博多の野球
第18話「博多の野球」
大阪タイタンズが金沢ゴールデンシャークスを9対2で破った、その後。
今度は福岡県代表・博多リトルスターズが全国大会初戦を迎えた。
相手は岐阜県代表。
長良川リトルボーイズ。
チーム防御率1.85。
地方大会では大崩れした試合がほとんどなく、投手力と堅実な守備を武器に全国への切符をつかんできたチームだった。
博多リトルスターズの先発メンバーが発表される。
一番・センター、坂井雄二。
二番・セカンド、牧田和美。
三番・レフト、岸田誠一。
四番・ファースト、立花朋輝。
五番・サード、柳川悠翔。
六番・キャッチャー、森下悠一。
七番・ライト、松本航。
八番・ショート、神谷蓮。
九番・ピッチャー、大原颯真。
実況は高橋健吾。
解説は元投手の田所浩一。
そしてスタンドには、試合を終えたばかりの大阪タイタンズの姿もあった。
河内正則。
池永智雄。
星野慎一。
有村恒一郎。
藤原航。
加藤亜由美たちも、次の試合を観戦している。
正則の視線は、自然と五番打者へ向かった。
「柳川悠翔……」
智雄が隣で言う。
「さっきスタンドにおったやつやろ?」
「ああ」
慎一も悠翔を見る。
「どんなバッティングするか、見とこか」
今度は大阪が、博多を見る番だった。
長良川のエース
長良川の先発投手は、右腕・高瀬颯一郎。
地方大会から制球力が安定しており、速球とスライダーを低めへ集めるタイプだった。
試合前。
博多のスコアラーは映像と地方大会の記録を照合していた。
「右打者には外角低めの速球が多いです」
篠田正孝監督が聞く。
「追い込んでからは?」
「スライダー。ただし、カウントを取りに来るスライダーと決め球で少し軌道が違います」
森下悠一が資料を見る。
「初球は?」
「ストライク率が高い。ただし先頭打者には外から入ることが多い」
悠翔も画面を見る。
「ランナー出たら?」
スコアラーが別の数字を出した。
「セットになると、わずかに腕が下がる傾向があります」
大原颯真が言う。
「球威落ちる?」
「少し。ただ、それより外角球が真ん中寄りに入りやすくなる」
悠翔がニヤッとした。
「じゃあまず塁に出ればええんやな」
篠田監督が全員を見る。
「そういうことや」
長良川の防御率1.85。
簡単に連打できる投手ではない。
だからこそ。
一人で攻略しない。
一人目が見た球を二人目へ。
二人目が感じたことを三人目へ。
博多リトルスターズの野球が始まった。
一回表 まず一点
一番・坂井雄二。
初球。
外角速球。
ストライク。
二球目。
外へ逃げるスライダー。
ボール。
坂井はすぐベンチを見る。
予想どおり。
そこから粘る。
ファウル。
ボール。
ファウル。
そして七球目。
四球。
無死一塁。
二番・牧田和美。
送りバント。
一死二塁。
三番・岸田誠一。
外角球を右方向へ。
進塁打。
二死三塁。
四番・立花朋輝。
高瀬が慎重になる。
フルカウント。
六球目。
外角速球。
立花がセンター前へ弾き返した。
坂井が生還。
1対0。
ヒット一本。
四球。
バント。
進塁打。
そしてタイムリー。
篠田監督が拍手する。
「それでええ!」
スタンド。
正則が腕を組む。
「派手ちゃうけど、嫌な攻撃やな」
有村が答える。
「アウト二つ使ってでも、一点取りに来る」
藤原航もうなずく。
「短期決戦では強い野球や」
五番 柳川悠翔
二死一塁。
悠翔が打席へ入った。
正則が身を乗り出す。
「来た」
高瀬の初球。
外角低め。
悠翔は見送る。
ストライク。
二球目。
スライダー。
悠翔のバットが出る。
ファウル。
0ボール2ストライク。
高瀬が優位。
三球目。
外へ逃げるスライダー。
悠翔は振らない。
ボール。
四球目。
速球。
悠翔が振り抜く。
だが打球はセンター正面。
センターフライ。
チェンジ。
一打席目は凡退。
正則が言う。
「普通に抑えられたやん」
有村は悠翔を見たままだった。
「いや」
「何?」
「あいつ、最後までボール見とったぞ」
悠翔はベンチへ戻ると、すぐスコアラーのところへ行った。
「追い込んでからのスライダー、思ったより横に逃げる」
「うん」
「でも速球は、セットになるとやっぱり少し中へ入る」
一打席を、次へ使う。
それが博多の野球だった。
三回 悠翔の二打席目
試合は1対0。
長良川も二回裏、大原颯真から一本のタイムリーを放ち、1対1としていた。
三回表。
博多は再び坂井が出塁。
牧田がつなぐ。
岸田もヒット。
一死一、三塁。
長良川バッテリーは立花を警戒する。
立花の内野ゴロの間に坂井が生還。
2対1。
二死二塁。
そして。
五番・柳川悠翔。
高瀬がセットポジションへ。
悠翔は気づいた。
試合前の分析どおり。
セットになると、ほんの少し腕が下がる。
初球。
外角。
ボール。
二球目。
スライダー。
ストライク。
1ボール1ストライク。
三球目。
速球。
少しだけ中央寄り。
悠翔が振り抜いた。
カァァァン!
正則が立ち上がった。
「うわっ!」
打球はレフト方向へ一直線。
レフトが追う。
しかし。
その頭上を越える。
レフトスタンド。
2ランホームラン!
