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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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焦るな、福山

第22話「焦るな、福山」


二回を終えて、0対0。


福山シーガルズの守備は崩れない。


大阪タイタンズも走者を出しながら、あと一本を奪えずにいた。


だが、福山にとってより深刻なのは攻撃だった。


一回。


三者凡退。


二回。


三者凡退。


池永智雄の前に、まだ一人の走者も出していない。


しかも二回からは、130キロ、100キロ、そして約60キロという三つの速度帯が使われ始めた。


三回表。


ここまで公式戦すべてで三回までに先制してきた福山にとって、最後の「得意な時間帯」が始まる。


答えが決まらない


福山ベンチ。


選手たちがタブレットを囲んでいた。


七番・岡崎大翔。


八番・竹原颯。


九番・倉橋颯真。


これから打席へ向かう三人も、智雄の投球映像を何度も確認する。


「130に合わせた方がええんちゃう?」


「でも、それやったら60が来たとき完全に泳がされる」


「じゃあ100を基準にする?」


「130に差し込まれるぞ」


「60を捨てる?」


「ストライク取ってくるやん」


答えが出ない。


さらに問題があった。


球速だけなら、三種類。


しかし智雄は、それをカウントによって単純に使い分けていなかった。


初球に60が来ることもある。


追い込んでから130もある。


100を続ける可能性もある。


そして何より――


一回のように、130キロ前後を中心に内外、高低だけで打ち取ることもできる。


福山の監督が選手たちを止めた。


「考えすぎるな」


選手たちが振り向く。


「全部待とうとしたら、全部打てんようになる」


瀬戸航平が聞く。


「じゃあ何に絞ります?」


監督は少し考えた。


「自分の得意な速度帯を一つ決めろ。それ以外が来たら、追い込まれるまでは無理に打たんでもええ」


それが現時点で出せる対策だった。


しかし。


捕手・藤村海斗が静かに言った。


「でも……」


「どうした?」


「それも大阪に読まれたら?」


誰も答えなかった。


三回表


実況は神谷直樹。


解説は杉本隆志。


神谷

「三回表に入ります。福山シーガルズはここまで六人がすべて内野ゴロ。まだ走者を出していません」


杉本

「福山としては、この回で何とか池永投手をつかまえたいでしょう。ただ、球速差を意識しすぎると打者本来のスイングまで崩れてしまいます」


マウンド。


智雄は落ち着いていた。


有村恒一郎が座る。


有村は福山ベンチの様子を見ていた。


「智雄」


「ん?」


「向こう、考え始めたぞ」


智雄が笑う。


「ほな、もっと考えてもらおか」


七番・岡崎大翔


右打席へ岡崎が入る。


狙いは130キロ。


速球に絞る。


中途半端に全部を待つより、速球を確実に捉える。


岡崎はそう決めた。


有村がサインを出す。


初球。


智雄が投げる。


約100キロ。


外角低め。


岡崎は振らない。


「ストライク!」


0ボール1ストライク。


岡崎は動じない。


まだ一つ。


次も待つ。


二球目。


投球モーションは同じ。


岡崎の頭に一瞬、迷いが生まれた。


――130か?


――100か?


――60か?


