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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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82/116

チャートを破れ

 第8話「チャートを破れ」


 二回裏。


 0対0。


 金沢ゴールデンシャークスは、大阪タイタンズの打撃傾向を徹底的にチャート化していた。


 どのコースを、どちらへ打つのか。


 どのカウントで仕掛けるのか。


 引っ張るのか。


 流すのか。


 そのデータに合わせて守備位置を数歩ずつ変える。


 だから一回、大阪が普段通りに打った打球はことごとく内野手の正面へ転がった。


 しかし、もう大阪はその仕組みを知っている。


 二回裏。


 先頭は四番・三宅奈緒。


 見る三宅


 金沢先発・高倉健吾がマウンドへ上がる。


 捕手・西野航平がしゃがんだ。


 三宅が右打席へ入る。


 だが、その目は守備陣を見ていなかった。


 高倉だけを見ている。


 一球目。


 高倉が投げた。


 三宅は微動だにしない。


 ストライク。


 0ボール1ストライク。


 水野沙織

「三宅、初球は見送りました」


 二球目。


 高倉が投げる。


 これにも三宅はバットを出さない。


 ボール。


 1ボール1ストライク。


 二球。


 一度も振らない。


 だが三宅は、ただ球を見送っていたわけではなかった。


 高倉の足。


 身体の開き。


 腕の振り。


 リリースポイント。


 ボールが指から離れる位置。


 そこからホームベースまでの軌道。


 すべてを見る。


 西野がマスク越しに三宅を見た。


 何だ。


 妙な感じがする。


 普通なら、初球を見送った打者は二球目で少し反応する。


 少なくともバットがわずかに動く。


 ところが三宅は違った。


 二球とも、最初から打つつもりがなかったように見えた。


 ――何を待ってる?


 西野の胸に、小さな不気味さが生まれる。


 だが三宅が考えていたのは、もっと別のことだった。


 ――もし私がピッチャーなら。


 初球と二球目。


 打者がどう見送ったか。


 目線はどこだったか。


 身体は反応したか。


 それを見る。


 なら高倉も、こちらを見ている。


 そして金沢には大阪打線のデータがある。


 1ボール1ストライク。


 三宅の過去の打撃傾向。


 このカウント。


 この打者。


 高倉の配球。


 三宅の頭の中で、それらが重なった。


 ――データ通りなら。


 ――インコース低め。


 そして金沢の守備は、三宅の引っ張りを警戒している。


 ならば。


 答えは一つ。


 ――流す。


 三球目


 高倉が投げた。


 三宅の目が動く。


 来た。


 インコース低め。


 予想通り。


 三宅は腕を畳んだ。


 強引に引っ張らない。


 身体を開かない。


 ボールをぎりぎりまで引きつける。


 そして――


 振った。


 カキィン!


