東京へ
第3話「東京へ」
全国大会への出発の日。
朝の新大阪駅は、いつも以上に人であふれていた。
大きなバッグを肩に掛け、野球道具を抱えた大阪タイタンズの選手たちが次々と集合してくる。
河内正則。
加藤亜由美。
池永智雄。
星野慎一。
有村恒一郎。
藤原航。
梶原和樹。
朝倉美羽。
三宅奈緒。
宮本さくら。
川上眞子。
村瀬涼太。
さらにマネージャーの森下真央、新田絵里。
大阪府大会を勝ち抜いた仲間たちが、いよいよ全国へ向かう。
正則は大きなバッグを背負い、家族とともに改札前へやってきた。
その横には姉の一香。
「正則」
「ん?」
「忘れ物ない?」
「ない」
「グローブ」
「ある」
「スパイク」
「ある」
「ユニホーム」
「ある」
「完熟りんご」
「持っていかへんわ!」
一香が吹き出した。
少し離れたところにいた亜由美まで笑い始める。
「姉ちゃん、いつまで言うねん!」
「全国でも頑張りや、完熟りんご」
「まだ言うんか!」
亜由美が近づいてくる。
「正則」
「なんや」
「東京で完熟したら、ちゃんと報告してな」
「何を報告すんねん!」
一香と亜由美が笑う。
池永智雄が遠くから声を上げた。
「正則ー! 何してんねん! 集合時間やぞ!」
「今行く!」
一香は笑いながらも、最後には正則の肩を軽く叩いた。
「頑張ってきいや」
その声だけは姉のものだった。
正則もうなずく。
「行ってくる」
亜由美も家族へ挨拶を済ませ、選手たちの輪へ入った。
川原監督が全員を確認する。
「よし。全員おるな」
いよいよ出発だった。
新大阪から東京へ
新幹線が新大阪駅を離れる。
窓の外を大阪の街並みが流れていく。
選手たちのテンションは高かった。
「東京ドームやぞ!」
「全国大会やぞ!」
「ほんまに俺ら出るんやな」
ところが京都を過ぎ、名古屋を過ぎるころになると。
「……暇やな」
「寝よかな」
「まだ東京ちゃうん?」
「そんな一瞬で着くか」
正則は窓側の席。
隣には亜由美。
「なあ正則」
「ん?」
「東京行くん初めて?」
「いや、前に行ったことある。でも野球で行くんは初めてや」
「私も」
しばらくして車内がざわついた。
「おい!」
「見える!」
「富士山!」
窓の向こう。
青空の下に、富士山が姿を見せていた。
選手たちが次々と窓を見る。
正則も身を乗り出した。
「おお!」
亜由美も目を輝かせる。
「きれいやなぁ」
正則が突然言った。
「一富士二鷹三茄子!」
亜由美が振り返る。
「何?」
「縁起いいぞ!」
有村恒一郎がすかさず突っ込んだ。
「いやいや。それ初夢だろ」
一同、爆笑。
正則が固まる。
「あ」
智雄が笑う。
「今、昼間やぞ」
慎一も続く。
「しかも寝てもない」
藤原航まで乗ってくる。
「富士山しか条件満たしてへんやん」
「鷹と茄子どこ行った!」
正則が反論する。
「ええやろ! 富士山見えたんやから!」
亜由美が笑う。
「正則、全国大会前から縁起担ぎ必死やな」
「勝てりゃ何でもええねん!」
「ほな茄子探してき」
「新幹線の中にあるか!」
車内にまた笑い声が広がった。
そのころ――博多から東京へ
同じ東京を目指しているチームがあった。
博多リトルスターズ。
篠田正孝監督率いる九州の強豪。
こちらも新幹線で東京へ向かっていた。
だが――
長い。
ひたすら長い。
柳川悠翔が座席へ深く沈み込む。
「……まだ着かんと?」
隣から声が飛ぶ。
「まだじゃない?」
「博多から新幹線は長いわ」
別の選手も背もたれに頭を預ける。
「大阪くらいで一回、東京着いた気分になった」
「まだ半分くらいあるやん」
「言わんで」
悠翔が笑った。
「全国大会行く前に移動で体力使いよるやん」
篠田監督が前方から振り返る。
「お前ら、東京着いたら練習するぞ」
「ええー!」
「元気やないか」
「今ので元気なくなりました!」
車内に笑いが起きる。
それでも選手たちの表情には、隠しきれない期待があった。
全国大会。
東京ドーム。
全国から集まる強豪。
悠翔は窓の外を見る。
「どんなやつがおるんやろな」
まだ知らない。
その東京へ向かう別の新幹線に、自分の人生に深く関わることになる少年が乗っていることを。
東京駅
大阪タイタンズを乗せた新幹線が東京駅へ滑り込んだ。
ドアが開く。
正則がホームへ降りる。
大きく伸びをした。
「やっと着いたー!」
亜由美も続いて降りる。
「腰固まった」
智雄。
「東京や!」
慎一。
「人多っ!」
有村が冷静に言う。
「お前ら、はぐれるなよ」
正則が周囲を見る。
行き交う人。
次々と発着する列車。
巨大な駅。
大阪とはまた違う街の空気。
「ほんまに来たんやな」
亜由美が隣へ立つ。
「うん」
「全国大会」
「ここまで来たんやから、勝とうな」
正則がうなずいた。
「もちろん」
そのころ。
別のホームには――
博多から到着した新幹線。
悠翔がホームへ降りた瞬間、両腕を伸ばす。
「やっと着いたー!」
仲間が笑う。
「長かった!」
「博多から遠すぎ!」
「帰りも同じ時間乗るんぞ」
「今それ言うな!」
篠田監督が笑いながら選手たちを集める。
「ほら、行くぞ」
二つのチーム。
大阪タイタンズ。
博多リトルスターズ。
この時点では、互いの存在すらほとんど知らない。
正則と悠翔も、まだ一度も言葉を交わしたことはない。
しかし二人は今――
同じ東京の地に立った。
全国大会という一本の線が、初めて二人の人生を交差させようとしていた。
次回予告
第4話「全国から集まる強豪たち」
東京入りした大阪タイタンズ。
宿舎へ荷物を置き、全国大会の会場となる東京ドームへ。
そこで初めて目にする全国の強豪。
北海道。
東北。
関東。
東海。
北信越。
中国。
四国。
九州。
そして、大阪とはまるで違う野球をするチームたち。
正則。
「全国って、こんなやつらばっかなん?」
亜由美。
「そら全国大会やからな」
一方、博多リトルスターズも会場へ。
柳川悠翔が、あるチームの投手に目を止める。
大阪代表。
河内正則。
まだ名前は知らない。
けれど――
「あのピッチャー、なんかすごそうやな」
正則もまた、博多リトルスターズの打撃練習を目にする。
二人の最初の接点は、会話ではなかった。
野球だった。
次回、第4話。
「全国から集まる強豪たち」
全国の舞台で、互いの存在が初めて視界に入る。




