長打力は非常に高い」

 四番の白石拓海が言った。

「なら、悠翔の前にランナーをためなければいいんですね」

「そのとおりだ」

 監督は続けた。

「一番の坂井、二番の牧田、三番の岸田、四番の立花。この四人が塁に出てから悠翔を迎える展開は、できる限り避けたい」

 捕手の早川結菜がうなずいた。

「もしランナーがいる場面で回ってきたら、厳しいコースを徹底します」

「頼んだぞ」

 投手の石狩蓮も答えた。

「はい!」

 しかし、監督は最後に付け加えた。

「ただし、悠翔だけを警戒して、ほかの打者に四球を出してはいけない。博多の打線は、全員が得点に絡めるチームだからな」


 第五章 初回、一死二・三塁

 試合開始。

 先攻、博多リトルスターズ。

 後攻、札幌アンビシャス。

 実況は女性アナウンサーの藤沢真紀。

 解説は元社会人野球選手の西原浩之が担当した。

「さあ、全国大会三回戦! 福岡代表の博多リトルスターズと、北海道代表の札幌アンビシャス。いよいよ試合開始です!」

 先頭打者、坂井雄二。

 石狩の初球。

 外角直球。

 ストライク。

 二球目。

 坂井が鋭く振り抜いた。

 打球はセンター前へ。

「ヒット! 博多、いきなり先頭打者が出塁しました!」

 二番の牧田和美は送りバントを決めた。

 一死二塁。

 三番、岸田誠一。

 石狩の直球を右中間へ打ち返した。

 打球は二人の外野手の間を抜けた。

「ツーベース! 二塁走者の坂井、ホームイン!」

 博多、先制!

 1対0。

 続く四番、立花朋輝。

 内角直球をレフト前へ運び、岸田は三塁へ進んだ。

 一死一、三塁。

 ここで立花が二塁への盗塁を決めた。

 一死二、三塁。

 打席には五番、柳川悠翔。

 札幌ベンチの監督が腕を組んだ。

「まずいな。絶対に避けたかった展開だ」

 捕手の早川結菜がマウンドへ向かった。

「蓮、落ち着いて。長打だけは打たせないようにしよう」

 石狩がうなずいた。

「分かってる」

 一方、観客席の優子は、祈るような表情でグラウンドを見ていた。

「悠翔……頑張りんしゃい」

 初球。

 石狩が内角高めへ直球を投げ込んだ。

 悠翔は見送った。

 ストライク。

 二球目。

 外角低め。

 ボール。

 三球目。

 もう一度、外角への直球。

 悠翔は踏み込んだ。

 カキィィィン!

 強烈な打球が右中間へ伸びた。

「打った! 右中間へ大きな当たり!」

 センターの藤原湊が走る。

 ライトの三浦美月も追う。

 しかし、打球は二人の間を破り、フェンスへ到達した。

 二塁走者の立花がホームへ。

 三塁走者の岸田も生還。

 悠翔は一塁を蹴った。

 二塁へ。

 さらに三塁を狙う。

「柳川悠翔、三塁へ向かう!」

 返球が三塁へ届く。

 悠翔が頭から滑り込んだ。

「セーフ!」

 藤沢アナウンサーが叫んだ。

「スリーベースヒット! 柳川悠翔、一死二、三塁から二点タイムリースリーベース!」

 3対0。

 博多ベンチが総立ちになった。

 観客席では優子が立ち上がっていた。

「やったぁぁぁ! 悠翔! よう打ったばい!」

 隣の観客が驚いて振り返る。

 優子は慌てて頭を下げた。

「あ、ごめんなさい! ちょっと声のボリュームが上がってしもうた!」

 周囲から笑いが起きた。

 その後、六番の森下悠一がセンターへ犠牲フライ。

 三塁走者の悠翔が生還した。

 4対0。

 博多リトルスターズ、初回から一挙四得点。

 札幌アンビシャスは、最も警戒していた悠翔に二点三塁打を許してしまった。

 第六章 札幌も三連打で反撃

 しかし、札幌アンビシャスも強かった。

 一回裏。

 博多の先発、大原颯真。

 一番の藤原湊が打席に入る。

 初球、外角直球。

 ボール。

 二球目。

 低めの直球を藤原が打ち返した。

 センター前ヒット。

 無死一塁。

 続く二番、北見奏太。

 内角への直球。

 普通なら詰まりそうな球だった。

 しかし、北見は強い体幹を生かし、腰の回転でバットを振り抜いた。

 打球は左中間へ。

 ツーベースヒット!

