↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河内正則・栄光への道  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/107

最後の三つ

第16話「最後の三つ」


大阪タイタンズ、9対0。


六回裏。


大阪はさらに追加点を狙ったが、金沢ゴールデンシャークスの守備は崩れなかった。


大量リードを許しても、一つのゴロ、一つのフライを雑に扱わない。


金沢らしい守備だった。


大阪も走者を出したものの、得点には結びつかない。


スコアは9対0のまま。


そして試合は、最終回へ向かう。


だがその頃。


スタンドでは、もう一つの戦いが始まっていた。


博多リトルスターズ


三塁側スタンドの一角。


福岡県代表・博多リトルスターズの選手たちが、大阪タイタンズ対金沢ゴールデンシャークスの試合を見つめていた。


全国大会優勝候補の一つ。


大阪タイタンズ。


その実力を、自分たちの目で確認するためだった。


篠田正孝監督の隣では、スコアラーがタブレットとスコアシートを広げている。


ただ球速を書き込んでいるのではない。


星野慎一のリリース。


腕の振り。


ボールの軌道。


回転。


プレートを踏む位置。


130キロ前後。


100キロ前後。


そして――


約60キロ。


さらに、それぞれの球速帯でどのコースへ投げているのか。


打者がどのタイミングでフォームを崩されているのか。


そこまで記録していた。


「60キロの球、高く浮かせてるだけじゃないです」


スコアラーが言った。


篠田監督が画面を見る。


「回転か?」


「はい。かなり回転を与えてます。それでストライクゾーンへ制御してる」


横から大原颯真がのぞき込む。


博多リトルスターズの投手である。


「あれ、遅いだけじゃないんですね」


「そういうことや」


篠田監督が答えた。


「ただの山なりボールなら見送ればええ。でも星野はストライクを取ってくる」


さらに画面が切り替わる。


打者ごとの投球データ。


九番・高倉健吾。


100。


130。


60。


一番・前田蒼真。


130。


60。


100。


130。


60。


二番・北川悠人。


60。


130。


100。


130。


60。


100。


130。


神谷蓮が眉をひそめた。


「バラバラやん」


坂井雄二も画面を見る。


「決め球が60ってわけでもないんやな」


「初球にも来る」


牧田和美が続ける。


「追い込んでから130もある」


岸田誠一が腕を組む。


「100が一番中途半端で嫌やな」


森下悠一も捕手として慎一の投球を見る。


「俺なら、打者の反応見てサイン変えたくなる」


篠田監督がうなずいた。


「大阪の藤原航も、それやっとる可能性が高い」


悠翔が見抜いたもの


柳川悠翔は、ずっとマウンドを見ていた。


球速表示だけではない。


慎一の身体。


踏み込み。


腕の振り。


そして、打者の崩れ方。


やがて悠翔が言った。


「あのスローボール、かなり厄介やな」


立花朋輝が振り向く。


「60キロやろ? 分かっとったら打てそうやない?」


悠翔は首を横に振った。


「60だけならな」


視線はマウンドから離れない。


「でも130があるやろ」


「うん」


「その間に100まである」


悠翔は右手で三段階のタイミングを取ってみせる。


「130に合わせたら60で身体が前に出る。60を待ったら130に差し込まれる。ほんなら100に基準置こうって思うやろ?」


松本航が答える。


「思う」


「そこに130か60が来る」


「ああ……」


さらに悠翔は続けた。


「しかもコースが全部違う」


森下がうなずく。


「そこなんよ」


ストライクゾーンの中央へ投げ込むだけなら、まだ対応できる。


だが慎一は違う。


内角。


外角。


高め。


低め。


それぞれを組み合わせてくる。


そして約60キロまで、ゾーンの端へ決められる。


翼のサーブ


悠翔は、慎一の投球を見ながら思い出していた。


叔父――青柳翼。


世界を舞台に戦ってきたテニスプレイヤー。


翼が使うサーブにも、似た考え方があった。


常に最速を打つわけではない。


速いフラットサーブ。


回転をかけたスライス。


高く跳ねるキック。


そして時には意図的に速度を落とす。


同じようなフォームから、速度、回転、軌道、コースを変える。


相手のリターン位置とタイミングを崩す。


以前、その考え方をヒントにして投球の緩急を研究した選手たちがいた。


慎一たち大阪タイタンズの投手陣も、その発想を野球へ落とし込んでいた。


悠翔が言う。


「翼おじさんのサーブと似とる」


篠田監督が悠翔を見る。


「どこが?」


「速い球そのものを武器にするんやなくて、相手の時間をずらすところ」


悠翔は慎一を見る。


「130を速く見せるために60があるんやない」


一拍置いた。


「60をもっと遅く感じさせるために130もある」


篠田監督の目が細くなる。


「なるほどな」


「どっちが主役とかやないんよ。全部セットなんやと思う」


打者別分析


博多のスコアラーは、今度は大阪打線へ画面を切り替えた。


大阪の怖さは投手だけではない。


一番・梶原和樹。


状況判断に優れ、粘って出塁できる。


二番・朝倉美羽。


バントも強打も可能。逆方向にも運べる。


三番・加藤亜由美。


長打力に加えて状況対応力が高く、この試合でも3ランホームラン。


四番・三宅奈緒。


長打だけではない。セーフティバント、盗塁まで使う。


五番・藤原航。


