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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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四巡目の罠

 第12話「四巡目の罠」


 大阪タイタンズ、4対0。


 四回表。


 金沢ゴールデンシャークスの攻撃は、三番・谷口大和から始まる。


 三回までに金沢が集めた星野慎一のデータは増えていた。


 130キロ前後。


 そして100キロ前後。


 プレートの一塁側、中央、三塁側を使い分け、同じ右投手でも打者から見える角度を変えてくる。


 金沢ベンチでは、慎一の投球チャートを見ながら話し合いが続いていた。


「100キロ前後が来るぞ」


「速球だけに合わせるな」


「前に突っ込むなよ」


 三回表。


 100キロ前後のボールで三つの内野ゴロを打たされた。


 なら四回は、その球を頭に入れる。


 金沢としては当然の対応だった。


 しかし大阪バッテリーも、それを読んでいた。


「二本打たれたら」


 投球練習を終えた慎一のもとへ、藤原航が歩いてくる。


 二人はホームベース付近で短く言葉を交わした。


 だが航は、すぐにミットで口元を隠す。


 慎一もグラブを顔の前へ持ってくる。


 相手ベンチから口の動きを読まれる可能性がある。


 航が小さな声で言った。


「二本打たれたら……あれ、出すか?」


「ああ」


 慎一もグラブの奥で答える。


「二本な」


「連打じゃなくても?」


「二本出たら考えよう」


 航がうなずいた。


「じゃあ、それで行こうか」


「了解」


 二人が離れる。


 金沢ベンチから、その会話の内容は聞こえない。


 ただ――


 見える。


 投手と捕手が顔を隠しながら何かを話している。


 村井監督の表情がわずかに変わった。


「……何や?」


 スコアラーも慎一を見る。


「配球の確認でしょうか」


「それだけならええけどな」


 金沢の選手たちにも小さな疑問が生まれる。


 まだ何かあるのか。


 100キロ前後以外に。


 何か隠しているのか。


 その不安こそ、大阪バッテリーが欲しかったものだった。


 三番 谷口大和


 慎一がマウンドへ。


 谷口が右打席に立つ。


 一回はショートゴロ。


 金沢ベンチから声が飛ぶ。


「遅いの頭入れとけ!」


 谷口もうなずく。


 100キロ。


 来る。


 いつ来る。


 初球。


 慎一が投げた。


 速い。


 外角いっぱい。


 ストライク。


 谷口が見送る。


 水野沙織

「初球、外角へ決まりました」


 三浦佳奈

「130キロ前後ですね。まず速いボールから入りました」


 二球目。


 また速球。


 今度は内角。


 谷口がファウル。


 追い込んだ。


 0ボール2ストライク。


 谷口の頭に100キロが浮かぶ。


 ここか。


 ここで落としてくるか。


 慎一が投げた。


 また速い。


 外角低め。


 谷口のバットが遅れる。


 空振り。


「ストライク! バッターアウト!」


 三球三振。


 金沢ベンチが少しざわつく。


「全部速いぞ」


「遅いの来んかったな」


 慎一は何事もなかったようにボールを受け取った。


 四番 宮下蓮斗


 一死。


 宮下が打席へ。


 二回にはセンター前ヒットを放っている。


 この試合、慎一からすでに一本打っている打者。


 航が慎重にサインを出す。


 慎一がうなずく。


 初球。


 速球。


 低め。


 ストライク。


 宮下は見送る。


 二球目。


 外角。


 これも速い。


 ファウル。


 また追い込んだ。


 金沢ベンチ。


「次や」


「100来るぞ!」


 宮下も同じことを考えていた。


 速球。


 速球。


 なら次は速度を落とす。


 三回までのデータなら、そう考えたくなる。


 慎一が投げた。


 130キロ前後。


 内角高め。


 宮下が慌てる。


 ファウル。


 まだ終わらない。


 航は返球する。


 慎一が受け取る。


 次。


 今度こそ100か。


 四球目。


 慎一が投げ込んだ。


 外角低め。


 速球。


 宮下が振る。


 空振り。


 三振。


 二者連続。


 水野

「また速球です! 宮下、空振り三振! 星野慎一、四回に入って二者連続三振!」


 三浦

「面白いですね。三回は速度差を使いました。ところが四回は、ここまで速いボールしか使っていません」


 水野

「金沢が遅いボールを警戒していることを利用している?」


「その可能性は高いと思います。100キロ前後が頭にあるだけで、130キロへの反応がわずかに遅れますから」


 金沢ベンチ。


 村井監督が腕を組む。


「投げへんな」


 コーチが答える。


「100キロを完全に捨てさせるつもりでしょうか」


