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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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タイトル未定2026/09/26 19:33

 第2話「水族館デート」


 全国大会を目前に控えた休日。


 河内正則と加藤亜由美は、約束していた水族館へやってきた。


 朝、自宅を出る時点ですでに正則は姉・一香から、


「真っ赤に熟したりんごより赤いやん。完熟りんごやん」


 と散々いじられている。


 しかも亜由美本人が、


「はい。今から正則とデートに行ってきます」


 などと一香へ堂々と宣言したものだから、正則の顔は耳まで真っ赤。


 それからしばらくして。


 二人は巨大水槽の前に立っていた。


 青い光の中を、大きなエイがゆっくりと泳いでいく。


 その横を魚の群れが一斉に方向転換した。


 亜由美が水槽を見上げる。


「きれいやなぁ」


「ああ」


 正則も水槽を眺める。


 しばらくは静かだった。


 ところが。


「……このエイの動き、なんかええな」


 亜由美が嫌な予感のする顔をした。


「何が?」


「力入ってへんやん」


「うん」


「俺も投げる時、あれくらい肩の力抜いたほうが――」


「正則」


「なん?」


 亜由美が振り向いた。


「今日くらい野球忘れへん?」


「……はい」


 全国大会大阪府代表のエース。


 巨大水槽の前で即座に降伏した。


 ペンギンを見ても野球


 次はペンギン。


 何羽ものペンギンが水中をものすごい速さで泳いでいる。


 亜由美が笑う。


「かわいいなぁ」


「速っ!」


「ほんまやね」


「川上より速いんちゃう?」


 亜由美がゆっくり正則を見る。


「正則?」


「はい」


「野球」


「あ」


「二回目」


「すみません」


 亜由美が笑った。


「もう病気やな」


「毎日やっとるからしゃあないやろ」


「水族館来てまでチームメイトとペンギンの走力比較する人、初めて見たわ」


「でも眞子も速いやん」


「そういう問題ちゃう」


 正則自身も吹き出した。


 イルカショー


 二人は並んで座った。


 イルカが水面から飛び出す。


 大きな水しぶき。


「おお!」


 正則が思わず身を乗り出す。


 イルカが次々とジャンプする。


 亜由美も拍手した。


「すごいな」


「助走から踏み切るタイミングが――」


 亜由美が無言で正則を見る。


 正則が止まった。


「……何も言うてへんで」


「今、絶対野球につなげようとしたやろ」


「してへん」


「ほんま?」


「ほんま」


「目が泳いどる」


「ここ水族館やからな」


「そういう意味ちゃうわ!」


 二人とも笑った。


 記念写真


 館内を回っていると、記念撮影スポットがあった。


 亜由美が立ち止まる。


「正則、写真撮ろ」


「ええよ」


 二人が並ぶ。


 ところが亜由美が一歩近づいた。


 肩と肩が触れる。


 正則が固まる。


「……」


 亜由美が横を見る。


「何?」


「いや」


「もっと寄らんと入らへんよ」


 さらに近づく。


 正則の顔が赤くなる。


 撮影。


 カシャ。


 写真を確認した亜由美が笑い出した。


「正則」


「なんや?」


「二回目」


「何が?」


「完熟りんご」


「また赤なってた?」


「めっちゃ赤かった」


「マジか……」


「写真に残ったで」


「消してくれ」


「嫌」


「なんでや!」


「記念やもん」


「何の記念やねん!」


 亜由美は写真を大事そうにしまった。


 三回目


 水族館を一通り回り、二人は館内のベンチで休憩していた。


 亜由美が今日撮った写真をスマートフォンで見返す。


 巨大水槽。


 ペンギン。


 イルカ。


 二人の記念写真。


 そして亜由美がぽつりと言った。


「楽しかったな」


「うん」


「全国大会終わったら、また二人でどっか行こか」


「ええで」


