防御率1.56をどう崩す
大阪府大会・準決勝前日
「防御率1.56をどう崩す」
準々決勝で岸和田キャッスルズを8-0で破った大阪タイタンズ。
だが、ベスト4まで来れば、簡単な相手など残っていない。
準決勝の相手は――
天王寺ゴールデンスターズ。
ここまでのチーム防御率は、
1.56。
しかも厄介なのは、一人の絶対的エースに頼った数字ではないことだった。
タイプの違う先発級投手が三人いる。
試合前日のミーティングルーム。
川原監督がホワイトボードに大きく書いた。
天王寺ゴールデンスターズ
その横に、
防御率1.56
と書き加える。
「岸和田みたいに、途中から投手の弱点を探し始めたら遅い」
「明日は最初から狙いを決めて入るぞ」
森下真央と新田絵里がタブレットを大型モニターへ接続した。
真央が立ち上がる。
「まず投手陣から説明します」
天王寺ゴールデンスターズ投手データ
先発候補1 神崎拓海
右投げの本格派。
ここまでの防御率は1点台前半。
球速は135キロ前後。
最大の特徴はストライク先行。
四球が少なく、追い込んでから外角低めで打ち取るタイプだった。
絵里が投球分布を表示する。
「ただし、特徴があります」
画面の内角部分だけ、少し色が濃い。
「右打者、左打者ともに、内角を狙ったボールが半個から一個分、真ん中寄りに入っています」
正則が画面を見る。
「内角が甘い?」
「はい」
真央が答える。
「特にカウントを取りに来た時です」
初球。
1-0。
2-1。
こうした打者有利、あるいは早いカウント。
神崎は内角へストライクを取りに来る傾向が強い。
しかし完全なインコースには投げ切れず、
内角高めから真ん中寄り。
内角低めから真ん中寄り。
そこへ集まる。
川原監督が言った。
「つまり、振るならそこや」
「外角の難しい球まで追いかける必要はない」
先発候補2 早坂怜央
左投げ。
球速は神崎より遅い。
130キロ前後。
しかし、タイミングが取りにくい。
一度足を高く上げてから、わずかに間を作る。
そこから腕が出てくる。
亜由美が映像を見る。
「球速以上に速く見える」
真央がうなずいた。
「リリースポイントが前なんです」
しかも左投手。
右打者に対してクロス気味に入ってくる。
「ただし」
絵里が次のデータを表示する。
「早坂投手も同じです」
内角への投球チャート。
やはり真ん中寄りに集まる場所がある。
特に右打者への内角低め。
狙いすぎるとシュート回転して中へ戻ってくる。
藤原航が聞く。
「そこを引っ張る?」
「基本はそうです」
真央が答える。
「ただし、早坂投手は外角を捨てすぎると外だけで組み立ててきます」
川原監督が補足した。
「内角一本待ちやない」
「内角に来たら逃さない、や」
先発候補3 桐生蒼太
三人目は技巧派。
球速は120キロ台後半。
三人の中では最も遅い。
しかし防御率はほとんど変わらない。
理由は制球力。
低め。
外角。
高め。
左右。
ほぼ狙った場所へ投げられる。
眞子が首をかしげる。
「このピッチャーが一番面倒じゃないですか?」
「その可能性があります」
真央が答える。
桐生は三振を大量に取る投手ではない。
代わりに、
芯を外す。
打たせる。
守らせる。
七球、八球かかる打席が少ない。
少ない球数でアウトを重ねる。
川原監督が言った。
「こいつ相手に早打ちしたら向こうの思うつぼやな」
三投手の共通点
そして真央が一枚の比較表を出す。
神崎。
早坂。
桐生。
タイプは全く違う。
しかし、一つだけ共通した傾向が出ていた。
内角球が、完全な内角よりもやや真ん中へ集まりやすい。
特にストライクを先に欲しい場面。
川原監督がホワイトボードを叩く。
「ここ」
内角寄りの甘いストライク。
「これが明日の第一狙い」
奈緒が聞く。
「初球でも?」
「行け」
川原監督は即答した。
「そこへ来たら初球でも振れ」
「ただし外角のボール球を追って助けるな」
天王寺打線
次は相手打線。
絵里が資料を切り替える。
ここも簡単ではなかった。
天王寺ゴールデンスターズは、投手力だけのチームではない。
チーム打率も高い。
特に上位打線の出塁率が高かった。
1番 藤崎陸
センター。
俊足。
初球から振れるが、四球も選べる。
出塁すると二盗を積極的に狙う。
「塁に出したくないタイプです」
藤原航がうなずく。
「クイックと牽制、最初から意識する」
2番 倉橋悠斗
二塁手。
送りバント、右打ち、エンドラン。
典型的なつなぎ役。
ただし打率も高い。
「バントだけと思わない方がいいです」
真央が言った。
「初球ストライクを取りに来ると普通に打ってきます」
3番 水島蓮
ショート。
チーム最高クラスのミート力。
外角への対応力が高く、逆方向へ強い打球を飛ばせる。
正則が映像を見ながら言う。
「外で勝負したら危ないな」
航が答える。
「内も見せる」
4番 城戸大雅
一塁手。
長打力はチームトップ。
ここまでホームランも複数。
特に、
真ん中から内角。
ここを得意としている。
絵里が言う。
「この打者だけは、さっきの投手攻略とは逆です」
「甘い内角は絶対ダメです」
星野慎一が笑う。
「投げる側は徹底して外か」
「外だけでも読まれます」
藤原航が答えた。
「高さも使う」
5番 松永航平
ライト。
勝負強い中距離打者。
得点圏打率が高い。
四番を警戒して歩かせると、この打者が待っている。
川原監督が言った。
「四番だけ見てたらやられる打線や」
6番以降
下位打線にも共通点があった。
三振が少ない。
簡単には終わらない。
ファウルで粘る。
ゴロでも全力疾走。
そして二死からでも出塁すると上位へつなぐ。
真央がまとめる。
「天王寺は大量点を取るチームではありません」
「でも」
一点を取る確率が高い。
それが防御率1.56の投手陣と組み合わさる。
一点。
二点。
三点。
そのリードを守り切る。
これが天王寺の勝ち方だった。
タイタンズの準決勝作戦
川原監督が最後にホワイトボードを整理した。
攻撃
内角が真ん中寄りに入った球を逃さない。
難しい外角球を無理に追わない。
早打ちだけにはならず、球数を投げさせる。
三投手それぞれに待ち方を変える。
出塁したら送りバント、盗塁、進塁打を使い、一点ずつ取る。
守備
1番藤崎を出さない。
2番倉橋の小技を警戒。
3番水島には逆方向を意識した守備。
4番城戸へ甘い内角は禁止。
五番以降にも気を抜かない。
そして――
「明日は8点なんて考えるな」
川原監督が言った。
「一対〇でも勝ちは勝ちや」
「防御率1.56の相手に、最初から大量点を取りに行ったら崩される」
正則がうなずく。
亜由美もバットを握り直す。
智雄。
慎一。
航。
眞子。
美羽。
全員の表情が変わる。
準々決勝までとは違う。
今度の相手は、
簡単には点をくれない。
真央が最後のページを表示した。
そこには一行だけ書かれていた。
「一点を雑に扱った方が負ける。」
川原監督が静かに言う。
「準決勝や」
「全国まで、あと二つ」
そして翌日。
大阪タイタンズは、防御率1.56の天王寺ゴールデンスターズとの一戦へ向かう。




