データの裏側
第7話「データの裏側」
二回表。
スコアは0対0。
一回をわずか八球、三者すべて内野ゴロで片づけた星野慎一が、再び東京ドームのマウンドへ上がった。
今度は金沢ゴールデンシャークスの中軸。
四番・宮下蓮斗から始まる。
実況・水野沙織が伝える。
「二回表、金沢の攻撃は四番からです。一回は三者凡退でしたが、ここからは中軸打線。慎一投手にとって最初の山になるでしょうか」
解説・三浦佳奈が答える。
「一回は非常に低く集めていました。ただ、金沢も二巡目へ向けて慎一投手を見てきます。ここからが面白いですね」
二回表 金沢の反撃
四番・宮下蓮斗。
慎一が投じたボールを、宮下は逆らわずにセンター方向へ運んだ。
クリーンヒット。
金沢に、この試合初めての走者が出る。
水野
「宮下、センター前! 金沢ゴールデンシャークス、先頭打者が出ました!」
大阪ベンチの正則が身を乗り出す。
「さすが四番やな」
智雄もうなずく。
「今のはうまいわ」
しかし慎一は表情を変えない。
続く五番・西野航平。
慎一と航のバッテリーは、今度は低めを丁寧に使う。
西野は内野ゴロ。
大阪守備陣が確実に一つアウトを取る。
一死。
六番・中田琉生。
ここで中田が慎一のボールを捉えた。
打球は一、二塁間を抜ける。
ライト前ヒット。
スタートを切っていた一塁走者・宮下は一気に三塁へ。
一死一、三塁。
金沢に先制のチャンスが訪れた。
水野
「金沢、二本目のヒット! 一死一、三塁です!」
三浦
「ここは大阪にとって、この試合最初の大きなピンチですね」
金沢ベンチから声が飛ぶ。
一点。
まず一点。
守備力に自信を持つ金沢にとって、先制点の価値は大きい。
二つ目のアウト
七番・森川颯太。
慎一はここで慌てなかった。
航も無理に三振を狙わせない。
低めを打たせる。
森川の打球は浅い内野フライ。
走者は動けない。
アウト。
二死。
一、三塁。
あと一つ。
しかし八番・杉本海斗を打ち取ればチェンジという場面で、航はすぐにサインを出さなかった。
マスク越しに杉本を見る。
バットの位置。
構え。
前の打者への投球を見ていた時の反応。
そして素振り。
航が考える。
――何を待ってる。
杉本が一度バットを振る。
航の目が細くなった。
――このスイング。
――インコースを狙ってるようなスイングやな。
内角の速球。
おそらく、それを待っている。
引っ張れば三塁走者を返せる。
金沢側としても、ここで欲しいのは長打ではない。
一点だ。
ならば。
航が慎一を見る。
サインを出した。
慎一が一度だけ視線を落とす。
そして、うなずいた。
プレートの位置
慎一が投手板へ足を置く。
その瞬間。
正則が気づいた。
「ん?」
智雄もマウンドを見る。
「慎一、立つ位置変えた?」
慎一はプレートの三塁側を踏んでいた。
右投手。
そして打席には右打者。
三塁側から投げ込むことで、ボールは右打者から見ればより遠い角度へ逃げるように外角へ向かう。
狙うのは――
外角低め。
正則が笑った。
「なるほど」
有村恒一郎も気づく。
「クロスファイヤーか」
水野も慎一の立ち位置に触れる。
「慎一投手、少し三塁側へ立ち位置を変えました」
三浦
「これは意図がありますね。右打者の外角へ、より角度をつけたいのでしょう」
航がミットを構える。
外。
低い。
杉本は内角を意識している。
その逆。
慎一がセットポジションへ。
三塁走者を確認。
一塁走者も見る。
そして――
投げた。
右腕から放たれたボールが、右打者・杉本から遠ざかる。
外角。
低め。
杉本の身体が反応した。
しかし。
待っていた場所ではない。
バットが出る。
届かない。
「ストライク! バッターアウト!」
空振り三振。
スリーアウト。
チェンジ。
水野
「空振り三振! 星野慎一、しのぎました! 二本のヒットを許し、一、三塁まで走者を進められましたが、金沢に先制点を与えません!」
三浦
「最後は見事でしたね。打者が内角を意識していると読んで、その反対。しかもプレートの三塁側を使って右打者の外角低めへ角度をつけました」
慎一が小さく拳を握った。
派手なガッツポーズではない。
それでも、確かな手応えがあった。
ホームへ戻ってきた航とグラブを合わせる。
慎一
「内待ちやった?」
航
「たぶんな。スイング見てそう思った」
「当たったな」
「ええとこ投げたお前のおかげや」
二人がベンチへ戻る。
正則が待っていた。
「慎一、最後ええやん」
智雄も続く。
「プレート三塁側まで使ってきたか」
慎一が笑う。
「航が外言うから」
航がマスクを外す。
「インコース狙っとるように見えたからな」
有村も笑った。
「打者を見るのもキャッチャーの仕事や」
二回表終了。
金沢。
二安打。
一、三塁。
それでも無得点。
0対0。
そして――
大阪タイタンズには、もう一つ大きな変化が起きていた。
二回裏へ
森下真央と新田絵里は、一回裏から金沢の守備位置を記録し続けていた。
真央がグラウンドを見る。
四番・三宅奈緒が打席へ向かう。
金沢内野陣が動く。
真央の目が止まった。
「やっぱり」
絵里もタブレットを見る。
「変わった」
三宅の打撃傾向。
引っ張った強い打球。
金沢は、それを待っている。
真央。
「守備位置、変わった」
絵里。
「奈緒ちゃんの引っ張りを警戒してる」
川原監督が立ち上がる。
一回裏。
普段通りに打った三人は、全員が内野ゴロ。
そして全員、金沢が待っていた場所へ打たされた。
だが二回は違う。
大阪はもう、金沢の狙いを知っている。
川原監督が三宅を呼ぶ。
「奈緒」
「はい」
「いつもの打球、向こうは待っとる」
三宅が金沢の守備位置を見る。
「はい」
川原監督が笑った。
「ほな、その逆を行くぞ」
三宅も笑った。
「分かりました」
金沢は大阪の打撃データを持っている。
大阪は今、そのデータを利用した金沢の守備データを集め始めている。
データ対データ。
読み対読み。
そして――
読み外し。
本当の勝負が始まった。
次回予告
第8話「チャートを破れ」
二回裏。
大阪タイタンズの攻撃は四番・三宅奈緒から。
金沢は三宅の引っ張りを警戒。
打球が来る場所を予測し、守備位置を変える。
だが大阪は、もうそれを知っている。
真央。
「一、二塁間がいつもより狭い」
絵里。
「その分、逆方向が空いてる」
川原監督。
「狙えとは言わん。使え」
三宅が打席へ。
続く藤原航。
宮本さくら。
川上眞子。
大阪は、いつもの打撃を捨てるのではない。
いつもの打撃を知り尽くした相手に対して、もう一つの選択肢を見せる。
そして金沢も黙ってはいない。
大阪がシフトを逆手に取ったと分かれば、さらに守備位置を変えてくる。
読む。
外す。
また読む。
全国大会初戦は、技術だけでは勝てない戦いへ。
次回、第8話。
「チャートを破れ」
最初に金沢の守備網を破るのは、誰だ。