 村井は首を横に振った。


「分からん」


 それが一番嫌だった。


 五番 西野航平


 二死。


 打席には捕手・西野。


 慎一の投球を最も近くで見てきた打者でもある。


 西野は打席に入りながら考える。


 三回。


 100キロ前後を混ぜた。


 四回。


 ここまで全部速球。


 なら――


 そろそろ来る。


 慎一がセット。


 初球。


 速球。


 外角。


 ボール。


 1ボール0ストライク。


 二球目。


 内角。


 ストライク。


 1ボール1ストライク。


 西野はタイミングを取る。


 三球目。


 速球。


 ファウル。


 1ボール2ストライク。


 追い込まれた。


 西野が一度打席を外す。


 金沢ベンチを見る。


 村井監督から特別なサインはない。


 西野は戻る。


 ――100が来ても対応する。


 ――速いのにも遅れない。


 両方。


 両方を待つ。


 それこそが難しい。


 航がサインを出す。


 慎一がうなずく。


 四球目。


 慎一が投げた。


 外角低め。


 130キロ前後。


 西野が振る。


 だが一瞬、身体が待ってしまった。


 バットが遅れる。


 空振り。


「ストライク! バッターアウト!」


 三振。


 スリーアウト。


 チェンジ。


 水野

「空振り三振! 星野慎一、四回表を三者連続三振! すべて速球系のボールで押し切りました!」


 三浦

「金沢は100キロ前後のボールを意識していたはずです。その意識を利用しましたね。遅いボールを一球も投げなくても、遅いボールの存在そのものが速球を生かしています」


 四回表。


 三番・谷口大和。


 空振り三振。


 四番・宮下蓮斗。


 空振り三振。


 五番・西野航平。


 空振り三振。


 三者連続三振。


「投げんのか?」


 金沢ベンチへ戻った西野がヘルメットを外す。


「来んかった……」


 宮下も言う。


「100、一本もなかったな」


 谷口が慎一を見る。


「スローボール、投げんのか?」


 誰にも分からない。


 三回に見せた100キロ。


 それを四回では一球も使わなかった。


 ましてや――


 約60キロの存在など、まだ知らない。


 金沢のスコアラーは困っていた。


 三回。


 130。


 100。


 130。


 100。


 緩急。


 四回。


 ほぼ速球。


 何を基準に投げ分けている。


 カウントか。


 打順か。


 打者の反応か。


 それとも。


 こちらが何を待っているのかまで見ているのか。


 村井監督が静かに言った。


「こっちがデータ取っとることまで、利用されとるな」


 条件は発動せず


 大阪ベンチ。


 慎一が戻ってくる。


 正則がニヤニヤしている。


「結局、使わんかったな」


 慎一が座る。


「ヒット打たれてへんからな」


 航もマスクを外した。


「条件、発動せず」


 智雄が笑う。


「二本どころか一本も出てへん」


 有村はグラウンドを見ながら言う。


「これで向こう、もっと気持ち悪いやろな」


 正則が聞く。


「何が?」


「三回に100キロ見せた。四回は一球も投げへんかった」


 有村が慎一を見る。


「次、100が来るんか。それとも速球で押すんか。もう分からん」


 一拍置く。


「しかも本当は、その下にもう一個ある」


 約60キロ。


 消えた40キロ。


 まだ金沢のチャートには存在しない。


 慎一がボールを手に取った。


「二本打たれたら」


 航が答える。


「ああ」


 二人とも、それ以上は言わなかった。


 秘密兵器は、まだ秘密のまま。


 大阪タイタンズ、4対0。


 だが試合はまだ四回。


 金沢が一本。


 そして二本。


 慎一からヒットを奪ったとき。


 ついに――


 時計の針が、これまでとはまったく違う速度で動き始める。


 次回予告


 第13話「二本目」


 四回表。


 星野慎一。


 三者連続三振。


 100キロ前後すら一球も使わず、130キロ前後の速球で金沢打線を押し切った。


 しかし金沢も考える。


「待つから遅れる」


「なら、来た球を打て」


 速度を決めつけない。


 配球を読みすぎない。


 その修正が、ついに慎一を捉え始める。


 大阪バッテリーが決めた条件。


 ヒットを二本打たれたら、あれを出す。


 一本。


 そして――


 二本目。


 ベンチの正則が立ち上がる。


 智雄もマウンドを見る。


 有村。


「条件、そろったな」


 藤原航が慎一へ返球する。


 慎一がボールを握る。


 まだ金沢の誰も知らない。


 130でもない。


 100でもない。


 次回、第13話。


「二本目」


 約60キロ。


 全国大会で初めて、その時間が動き出す。

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