サイドスローの死角
「サイドスローの死角」
四回を終えて、大阪タイタンズが2-0とリード。
天王寺ゴールデンスターズは、70球以上を投げた先発・神崎拓海を降ろし、左サイドスローの工藤礼音へ継投していた。
四回表、タイタンズはワンアウト満塁まで攻めながら無得点。しかし、その短い登板の中でも森下真央と新田絵里は工藤の投球を詳細に記録していた。
事前に集めていたデータと、実際に目の前で投げている球を重ねる。
そこから、二つの傾向がはっきり見えてきた。
左打者に対しては、インコースを狙った球が甘くなりやすい。
右打者に対しては、外角高めがやや真ん中寄りへ入ってくる。
ただし、横から入ってくる工藤の球を強引に引っ張れば、詰まらされる可能性が高い。
五回表を前に、川原監督は打者たちへ指示を出した。
「引っ張りにいくな。左打者は右中間からセンター。右打者は左中間からセンター。そこへ強い打球を返せ」
甘い球は逃さない。
しかし、投球の角度には逆らわない。
タイタンズは狙いを統一して五回の攻撃へ入った。
五回表 大阪タイタンズ
先頭は九番。
ここまで好投を続けている池永智雄だった。
智雄は打席へ向かいながら、天王寺の守備位置を確認する。
三塁手がベースより後ろに下がっている。
智雄は何事もなかったように右打席へ入った。
工藤がセットする。
投球動作に入った瞬間――
智雄がバットを寝かせた。
「バント!」
三塁線へ転がった。
意表を突くセーフティバント。
三塁手が慌てて前へ出る。
素手でつかんで一塁へ送球するが、智雄はすでにベース目前。
一塁を駆け抜ける。
「セーフ!」
池永智雄、セーフティバント成功。
ノーアウト一塁。
ベンチの真央がすぐに記録する。
守備位置を見た智雄自身の判断だった。
一番 梶原和樹
ノーアウト一塁。
工藤は智雄を警戒しながら梶原と対する。
梶原は外角を意識する。
右打者に対しては、外角高めを狙った球が少し真ん中へ入る。
それが真央と絵里から伝えられた狙い球だった。
工藤が投げ込む。
外角高め。
だが、完全な外いっぱいではない。
少し甘い。
梶原が踏み込んだ。
強振。
「カキーン!」
鋭い打球が左中間方向へ飛んだ。
センターとレフトが追う。
その間に智雄は二塁を蹴る。
梶原も一塁を回った。
外野から返球が戻るころには、智雄が三塁へ。
梶原が二塁へ滑り込む。
ツーベースヒット。
ノーアウト二、三塁。
タイタンズが一気に追加点の好機を作った。
二番 宮本さくら
さくらも簡単には打ちにいかない。
工藤の投球を一球ずつ見極める。
ファウル。
ボール。
またファウル。
追い込まれても打席を終わらせない。
工藤が六球目を投げる。
カット。
七球目。
これもファウル。
八球目。
ボール。
九球目も粘る。
そして――
十球目。
さくらが振り抜いた。
打球はセンターへ高く上がった。
センター・藤崎陸が落下地点へ入る。
三塁の智雄がベースへ戻った。
藤崎が捕球。
「タッチアップ!」
智雄がスタート。
センターから本塁へ返球される。
智雄がホームを駆け抜けた。
犠牲フライ。
大阪タイタンズ、追加点。
3-0。
その間に二塁走者の梶原もタッチアップ。
三塁へ進む。
ワンアウト三塁。
三番 朝倉美羽
川原監督がサインを出した。
美羽が確認する。
三塁の梶原も確認した。
工藤がセットポジションに入る。
投球動作へ。
その瞬間、梶原がスタート。
美羽がバントの構えを見せる。
「スクイズ!」
工藤のボールを確実に転がした。
内野手が前へ出る。
梶原は止まらない。
打球を処理して一塁へ送球。
美羽はアウト。
しかし梶原はすでに本塁へ到達していた。
スクイズ成功。
さらに一点。
大阪タイタンズ 4-0 天王寺ゴールデンスターズ。
ツーアウト、走者なし。
セーフティバント。
ツーベース。
犠牲フライ。
スクイズ。