 無死二、三塁。

 実況席が沸いた。

「札幌アンビシャス、連続安打! いきなり反撃のチャンスです!」

 三番、佐伯大河。

 大原が内角いっぱいの直球を投げた。

 佐伯は体を開かず、コンパクトに振り抜いた。

 打球は一、二塁間を鋭く抜けた。

「ライト前ヒット!」

 三塁走者が生還。

 二塁走者も三塁を回った。

 本塁への返球。

 しかし、間に合わない。

「二人帰ってきた! 札幌アンビシャス、三連打で二点を返しました!」

 4対2。

 博多ベンチが静まり返った。

 悠翔が思わずつぶやいた。

「うわっ……すごかね」

 立花もうなずいた。

「あの内角の球まで打つとやね」

 森下悠一がマウンドへ向かった。

「颯真、気にせんでよか。まだ二点勝っとる」

 大原が深呼吸した。

「うん。ありがとう」

 その後、大原は四番の白石拓海を二塁ゴロに打ち取り、一死二塁。

 五番の早川結菜には粘られたが、最後は外角低めへの直球で二塁ゴロ。

 走者は三塁へ進んだ。

 二死三塁。

 六番の小樽颯太も内角直球で詰まらせ、遊撃ゴロ。

 ようやく三アウトとなった。

 藤沢アナウンサーが話した。

「西原さん、両チームとも初回から打線が活発ですね」

「ええ。札幌の打者は、厳しいコースでも簡単に姿勢が崩れない。博多の投手陣にとっては、非常に難しい相手ですよ」


 第七章 悠翔、二打席目もヒット

 二回表。

 博多は走者をためたものの得点できなかった。

 そして三回表。

 先頭打者として悠翔が打席に入った。

 石狩蓮は、今度こそ長打を打たせまいと慎重に投げ込んだ。

 初球、外角直球。

 ストライク。

 二球目、内角直球。

 ファウル。

 三球目。

 外角低めいっぱいの直球。

 悠翔は無理に引っ張らなかった。

 バットを素直に出す。

 打球は一、二塁間を抜けた。

「ライト前ヒット! 柳川悠翔、二打席連続安打!」

 悠翔は一塁上で小さくガッツポーズをした。

「よし!」

 続く森下悠一が左中間へ二塁打。

 悠翔は俊足を生かして一気にホームイン。

 5対2。

 札幌も黙っていなかった。

 三回裏。

 藤原湊がヒットで出塁。

 続く北見奏太が四球を選んだ。

 そして三番、佐伯大河。

 大原の直球を右中間へ打ち返した。

 打球はフェンスまで到達する。

 二人の走者が生還。

 5対4。

「札幌アンビシャス、再び一点差に詰め寄りました!」

 悠翔が三塁の守備位置で汗を拭った。

「ほんと、すごか打線やね……」

 大原もマウンドで苦笑した。

「簡単には終わらせてくれんばい」

 第八章 三打席目、今度は二塁打

 四回表。

 博多リトルスターズは先頭の坂井雄二が内野安打で出塁した。

 牧田和美の進塁打で一死二塁。

 岸田誠一は四球を選び、一死一、二塁。

 四番の立花朋輝は三振に倒れた。

 二死一、二塁。

 そして五番、柳川悠翔。

 札幌の監督はベンチから叫んだ。

「蓮! 低めを徹底しろ!」

 石狩はうなずいた。

 初球。

 外角低め。

 ボール。

 二球目。

 内角直球。

 ストライク。

 三球目。

 外角いっぱいへの直球。

 悠翔が振り抜いた。

 カキーン!

 打球は左中間へ。

 センターの藤原が追う。

 しかし、打球はフェンスの手前まで転がった。

「ツーベースヒット!」

 坂井がホームイン。

 一塁走者の岸田も三塁を回った。

「二人目も帰ってきた!」

 7対4。

 柳川悠翔、二点タイムリーツーベース!

