一本を取りに行く
第15話「一本を取りに行く」
五回を終えて、9対0。
大阪タイタンズが大きくリードしていた。
しかし川原監督は、ベンチへ戻ってきた選手たちにすぐ声をかける。
「点差は忘れろ。全国大会やぞ。最後のアウト取るまで終わってへん」
「はい!」
六回表。
星野慎一が再びマウンドへ上がった。
金沢ゴールデンシャークスの攻撃は、九番・高倉健吾から。
金沢ベンチでは村井監督が打者たちを集めていた。
「130、100、60。全部に完璧に合わせようとするな」
打者たちがうなずく。
「九点を一気に返す必要もない。まず一本。まず一人や」
だが慎一と藤原航は、金沢がそう修正してくることも考えていた。
航がマスクをかぶる。
「慎一」
「ああ」
「もう並べ方、なくすぞ」
慎一が笑う。
「最初からそのつもりや」
130。
100。
60。
速い。
中間。
超スロー。
その順番に――
規則はない。
九番 高倉健吾
高倉が打席へ入る。
初球。
慎一が投げた。
約100キロ。
外角低め。
ストライク。
高倉は見送った。
二球目。
約130キロ。
今度は内角高め。
高倉が振る。
遅れる。
ファウル。
0ボール2ストライク。
高倉は一度打席を外した。
今の二球だけでも速度が違う。
しかもコースまで正反対。
外角低め。
内角高め。
打席へ戻る。
三球目。
慎一が投げた。
約60キロ。
高倉の身体が反応する。
前足が着く。
腰が回り始める。
しかし――
ボールが来ない。
「くっ……!」
なんとかバットを残そうとする。
完全に泳がされる。
それでもボールはストライクゾーンへ。
外角いっぱい。
高倉が崩れた体勢からバットを出す。
空振り。
三振。
水野沙織
「空振り三振! 100、130、そして約60キロ! 三球すべて速度もコースも変えてきました!」
三浦佳奈
「これは難しいですよ。球速差だけではありません。コースまで散っています」
一番 前田蒼真
一死。
打順は先頭へ戻る。
前田が構える。
金沢ベンチから声が飛ぶ。
「球速決めつけるな!」
前田も分かっている。
来た球を見る。
タイミングを決めつけない。
初球。
130キロ前後。
外角低め。
ストライク。
二球目。
60キロ前後。
今度は内角。
前田が待つ。
さっき高倉がやられた球。
しかし待っても簡単ではない。
遅すぎる。
身体の回転を止めようとした結果、バッティングフォームそのものが崩れる。
なんとか当てる。
ファウル。
0ボール2ストライク。
三球目。
前田は考える。
60のあと。
次は速い。
慎一が投げる。
約100キロ。
外角。
前田のタイミングは、その中間にも合わなかった。
バットの先。
ファウル。
四球目。
130キロ前後。
内角低め。
前田が振る。
詰まる。
三塁側へファウル。
粘る。
しかし慎一は表情を変えない。
五球目。
約60キロ。
今度は外角低め。
前田は必死に待った。
見送る。
「ストライク! バッターアウト!」
前田が固まった。
見逃し三振。
ストライクゾーンぎりぎり。
水野
「見逃し三振! 前田、今度は60キロ台を見送りましたが、外角低めいっぱい!」
三浦
「これが厄介なんです。『60キロなら見送ればいい』が成立しません。慎一投手には、あの球をストライクゾーンの端へ投げられる制球力があります」
金沢ベンチ。
村井監督が腕を組む。
「そこまで入れてくるか……」
二番 北川悠人
二死。
北川が右打席へ。
もう頭の中は複雑だった。
130。
100。
60。
しかも。
内角。
外角。
高め。
低め。
球速とコースの組み合わせに規則性が見えない。
慎一が初球を投げる。
約60キロ。
内角低め。
北川は待つ。
なんとか見極める。
ストライク。
二球目。
130キロ前後。
外角高め。
北川が慌てて振る。
ファウル。
0ボール2ストライク。
また一気に追い込まれた。
北川は打席を外さない。
慎一を見る。
次。
60か。
100か。
130か。
航がサインを出す。
慎一がうなずいた。
三球目。
100キロ前後。
外角低め。
北川が振る。
タイミングが早い。
身体が前へ出る。
バットの先に当たる。
ファウル。
四球目。
