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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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五点差からの再出発

第24話「五点差からの再出発」


三回裏。


大阪タイタンズが一挙五点。


川上眞子が十一球粘った末、三塁線を破るツーベース。


村瀬涼太が送りバント。


池永智雄がセーフティースクイズを決めて先制。


梶原和樹がヒットで続き、朝倉美羽が十球目をライトスタンドへ運ぶ3ラン。


さらに加藤亜由美がレフトスタンドへソロホームラン。


5対0。


福山シーガルズが得意としてきた「三回までに先制する試合」は、完全に崩された。


だが。


試合はまだ四回。


七回制の全国大会。


残された攻撃は四度ある。


福山は、ここから別の野球を始めようとしていた。


三回までのことは捨てろ


福山ベンチ。


監督が選手たちを集める。


「三回までに先制する野球は、もう終わった」


誰も下を向いてはいない。


ただ、その表情には悔しさがある。


三回まで九人で終わった。


一人の走者も出せなかった。


しかも直後に五点を奪われた。


「ここからは五点差を追う野球をするぞ」


一番・山根蒼太がヘルメットをかぶる。


監督は続けた。


「一気に五点返そうとするな。まず一人や。塁に出る。一人出たら次につなぐ」


二番・三島悠真。


三番・大田蓮。


四番・瀬戸航平。


上位打線へ戻る。


一巡目の経験もある。


130キロ前後。


100キロ前後。


約60キロ。


三つの速度帯を一度見た。


二巡目なら、少なくとも一巡目よりは対応できる。


山根が言った。


「行ってきます」


福山の反撃が始まる。


はずだった。


「五点取った直後が一番危ないぞ」


大阪ベンチ。


智雄が立ち上がる。


有村恒一郎もマスクをかぶった。


正則が言う。


「五点あるぞ」


有村がすぐに返す。


「そういう考えが一番危ない」


正則が黙る。


有村は智雄を見る。


「五点取った直後が一番危ないぞ」


「分かっとる」


大量点を取った直後。


投手の気持ちは緩みやすい。


五点ある。


一本くらい。


一人くらい。


その小さな油断が、相手へ流れを渡す。


だが智雄は別のことを考えていた。


有村が聞く。


「変えるか?」


智雄がうなずいた。


「ああ」


一巡目とは違う投球。


球種を変えるのではない。


球速だけを変えるのでもない。


智雄がマウンドへ向かう。


そして。


プレートを見た。


立つ場所を変える


実況・神谷直樹。


解説・杉本隆志。


神谷

「四回表、福山シーガルズの攻撃です。打順は一番・山根蒼太から。福山にとっては二巡目に入ります」


杉本

「一巡目は池永投手に完全に抑え込まれました。ただ、福山も三つの速度帯を一度見ています。ここからどう修正するかですね」


山根が打席へ入る。


智雄がマウンドに立つ。


杉本が何かに気づいた。


「おや」


神谷

「どうしました?」


「池永投手、立つ位置を変えましたね」


三回まで。


智雄は基本的にプレート中央付近を使っていた。


そこから内角。


外角。


高め。


低め。


130。


100。


60。


それだけでも福山は的を絞れなかった。


しかし四回。


智雄はプレートの端へ軸足を移した。


神谷

「ここへ来て、今度はプレートの横幅を使い始めました」


杉本

「これは打者からすると、さらに厄介ですよ」


同じ投手。


同じ球。


それでも立つ場所が変われば――


打者から見えるボールの角度が変わる。


一番・山根蒼太


初球。


智雄はプレート三塁側へ。


有村が外へ構える。


投げた。


130キロ前後。


外角。


だが単純に外へ投げただけではない。


三塁側から投じられたボールが、右打席の山根から遠ざかるような角度で外角へ入ってくる。


山根が見送った。


「ストライク!」


山根が振り返る。


――さっきと違う。


同じ外角でも。


見え方が違う。


二球目。


智雄は今度は高さを変える。


外角高め。