 打球は一塁手の右。


 セカンドのさらに右。


 ライト方向へ抜けた。


「よっしゃ!」


 大阪ベンチが立ち上がる。


 ライト前ヒット。


 三宅が一塁を駆け抜ける。


 水野

「三宅、ライト前! 大阪タイタンズ、全国大会最初のヒットです!」


 三浦佳奈がすぐに反応した。


「これは面白いですね。三宅選手、本来なら引っ張ることの多い条件で、完全に逆方向へ運びました」


 真央がスコアブックへ書き込む。


 絵里もタブレットへ入力する。


「破った」


 真央がうなずく。


「最初の一個」


 金沢のチャート。


 その網に、初めて穴が開いた。


 データのもう一つの弱点


 続く五番・藤原航。


 だが川原監督は一塁の三宅を見ていた。


 真央も金沢のデータを確認している。


 そして気づく。


「監督」


「ん?」


「高倉君、序盤のカウントでは走者をほとんど見てません」


 絵里も確認する。


「データでは、うちが初球と二球目で盗塁を仕掛ける割合がかなり低い」


 つまり金沢は、それを知っている。


 だから高倉は、序盤の二球では打者との勝負に集中する。


 一塁走者への警戒が薄い。


 川原監督の目が細くなる。


 一塁の三宅へサイン。


 三宅がわずかにうなずいた。


 一球目。


 三宅は動かない。


 高倉も一塁をほとんど見ない。


 二球目。


 高倉が投球動作へ入った。


 その瞬間。


 三宅が走った。


「走った!」


 西野が立ち上がる。


 完全に虚を突かれた。


 高倉も一塁走者をほとんど警戒していなかった。


 西野が捕球。


 すぐに二塁へ投げる。


 だが焦った。


 送球が二塁ベースから外れる。


 カバーへ入った内野手の横へ転がる。


 三宅は二塁を蹴った。


「三つ行け!」


 川原監督の声。


 三宅が加速する。


 金沢の外野手がボールを拾い、三塁へ返す。


 間に合わない。


 三宅が三塁へ滑り込む。


 セーフ。


 無死三塁。


 東京ドームの空気が一気に変わった。


 水野

「三宅が走った! さらに送球がそれた! 三宅、一気に三塁まで進みました!」


 三浦

「今度は大阪が金沢のデータを逆手に取りましたね。金沢は大阪が序盤のカウントでは走りにくいという傾向を持っていた。それが油断につながりました」


 三塁から見えるもの


 三宅が立ち上がる。


 土を払う。


 そしてマウンドを見る。


 三塁。


 右投手・高倉を横から見る位置。


 正面の打席とは違う。


 投手の身体の動きがよく見える。


 足の使い方。


 体重移動。


 腕の出方。


 そして――


 リリース。


 三宅が気づいた。


 ここなら分かる。


 打席からでは分かりにくかった高倉の投球動作が、三塁側からならはっきり見える。


 打席の航も、高倉を見る。


 金沢バッテリーは、今度こそ三塁走者を警戒しなければならない。


 守備チャートだけではない。


 大阪が試合そのものを動かし始めた。


 航は高倉のボールを見ながら粘る。


 そして進塁を許さない金沢も踏ん張った。


 航を打ち取る。


 一死三塁。


 しかし大阪には、まだ六番・宮本さくらがいる。


 宮本さくら


 右打席へ入ったさくら。


 三宅が三塁から高倉を見る。


 一球目。


 外。


 さくらは見送る。


 高倉が返球を受ける。


 三宅は、今の投球動作を頭へ入れた。


 次。


 高倉がセットへ入る。


 三宅の目がリリースポイントへ向く。


 投げた。


 インコース。


 高さは真ん中。


 さくらの目が見開いた。


 ――来た。


 迷わない。


 フルスイング。


 カァァン!


 乾いた打球音。


 打球がライト方向へ上がる。


 金沢のライト・杉本海斗が下がる。


 さらに下がる。


 フェンス際。


 見上げた。


 水野

「大きい! ライトへ上がった! 伸びる、伸びる――!」


 打球はその頭上を越えた。


 ライトスタンドへ。


 ホームラン。


 一塁側の大阪ベンチが爆発した。


「入ったぁぁ!」


 さくらが一塁を回る。


 三塁の三宅が両手を叩く。


 そしてホームイン。


 さくらも続く。


 2対0。


 大阪タイタンズ、先制。


 水野

「入りました! 宮本さくら、ライトスタンドへのツーランホームラン! 大阪タイタンズが二点を先制しました!」


 三浦

「しかもこれも逆方向です!」


 金沢ベンチが静まり返る。


 一回までとは違う。


 三宅は本来なら引っ張る可能性が高い場面で、ライト前。


 さくらも普段なら引っ張る打球を警戒されていた。


 しかしライトスタンド。


 二人続けて、データとは逆方向。


 真央がスコアブックを閉じるように一度手を置いた。


「これで向こうも分かった」


 絵里がうなずく。


「うちらがチャートに気づいたことに」


 その通りだった。


 金沢ベンチ。


 村井監督が大阪ベンチを見る。


 そして内野陣へ守備位置変更の指示を出す。


 金沢も修正する。


 大阪がデータを逆手に取るなら、チャート通りの守備だけでは通用しない。


 水野

「三浦さん、これは試合の様相が変わってきましたね」


 三浦

「完全に読み合いです。大阪は金沢の守備チャートを見抜いた。さらに投手の走者への意識まで逆手に取りました。しかし今の二点で、金沢側も大阪が気づいたと分かったでしょう」


「つまり、ここからは?」


「データを知っている者同士の勝負です」


 大阪ベンチ。


 正則が興奮している。


「さくら、すげえ!」


 智雄も笑う。


「完全に逆方向やん!」


 三宅がベンチへ戻ってくる。


 正則が言った。


「奈緒もよう流したな」


 三宅はヘルメットを外した。


「向こうが私を知っとるんやったら」


 笑う。


「私がいつもと違うことしたらええだけやろ」


 亜由美がニヤッとする。


「それ、簡単そうに言うけど難しいやつやで」


 川原監督は喜びながらも、すぐグラウンドを見た。


「まだ二点や」


 選手たちの表情が戻る。


 全国大会。


 簡単な相手などいない。


 金沢の武器を一度破っただけ。


 相手もまた、こちらを読み直してくる。


 二回裏。


 大阪タイタンズ、2対0。


 データで守る金沢。


 データを逆手に取った大阪。


 だがこの試合。


 読み合いは、まだ始まったばかりだった。


 次回予告


 第9話「読んだ先を読む」


 三宅奈緒のライト前ヒット。


 データの隙を突いた盗塁。


 そして宮本さくらのライトスタンドへのツーランホームラン。


 大阪タイタンズ、2対0。


 しかし金沢ゴールデンシャークスも、ただでは終わらない。


 村井監督。


「向こうは気づいた。なら、次を変えるぞ」


 守備位置が変わる。


 配球も変わる。


 大阪が「逆を狙う」と読んだ金沢は、その逆を利用し始める。


 真央。


「まずい。向こうも修正してきた」


 絵里。


「今までのチャート、もうそのままじゃ使えない」


 そして三回。


 星野慎一にも金沢打線の二巡目が近づく。


 正則。


「慎一、次は向こうも見てくるぞ」


 慎一。


「ほな、見せへんかったらええ」


 速球。


 コース。


 プレート位置。


 そして、まだ全国大会では見せていない約60キロの超スローボール。


 次回、第9話。


「読んだ先を読む」


 データを読むだけでは勝てない。


 相手が何を読んだのか。


 そこまで読んで、初めて一歩先へ行ける

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