正捕手・有村
第○話「正捕手・有村」
四回終了。
大阪タイタンズ、10-2。
そして五回表。
タイタンズは捕手を交代する。
ここまで河内正則をリードしてきた藤原航に代わり、正捕手・有村恒一郎がマスクをかぶった。
正則がマウンドへ向かう。
有村もプロテクターを確認しながら、その後を追った。
「今日は完投狙うんか?」
投球練習が始まる前、有村が正則に声をかけた。
「正則」
「ん?」
「今日は完投狙うんか?」
正則は少し考えた。
府大会決勝。
これを勝てば、大阪府大会は終わる。
そして現在、10-2。
球数にも余裕がある。
「まぁ、府大会はこれで終わりやし、行ってもええんちゃう?」
有村がうなずく。
「分かった」
ここまで正則が投じた球数は――
4回45球。
三回に3連打で2点を失ったものの、四回は配球を変え、わずか6球で三者凡退。
スタミナには十分な余裕がある。
有村がマスクをかぶった。
「ほな、最後まで締めるで」
「おう」
正則がボールを握る。
有村がホームベース後方へ走った。
五回表 鶴橋ライオンズ
鶴橋打線も三巡目。
正則の速球はすでに見ている。
60キロ前後のおちょくりスローボールも見せられた。
だからこそ、有村は同じ順番では組み立てない。
初球。
速球。
ストライク。
次の球はコースを変える。
打者が振る。
内野へ転がる。
野手が落ち着いて処理。
アウト。
ワンアウト。
正則はすぐに有村から返球を受け取った。
テンポが速い。
余計な間を作らない。
一球目のおちょくりスローボール
二人目。
有村がサインを出す。
正則がうなずいた。
腕を振る。
打者は速球を想定して始動する。
しかし、ボールが来ない。
球速は――
60キロ前後。
おちょくりスローボール。
打者の身体が一瞬止まる。
だが、ただ遅いだけではない。
ボールはゆっくりとホームへ近づき――
外角のストライクゾーンぎりぎり。
「ストライク!」
打者が思わず球審を見る。
手を出せなかった。
有村は何事もなかったように返球する。
正則も表情を変えない。
次は速球。
打者は遅い球を意識したぶん、始動がわずかに遅れる。
打球は詰まった。
内野手が処理。
アウト。
ツーアウト。
二球目も、ぎりぎり
三人目。
有村はミットを構える。
正則が投げる。
速球。
打者がファウル。
そして有村が、もう一度サインを出した。
正則が小さくうなずく。
この回二球目のおちょくりスローボール。
腕の振りは変えない。
ボールだけが急激に速度を失ったように見える。
打者が待つ。
待つ。
それでも、まだ来ない。
「……っ!」
見送った。
ボールは――
今度もストライクゾーンの際。
「ストライク!」
鶴橋ベンチから声が漏れる。
「また入った……」
四回に続き、五回も同じだった。
正則のおちょくりスローボールは、智雄や星野ほど精度が高くない。
鶴橋はそう見ていた。
しかし、この日実際に投げられた超スローは、簡単に見逃せる球ではなかった。
遅い。
だがストライクになる。
しかもコースぎりぎり。
打者にとって最も厄介なのは、見逃してもストライクになることだった。
有村が最後のサインを出す。
正則が投げた。
今度は速い。
打者が振る。
打球は野手の正面。
捕球。
「アウト!」
スリーアウト。
わずか8球
五回表。
鶴橋ライオンズの攻撃は三人で終了。
河内正則が投じた球数は――
わずか8球。
おちょくりスローボールは2球。
その2球はいずれも、ストライクゾーンぎりぎりに決まった。
有村がマスクを外しながらマウンドへ向かう。
正則が笑った。
「どう?」
「ええやん」
「完投いけそう?」
有村は即答した。
「その球数で何言うてんねん」
正則が笑う。
五回終了時点で、正則の球数は――
53球。
残るは六回、七回。
完投まで、あと6つのアウト。
スコアは10-2。
しかし正則も有村も、点差を見て気を緩める様子はなかった。
三回には一度、鶴橋打線に捕まっている。
打率3割1分。
打ち勝つ野球で決勝まで来たチーム。
最後まで何が起こるか分からない。
有村がベンチへ戻りながら言った。
「正則」
「ん?」
「あと二回や」
正則はグラブを軽く叩いた。
「最後まで行くで」
次回予告
第○話「あと六つ」
五回表。
正捕手・有村恒一郎との新バッテリーで、河内正則が鶴橋打線を三者凡退。
わずか8球。
そのうち2球は、60キロ前後のおちょくりスローボール。
しかも2球とも、ストライクゾーンぎりぎり。
四回終了時45球だった球数は、五回を終えて53球。
完投まで、あと二イニング。
あと6つのアウト。
そして五回裏。
大阪タイタンズの攻撃は一番・梶原和樹から。
10-2。
全国大会まで、少しずつ近づいていく。
だが、まだ終わってはいない。
次回、
「あと六つ」
最後のアウトを取るまで、決勝戦は決勝戦だ。