来た。


約60キロ。


岡崎の身体がわずかに前へ動く。


しかし途中で止めようとする。


中途半端なスイング。


空振り。


0ボール2ストライク。


有村は岡崎の反応を見逃さなかった。


――130待ち。


ならば。


三球目。


智雄が腕を振る。


岡崎は60を警戒した。


今度は待つ。


だが。


130キロ前後。


外角いっぱい。


「ストライク! バッターアウト!」


見逃し三振。


岡崎が一瞬動けなかった。


一死。


神谷

「速い! 最後は130キロ前後! 岡崎、バットが出ません!」


杉本

「これは難しいですね。二球目の60キロを見せられたことで、頭の中に遅い球が残りました。その直後の130キロです」


ベンチへ戻る岡崎が言った。


「分かってても無理や……」


八番・竹原颯


竹原は岡崎とは逆の考えだった。


100キロ前後を基準にする。


130なら少し早く。


60なら待つ。


真ん中を基準にすれば、両方へ対応できる。


理屈としては成立している。


だが。


有村は、その考えまで読もうとしていた。


初球。


130キロ前後。


内角高め。


竹原が振る。


遅れる。


ファウル。


0ボール1ストライク。


二球目。


約100キロ。


外角低め。


竹原のタイミングが合う。


振った。


しかしコースが厳しい。


ファウル。


0ボール2ストライク。


竹原は思った。


――100なら合う。


次も100なら打てる。


だが同時に。


――60かもしれない。


――130かもしれない。


三球目。


智雄が投げる。


約60キロ。


竹原が待つ。


今度は我慢した。


しかし、待つことを意識しすぎた。


身体が止まっている。


そこから慌ててバットを出す。


空振り。


三振。


二死。


神谷

「今度は60キロ! 竹原、タイミングを合わせようとしましたが空振り!」


杉本

「これが面白いところです。竹原選手は決して大きく泳いでいません。それでも打てない。遅い球は待てば打てる、というほど単純ではないんです」


福山ベンチの焦り


二死。


福山ベンチが静かになる。


一回は三つの内野ゴロ。


二回も三つの内野ゴロ。


三回。


二者連続三振。


ここまで八人。


一人も出塁していない。


山根蒼太がつぶやく。


「三回までに点取るどころか……」


藤村が言う。


「まだ一人も出てへん」


監督がすぐに声を出した。


「そこを見るな!」


選手たちが振り向く。


「今まで三回までに先制してきたからって、今日も三回までに取らなあかん決まりなんかない!」


そのとおりだった。


野球は七回。


三回までに先制しなければ負けるわけではない。


しかし。


これまで成功し続けてきたものが、今日は通用しない。


その事実が、福山の選手たちに少しずつ重くのしかかっていた。


九番・倉橋颯真


二死走者なし。


九番・倉橋颯真。


投手として大阪打線と戦いながら、自ら打席へ立つ。


倉橋は決めていた。


「考えへん」


打席へ入る。


有村が見る。


倉橋の構えは、それまでの打者より迷いが少ない。


初球。


智雄。


130キロ前後。


外角。


倉橋が振る。


ファウル。


0ボール1ストライク。


二球目。


100キロ前後。


内角低め。


倉橋がまた振る。


ファウル。


0ボール2ストライク。


有村が感じる。


――こいつ、球速関係なく振るつもりやな。


だったら。


三球目。


約60キロ。


倉橋が振りにいく。


身体が前へ出る。


それでもバットを残そうとする。


なんとか当てた。


ファウル。


倉橋が打席を外す。


「くそっ……」


有村はボールを返す。


今度は何を待つ。


倉橋は考えないつもりだった。


しかし三球見たことで、嫌でも考えてしまう。


130。


100。


60。


全部来た。


なら次は?


四球目。


智雄が投げる。


約100キロ。


外角。


倉橋が振る。


ファウル。


まだ終わらない。


五球目。


130キロ前後。


内角。


倉橋が必死に反応する。


またファウル。


大阪ベンチ。


正則が言う。


「粘るな」


慎一もうなずく。


「ここで切りたいな」


有村が一度マウンドへ返球した。


智雄を見る。


次。


有村がサインを出す。


智雄がうなずいた。


六球目。


投球モーション。


倉橋が待つ。


130か。


100か。


60か。


ボールが手を離れる。


約60キロ。


外角低め。


倉橋は前の60キロを思い出して、必死に身体を残す。


待った。


待った。


そして振る。


だが。


バットの下をボールが通過した。


空振り。


三振。


スリーアウト。


三者連続三振


七番・岡崎大翔。


三振。


八番・竹原颯。


三振。


九番・倉橋颯真。


三振。


三回表も――


三人で攻撃終了。


神谷

「三者連続三振! 池永智雄、圧巻です! 三回まで九人で終わらせました!」


杉本

「福山打線は完全にタイミングを崩されています。速球かスローボールかだけではありません。100キロ前後の球もある。そしてどのカウントで何が来るか決まっていない。打者が予測しにくいですね」


