伊藤千尋、踏ん張れるか
「伊藤千尋、踏ん張れるか」
四回裏。
加藤亜由美の打球が、センタースタンドへ消えた。
スリーランホームラン。
6-2から9-2。
大阪タイタンズが一気に七点差まで突き放した。
しかも、まだノーアウト。
二番手・伊藤千尋にとっては、登板直後に浴びた痛烈な一発だった。
鶴橋ライオンズの監督が、すぐにベンチを出る。
「真ん中に寄りすぎてる」
監督がマウンドへ向かった。
伊藤千尋の周りに捕手・片岡陸と内野陣が集まる。
千尋は悔しそうにセンター方向を見ていた。
監督は責めるような口調ではなく、落ち着いて言った。
「千尋。球そのものは悪ない」
千尋が顔を上げる。
「はい」
「ただ、真ん中に寄りすぎてる。亜由美に打たれた球もそうや。低めではあったけど、コースが甘かった」
監督はホームベースの左右を指で示した。
「もう少し左右の幅を使え。内と外。それから高低のメリハリもつけろ。同じ高さ、同じようなコースに集めたら、タイタンズの打線には狙われる」
「はい」
「ボールになってもええ。際を使え。打たせるためにストライクを取りにいきすぎんな」
片岡もうなずいた。
「俺も広めに構える。思い切って投げてこい」
「分かった」
監督がベンチへ戻る。
千尋は一度、大きく息を吐いた。
次の打者は四番。
三宅奈緒。
四番・三宅奈緒
奈緒はゆっくりとバッターボックスへ入った。
さっきまでとは違う。
監督が直接マウンドへ行った。
当然、配球もコースも変えてくる。
奈緒はバットを構えながら考えた。
「まず二球、見よ」
打ちたい気持ちを抑える。
千尋がセット。
第一球。
片岡のミットは外角。
千尋が投げた。
際どい。
奈緒は動かない。
片岡が捕る。
「ボール!」
鶴橋ベンチから小さな声が上がる。
外角いっぱいを狙った球だった。
だが、ホームベースからボール半個ほど外れている。
奈緒は静かに球筋を確認した。
「なるほど。ちゃんと広くなった」
第二球。
今度は内角。
千尋が腕を振る。
これも際どい。
奈緒は見送った。
「ボール!」
2ボール。
今度も大きく外れたわけではない。
内角の際。
しかし、ボール半個ほどストライクゾーンから外れていた。
審判は取らない。
奈緒はここで確信した。
監督の助言通り、千尋は明らかに左右を広く使い始めている。
問題は――
ストライクを取りに来るとき。
そこを逃さない。
三球目
2ボール。
千尋としては、ここでストライクが欲しい。
片岡がミットを低めに構えた。
千尋が投げる。
今度はゾーンに入ってきた。
低い。
だが、ストライク。
奈緒の目が一気に変わった。
「そこ!」
踏み込む。
腰を回す。
バットの芯がボールを捉えた。
「カキィィィン!」
高い打球がレフト方向へ舞い上がる。
レフト・宮原航平が後退する。
まだ下がる。
フェンス際まで走る。
見上げる。
「入るぞ!」
打球はそのまま――
レフトスタンドへ。
「ホームラン!」
三宅奈緒は打球を確認すると、静かに一塁へ走り出した。
ソロホームラン。
亜由美のスリーランに続く二者連続本塁打。
スコアは――
大阪タイタンズ 10-2 鶴橋ライオンズ。
八点差。
タイタンズベンチが再び沸き上がった。
ホームへ戻ってきた奈緒を、亜由美が最初に迎える。
「奈緒、続いた!」
「最初の二球見たんが大きかったわ」
「やっぱり配球変わってた?」
「めっちゃ変わってた。左右広くなった。でも、ストライク欲しくなったところだけ見てた」
真央も同じことを記録していた。
「監督の指示後、最初の二球は左右の際。どちらもボール半個程度外れてボール判定」
絵里が続ける。
「そのあと2ボールになって、ストライクを取りにきた低めを奈緒が仕留めた」
川原監督は喜びながらも、すぐ選手たちへ声をかける。
「よう見た! でも次からまた変えてくるぞ!」
その通りだった。
鶴橋も黙って打たれ続けるチームではない。
千尋はマウンドで新しいボールを受け取った。
二者連続本塁打。
それでも、まだアウトは一つも取れていない。
そして次の打者は――
五番・藤原航。
千尋はロジンバッグを握った。
一度、深呼吸する。
左右を使う。
高低を使う。
ただし、際を狙いすぎればボールになる。
ストライクを欲しがれば、今度はタイタンズ打線がそこを狙ってくる。
四回裏。
大阪タイタンズ、10-2。
鶴橋ライオンズにとって、ここから先は一点も簡単には与えられない。
次回予告
「八点差、それでも攻める」
亜由美のスリーラン。
そして三宅奈緒のソロホームラン。
大阪タイタンズは四回裏だけで4点を追加。
10-2。
八点差。
しかも、まだノーアウト。
鶴橋二番手・伊藤千尋は、監督の助言を受けて左右と高低を使い始めた。
しかし際どい二球を見送られ、2ボール。
ストライクを取りにいった低めを三宅に仕留められた。
続く五番は藤原航。
六番・宮本さくら。
七番・川上眞子。
タイタンズ打線は止まらない。
だが大量点差になったからこそ、雑な攻撃はしない。
そして鶴橋も、打ち勝つ野球で決勝まで来た意地がある。
次回、
「八点差、それでも攻める」
四回裏は、まだ終わらない。




