あと六つ
「あと六つ」
五回表。
河内正則は正捕手・有村恒一郎との新バッテリーで、鶴橋ライオンズ打線を三者凡退。
わずか8球。
五回終了時点ではなく、五回表終了時点で正則は53球。
大阪タイタンズ、10-2。
そして五回裏。
タイタンズは1番から始まる好打順を迎える。
五回裏 大阪タイタンズ
1番・梶原和樹
伊藤千尋が投げる。
梶原は無理に長打を狙わなかった。
左右を広く使い始めた伊藤に対し、甘く入ってきた球だけを狙う。
そしてセンター前へ。
シングルヒット。
ノーアウト一塁。
2番・朝倉美羽
続く朝倉美羽。
美羽も伊藤の際どい球には手を出さない。
しかしストライクゾーンへ入った球には迷わずバットを出した。
打球は三遊間を抜ける。
レフト前ヒット。
梶原は二塁で止まる。
ノーアウト一、二塁。
二者連続安打。
3番・加藤亜由美
前の打席でスリーランホームランを放っている亜由美。
伊藤も慎重になった。
低め。
外角。
簡単にストライクを取りに来ない。
亜由美もボール球を追わない。
最後は内野ゴロ。
二塁へ送られ、朝倉美羽がフォースアウト。
一塁への転送は間に合わない。
梶原は三塁へ。
ワンアウト一、三塁。
一塁走者が亜由美に入れ替わる。
4番・三宅奈緒
前の打席でソロホームランを放った三宅。
当然、鶴橋バッテリーは警戒する。
伊藤は徹底して際を使った。
奈緒も簡単には追わない。
しかし最後は打たされて、浅いセンターフライ。
梶原は三塁から動けない。
ツーアウト一、三塁。
伊藤が踏ん張る。
あと一人。
5番・有村恒一郎
ここで、守備から入った正捕手・有村恒一郎に打順が回る。
有村は藤原航に代わって捕手に入っているため、藤原の5番をそのまま引き継いでいた。
伊藤が投げる。
有村がセンター方向へ弾き返す。
センター前ヒット。
三塁走者の梶原がスタートする。
しかしセンター・藤田悠生が猛然と前へ出た。
打球への到達が速い。
梶原は三塁コーチの制止で戻る。
「止まれ!」
無理はしない。
梶原が三塁。
亜由美が二塁。
有村が一塁。
これでこの回、3本目のシングルヒット。
ツーアウト満塁。
6番・宮本さくら
満塁。
打席には宮本さくら。
四回には意表を突くセーフティバントを成功させている。
今度は伊藤も警戒していた。
さくらは粘る。
伊藤も逃げない。
最後はストライクゾーンへ入ってきた球を打った。
鋭い打球。
しかし二塁手・西川颯太の正面。
西川が捕球。
一塁へ。
「アウト!」
スリーアウト。
タイタンズは3本のシングルヒットで二死満塁まで攻めながら、追加点を奪えなかった。
五回終了。
鶴橋ライオンズ 2-10 大阪タイタンズ。
六回表 鶴橋ライオンズ
マウンドには正則。
捕手は有村。
完投まで、あと6アウト。
鶴橋側ではスコアラーが、ここまでの正則の投球データを確認していた。
そして六回の打者たちへ伝える。
正則がどのカウントで速球を増やしているか。
おちょくりスローボールをどこで使っているか。
追い込んだ後のコース。
直前の球種から次に何を選んでいるか。
しかし有村は、鶴橋の打者が打席へ入った瞬間、その待ち方を見ていた。
「正則。向こう、データかなり頭に入れてきとる」
「分かる?」
「分かる。なら逆に使える」
5番・宮原航平
六回の先頭は、5番・宮原航平。
宮原は速球へ照準を合わせている。
有村には、その構えが見えた。
サインを出す。
正則が投げる。
しかし宮原が予想していた球とは違う。
見送った。
「ストライク!」
宮原の表情がわずかに変わる。
次は速球を意識し直す。
ところが有村は、また違う組み立てを選んだ。
宮原が反応する。
打球は詰まった内野ゴロ。
処理される。
「アウト!」
ワンアウト。
6番・石田琉生
続く6番・石田琉生。
石田もベンチで正則のデータを確認していた。
カウントが進む。
「ここなら次はこれ」
そう予測した瞬間――
正則の球は違う軌道で入ってきた。
石田が慌ててバットを出す。
ファウル。
有村が返球する。
「やっぱりな」
正則が聞く。
「何が?」
「向こう、データを信じすぎとる」
有村は石田を見ながら続けた。
「データに頼りすぎると、バッターボックスに立った後の対応が遅れるんだよな」
「なるほど」
「データはあくまでもデータ。傾向はあくまでも確率や。『このカウントなら絶対これが来る』になった瞬間、予想と違った時に遅れる」
正則が小さく笑った。
「ほな、もっと外すか」
「それでええ」
次の球。
石田の予測とは違う。
打たされた打球は内野へ。
アウト。
ツーアウト。
7番・森川拓海
三人目は7番・森川拓海。
森川も正則の配球データを頭に入れている。
だが有村は、その情報通りには組み立てない。
速球を待っているなら別の速度帯。
緩い球へ意識が向けば速球。
外を意識すれば内。
低めを待てば高さを変える。
ただ逆を投げるだけではない。
森川の構えと反応を見ながら、その都度変えていく。
有村がつぶやく。
「予想したのと違う展開になった時の対応力。その差が出とる」
正則が投げる。
森川が打つ。
内野へ転がった。
野手が捕球。
一塁へ送る。
「アウト!」
スリーアウト。
六回表も三者凡退
5番・宮原航平。
6番・石田琉生。
7番・森川拓海。
三人で攻撃終了。
鶴橋は五回に続いて六回も走者を出せなかった。
正則がベンチへ戻る。
有村がその横へ並んだ。
「あと三つ」
正則はスコアボードを見る。
10-2。
七回表の鶴橋打線は――
8番・片岡陸。
9番・伊藤千尋。
そして回れば、
1番・藤田悠生。
正則はグラブを握り直した。
府大会優勝まで。
全国大会出場まで。
完投まで。
あと3アウト。
次回予告
「あと三つ」
六回表。
鶴橋は正則の投球データを分析して勝負に出る。
しかし有村恒一郎は、そのデータを逆手に取った。
5番・宮原航平。
6番・石田琉生。
7番・森川拓海。
三人で攻撃終了。
有村が見抜いたのは、数字そのものではない。
データは傾向。
傾向は確率。
予想と違う一球が来た瞬間、打席の中でどれだけ早く対応できるか。
そして試合はいよいよ最終七回へ。
次の鶴橋打線は、
8番・片岡陸。
9番・伊藤千尋。
そして1番・藤田悠生。
大阪タイタンズ、10-2。
府大会優勝まで――
あと3アウト。
次回、
「あと三つ」
最後の一球まで、正則は攻め続ける。