「約束な」


「うん」


 亜由美が笑った。


「正則とデートするん、楽しいし」


 正則。


 停止。


 顔が赤くなる。


 亜由美が指をさした。


「あ!」


「何や!」


「三回目!」


「は?」


「今日、完熟りんご三回」


 正則が自分の頬を触った。


「へ? 俺そんなに真っ赤になってた?」


「もう真っ赤っかやった」


「そんなに?」


「うん。ひょっとしたら赤とんぼより赤かったかも」


「マジで?」


 亜由美は楽しそうに正則の顔を見る。


「正則って意外とうぶなんやねぇ」


「うるさいなぁ」


「マウンドではあんなにどっしり構えてるのにねぇ」


 正則が苦笑する。


「いやぁ、マウンドでの女房役は航とか恒一郎やからなぁ」


 亜由美の目が光った。


「へえ」


「なんや?」


「女房役ねぇ」


「キャッチャーのことやで」


「知ってるよ」


 亜由美が少し考える。


 そして、にやり。


「じゃあ今度、私がキャッチャーマスク被ろうか?」


「――っ!」


 正則、ドカン。


 一瞬で耳まで真っ赤。


 亜由美が腹を抱えた。


「アハハハ! 四回目!」


「待て待て待て!」


「完熟した!」


「今のは言い方が悪いやろ!」


「何が?」


「女房役からの流れで『私がキャッチャーマスク被ろうか』は反則や!」


 亜由美は笑いすぎて涙まで出ている。


「だってキャッチャーするだけやん!」


「絶対わざとやろ!」


「さあ?」


「その顔! 朝から何回その顔すんねん!」


 亜由美はようやく笑いを収める。


「でも正則」


「なんや」


「もしほんまに私がキャッチャーしたら、ちゃんと投げられる?」


 正則が想像する。


 キャッチャーマスクを被ってホームベース後方にしゃがむ亜由美。


 ミットを構える。


 そして――


『正則、ここ投げて』


「……」


 また赤くなった。


 亜由美が目を丸くする。


「五回目!」


「今のは俺の想像や!」


「知らんがな!」


 二人、大爆笑。


 全国大会の前の一日


 帰り道。


 正則は少し前を歩きながら言った。


「今日、楽しかったわ」


 亜由美が隣へ並ぶ。


「私も」


「全国、勝ちたいな」


「うん」


 今度は亜由美も止めなかった。


 二人にとって野球は、やはり日常の一部だった。


 亜由美が言う。


「せっかく東京ドームまで行くんやから、最後までやろ」


「全国優勝?」


「もちろん」


 正則がうなずいた。


「やったるわ」


 その横顔は、さっきまでの完熟りんごとはまるで違った。


 マウンドに立つ投手の顔。


 亜由美はそれを見て、少し笑った。


「やっぱ野球の話してる時は赤ならへんな」


「当たり前や」


「じゃあ、デートって言ったら?」


「もうええ!」


 また笑い声が響いた。


 二人はまだ知らない。


 東京ドームで待っている、九州の強豪。


 博多リトルスターズ。


 そして柳川悠翔。


 そこで経験する敗北が、正則と亜由美を大阪から福岡へ導き、二人の人生を大きく変えていくことを。


 今はまだ――


 全国大会を目前に控えた、幼馴染二人の休日だった。


 次回予告


 第3話「東京へ」


 水族館デートから数日。


 ついに全国大会への出発の日がやってくる。


 大阪タイタンズの選手たちが新大阪駅へ集合。


 河内正則。


 加藤亜由美。


 池永智雄。


 星野慎一。


 有村恒一郎。


 藤原航。


 そして仲間たち。


 正則を見送る姉・一香。


 もちろん、水族館デートの話を忘れているはずもない。


「全国でも頑張りや、完熟りんご」


「まだ言うんか!」


 新幹線は大阪を離れ、東京へ。


 同じころ。


 福岡からも、一つの強豪チームが東京へ向かっていた。


 九州屈指の強豪。


 博多リトルスターズ。


 その中にいる一人の少年。


 柳川悠翔。


 まだ正則は、その名前すら知らない。


 次回、


「東京へ」


 二本の道が、東京ドームへ向かって伸び始める。

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