約100キロ。


山根が振る。


バットの先。


ファウル。


0ボール2ストライク。


山根が打席を外す。


一巡目で覚えたタイミングを修正したはずだった。


ところが。


角度まで変わった。


三球目。


智雄が今度はプレート一塁側へ移る。


山根が気づく。


――立つ場所まで変えとる。


有村が内角へ構えた。


投球。


約60キロ。


内角。


打者へ向かってくるように見える角度。


しかも遅い。


山根の身体が反応する。


待とうとする。


しかし身体がわずかに開いた。


なんとかバットへ当てる。


ボテボテのゴロ。


三塁方向。


朝倉美羽が前へ出る。


捕球。


一塁へ。


アウト。


一死。


神谷

「サードゴロ! 山根、二巡目も出塁できません!」


杉本

「今の三球は面白いですね。外へ逃がす角度を見せて、最後は立ち位置を変えて内へ入れてきました。しかも球速まで違います」


福山ベンチ。


山根が戻る。


監督が聞く。


「どうや?」


山根は首を振った。


「一巡目と全然違います」


マウンド上の横移動


二番・三島悠真。


打席へ向かう前に山根から聞く。


「プレートの位置見た方がええ」


「分かった」


三島はマウンドを見る。


確かに智雄の軸足の位置が変わる。


三塁側。


中央。


一塁側。


同じ場所から投げ続けていない。


杉本が解説する。


「投手板は横幅があります。そのどこを使うかでも打者への角度は変わります」


神谷

「三回までは球速とコース。そして四回からは角度まで加わった」


「そうですね。打者は球速だけを考えていればいいわけではなくなりました」


二番・三島悠真


三島は初球からプレートを見る。


智雄は三塁側。


投げる。


約60キロ。


外角低め。


三島は見送った。


ストライク。


今度は打席を外さない。


二球目。


智雄は一塁側。


130キロ前後。


内角高め。


三島が反応する。


だが差し込まれた。


ファウル。


追い込まれる。


三島の頭の中が忙しくなる。


次はどこから投げる。


三塁側か。


一塁側か。


中央か。


130か。


100か。


60か。


内か。


外か。


高いか。


低いか。


有村は、その迷いを見ていた。


三球目。


智雄は再び三塁側。


約100キロ。


外角低め。


三島が合わせにいく。


だが身体は内角への130を警戒している。


腰が中途半端に残った。


バットの先。


セカンドへのゴロ。


亜由美が捕球。


一塁へ。


アウト。


二死。


三島が走り抜ける。


そしてマウンドを見る。


「なんやねん、これ……」


一巡目は速度差。


二巡目はそこへ角度差まで加わった。


福山が一つ対策すれば、大阪がもう一つ条件を加えてくる。


左打者にも変わらない


福山ベンチでは、次の打者だけでなく後続の選手たちも智雄を観察していた。


右打者だけの問題ではない。


左打者に対しても同じ。


プレートのどちら側から投げるかで、外へ逃がすように見せることもできる。


身体へ向かってくるような角度を作ることもできる。


そこへ高低。


さらに130、100、60。


打者が右か左かによって使う位置と狙うコースを変えればいい。


藤村がつぶやく。


「速度だけでも面倒やったのに……」


瀬戸。


「今度は角度か」


監督も腕を組んでいた。


二巡目で攻略する。


そのつもりだった。


だが大阪バッテリーも、二巡目用の投球を用意していた。


三番・大田蓮


二死走者なし。


三番・大田蓮。


大田は一巡目、サードゴロ。


今度こそ塁に出たい。


初球。


智雄はプレート中央付近。


130キロ前後。


外角低め。


大田が見送る。


ストライク。


ここだけなら一巡目と同じ。


二球目。


一塁側へ移動。


約100キロ。


内角。


大田が振る。


ファウル。


0ボール2ストライク。


大田が息を吐く。


追い込まれた。


――60が来るか。


一巡目を経験しているからこそ、考えてしまう。


三球目。


智雄は三塁側。


投げた。


約60キロ。


外角。


大田は待った。


今度はタイミングを合わせた。


振る。


