デートの誘い
準々決勝を前にした放課後。
タイタンズの練習が終わり、グラウンドには夕方の風が吹いていた。
選手たちは片付けをしながら、それぞれ帰り支度を始めている。
そんな中。
加藤亜由美は、ペットボトルを片手に、少しだけそわそわしていた。
視線の先には――
ネットの片付けをしている正則。
⸻
「……なぁ、正則」
「ん?」
正則が振り向く。
亜由美は、一瞬だけ間を置いてから言った。
「決勝戦、勝ったらさ」
「どっかデート行こうか」
⸻
時間停止。
正則、完全フリーズ。
「………………は?」
亜由美、自分で言っといて少し照れる。
「いや、その……」
「なんやろ、優勝祝い的な?」
「…………」
正則、顔がみるみる赤くなる。
耳まで真っ赤。
頭の中では、
(デート!?
今デートって言った!?
え、普通に!?
サラッと!?)
完全パニック。
亜由美はそんな反応を見て、吹き出す。
「アハハ!
また真っ赤やん!」
「し、しゃーないやろ!!」
「かわいい反応するなぁ正則」
「うるさい!!」
正則、グラブで顔を隠す。
周囲では、さくらと美羽が遠くから見ていた。
「……完全に付き合う寸前やん」
「ですね」
女子陣、半笑い。
⸻
だが亜由美は、少し真面目な顔になる。
「でもさ」
「決勝まで行かな、意味ないやろ?」
その言葉で、空気が少し変わる。
遊び半分じゃない。
ちゃんと、“その先”を見てる。
正則も少しだけ表情を引き締める。
「……せやな」
「絶対勝つ」
亜由美が笑う。
「うん」
「ほな約束や」
⸻
その少し離れた場所。
一方で――
池永智雄
智雄は一人、黙々とボールをバッグへしまっていた。
相変わらず無口。
頭の中は、ほぼ野球。
そんな智雄を、少し離れたところから見ている女子がいた。
森下真央
スコアラーとして、ずっとチームを見てきた。
智雄の、
* 誰より研究熱心なところ
* 感情を表に出さないところ
* でも仲間のために動くところ
全部、少しずつ気になっていた。
だが。
智雄は野球一直線。
女子と話すこともほとんどない。
だから真央も、ずっと声をかけられずにいた。
でも今日は違った。
真央は小さく深呼吸する。
(……言う)
そして歩き出した。
⸻
「池永くん」
智雄が振り向く。
「……ん?」
真央、少し緊張している。
「あのさ」
「決勝まで行って……」
「もし優勝したら」
「その……」
「一緒にどっか行かへん?」
⸻
智雄、停止。
「…………え?」
完全に予想外。
びっくりした顔。
智雄は、女子からこういうふうに声をかけられた経験が、ほとんどなかった。
野球。
練習。
研究。
そればかりだった。
だから今、脳が処理できていない。
真央も顔が赤い。
「い、嫌ならええねん!」
「ただその……」
「優勝したら、ちょっとくらい遊んでもええかなって」
智雄は数秒固まったあと、ようやく口を開く。
「……いや」
「嫌じゃ、ない」
真央が顔を上げる。
智雄は照れくさそうに視線を逸らした。
「……その」
「優勝したら、な」
真央の表情が一気に明るくなる。
「うん!」
⸻
少し離れた場所で。
偶然その様子を見ていた星野慎一が、小さく笑う。
「……青春やなぁ」
正則も真っ赤な顔のまま言う。
「お前も人のこと言えへんやろ」
すると智雄が珍しく少し困った顔で言った。
「……女子って、急にすごいこと言うんやな」
その一言で、全員吹き出した。
夏の夕暮れ。
グラウンドには、試合前とはまた違う熱が広がっていた。




