別々の山
第19話「別々の山」
全国大会初戦。
大阪タイタンズは、石川県代表・金沢ゴールデンシャークスを9対2で破った。
福岡県代表・博多リトルスターズも、岐阜県代表・長良川リトルボーイズに5対1で勝利。
二つの優勝候補は、別々の山を一つずつ登った。
だが、決勝まではまだ遠い。
大阪タイタンズの次の対戦相手が決まった。
広島県代表。
福山シーガルズ。
福山シーガルズ
大阪タイタンズのミーティングルーム。
川原監督の前には、福山シーガルズの試合映像とスコアシートが並んでいた。
森下真央と新田絵里が、相手チームのデータを整理している。
川原監督がホワイトボードに名前を書く。
「次は福山シーガルズや」
正則。
智雄。
慎一。
亜由美。
有村恒一郎。
藤原航。
そしてスタメン候補の選手たちが前を見る。
川原監督が続けた。
「まず、このチームの最大の特徴」
真央が答える。
「守備です」
画面に映像が出る。
三遊間への強いゴロ。
ショートが逆シングルで捕球。
素早く一塁へ。
アウト。
次は一、二塁間。
セカンドが回り込んで捕球。
アウト。
外野へ抜けそうなライナー。
センターが前進してスライディングキャッチ。
絵里が数字を示す。
「広島県大会から全国大会初戦まで、失策が非常に少ないです」
亜由美が腕を組む。
「金沢とはまた違う堅さやな」
「そう」
真央がうなずく。
「金沢はデータで守備位置を動かしてアウトを取るタイプ。福山は基本位置からでも守備範囲が広い」
正則。
「つまり普通に守備がうまい?」
「ものすごく簡単に言えば」
「簡単に言った」
亜由美が横から突っ込んだ。
だが川原監督は、次の映像を流した。
「問題は守備だけちゃう」
初回から三回
福山シーガルズ。
最大の特徴は、試合序盤の攻撃だった。
初回。
二回。
三回。
ここまでの公式戦では、いずれも三回までに先制点を挙げている。
初回から積極的に振る。
先頭打者が出れば、すぐに走る。
バント。
ヒットエンドラン。
進塁打。
相手投手がまだマウンドや球場の雰囲気をつかみきれていない時間帯に、一気に畳みかける。
絵里が説明する。
「特に初回です。先頭が出塁した試合では、ほぼ必ず二番打者が何か仕掛けています」
智雄が聞く。
「送りバント?」
「それだけじゃない」
画面が切り替わる。
二番打者がバントの構えから引いてヒッティング。
次の映像。
初球からヒットエンドラン。
さらに別の試合では、送りバント。
慎一が言う。
「絞らせへんのやな」
「そういうこと」
真央が答える。
「相手投手が『まずストライクを取りたい』と思うところを狙ってる」
有村が映像を見ながら言った。
「初球から来る可能性、高いな」
川原監督がうなずく。
「だから次の試合、一番大事なんは立ち上がりや」
そして視線を一人へ向けた。
「智雄」
池永智雄が顔を上げる。
「はい」
「先発、お前で行く」
一瞬、部屋が静かになる。
智雄はまっすぐ監督を見た。
「分かりました」
先発・池永智雄
正則が横から智雄を見る。
「来たな」
「ああ」
慎一も言う。
「初戦俺やったから、次は智雄か」
川原監督は三人を見る。
大阪タイタンズには、三本の右腕がいる。
河内正則。
池永智雄。
星野慎一。
そして三人とも。
130キロ前後。
100キロ前後。
約60キロ。
極端な速度差を使える。
しかし、それぞれ投球の組み立ては違う。
真央が智雄のデータを画面へ出す。
「智雄の場合、慎一よりも打者の反応を見て球速帯を切り替える傾向が強い」
正則。
「俺は?」
「正則は力で押せる場面なら押す」
「なるほど」