慎一。
今度は130キロ前後。
内角。
北川が差し込まれる。
またファウル。
五球目。
約60キロ。
外角。
北川がなんとか待つ。
カット。
ファウル。
金沢ベンチから声が上がる。
「粘れ!」
「一本でええぞ!」
六球目。
約100キロ。
内角低め。
北川が振る。
またファウル。
ここまで六球。
60。
130。
100。
130。
60。
100。
同じ速度が続かない。
同じコースも続かない。
北川の構えが少しずつ崩れていた。
最初は自然に取れていたタイミングが、今は分からない。
足を上げるタイミング。
踏み込むタイミング。
腰を回すタイミング。
バットを出すタイミング。
すべてが慎一の投球に振り回され始める。
七球目。
慎一が投げた。
130キロ前後。
外角低め。
北川が振る。
空振り。
三振。
スリーアウト。
三者連続三振
水野
「空振り三振! 星野慎一、六回表も三者連続三振です!」
三浦
「金沢も粘りました。しかし慎一投手の制球が素晴らしい。単純に球速を三段階に変えているだけではありません」
水野
「コースも毎回違いました」
「そうなんです。60キロを真ん中へ置くのではない。130キロも100キロも60キロも、それぞれストライクゾーンの端へ投げ分けています」
六回表。
九番・高倉健吾。
空振り三振。
一番・前田蒼真。
見逃し三振。
二番・北川悠人。
空振り三振。
三者連続三振。
慎一はベンチへ戻る。
正則が迎えた。
「慎一」
「ん?」
「それ打つ側、どうしたらええん?」
慎一は少し考える。
「知らん」
「投げとる本人が言うな!」
智雄が笑う。
「でも、ほんま嫌やろな」
有村も言う。
「球速だけ三つなら、まだ対策できる」
正則がうなずく。
「コースまで全部変わるからな」
航がマスクを外した。
「しかもカウントで決めてへん」
初球に60。
追い込んでから130。
初球130。
次に60。
100を挟むこともある。
60を一球も使わない打席さえある。
金沢が欲しいのは規則だった。
このカウントなら遅い。
この打者なら速い。
追い込めば60。
初球は130。
だが――
ない。
慎一は打者の反応を見ている。
航も見ている。
その瞬間に最も嫌な球を選ぶ。
そして、その球をストライクゾーンぎりぎりへ投げ込む。
金沢のスコアラーがチャートを見つめる。
数字は増えている。
130。
60。
100。
130。
60。
100。
だが。
データが増えるほど、規則が消えていく。
村井監督が静かに言った。
「ランダムや」
コーチが答える。
「はい」
「いや……」
村井は慎一を見る。
「ただ適当に投げとるんやない」
打者の反応。
構え。
タイミング。
スイング。
それを見て、最も嫌な速度とコースを選んでいる。
「こっちに規則を読ませへんようにしながら、向こうはこっちを読んどる」
九点差。
六回終了まで、あと大阪の攻撃を残す。
そして少年野球は七回制。
金沢に残された攻撃は――
あと一度。
慎一がベンチからスコアボードを見る。
大阪タイタンズ 9
金沢ゴールデンシャークス 0
だが慎一の表情は変わらない。
まだ終わっていない。
あと三つ。
全国大会初戦。
大阪タイタンズが勝利するために必要なアウトは、残り三つだった。
次回予告
第16話「最後の三つ」
六回表。
星野慎一。
130キロ。
100キロ。
60キロ。
球速帯をランダムに変え、さらにコースまで散らして三者連続三振。
大阪タイタンズ、9対0。
六回裏。
大阪は最後の追加点を狙う。
しかし金沢ゴールデンシャークスも、最後まで守備を崩さない。
そして迎える七回表。
金沢最後の攻撃。
三番・谷口大和から始まるクリーンアップ。
谷口。
宮下。
西野。
慎一にとっても、簡単な三人ではない。
村井監督。
「九点差を見るな」
「この大会で俺たちができる最後の攻撃になるかもしれん」
金沢打線が意地を見せる。
一方、大阪ベンチ。
正則。
「あと三つや」
亜由美。
「まだ終わってへんよ」
川原監督。
「最後の一個取るまで全国大会や!」
次回、第16話。
「最後の三つ」
九点差でも。
最後のアウトだけは、誰にも簡単には渡さない。