智雄がマウンドを降りる。


ここまで。


打者九人。


走者なし。


一回。


内野ゴロ三つ。


二回。


内野ゴロ三つ。


三回。


三者連続三振。


しかも智雄は、約60キロだけに頼っていない。


130。


100。


60。


内角。


外角。


高め。


低め。


そのすべてを組み合わせている。


「カウントで読めない」


福山ベンチ。


スコアラーが急いで記録を整理する。


初球の球速。


二球目。


追い込んでから。


決め球。


数字を並べる。


しかし。


明確な規則が出てこない。


「初球60がある」


「初球130もある」


「追い込んでから60」


「追い込んでから130」


「100も決め球に使う可能性がある」


三島が頭を抱える。


「カウントで読めへんやん」


藤村が答える。


「多分、最初から決めてない」


「どういうこと?」


「俺らの反応見て変えとる」


それが最も厄介だった。


打者が速球を待てば、遅くする。


遅い球を待てば、速くする。


真ん中の100を基準にすれば、上下左右へ散らす。


有村が打者の反応を読み。


智雄が要求された場所へ投げる。


福山が対策を立てるたびに、その対策そのものが次の材料にされる。


監督が選手たちを見る。


焦りが出ている。


「落ち着け」


強く言った。


「0対0やぞ」


選手たちが顔を上げる。


そのとおりだった。


まだ失点していない。


守備では大阪を抑えている。


試合は同点。


負けているわけではない。


「三回までに点取れんかった。それだけや」


福山の監督は言い切る。


「今までと違う展開になっただけや。野球まで変わったわけちゃう」


瀬戸が息を吐く。


藤村がミットを手にする。


倉橋もすぐに投手の顔へ戻った。


ここから守る。


大阪に先制点を与えなければいい。


大阪ベンチ


智雄が戻ってくる。


有村が隣へ座った。


正則が言う。


「九人で終わったな」


智雄。


「まだ三回や」


慎一が笑う。


「そのくらいでええ」


川原監督も智雄を見る。


「完全試合とか考えるなよ」


智雄がすぐ答える。


「考えてません」


正則。


「今言われてちょっと考えたやろ」


「考えてへん!」


亜由美が横から言う。


「正則、余計なこと言わんの」


「はい」


それでも大阪も分かっていた。


投手がどれだけ抑えても――


点を取らなければ勝てない。


福山の堅守は、まだ一度も崩れていない。


三回裏。


大阪タイタンズの攻撃。


守備で取られるなら。


守備が完成する前に動かす。


亜由美がヘルメットをかぶる。


三宅奈緒もバットを手にした。


試合は0対0。


速攻を封じられた福山。


堅守を崩せない大阪。


ここから先は――


どちらが先に、自分たちの形を変えられるかの勝負だった。


次回予告


第23話「先制点の作り方」


三回まで、池永智雄はパーフェクト。


九人。


走者なし。


しかしスコアは――


0対0。


どれだけ抑えても、点を取らなければ勝てない。


大阪の前に立ちはだかる福山の堅守。


強いゴロを捕る。


ライナーに追いつく。


簡単にはミスをしない。


そこで大阪が狙うのは――


守備のうまさとは別の場所。


亜由美。


「取られる前提で考えたらええねん」


正則。


「どういうこと?」


三宅。


「ヒットだけが点取る方法ちゃうってことやろ」


バント。


走塁。


進塁打。


犠牲フライ。


相手が正確に守ることさえ利用して、一つのアウトと一つの塁を交換していく。


一方、福山も守備から流れを取り戻そうとする。


倉橋。


「一点もやらん」


そして迎える、均衡を破る攻防。


次回、第23話。


「先制点の作り方」


堅守を壊す必要はない。


その守備を――


大阪は逆に利用する。

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