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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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秘密のボール

 タイタンズが隠していた“秘密兵器”は、智雄だけではなかった。


 実は――


 河内正則

 星野慎一


 この二人も、


 智雄から教わった“超スローボール”を投げられるのである。


 ただし。


 完成度が別格なのは智雄。


 正則と慎一は、あくまで“見せ球”として使えるレベル。


 だが、それでも十分脅威だった。


 試合前のブルペン。


 藤原航がミットを構える。


 正則が軽く投げる。


 ふわっ……


 まるで浮くような軌道。


 60キロ台。


 航が思わず苦笑する。


「遅っ……!」


 次の瞬間。


 今度は全力。


 ズドン!!


 140キロ近い速球。


 同じ腕の振り。


 同じフォーム。


 タイミング感覚が完全に狂う。


 航がミットを見つめる。


「これ、打席で見たら絶対気持ち悪いわ……」


 正則が笑う。


「智雄の見て覚えた」


 さらに星野慎一。


 慎一も試しに投げる。


 ふわり。


 完全に山なり。


 だが次の球は、糸を引くような速球。


 真央がタブレットを見ながら言う。


「……球速差、70キロ以上あります」


 絵里も苦笑。


「打者、絶対タイミング壊れますね」


 ただ。


 川原監督は、そこに釘を刺していた。


「多用するな」


「“ここぞ”だけや」


 三人とも、うなずく。


 超スローボールは強力。


 だが、見慣れれば対応される危険もある。


 だからこそ、


 “初見”


 が重要。


 そして何より。


 岸和田キャッスルズは、


 まだその情報を掴めていない。


 分析班も、


 配球

 球速

 コース傾向


 は徹底的に調べている。


 だが、


 “極端な緩急”


 だけは、データに存在しない。


 タイタンズが完全に隠していたからだ。


 真央が静かに言う。


「……もし終盤、相手が速球に慣れたところで使ったら」


 絵里が続ける。


「一気にタイミング崩れます」


 藤原航がミットを叩く。


「つまり」


「最後の最後に、爆弾投げ込むってことやな」


 ベンチの端。


 智雄は静かにグラブをはめ直していた。


 その表情は、いつも通り冷静。


 だが目だけは鋭い。


 野球しか頭になかった少年は、


 今や“試合を壊せる武器”を手にしていた。


 そしてその武器は、


 まだ岸和田に一度も見つかっていない。




2回表 岸和田キャッスルズの攻撃


スコアは 0-0。


マウンドには引き続き、星野慎一。


1回は三者凡退。


だが岸和田打線も、ただやられたままでは終わらない。


打席には、


4番 黒川大雅


岸和田の主砲。


ベンチから声が飛ぶ。


「インハイや!」


「振り負けるな!」


黒川も大きくうなずく。


初球。


ズバァン!!


内角。


だが、ただの内角ではない。


左打者の黒川から見ると、


まるで身体へ向かって飛んでくるような軌道。


思わずのけぞる。


ストライク。


「えっ?」


黒川が振り返る。


キャッチャーの航は何も言わない。


球審だけが淡々とコールする。


「ストライク!」


岸和田ベンチがざわつく。


「今の入るんか?」


「めっちゃ食い込んだぞ」


二球目。


今度は外角。


だが。


右打者ならボールに見える位置。


そこからわずかに戻ってくる。


ストライク。


黒川が首を振る。


完全に狙い球が狂っている。


三球目。


高めの速球。


振った。


だが差し込まれる。


打球はセカンドゴロ。


宮本さくらが捕球。


一塁送球。


ワンアウト。


5番 藤堂陸


藤堂も強打者。


だが。


今度は星野が高低差を使う。


高め。


低め。


内角。


外角。


全く同じ球が来ない。


カウント1-2。


追い込む。


最後は内角低め。


詰まらせる。


打球はショート。


川上眞子が軽快に処理。


ツーアウト。


岸和田ベンチ。


監督が腕を組む。


「……変やな」


柴崎も眉をひそめる。


「前の映像より球動いてません?」


そして。


6番 井坂優真


ここで。


藤原航が初めてサインを変える。


星野がうなずく。


井坂は完全に速球待ち。


今日ここまで。


星野はほぼ速球主体。


だから当然だった。


初球。


速球。


ストライク。


二球目。


速球。


ファウル。


0-2。


井坂は次も速球を待つ。


岸和田ベンチもそう思っている。


そこで。


星野が投げた。


ふわり。


まるで浮くような軌道。


「……え?」


井坂の身体が止まる。


待っていたタイミングより、


はるかに遅い。


バットだけが先に出る。


身体は前。


ボールはまだ来ない。


空振り。


三振。


スリーアウトチェンジ。


球場がざわつく。


井坂自身が一番驚いていた。


「な、なんや今の……」


岸和田ベンチ。


全員が顔を見合わせる。


柴崎が慌てて真央たちの資料に近い自軍データをめくる。


しかし。


どこにもない。


「こんなんあったか?」


「いや、見たことない」


「データに無いぞ」


監督も険しい顔。


「なんやあの球……」


井坂がベンチへ戻る。


まだ混乱している。


「最後の球……」


「速球やと思ったら全然来んかった……」


柴崎が言う。


「そんな球、今まで投げてへん」


監督が低くつぶやく。


「隠してたんか……」


そして。


岸和田打線に、最初の異変が起き始める。


頭の中に、


あの球が残る。


速球が来るかもしれない。


いや。


またあの遅い球かもしれない。


その迷いが、


ほんのコンマ数秒、


スイングを遅らせる。


タイタンズベンチ。


真央が小さく笑う。


「見せましたね」


絵里もうなずく。


「一球だけ」


藤原航がマスクを外しながら言う。


「これで相手の頭の中に住みつく」


川原監督もニヤリと笑う。


「野球はな」


「打者のバットやなくて」


「頭を振らせた方が勝ちや」


岸和田キャッスルズ。


彼らはまだ知らない。


この一球が、


この試合全体のタイミングを狂わせることになるのを。

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