 藤沢アナウンサーが興奮した声で実況する。

「柳川悠翔、ここまで三打数三安打! 三塁打、単打、二塁打! 残るはホームランだけです!」

 西原がうなずいた。

「そうですね。サイクル安打まであと本塁打一本。全国大会の舞台で達成すれば、大きな記録になります」

 観客席の優子は、両手を握り締めた。

「悠翔……すごかね……」

 しかし、試合はまだ終わらなかった。

 札幌アンビシャスは四回裏に一点を返した。

 7対5。

 五回表には博多が犠牲フライで一点を追加する。

 8対5。

 ところが、五回裏にも札幌が一点を奪った。

 8対6。

 そして六回裏。

 札幌は四番の白石拓海が二塁打で出塁。

 続く早川結菜がセンター前ヒット。

 無死一、三塁。

 六番の小樽颯太がライト前へ適時打を放った。

 8対7。

 さらに、送りバントで走者を進めたあと、八番の片桐悠真がセンターへ犠牲フライを放った。

 8対8。

 ついに札幌アンビシャスが追いついた。

「同点! 札幌アンビシャス、六回裏に二点を奪い、試合を振り出しに戻しました!」

 球場は大歓声に包まれた。

 一方、悠翔は六回表の四打席目でセンターフライに倒れていた。

 この時点で四打数三安打。

 サイクル安打は、次の打席に持ち越された。

 第九章 七回表、運命の第五打席

 七回表。

 スコアは8対8。

 札幌アンビシャスのマウンドには、救援投手の片桐悠真が上がった。

 二番、牧田和美。

 初球をセンター前へ打ち返した。

 無死一塁。

 三番、岸田誠一。

 高めの直球を打ち上げた。

 センターフライ。

 一死一塁。

 四番、立花朋輝。

 片桐の内角直球を鋭く振り抜いた。

 打球はレフト前へ。

 一死一、二塁。

 そして、五番。

 柳川悠翔。

 球場のアナウンスが響いた。

「五番、サード、柳川君」

 札幌ベンチの監督が立ち上がった。

「悠翔の前に走者をためるなと言ったのに……!」

 捕手の早川結菜がマウンドへ向かった。

「悠真、落ち着いて。ここは絶対に長打を打たせないようにしよう」

 片桐はうなずいた。

「分かった」

 一方、博多ベンチ。

 篠田監督が悠翔に声をかけた。

「悠翔、記録のことは考えるな。自分の打撃をしてこい」

 悠翔は力強くうなずいた。

「はい!」

 観客席では優子がじっと息子を見つめていた。

「悠翔……」

 初球。

 外角低めへの直球。

 悠翔は見送った。

 ボール。

 二球目。

 内角高めへの直球。

 ファウル。

 三球目。

 外角直球。

 またファウル。

 カウント1ボール2ストライク。

 片桐は捕手のサインを見た。

 悠翔はバットを構え直した。

 四球目。

 高めへの直球。

 悠翔は見送った。

 ボール。

 2ボール2ストライク。

 五球目。

 片桐が腕を振った。

 内角への直球。

 悠翔は踏み込んだ。

 カキィィィィン!

 凄まじい金属音が球場に響いた。

 打球は高々と舞い上がった。

 左中間方向。

 レフトの小樽颯太が追う。

 センターの藤原湊も後退する。

 しかし、打球は二人の頭上を越えた。

 フェンスが近づく。

 さらに伸びる。

 そして。

 白球は、左中間のフェンスを越えた。

「入ったぁぁぁぁ!」

 藤沢アナウンサーが絶叫した。

「ホームラン! 柳川悠翔、逆転スリーランホームラン!」

 牧田がホームイン。

 立花もホームイン。

 そして悠翔が一塁を回る。

 二塁を回る。

 三塁を回る。

 ベンチの仲間たちが両手を上げて迎えた。

「悠翔ー!」

 悠翔がホームベースを踏んだ。

 11対8。

 博多リトルスターズ、三点勝ち越し!

