配球を変えろ
「配球を変えろ」
三回を終えて、6-2。
大阪タイタンズが4点をリードしている。
しかし、三回表に鶴橋ライオンズは二死走者なしから三連打を放ち、2点を返した。
一巡目とは明らかに違う。
正則の速球に、目が合ってきている。
四回表。
マウンドへ向かう河内正則の横を、藤原航が歩いていた。
「正則。そろそろ混ぜるか」
「ああ」
二人が言っているのは、もちろん60キロ前後のおちょくりスローボールだった。
ここまでは二回に一球使っただけ。
正則はボールを握りながら言った。
「この回からランダムで入れよ」
「決め球だけやなく?」
「うん。初球でも、追い込んでからでも。速球の間に突然入れる」
藤原が笑う。
「それ、打つ方めっちゃ嫌やぞ」
「嫌がってもらおうや」
決め球として使うとは限らない。
見せ球とも限らない。
いつ来るのか分からない。
そして正則は、智雄や星野ほど超スローボールの精度が高いとは思われていなかった。
鶴橋ベンチも、そこを一つの判断材料にしていた。
ところが――。
その認識が、この回から崩れ始める。
四回表 鶴橋ライオンズ
先頭打者が打席へ入る。
藤原がサインを出した。
正則がセット。
いつもの速球とほとんど変わらない腕の振り。
打者も速球を想定して始動する。
しかし、ボールが来ない。
「……え?」
球速表示。
60キロ前後。
ふわりと見えるほど遅い。
それなのにコースは――
内角いっぱい。
「ストライク!」
打者はバットを出すことさえできなかった。
反応は、ただ一つ。
「え?」
鶴橋ベンチもざわつく。
「今の入っとるぞ」
「正則、あそこまで投げられるんか?」
正則は何事もなかったように藤原から返球を受け取った。
そして次の球。
同じフォームから腕を振る。
今度は――
「ズバーン!」
約140キロ。
外角いっぱい。
「ストライク!」
打者の身体が完全に遅れた。
内角いっぱいの約60キロ。
その直後に、外角いっぱいの約140キロ。
速度差は約80キロ。
しかも左右の幅まで最大限に使われる。
打者の視線も、身体のタイミングも追いつかない。
最後は詰まらされてアウト。
ワンアウト。
正則が藤原を見る。
藤原が小さくうなずく。
狙い通りだった。
「次はどっちや」
二人目の打者が入る。
当然、頭には直前の配球が残っている。
超スローが来るかもしれない。
だが140キロも来る。
正則が投げた。
速球。
打者が振る。
ファウル。
次。
今度は球速を落とした速球。
タイミングが微妙にずれる。
そして突然――
また超スロー。
今度は打者が待とうとした。
だが意識しすぎて身体が止まる。
ストライク。
追い込まれる。
「どっちや……」
速いのか。
遅いのか。
正則が投げる。
今度は速球。
打者が慌ててバットを出した。
打球は力のない内野ゴロ。
処理されてアウト。
ツーアウト。
三人目
鶴橋ベンチも声を飛ばす。
「スローだけ気にすんな!」
「速球もあるぞ!」
その通りだった。
だが、それが難しい。
145キロまで出る投手を相手に、60キロ前後の球も同時に待たなければならない。
しかも超スローがストライクゾーンへ入ってくる。
見逃していい球ではない。
三人目。
初球。
正則が投げる。
打者は一瞬だけ待った。
その一瞬が遅れにつながる。
速球。
ストライク。
二球目。
藤原がミットを構える。
正則が腕を振った。
打者も始動する。
だが、また速度が違う。
バットを出す。
完全にタイミングを外された。
力のない打球。
内野手が処理する。
「アウト!」
スリーアウト。
わずか6球
四回表。
鶴橋ライオンズ、三者凡退。
正則が投じたのは――
わずか6球。
一回と同じ球数だった。
しかし内容はまるで違う。
一回は速球だけで球速帯とコースを変え、三人を詰まらせた。
四回は、そこへ60キロ前後のおちょくりスローボールをランダムに投入した。
内角いっぱいへ60キロ前後。
その直後、外角いっぱいへ約140キロ。
速球の次に超スローが来ることもあれば、超スローを意識させたまま速球で押すこともある。
打者からすれば、どちらか一方に狙いを絞れない。
真央が記録を見ながら言った。
「これ、かなり効いてる」
絵里もうなずく。
「三回は速球にタイミングを合わせられてた。でも今度は、始動するタイミングそのものが分からなくなってる」
鶴橋側の読みも外れた。
智雄や星野ほど、正則の超スローボールは精度が高くない。
そう見ていた。
ところが実際には――
内角いっぱいにも投げられる。
しかも直後に約140キロを外角いっぱいへ投げ込める。
川原監督はベンチから正則を見た。
ただし、表情は緩めない。
「効いとるからいうて投げすぎんなよ!」
マウンドから戻る正則が答える。
「分かってます!」
藤原が横から言う。
「お前、楽しくなって投げまくりそうやからな」
「俺をなんやと思ってんねん」
「おちょくりたがり」
「投手として最低の分類やないか!」
亜由美が二塁から戻ってきながら笑った。
「名前からして、おちょくりスローボールやん」
「それは否定できん!」
ベンチに小さな笑いが起きた。
それでもスコアは変わらない。
鶴橋ライオンズ 2-6 大阪タイタンズ。
そして四回裏。
打順は一番・梶原和樹から。
三回裏を正則のサードライナーで終えたため、タイタンズは絶好の打順から攻撃を始められる。
一方の大西晴斗は、すでに大量の球数を投げている。
試合は後半へ向かい始めていた。
次回予告
「一番からの四回裏」
四回表。
河内正則が配球を変えた。
60キロ前後のおちょくりスローボールをランダムに投入。
内角いっぱいへの超スロー。
直後には外角いっぱいへ約140キロ。
三回に速球へ合わせ始めていた鶴橋打線は、再びタイミングを崩される。
結果は三者凡退。
わずか6球。
そして四回裏。
大阪タイタンズは一番・梶原和樹から始まる好打順。
鶴橋先発・大西晴斗は、すでに序盤から大量の球数を投げ続けている。
梶原。
朝倉美羽。
加藤亜由美。
三宅奈緒。
上位打線が三巡目へ入る。
次回、
「一番からの四回裏」
投げさせ続けてきた球数が、いよいよ試合に影響を及ぼし始める。