悠翔がゆっくりダイヤモンドを回る。
4対1。
高橋健吾
「入ったぁ! 柳川悠翔! レフトスタンドへ2ランホームラン! 博多リトルスターズ、一気にリードを3点へ広げます!」
田所浩一
「見事です。セットポジションになった高瀬投手の速球が少し甘く入ったところを、一球で仕留めました」
悠翔がホームへ戻る。
仲間たちが迎える。
篠田監督は派手には喜ばず、悠翔のヘルメットを軽く叩いた。
「一打席目が生きたな」
「はい」
大阪ベンチの視線
正則が座り直した。
「……やっぱ、打つやん」
智雄が笑う。
「さっき『普通に抑えられた』言うてたやろ」
「一打席目の話や!」
慎一は真剣だった。
「でも、今の打席嫌やな」
藤原航が聞く。
「何が?」
「一打席目で球見て、二打席目で修正してる」
有村がうなずく。
「しかもまだ五年生やろ?」
正則が振り向く。
「五年?」
「そうや」
正則はもう一度グラウンドを見る。
「マジか……」
五回 もう一本
4対1。
五回表。
博多は一死一、二塁のチャンスを作った。
五番・柳川悠翔。
三打席目。
長良川ベンチもホームランを警戒する。
外野は深い。
高瀬も低めを徹底する。
初球。
スライダー。
ボール。
二球目。
外角速球。
ストライク。
三球目。
低め。
悠翔が見送る。
ボール。
2ボール1ストライク。
四球目。
高瀬が外角へ投げる。
悠翔はホームランを狙わなかった。
逆らわず右方向。
カキン!
一、二塁間を抜ける。
ライト前ヒット。
二塁走者が三塁を回る。
ホームへ。
セーフ。
5対1。
悠翔、この試合三打点目。
これで――
3打数2安打。
1本塁打。
3打点。
スタンドの正則がため息をつく。
「ホームランの次は逆方向かよ」
藤原航が答える。
「長打だけ警戒してもあかんな」
慎一も言う。
「コースに逆らわへん」
智雄が腕を組む。
「やっぱ手強いな、柳川」
5対1
その後は大原颯真が長良川打線を抑えた。
七回裏。
最後の打者を内野ゴロ。
ゲームセット。
博多リトルスターズ 5
長良川リトルボーイズ 1
高橋
「試合終了! 福岡県代表・博多リトルスターズ、5対1で初戦突破!」
田所
「長良川の好投手を、打線全体で分析しながら攻略しました。柳川選手の3打数2安打、1本塁打、3打点も見事でしたが、その前に走者を作った打線全体の働きが大きかったですね」
両チームが整列する。
「ありがとうございました!」
博多リトルスターズも全国大会の第一関門を突破した。
「決勝で当たるなら」
試合後。
大阪タイタンズの選手たちがスタンドから通路へ向かう。
正則。
智雄。
慎一。
有村恒一郎。
藤原航。
話題は当然、悠翔だった。
正則が最初に口を開く。
「やっぱ柳川、手強いな」
智雄。
「三打数二安打。一発あって三打点」
慎一。
「しかも一打席目の凡退を、そのまま二打席目の材料にしとる」
有村が言う。
「まだ五年生やろ?」
正則。
「そこなんよ」
藤原航も苦笑する。
「来年もう一年あるんやろ。嫌やなぁ」
智雄が笑う。
「今大会の話せえ」
「それもそうや」
正則は少し考える。
トーナメント表。
大阪タイタンズと博多リトルスターズは別の山。
互いに勝ち続ければ――
対戦するのは決勝。
正則が言った。
「ほんまに決勝まで来たら、どうする?」
慎一が答える。
「抑えるしかないやろ」
「それが簡単ちゃうから言うてんねん」
有村が続ける。
「柳川だけ見たらあかん」
全員が有村を見る。
「今日のホームランも、前に走者がおったから2ランになった。タイムリーも同じや。博多は柳川の前に走者を作る」
藤原航もうなずく。
「坂井、牧田、岸田、立花。あそこを簡単に出したら柳川まで回る」
智雄。
「じゃあ柳川の前を切る?」
慎一。
「それが基本やな」
正則はグラウンドの方を振り返った。
もう博多の選手たちは引き揚げ始めている。
その中に悠翔がいた。
「でも俺……」
正則が言う。
「決勝まで行けたら、あいつと勝負してみたいわ」
有村がすぐ返す。
「お前、先発できるかまだ決まってへんぞ」
「そこ現実に戻すなや!」
智雄。
「俺が投げるかもしれへんし」
慎一。
「俺もおるぞ」
正則。
「お前ら急にライバルになるな!」
五人が笑う。
しかし。
その奥にある気持ちは同じだった。
博多リトルスターズ。
強い。
柳川悠翔。
手強い。
そして。
戦ってみたい。
だが全国大会は、まだ始まったばかり。
大阪も。
博多も。
決勝へたどり着かなければ――
その勝負は実現しない。
次回予告
第19話「別々の山」
大阪タイタンズ。
博多リトルスターズ。
優勝候補に挙げられた二チームが、ともに初戦突破。
大阪は9対2。
博多は5対1。
しかしトーナメントは、ここからさらに厳しくなる。
全国から集まった強豪。
速球派。
技巧派。
鉄壁の守備。
機動力。
長打力。
一試合ごとに、違う野球が待っている。
正則。
「決勝まで行ったら柳川と勝負したい」
悠翔もまた、大阪の投手陣を思い出していた。
星野慎一。
池永智雄。
そして――
河内正則。
「あの三人、全員あの60キロ投げられるんやろ?」
博多のスコアラーが答える。
「その可能性が高い」
悠翔。
「めっちゃ面白いやん」
篠田監督。
「楽しむんはええけど、決勝の話はまだ早いぞ」
次回、第19話。
「別々の山」
まだ対戦しない。
だからこそ。
勝ち上がるたび、互いの存在が少しずつ大きくなっていく。