 その瞬間、球場の大型スクリーンに文字が表示された。

 全国大会三回戦・個人記録

 柳川悠翔 サイクル安打達成

 1打席目

 三塁打



 2打席目

 単打



 3打席目

 二塁打



 5打席目

 本塁打




 5打数4安打・7打点

 第4打席はセンターフライ。勝ち越し3ラン本塁打で偉業を達成。

 観客席が大歓声に包まれた。

 優子は立ち上がったまま、息子の姿を見つめていた。

「悠翔……ほんとに……ほんとによう頑張ったね……」

 目には涙が浮かんでいた。

 だが、次の瞬間。

「サイクル安打たい! うちの息子がサイクル安打ば打ったとよー!」

 周囲の観客が大笑いした。

「優子さん、声が大きいです!」

「すみませーん! 今日は許してくださーい!」

 一方、ベンチに戻った悠翔はチームメイトたちにもみくちゃにされていた。

 坂井が叫ぶ。

「悠翔! サイクル安打やぞ!」

 牧田も笑った。

「しかも逆転ホームランで達成するなんて、できすぎやろ!」

 悠翔は照れくさそうに笑った。

「いや、みんなが塁に出てくれたけんたい!」

 篠田監督は、そんな悠翔の肩をたたいた。

「見事だった。ただし、試合はまだ終わっていないぞ」

 悠翔は表情を引き締めた。

「はい!」

 第十章 札幌アンビシャス、最後まで諦めない

 七回裏。

 博多リトルスターズは三点リード。

 しかし、札幌アンビシャスは最後まで諦めなかった。

 先頭打者の藤原湊がレフト前ヒット。

 続く北見奏太もセンター前へ打ち返した。

 無死一、二塁。

 博多ベンチに緊張が走った。

 篠田監督は投手交代を告げた。

 マウンドへ上がったのは、控え投手の黒木海翔。

 黒木は大きく息を吐いた。

「よし。絶対に抑える」

 三番、佐伯大河。

 初球の直球を右方向へ打ち返した。

 打球はライト前へ。

 二塁走者が三塁を回る。

 本塁への返球は間に合わない。

 11対9。

 札幌、二点差に迫った。

 なおも無死一、三塁。

 四番、白石拓海。

 黒木は内角への直球を投げ込んだ。

 白石が振り抜いた。

 強い打球が三塁方向へ。

 悠翔が素早く反応した。

 グラブに収める。

 三塁走者をけん制しながら二塁へ送球。

 二塁手の牧田が捕球。

 一塁へ転送!

「ダブルプレー!」

 一塁走者がアウト。

 白石もアウト。

 三塁走者は動けなかった。

 二死三塁。

「素晴らしい守備です! 柳川悠翔、今度は三塁守備でチームを救いました!」

 観客席の優子が大きく拍手した。

「悠翔! 今の守備もよかったばい!」

 続く五番、早川結菜。

 黒木の直球を粘り強くカットする。

 ファウル。

 ファウル。

 そしてフルカウント。

 最後の一球。

 黒木が投げ込んだ。

 外角低めへの直球。

 早川が打ち返した。

 打球は二遊間へ。

 遊撃手の神谷蓮が横っ跳びした。

 グラブに収める。

 素早く立ち上がり、一塁へ送球。

 アウト!