捕手として試合を読みながら、打席では進塁打や犠牲フライを確実にこなす。


六番・宮本さくら。


逆方向への長打力。この試合ではライトへの2ラン。


七番・川上眞子。


俊足。セーフティバント。内野安打。相手守備位置を瞬時に見る。


八番・村瀬涼太。


下位打線ながらつなぎに徹し、粘って後続へ回す。


九番・星野慎一。


投手だからと油断できない。バントも遂行する。


篠田監督が全員を見る。


「どう思う?」


大原が答える。


「打順だけ見て守備位置決めたら危ないです」


「そうやな」


森下が言う。


「三宅が一番みたいなことする時点で、普通の四番としてデータ作ったら外される」


悠翔が笑った。


「さっき正則も言うとったもんな。『奈緒、ほんまに四番?』って」


神谷が言う。


「聞こえとったんかい」


「声でかかったもん」


小さな笑いが起こる。


だが篠田監督はすぐ試合へ視線を戻した。


「せやから怖いんや」


大阪は一つの型で戦わない。


長打。


小技。


足。


進塁打。


逆方向。


そして投手陣の極端な緩急。


対策会議


博多リトルスターズの選手全員がスコアラーを囲んだ。


坂井雄二。


「俺、60を打とうとせん方がええと思う」


牧田和美。


「でもストライク取られたら?」


坂井。


「追い込まれるまでは一個取られてもええ」


森下悠一が首を振る。


「それを大阪が読んだら、初球60、二球目60で簡単に追い込まれるかもしれん」


「それもあるか」


大原颯真は投手目線で考える。


「球速より腕見た方がええんかな」


悠翔が答える。


「たぶん、それも罠や」


「なんで?」


「腕の振りで分からんようにしとるから、あの球が効いとるんやろ」


立花朋輝。


「じゃあ、どうすんねん」


一瞬、全員が黙る。


悠翔が言った。


「一人で全部打とうとせん」


篠田監督が悠翔を見る。


「続けろ」


「最初の打者が見た球を、次の打者に全部伝える」


130がどこへ来た。


100がどこへ来た。


60をどのカウントで使った。


打てなくてもいい。


一打席で情報を増やす。


ファウルで粘る。


ベンチへ戻ったら感覚まで共有する。


「一人で攻略できんのなら、九人で攻略する」


森下がニヤッとした。


「それ、博多らしいな」


篠田監督もうなずいた。


「よし。それを基本にしよう」


ただし。


篠田は付け加える。


「勘違いするなよ。大阪と当たれる保証なんか、まだどこにもない」


選手たちの表情が引き締まる。


「俺たちも勝たんと意味がない」


全国大会。


大阪タイタンズだけが戦っているわけではない。


博多リトルスターズにも、自分たちの試合が待っている。


最後の三つ


その時。


東京ドームのグラウンドでは、七回表が始まろうとしていた。


大阪タイタンズ、9対0。


金沢ゴールデンシャークス。


最後の攻撃。


三番・谷口大和。


四番・宮下蓮斗。


五番・西野航平。


クリーンアップから。


慎一がマウンドへ上がる。


航がホームベース後方へ。


内野。


一塁・三宅奈緒。


二塁・加藤亜由美。


三塁・朝倉美羽。


遊撃・川上眞子。


外野。


左翼・村瀬涼太。


中堅・梶原和樹。


右翼・宮本さくら。


大阪ベンチ。


正則が立ち上がる。


「あと三つや」


亜由美が二塁から声を飛ばす。


「慎一! まだ終わってへんよ!」


慎一が右手を上げる。


金沢ベンチでは村井監督が最後に言った。


「九点差を見るな」


選手たちが前を向く。


「この大会で俺らができる最後の攻撃になるかもしれん」


谷口がバットを握る。


「一本ずつ行きます」


「ああ」


村井監督が背中を押した。


「行ってこい」


谷口が右打席へ入る。


慎一がロージンバッグを置く。


130。


100。


60。


すでに金沢は三つの速度を知っている。


だが知っていることと、打てることは違う。


スタンド。


悠翔が腕を組んだ。


「ここやな」


森下が聞く。


「何が?」


「大量リードした最後の回」


悠翔の目は慎一から離れない。


「ここでどう投げるか見たい」


水野沙織

「七回表。金沢ゴールデンシャークス、最後の攻撃です」


三浦佳奈

「大阪にとっても大事な三つのアウトです。九点差がありますが、全国大会の初戦。最後まで自分たちの野球を貫けるかどうかですね」


慎一がセットポジションへ。


藤原航がミットを構える。


三番・谷口大和。


第一球。


慎一の右腕が振り下ろされた。


最後の三つを巡る勝負が始まった。


次回予告


第17話「最後まで金沢の野球」


七回表。


9対0。


三番・谷口大和。


四番・宮下蓮斗。


五番・西野航平。


金沢のクリーンアップが、最後の意地を見せる。


一方、スタンドでは博多リトルスターズが大阪タイタンズを徹底分析。


柳川悠翔が見抜いた、星野慎一の投球術。


「速い球と遅い球やない」


「相手の時間を壊しとるんや」


しかし大阪攻略を考える前に、博多にも自分たちの初戦がある。


岐阜県代表・長良川リトルボーイズ。


チーム防御率1.85。


簡単に点を取れる相手ではない。


まず大阪が、最後の三つを取れるのか。


そして試合終了の瞬間。


スタンドで見つめる悠翔と、グラウンドの正則。


まだ言葉を交わしたことのない二人が、初めて互いを強く意識する。


次回、第17話。


「最後まで金沢の野球」


全国大会では、勝った者だけが次へ進める。


だからこそ。


最後の一球まで、そのチームの野球をやり抜く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。