一つの長打と小技を組み合わせ、タイタンズが二点を追加した。
四番 三宅奈緒
走者はいない。
それでも奈緒は工藤を楽には終わらせなかった。
初球を見極める。
二球目。
ストライク。
三球目。
ファウル。
工藤は横から外角へ投げ込む。
奈緒は無理に引っ張らない。
追い込まれてもカットする。
六球。
七球。
八球。
九球。
打席が終わらない。
工藤もコースを変える。
奈緒も対応する。
十球目。
ファウル。
十一球目。
ボール。
十二球目。
カット。
十三球目。
またファウル。
十四球目も決まらない。
そして――
十五球目。
工藤が投じた。
奈緒が踏み込む。
振り抜いた。
快音が響いた。
「カキーン!」
打球はレフトへ高く上がる。
しかも深い。
レフトが後退する。
さらに下がる。
フェンスが迫る。
タイタンズベンチから声が上がった。
「行け!」
奈緒も打球を見ながら走る。
レフトがフェンス際まで下がった。
グラブを伸ばす。
捕球。
「アウト!」
スリーアウト。
奈緒が悔しそうに打球の行方を見る。
あと少し。
もうひと伸びしていれば、ホームランだった。
それでも工藤に15球を投げさせた末の大飛球だった。
五回表終了
大阪タイタンズ 4-0 天王寺ゴールデンスターズ。
タイタンズは五回にも二点を追加した。
九番・池永智雄が、三塁手の守備位置を見てセーフティバント。
一番・梶原和樹が、右打者に対して甘くなる外角高めを捉えてツーベース。
二番・宮本さくらは10球粘った末にセンターへの犠牲フライ。
三番・朝倉美羽がスクイズ。
四番・三宅奈緒は15球粘り、あとわずかでホームランというレフトへの大飛球。
工藤の左サイドスローを強引に引っ張らず、右打者は左中間からセンター、左打者は右中間からセンターを基本にする。
真央と絵里が見つけたデータが、実際の攻撃へ結びついていた。
そして攻撃を終えた智雄は、グラブを手に再びマウンドへ向かう。
スコアは4-0。
天王寺打線は智雄の速球に少しずつ目が慣れ始めている。
しかし智雄には、まだ相手のタイミングを根本から壊す一球がある。
140キロ近い速球。
そして、同じようなフォームから投じる――
60キロ前後の超スローボール。
五回裏 天王寺ゴールデンスターズ
智雄が投げる。
まずは速球。
手元で伸びる。
打者が振る。
ファウル。
次は外角。
また速球。
打者は今度こそタイミングを合わせようとする。
そして次の一球。
智雄のフォームは変わらない。
打者が始動する。
ところが、ボールが来ない。
60キロ前後。
超スローボール。
打者の身体だけが先に前へ出る。
崩された体勢からバットが出る。
タイミングが合わない。
次の打者も同じだった。
超スローを意識する。
そこへ智雄が速球を投げ込む。
今度は振り遅れる。
そして速球へ合わせ直したところで、再び超スロー。
天王寺の打者たちは次第に、自分たちの打撃フォームを保てなくなっていく。
速球か。
超スローか。
その迷いが生まれた時点で、智雄と藤原航のバッテリーはさらに内外角を使い始める。
智雄は淡々とアウトを積み重ねた。
五回裏も天王寺は無得点。
4-0。
大阪タイタンズが、決勝進出へさらに一歩近づいた。
次回予告
第○話「残り二回」
五回終了。
大阪タイタンズ、4-0。
池永智雄は140キロ近い速球と60キロ前後の超スローボールで、天王寺打線のタイミングを崩し続ける。
しかし、決勝進出はまだ決まっていない。
残るは六回、七回。
天王寺ゴールデンスターズも、ここまで防御率1.56で勝ち上がってきた強豪。
このまま終わるつもりはない。
一方、タイタンズには河内正則と星野慎一が控えている。
智雄をどこまで引っ張るのか。
それとも終盤で継投へ入るのか。
そして打線は、左サイドスロー・工藤礼音からさらに追加点を奪えるか。
次回、
「残り二回」
決勝進出まで、あと六つのアウト。




