内角が甘くなる
「内角が甘くなる」
三回を終えて、大阪タイタンズが2-0とリード。
大量点はない。
だが、天王寺ゴールデンスターズの先発・神崎拓海には、初回から徹底して球数を投げさせている。
そして四回表。
タイタンズ打線は、さらに神崎を追い詰めていった。
四回表 大阪タイタンズ
三番・朝倉美羽からの攻撃。
美羽は初球から振り急がなかった。
外角へのボールを見送る。
ストライクを取られても、際どい球はファウルにする。
神崎も簡単には甘い球を投げない。
それでも美羽は粘った。
最後は低めへ外れる。
「ボール、フォア!」
四球。
ノーアウト一塁。
続く四番・三宅奈緒。
奈緒も同じだった。
前の打席では8球目をレフト線へ運び、三塁打を放っている。
当然、神崎も警戒している。
外角中心の配球。
奈緒は無理に手を出さない。
追い込まれてからはファウル。
そして、フルカウントからボール球を見極めた。
「フォアボール!」
二者連続四球。
ノーアウト一、二塁。
天王寺ベンチが動き始める。
ブルペンでは、左腕が投球練習を始めていた。
五番 藤原航
先ほど犠牲フライで先制点を挙げた航。
神崎が投げ込む。
航が振り抜いた。
「カンッ!」
強烈な打球が神崎の方向へ飛ぶ。
神崎が反射的にグラブを出した。
「アウト!」
ピッチャーライナー。
二塁走者の美羽、一塁走者の奈緒はすぐに帰塁する。
神崎も落ち着いてボールを保持した。
ワンアウト一、二塁。
六番 加藤亜由美
ここからが、また長かった。
亜由美は簡単に打席を終わらせない。
神崎の球を見極める。
追い込まれてもカット。
外角。
ファウル。
内角。
ファウル。
低め。
見送る。
神崎が投げるたび、球数が増えていく。
八球目。
ファウル。
九球目。
ボール。
そして十球目。
神崎が投じたボールは、ストライクゾーンを外れた。
「ボール、フォア!」
亜由美が一塁へ歩く。
美羽が三塁。
奈緒が二塁。
亜由美が一塁。
ワンアウト満塁。
そして神崎の球数は、ついに70球を超えた。
天王寺ベンチから監督が出てくる。
神崎のもとへ内野陣が集まった。
やがて球審へ交代が告げられる。
神崎拓海、降板。
タイタンズは大量得点こそ奪えなかったものの、徹底して粘り続け、天王寺の先発を四回途中でマウンドから降ろした。
二番手 工藤礼音
天王寺が投入したのは、工藤礼音。
左のサイドスロー。
神崎とは投球角度がまるで違う。
左腕が横から出てくる。
タイタンズ打線にとって、ここからは新しい投手への対応が必要になる。
しかも状況はワンアウト満塁。
七番・川上眞子。
工藤は横手から外角へ投げ込んだ。
眞子も粘ろうとするが、神崎とはボールの見え方が違う。
最後は詰まらされた。
内野フライ。
ツーアウト満塁。
続く八番・村瀬涼太。
工藤は腕の角度を変えず、低めへ集める。
村瀬が打ち返す。
しかし打球は内野正面。
処理され、一塁アウト。
スリーアウト。
四回表、タイタンズ無得点。
満塁まで攻めながら、追加点は奪えなかった。
スコアは2-0のまま。
それでもタイタンズのスコアラー席では、すぐに次の作業が始まっていた。
工藤礼音を分析する
森下真央と新田絵里は、事前に集めていた工藤のデータと、たった今マウンドで投げたボールを重ね合わせる。
リリースポイント。
球速。
左右の打者への配球。
ボールの高さ。
ストライクゾーン内での分布。
そして、二人の目が同じ場所で止まった。
真央が左打者への投球分布を拡大する。
「やっぱり出てる」
絵里もうなずいた。
左打者への内角。
厳しく胸元へ投げ切れた球もある。
しかし、それ以上に目立つ場所がある。
左打者のインコースを狙った球が、やや真ん中へ入る。