「試合終了!」

 藤沢アナウンサーの声が球場に響いた。

「博多リトルスターズ、札幌アンビシャスとの激戦を制しました! 柳川悠翔のサイクル安打、そして勝ち越しスリーランホームラン! 福岡代表が準々決勝へ進出です!」

 全国大会三回戦・最終結果

 チーム1234567計

 博多401210311

 札幌20211219

 博多リトルスターズ 11-9 札幌アンビシャス

 準々決勝進出



 第十一章 五打数四安打、七打点

 試合終了後。

 柳川悠翔は、テレビ局のインタビューを受けていた。

 女性インタビュアーの宮原彩子がマイクを向ける。

「柳川選手、サイクル安打達成、おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」

「今日は五打数四安打、七打点。しかも最後は逆転スリーランホームランでした。今のお気持ちは?」

 悠翔は笑顔で答えた。

「めちゃくちゃうれしかです!」

 観客席から拍手が起きた。

「初回の三塁打も見事でしたが、最後のホームランについてはいかがでしたか?」

 悠翔は少し考えた。

「そうですね……」

 そして、満面の笑みで答えた。

「今日は筑前煮みたいな試合でした!」

 宮原の表情が止まった。

「……筑前煮、ですか?」

 実況席でも藤沢アナウンサーが首をかしげた。

「えっ? 筑前煮?」

 悠翔は真剣に説明を始めた。

「最初は野菜を切って、じっくり煮込むとです。途中で味がなかなか決まらんこともあるけど、最後に全部の味がまとまると、おいしくなるとですよ!」

 宮原は必死に理解しようとしていた。

「ええと……つまり?」

「最初の三塁打がニンジンで、二打席目のヒットがゴボウ、三打席目の二塁打がレンコンで、最後のホームランが鶏肉たい!」

 宮原が吹き出した。

「ちょっと待ってください! 四打席目のセンターフライは何なんですか?」

 悠翔は即答した。

「こんにゃくです!」

「なんでこんにゃくなんですか!」

「途中で味が染み込むまで時間がかかるけん!」

 実況席が大爆笑となった。

 藤沢アナウンサーは机に顔を伏せた。

「だ、駄目です……サイクル安打のインタビューなのに……筑前煮の話になっています!」

 西原解説者も腹を抱えていた。

「いや……でも……料理に例える発想が……もう……!」

 観客席の優子も笑い崩れていた。

「悠翔ー! あんた、誰に似たとねー!」

 隣の観客が即座に返した。

「優子さんでしょう!」

「何で分かるとー!」

 周囲がさらに大爆笑となった。

 第十二章 母と息子の時間

 インタビュー終了後。

 悠翔は、観客席から降りてきた優子の姿を見つけた。

「お母さん!」

 優子は笑顔で息子に近づいた。

「悠翔! おめでとう!」

「ありがとう!」

 優子は息子の肩を抱いた。

「ほんとによう頑張ったね。お母さん、うれしかったよ」

 悠翔は少し照れた。

「いやぁ……今日はたまたま調子がよかっただけたい」

 優子は首を横に振った。

「違うよ。今まで一生懸命練習してきた結果たい」

 そして、少し真剣な表情になった。

「でもね、悠翔。今日は札幌の選手たちも本当にすごかったね」

 悠翔がうなずいた。

「うん。どんな厳しい球にも食らいついてきた。三点差でも最後まで諦めんかったもん」

「そうやね」

 優子は微笑んだ。

「勝ったときこそ、相手への感謝を忘れたらいかんよ」

 悠翔は大きくうなずいた。

「分かっとるよ、お母さん」

 そして、少し間を置いた。

「でも……」

「何?」

「お母さん、インタビューのとき笑いすぎやろ!」

 優子が吹き出した。

「だって、いきなり筑前煮とか言い出すっちゃもん!」

「そげん笑わんでもよかろうもん!」

「だいたい、こんにゃくがセンターフライって何ね!」

「そこが重要なんよ!」

「重要なわけなかろうもん!」

 二人は声を上げて笑った。

 その姿を見ていたチームメイトたちも、思わず笑顔になった。

 大舞台でサイクル安打を達成した少年。

 しかし、母親の前では、いつもの明るい息子だった。

 第十三章 大阪タイタンズにも届いたニュース

 その夜。

 大阪タイタンズの宿舎。

 河内正則、加藤亜由美、池永智雄、有村恒一郎たちは、テレビで全国大会の結果を見ていた。

 画面に大きな文字が映し出された。

『博多リトルスターズ・柳川悠翔、サイクル安打達成!』

 正則が目を丸くした。