慎一。
「145出るやつと一緒にされたら困るわ」
正則。
「いや、お前らも十分おかしいやろ」
亜由美。
「三人とも相手から見たら迷惑やと思う」
三人が黙った。
有村が吹き出す。
「それが一番正しいな」
キャッチャー・有村恒一郎
川原監督がもう一つ告げる。
「それからキャッチャー」
藤原航と有村恒一郎が顔を上げる。
「次は恒一郎で行く」
有村が短く答えた。
「はい」
初戦では藤原航が星野慎一をリードした。
次戦は――
先発・池永智雄。
捕手・有村恒一郎。
航は悔しそうな顔をすることもなく、有村へ言った。
「初回、気ぃつけろよ」
「分かっとる」
「福山、こっちが様子見しようとした瞬間に来るぞ」
有村が笑う。
「じゃあ様子見せんかったらええ」
智雄も笑った。
「最初から飛ばす?」
「それも一つや」
川原監督が言う。
「ただし力むな」
智雄の表情が引き締まる。
「はい」
「福山が狙っとるんは、まさにそこや。『序盤に点取られたらあかん』って投手が思えば思うほど、力む」
正則がうなずく。
「それで制球乱したところを叩くんか」
「そうや」
だからこそ。
福山の速攻に付き合わない。
初回から全力。
しかし焦らない。
矛盾するようだが、それが必要だった。
福山の三投手
続いて、大阪は福山の投手陣を分析する。
真央が三人の名前を表示した。
右腕・倉橋颯真。
左腕・藤井健太。
右腕・村上陸。
エース格は倉橋。
速球は突出して速いわけではない。
しかし外角低めへの制球がいい。
さらにカーブを組み合わせ、簡単に強い打球を打たせない。
二番手の藤井は左腕。
右打者の内角へ食い込む球と、外へ逃げる変化球が武器。
三番手・村上は、球速よりテンポ。
打者が考える前に次々と投げ込んでくる。
亜由美が言った。
「タイプ全部違うやん」
「そこが福山の強み」
真央が答える。
「継投されたら、同じタイミングのままでは打てない」
三宅奈緒が聞く。
「先発は倉橋?」
「その可能性が一番高い。でも断定はできない」
川原監督が言った。
「決めつけるなよ」
初戦。
大阪自身が金沢に見せつけたことだった。
データは答えではない。
傾向。
可能性。
その場で起きていることを見る。
打撃陣
福山の打順も確認する。
一番・センター、山根蒼太。
俊足。初球から振れる。
二番・セカンド、三島悠真。
バント、エンドラン、右打ちを使い分ける。
三番・ショート、大田蓮。
広角に打てる中距離打者。
四番・ファースト、瀬戸航平。
チーム最大の長打力。
五番・キャッチャー、藤村海斗。
勝負強い右打者。
六番・サード、西原琉生。
低めへの対応がうまい。
七番・レフト、岡崎大翔。
思い切りのいい打撃。
八番・ライト、竹原颯。
下位ながら俊足。
九番は投手。
川原監督が一番から三番を指す。
「ここや」
有村もうなずく。
「山根を出さんこと」
「そう」
一番を出す。
二番が動く。
三番が返す。
あるいは三番がつなぎ、四番が返す。
福山が序盤に得点する基本形だった。
智雄が言う。
「なら一番を抑えればええ」
川原監督がすぐ返す。
「それだけ考えたら力む言うとるやろ」
「あ」
正則が笑う。
「もう術中にはまっとるやん」
「うるさい!」
部屋に笑いが起こる。
「初回から完成してなくていい」
有村が智雄へ言った。
「最初から100点の球投げようとせんでええぞ」
智雄が見る。
「でも速攻型やろ?」
「せやからや」
有村は続ける。
「最初の打者に130投げて、ちょっと抜けたとする」
「うん」
「次、修正したらええ」
「うん」
「60投げて外れたら?」
