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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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消えた40キロ

第11話「消えた40キロ」


三回表。


星野慎一は、130キロ前後の速球に100キロ前後のボールを混ぜ、金沢ゴールデンシャークスを三者凡退。


三つとも内野ゴロ。


投球数はわずか九球。


金沢のスコアラーは、新しい情報をチャートへ書き加えた。


「緩い球――100キロ前後」


だが、その数字は完成形ではない。


慎一には、さらに約40キロ遅いボールがある。


約60キロの超スローボール。


大阪はまだ、その存在を隠していた。


そして三回裏。


今度は金沢が、大阪の攻撃に対して新しい答えを出してきた。


金沢、二度目の修正


先発・高倉健吾がマウンドへ。


二回までとは配球が変わる。


外角いっぱい。


低めいっぱい。


簡単に打者が強く振れる場所へ投げない。


守備も変わった。


打撃チャートそのものは捨てていない。


大阪の打者が引っ張りやすい方向。


逆方向へ運びやすい方向。


それらを頭へ入れながら、反対方向にも対応できる守備位置を取る。


極端なシフトではない。


ただし――


内野は全体的に深い。


森下真央が気づいた。


「また変えてきた」


新田絵里もタブレットへ視線を落とす。


「打球方向を決めつけるのやめたね」


有村恒一郎がグラウンドを見る。


「どっちにも対応できるようにしとる」


正則が言う。


「しかも深い」


亜由美も高倉の投球練習を見ていた。


「ピッチャーも際どいとこばっかりやね」


智雄が腕を組む。


「なるほど。そうくるか」


問題は――


なら、どうするか。


ベンチで始まる話し合い


川原監督だけが答えを出すのではない。


選手たち自身が、高倉の投球を見ながら話し始める。


正則。


「無理に強い打球打とうとしたら、向こうの思うつぼちゃう?」


有村がうなずく。


「際どい球を強引に引っ張ったら、ゴロになる可能性高いな」


亜由美。


「でも内野は下がっとる」


眞子がニヤッとする。


「また前、空いとるやん」


三宅奈緒がその会話を聞いていた。


三回裏。


打順は四番から。


自分だ。


川原監督が三宅を見る。


だが、細かい指示は出さない。


「奈緒。見えとるか?」


「はい」


「なら任せる」


三宅はバットを持った。


「分かりました」


四番 三宅奈緒


金沢側も警戒している。


四番。


二回にはライト前ヒット。


普通なら、ここでバントは考えにくい。


高倉も当然、強打を警戒する。


内野陣も強い打球への対応を優先していた。


三宅が右打席へ入る。


水野沙織

「三回裏、大阪タイタンズは四番・三宅奈緒からです」


三浦佳奈

「金沢はかなり慎重な配球になっています。三宅選手は二回、逆方向へヒットを打っていますからね」


高倉がセット。


初球。


投げた。


その瞬間。


三宅が構えを変えた。


バットを寝かせる。


「バント!」


西野航平がマスクを外す。


高倉もマウンドを駆け下りる。


三塁手・中田琉生も前進。


しかし――


誰が捕る。


三塁手。


投手。


捕手。


その三人から、ほぼ等距離。


ボールは絶妙な勢いで転がっていた。


高倉が追う。


西野も追う。


中田も突っ込む。


一瞬、三人の足が止まりかけた。


その間に三宅が走る。


高倉がようやく拾った。


一塁へ。


「セーフ!」


バントヒット。


大阪ベンチが一斉に沸いた。


正則

「四番がやった!」


亜由美

「そこ転がすんかい!」


眞子

「めっちゃいやらしい!」


三宅が一塁で笑う。


金沢からすれば完全に想定外だった。


水野

「三宅奈緒、初球セーフティバント! 四番打者が小技を使いました!」


三浦

「これは金沢としては考えにくかったでしょう。しかも三塁手、投手、捕手のちょうど中間です。誰が処理するか迷う場所へ非常にうまく転がしました」


五番 藤原航


無死一塁。


打席には藤原航。


高倉は三宅を警戒する。


一度、一塁を見る。


だが三宅は動かない。


航への初球。


ストライク。


二球目。


ボール。


1ボール1ストライク。


三宅は一塁から高倉を見ていた。


足。


肩。


セットに入ってからホームへ向かうまでの間。


そして――


癖。


二回の走塁。


三回の投球。


ベンチから見ていた情報。


すべてを重ねる。


三球目。


高倉がセット。


三宅が動いた。


スタート。


「走った!」


高倉が投げる。


西野が捕球。


すぐに二塁へ送球。