「はぁ!? サイクル安打!?」

 智雄も驚いた。

「しかも五打数四安打、七打点って……!」

 亜由美は資料を見直した。

「前の試合では目立った成績じゃなかったのに、今日は大爆発やな」

 恒一郎が真剣な表情で言った。

「これは厄介な打者やな。走者をためて回したら、一気に持っていかれる」

 正則はテレビ画面を見つめた。

 そこには、悠翔の逆転スリーランホームランが映っていた。

「おもろいやん」

 亜由美が顔を向ける。

「何が?」

「こんなすごい打者と勝負してみたいやん」

 智雄が笑った。

「正則、また燃えとるな」

「当たり前や!」

 しかし、次に映し出されたのは、悠翔のヒーローインタビューだった。

『今日は筑前煮みたいな試合でした!』

 正則たちは一瞬、固まった。

「……は?」

 悠翔が、ニンジンやゴボウ、レンコンについて熱弁する。

 亜由美が吹き出した。

「ちょっと待って! 何で野球のインタビューで筑前煮の話しとるん!?」

 智雄も笑い出した。

「しかもセンターフライがこんにゃくって何やねん!」

 恒一郎は腹を抱えた。

「意味が分からへん!」

 正則も笑い崩れた。

「何や、このチーム! 野球めちゃくちゃ強いくせに、インタビューは料理番組かいな!」

 亜由美が涙を拭いながら言った。

「正則、もし決勝で博多に勝っても、あんたはこんなインタビューしたらあかんで!」

「するかいな!」

 しかし、正則はもう一度映像を見つめた。

「でもな……」

「何?」

「こいつらと試合したら、めちゃくちゃおもろそうやな」

 亜由美が微笑んだ。

「せやな。でも、その前に準々決勝やで」

「分かっとる!」

 そして、川原監督が会議室へ入ってきた。

「みんな、ちょうどいいところにいたな」

 選手たちが顔を上げた。

「準々決勝の相手について、分析がまとまった」

 監督は資料を机に置いた。

「次の相手は、千葉県代表・房総マリナーズだ」

 正則が資料を手に取った。

 そこには、これまでの対戦相手とは異なる、際立った数字が記されていた。

『チーム平均三振数、全国大会出場チーム中最少クラス』

 智雄が驚いた。

「三振がほとんどないチームなんですか?」

 川原監督はうなずいた。

「そうだ。どんなに厳しいコースの直球でも、簡単には三振しない。ファウルで粘り、打球を前へ飛ばしてくる」

 恒一郎が資料に目を落とした。

「また違うタイプの相手ですね」

 監督は静かに答えた。

「ああ。鹿沼は走塁、房総は粘り強い打撃。そして博多には驚異的な長打力がある。全国には、本当にいろいろな強いチームがいる」

 正則は笑った。

「最高やないか!」

 亜由美がすかさず返す。

「最高とか言うとる場合ちゃう! 次の試合、ちゃんと勝たなあかんで!」

「分かっとるわ!」

 会議室に笑い声が広がった。

 しかし、川原監督は最後に真剣な表情で告げた。

「これから先、どの試合も一つのミスが勝敗を分ける。明日からは、そのつもりで準備しよう」

 選手たちは声をそろえた。

「はい!」

 全国八強。

 日本一まで、あと三勝。

 大阪タイタンズと博多リトルスターズ。

 二つのチームは、それぞれの道を進み始めていた。


 次回予告

 第31話「打たせて取る、その先に」

 全国大会準々決勝。

 大阪タイタンズは千葉県代表・房総マリナーズと対戦する。

 房総の特徴は、極端に三振が少ないこと。

 直球をファウルで粘り、確実に打球を前へ飛ばす。

「正則、お前の速球でも簡単には三振しないかもしれんぞ」

 川原監督の言葉に、正則はうなずいた。

「なら、打たせて取ればええんですね」

 そして、智雄と恒一郎も新しい配球の組み立てを考え始める。

 一方、博多リトルスターズは札幌アンビシャスとの激闘を制し、準々決勝進出を決めた。

 サイクル安打を達成した柳川悠翔は、母・優子から祝福される。

 しかし、その華々しい活躍は、次の対戦相手からの警戒をさらに強めることになる。

「柳川悠翔の前には、絶対にランナーをためるな」

 その指示が、相手ベンチで徹底され始めていた。

 次回、第31話「打たせて取る、その先に」。

 全国八強から先は、一つの勝利をつかむことさえ難しい。強敵との戦いのなかで、少年少女たちは技術だけでなく、勝負に向き合う心も成長させていく。

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