事前データでも確認されていた傾向だった。
そして今日の投球でも同じ傾向が出ている。
真央はすぐに川原監督へ伝える。
「左打者にはインコースです。厳しく来る球もありますけど、甘くなる割合が高いです」
さらに右打者へのデータを表示する。
こちらは違った。
「右打者には外角高め」
絵里が指し示す。
「外いっぱいを狙った球が、少し中へ戻っています」
つまり工藤に対する狙いは明確になった。
左打者は、甘く入る内角。
右打者は、真ん中寄りへ入る外角高め。
ただし、無理に追わない。
そこへ来なければ、これまで通り見極める。
タイタンズは満塁の好機を逃した直後から、すでに次の攻撃へ向けた準備を始めていた。
四回裏 天王寺ゴールデンスターズ
そして再び、池永智雄がマウンドへ上がる。
藤原航が座る。
智雄はサインを見る。
うなずいた。
天王寺打線も二巡目に入り、智雄の伸びのある速球に少しずつタイミングを合わせようとしていた。
ならば――。
智雄が投げる。
速球。
内角へ伸びる。
ファウル。
次は外角。
同じフォームから速球。
打者は振り遅れる。
そして、その次。
智雄は同じように足を上げた。
腕の振りも大きく変わらない。
天王寺の打者は速球を待って始動する。
ところが。
ボールが、来ない。
「……!」
時速60キロ前後。
超スローボール。
速球との球速差は70キロ以上。
しかも、ただ山なりに放るボールではない。
高い回転を保ったまま、ストライクゾーンへ入ってくる。
速球に合わせていた打者の身体が前へ突っ込んだ。
それでもバットを止められない。
スイング。
タイミングは完全に外された。
天王寺ベンチがざわつく。
次の打者。
今度は当然、超スローボールが頭にある。
智雄が投げる。
今度は速球。
「バシッ!」
打者の振りが遅れる。
ファウル。
もう一球。
外角への速球。
打者は今度こそ速球に合わせる。
そして智雄は、また同じフォームから――
超スローボール。
打者の身体が止まらない。
タイミングが崩れる。
天王寺打線は次第に、自分たちの打撃フォームを保てなくなっていった。
速球を待てば、超スローが来る。
超スローを意識すれば、手元で伸びる速球に遅れる。
しかも智雄は、超スローボールを連投しない。
忘れかけたところで混ぜる。
内角。
外角。
高低。
その中に突然、60キロ前後の一球が入ってくる。
打者の足が早く着く。
上体が前へ出る。
次の速球では差し込まれる。
藤原航は、その崩れを見ながら配球を組み立てていく。
智雄は淡々と投げ続けた。
タイタンズが攻撃で相手投手のリズムを粘りによって崩すなら、守備では智雄が圧倒的な緩急差で天王寺打線のリズムを崩していく。
四回裏。
天王寺は得点を奪えない。
スコアは、
大阪タイタンズ 2-0 天王寺ゴールデンスターズ。
準決勝は終盤へ向かう。
そして次のタイタンズの攻撃では、工藤礼音に対する狙い球が、すでにはっきりしていた。
次回予告
第○話「サイドスローの死角」
神崎拓海を70球以上投げさせ、ついにマウンドから降ろした大阪タイタンズ。
しかし二番手・工藤礼音の左サイドスローを前に、ワンアウト満塁の好機を生かせなかった。
それでも真央と絵里は見逃さない。
左打者には、甘く入るインコース。
右打者には、真ん中へ寄ってくる外角高め。
五回。
打順は九番から。
一巡すれば、再び上位打線へつながる。
一方の池永智雄は、140キロ近い速球と60キロ前後の超スローボールを織り交ぜ、天王寺打線のタイミングを狂わせていく。
2-0。
まだ安全圏ではない。
天王寺の防御率1.56を支える二番手を、今度こそ打ち崩せるか。
次回、
「サイドスローの死角」
全国大会まで、あと二勝。