しかし。


遠い。


三塁側から外へ逃げていくように見える軌道。


バットの先に当たった。


ショートへの弱いゴロ。


川上眞子が前進。


捕る。


一塁へ。


アウト。


スリーアウト。


また三人


一番・山根蒼太。


サードゴロ。


二番・三島悠真。


セカンドゴロ。


三番・大田蓮。


ショートゴロ。


四回表。


福山シーガルズ――


また三人で攻撃終了。


神谷

「三者凡退! 池永智雄、四回まで一人の走者も許していません!」


杉本

「しかも四回は投球を変えてきました。三回までの組み立てをそのまま続けるのではなく、プレートの横幅を使って投球角度を変えています」


神谷

「福山としては、二巡目でタイミングを合わせたいところでしたが」


杉本

「合わせようとしたところへ、また新しい要素を入れられましたね」


四回終了時点。


智雄。


打者十二人。


被安打ゼロ。


四死球ゼロ。


走者ゼロ。


福山はまだ一度も一塁ベースを踏んでいない。


崩されるバッティングフォーム


福山ベンチ。


山根。


三島。


大田。


三人が話す。


「球が速いだけちゃう」


「60が遅いだけでもない」


「立つ場所まで変わる」


大田が自分のスイングを確認する。


「最後、完全にフォーム崩された」


打とうとするほど。


対応しようとするほど。


身体の軸がずれていく。


速い球へ合わせる。


遅い球を待つ。


外へ逃げる角度を追う。


内へ向かってくる球をさばく。


高低まである。


一つの打席で求められる修正が多すぎる。


藤村が言う。


「全部対応しようとしたら無理や」


福山の監督もうなずいた。


「次から考え方変えるぞ」


選手たちが集まる。


「全部打とうとするな」


それは三回までにも言った言葉。


しかし今度は、より具体的だった。


「コースか球速か。何か一つ捨てる」


瀬戸が聞く。


「捨てる?」


「全部に対応しようとしてフォーム壊されたら、打てる球まで打てん」


次は四番から。


瀬戸航平。


藤村海斗。


西原琉生。


中軸。


五点差。


そして残された攻撃は三回。


福山は追い込まれている。


だが。


まだ試合は終わっていない。


「まだ変えられるぞ」


大阪ベンチ。


智雄が戻る。


正則が笑う。


「今度はプレートの端か」


「うん」


慎一。


「次どうする?」


智雄が水を飲む。


「まだ決めてへん」


有村が横で笑う。


「それでええ」


打者の反応を見る。


福山がどう修正するかを見る。


そのうえで次を決める。


正則が言った。


「俺やったら次、何投げるかな」


慎一。


「お前まだ今日一球も投げてへんやろ」


「考えるくらいええやん」


亜由美が横から言う。


「その前に追加点取るで」


正則。


「あ、はい」


5対0。


大阪がリード。


しかし川原監督は選手たちへ言った。


「五点で終わったと思うな」


四回裏。


大阪タイタンズの攻撃。


福山はこれ以上の失点を防がなければならない。


そして大阪は――


ここでさらに突き放しにかかる。


全国大会二戦目。


試合は中盤へ入った。


次回予告


第25話「変化する者同士」


四回まで完全投球。


池永智雄は十二人の打者を一人も塁へ出していない。


130。


100。


60。


内外。


高低。


さらにプレートの両端を使った角度。


一巡目と二巡目で投球そのものを変えた大阪バッテリー。


しかし福山も、ただ同じ失敗を繰り返すチームではない。


福山監督。


「全部に対応しようとするな。何か一つ捨てろ」


四番・瀬戸航平。


五番・藤村海斗。


六番・西原琉生。


次に待つのは中軸。


一方、四回裏。


5対0とリードする大阪は追加点を狙う。


福山も継投を視野に入れ始める。


右腕・倉橋颯真。


左腕・藤井健太。


そしてテンポで押す右腕・村上陸。


川原監督。


「向こうも変えてくるぞ」


亜由美。


「だったら、こっちもまた変えればええ」


次回、第25話。


「変化する者同士」


同じ攻略法を繰り返した方が――


先に止まる。

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