三宅が滑り込む。


「セーフ!」


盗塁成功。


無死二塁。


水野

「三宅、今度は二塁へ! 二回に続いて足でも金沢を揺さぶります!」


三浦

「完全にモーションを盗みましたね。スタートが非常に良かったです」


高倉の表情が険しくなる。


だが航との勝負は続いている。


四球目。


航が見送る。


そして五球目。


高倉が投球動作へ。


その瞬間――


また三宅が走った。


「三塁!」


西野が捕球する。


送球。


三宅が頭から滑り込む。


三塁手・中田がタッチ。


判定は――


「セーフ!」


大阪ベンチが爆発する。


無死三塁。


正則が叫ぶ。


「奈緒、四番やろ!」


亜由美も笑う。


「バントヒットして二盗して三盗って、何番打者やねん!」


三宅は三塁ベース上で笑っている。


だが金沢にとっては笑えない。


たった一人。


一本のバントヒット。


それだけで走者が三塁まで来た。


五番・藤原航の仕事


航は打席を外す。


状況を確認する。


無死三塁。


必要なのは長打ではない。


ヒットですらない。


外野まで飛ばせばいい。


川原監督からサイン。


航がうなずく。


高倉も分かっている。


三振。


浅い内野フライ。


あるいは走者を釘付けにできるゴロ。


それが欲しい。


高倉が投げる。


航が振る。


カァン!


打球がセンター方向へ上がった。


センター・谷口大和が下がる。


落下地点へ。


捕球。


「タッチ!」


三塁の三宅がスタート。


谷口がホームへ返球する。


三宅が走る。


西野がホームで待つ。


送球が返る。


三宅が滑り込む。


「セーフ!」


犠牲フライ。


大阪タイタンズ、追加点。


4対0。


水野

「藤原航、きっちり犠牲フライ! 大阪タイタンズ、三宅奈緒の足で作ったチャンスを確実に得点へ結びつけました!」


三浦

「これは大阪らしい一点ですね。ヒット一本です。しかもその一本がバントヒット。そこから二盗、三盗、犠牲フライ。金沢が強い打球を警戒したところで、大阪は一度も強い打球を必要とせず一点を取りました」


三宅がベンチへ戻ってくる。


正則が出迎える。


「奈緒」


「何?」


「ほんまに四番?」


「四番やけど?」


「今日やっとること、一番打者やん」


三宅が笑う。


「ホームランだけが四番の仕事ちゃうやろ」


亜由美が横から言う。


「正論すぎて正則が何も言えんくなった」


「うるさいわ!」


ベンチに笑いが起きる。


だが真央は、すぐ金沢を見る。


守備位置。


高倉の配球。


牽制。


捕手の動き。


すべて記録する。


絵里が言った。


「また次、変えてくるかな」


真央は答える。


「絶対変えてくる」


「じゃあ、また読む?」


「うん」


少し笑う。


「向こうもうちらを読んでるからね」


データは答えではない


川原監督が選手たちを見る。


「覚えとけ」


ベンチが静かになる。


「データは大事や」


真央と絵里も聞いている。


「でも、データは答えちゃう」


グラウンドを見る。


「相手も考える。相手も変える。昨日までの傾向と今日の一球が同じとは限らん」


正則がうなずく。


亜由美も聞いている。


「数字を信じるんやない。数字を使って、今目の前で何が起きとるかを見るんや」


三回裏。


大阪タイタンズ。


四番・三宅奈緒のセーフティバント。


二盗。


三盗。


五番・藤原航の犠牲フライ。


一本のバントヒットだけで、一点。


大阪タイタンズ 4―0 金沢ゴールデンシャークス。


そして試合は四回へ。


星野慎一が再びマウンドへ向かう。


ここまで金沢が知っている最低球速は――


約100キロ。


まだ。


40キロが消えている。


約60キロ。


その球は依然として、大阪タイタンズの手の中にあった。


次回予告


第12話「四巡目の罠」


大阪タイタンズ、4対0。


三宅奈緒。


セーフティバント。


二盗。


三盗。


藤原航。


犠牲フライ。


金沢が強い打球を警戒した守備を敷けば、大阪は小技と足で一点を奪った。


しかし四回表。


金沢打線も黙ってはいない。


慎一の130キロ前後。


100キロ前後。


プレート位置。


配球。


三イニング分のデータが蓄積されていく。


金沢ベンチ。


「そろそろ絞れる」


大阪ベンチ。


正則。


「向こう、100キロ待ち始めるんちゃう?」


智雄。


「それなら速い方が効く」


有村。


「いや。その二つを待ち始めた今やからこそ――」


慎一がボールを握る。


約60キロ。


だが、投げるのか。


まだ隠すのか。


次回、第12話。


「四巡目の罠」


二つの速度を覚えた打者の前に、三つ目の時間が近づいてくる。

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