「修正する」
「それでええ」
初回から完成している必要はない。
ただし。
崩れたまま次へ行かない。
一球ごとに修正する。
打者一人ごとに修正する。
福山は相手が立ち上がる前に襲いかかる。
ならば大阪は――
投げながら立ち上がる。
「俺が受ける」
有村が言った。
「智雄はミット見て投げろ」
智雄が笑う。
「頼むわ、恒一郎」
大阪の攻撃はどうする
今度は打者側。
亜由美が聞く。
「守備堅いんやろ?」
「堅い」
川原監督が答える。
「じゃあ金沢戦みたいに守備位置ずらす?」
「福山は金沢ほど極端なデータシフトはせえへん」
亜由美は考える。
「ほんなら純粋に守備範囲が広い」
「そういうことや」
三宅が言う。
「だったら守備の間に落とすだけ考えたら、こっちが窮屈になるな」
川原監督がうなずく。
「せやから普通に打て」
全員が一瞬止まった。
正則。
「策のミーティングしてたんちゃうん?」
「普通に打つんも策や」
「急に雑になったぞ」
また笑いが起こる。
だが監督の意図は明確だった。
福山の守備がうまいからといって、最初から小細工ばかり考えない。
強い打球を打つ。
走者が出れば動く。
相手の守備位置を見る。
必要ならバント。
必要なら盗塁。
必要なら右打ち。
状況に応じて変える。
「最初から答え決めんな」
川原監督が言った。
「試合の中で答え探せ」
三本柱
ミーティング終了後。
正則。
智雄。
慎一。
三人が残った。
正則が智雄の肩を軽く叩く。
「次、頼むぞ」
「任せろ」
慎一も言う。
「60、最初から見せる?」
智雄は首を振った。
「まだ決めん」
正則が笑う。
「それでええんちゃう?」
「打者見て決める」
福山は初回から攻める。
ならば。
初回から60を使うかもしれない。
一球も使わないかもしれない。
130で押すかもしれない。
100を混ぜるかもしれない。
答えは試合の中にある。
有村がキャッチャーミットを持ってやってきた。
「智雄」
「ん?」
「ちょっとブルペン行くぞ」
「今から?」
「福山の一番から四番まで想定して投げる」
智雄が立ち上がる。
正則。
「俺も見る」
慎一。
「俺も」
有村が二人を見る。
「お前ら投げへんやろ」
正則。
「研究や」
慎一。
「研究や」
「絶対邪魔するやつやん」
四人は笑いながらブルペンへ向かった。
だが。
次の瞬間には、もう表情が変わっていた。
全国大会二戦目。
広島県代表・福山シーガルズ。
堅守。
速攻。
そして三人の異なるタイプの投手。
初戦とは、まったく違う相手だった。
全国大会。
同じ勝ち方が二度通用するとは限らない。
だから面白い。
そして――
大阪とは別の山。
博多リトルスターズもまた、次の相手を分析し始めていた。
決勝で会うためには。
互いに、まだ何度も勝たなければならない。
次回予告
第20話「初回を渡すな」
全国大会二戦目。
大阪タイタンズ対広島県代表・福山シーガルズ。
福山は公式戦すべてで三回までに先制してきた速攻型。
その攻撃を受け止める大阪の先発は――
池永智雄。
マスクをかぶるのは――
有村恒一郎。
一番・山根蒼太。
二番・三島悠真。
三番・大田蓮。
四番・瀬戸航平。
試合開始直後から仕掛けてくる福山打線。
有村。
「初球から来るぞ」
智雄。
「分かっとる」
正則。
「でも意識しすぎんなよ」
慎一。
「向こうが速攻なら、こっちは向こうの時間を壊したれ」
プレイボール。
そして一番・山根が打席へ。
福山は――
本当に初球から動く。
次回、第20話。
「初回を渡すな」
先に流れをつかむのは、大阪か。
それとも広島か。




