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河内正則・栄光への道  作者: リンダ


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ベスト8進出

 ベスト8進出を決めた夕方。


 グラウンドを出るころには、空は少しだけオレンジ色に染まり始めていた。

 それでも、真夏の熱気はまだ残っている。


 正則と亜由美は、並んで自転車をこいでいた。


 試合の疲れはある。

 でも、不思議と足取りは軽い。


「なぁ亜由美」


 正則が前を向いたまま言う。


「近くのコンビニ寄って、なんか飲んで帰るか?」


 亜由美がぱっと笑う。


「お、ええやん。サンキュ正則」


「私はシュワシュワサイダーがええ」


「じゃ、同じの買うか」


「真似すんなや」


「いや、自分も飲みたかっただけやし」


「絶対あと付けやろ」


 そんな軽口を叩きながら、二人はコンビニへ入る。


 冷ケースの前。


 亜由美がしゃがんでサイダーを取る。


「うわぁ〜、生き返る……」


「今日、めっちゃ暑かったもんな」


「そらなぁ。応援も試合も全部暑いわ」


 レジで支払いを済ませ、店の前へ。


 プシュッ。


 炭酸の音が夏の空気に混ざる。


「っあぁ〜……」


 亜由美が幸せそうな顔をする。


 正則もサイダーを飲みながら笑った。


「おっさんみたいな声出とるで」


「うっさい」


 そして二人は、再び自転車にまたがろうとした。


 だが。


 亜由美がサドルに腰を下ろした瞬間――


「アチィッ!!」


 バッ!!


 勢いよく飛び上がる。


 正則がびっくりする。


「ど、どうした!?」


「サドル!!

 めっちゃ熱いやんこれ!!」


 太陽に照らされ続けた黒いサドルは、完全に灼熱だった。


 亜由美が涙目でお尻を押さえる。


「危うくやけどするとこやったわ……」


「いやそれ絶対熱いやつやん」


「真夏のサドル舐めとった……」


 正則が笑いをこらえながら言う。


「大丈夫か?」


 亜由美はニヤッと笑った。


 そして――


「まぁ、やけどしたら」


「正則に薬塗ってもらおうかなぁ〜?」


 いたずらっぽい声。


 正則、完全停止。


「…………は?」


 数秒固まる。


 脳内が追いつかない。


(薬?

 塗る?

 どこに?

 いや待て待て待て待て)


 その瞬間。


「ぶっ!!」


 飲みかけのサイダーを吹き出しそうになる。


「お、おまっ……!!

 な、何言ってんねん!!」


 亜由美、大爆笑。


「アハハハハ!!

 顔真っ赤やん!!」


「なるわ!!」


「正則ほんま分かりやすいなぁ!」


「いや、今のは誰でも焦るやろ!!」


「へぇ〜?」


 亜由美がニヤニヤしながら顔を近づける。


「“誰でも”なんや?」


「うっ……」


 正則、言葉に詰まる。


 夕暮れのコンビニ前。


 セミの声。

 ぬるい風。

 炭酸の泡。


 そして、笑い声。


 亜由美はサイダーを飲みながら、楽しそうに言う。


「でもさ」


「今日の正則、めっちゃかっこよかったで」


 その一言だけは、少し真面目だった。


 正則は照れくさそうに目を逸らす。


「……そ、そりゃどうも」


「三塁打、ちゃんと決めるし」


「スクイズも決まるし」


「投げても打っても活躍するとか、主人公かよ」


「いや、お前らが繋いだからやろ」


 すると亜由美が、ふっと笑う。


「……うん」


「そういうとこやで、正則」


 意味深な言葉を残して、先に自転車をこぎ出す。


「ほら帰るぞ〜!」


「待てって!」


 慌てて追いかける正則。


 夏の夕焼けの下、

 二人の自転車は並んで走っていった。



その日の夜。


夕食を食べ終えた正則は、どこか上の空だった。


テレビではプロ野球ニュース。

父は新聞を読み、母は台所で洗い物をしている。


だが正則の頭の中では――


今日の試合でも、三塁打でもない。


完全に、コンビニ前での亜由美の言葉が無限再生されていた。


『まぁ、やけどしたら――

正則に薬塗ってもらおうかなぁ〜?』


(いやいやいやいや!!)


正則は慌てて麦茶を飲む。


(なんであんなこと平然と言えるねん!!)


すると向かい側から、じーっと視線。


姉の 河内一香こうち・いちか が、ニヤニヤしながら弟を見ていた。


「……正則」


「ん?」


「なんか今日、顔にやけてへん?」


「ぶっ!!」


正則、危うく麦茶を吹きそうになる。


「に、にやけてへんわ!!」


一香は完全に面白がっている。


「絶対なんかあったやろ」


「何もない!」


「へぇ〜?」


「その“へぇ〜?”やめろや!」


母まで笑い出す。


「青春やねぇ」


「ちゃうって!!」


父は新聞をめくりながら苦笑い。


「ほっといたれ」


だが一香は止まらない。


「亜由美ちゃんとなんかあったん?」


「なっ!?」


正則、硬直。


一香、確信。


「うわ、図星や」


「違うって言うてるやろ!!」


「いや今の反応はクロやわ」


「うるさい!!」


完全に姉のペースだった。


耐えきれなくなった正則は立ち上がる。


「……風呂入ってくる」


一香がニヤニヤ。


「逃げた」


「逃げてへん!」


「はいはい〜」


脱衣所。


Tシャツを脱ぎながら、正則は深く息を吐く。


(落ち着け俺)


(変なこと考えるな)


(今日は試合で疲れてるだけや)


そう自分に言い聞かせながら風呂へ入る。


ザバーッ……


熱い湯が肩に落ちる。


「あ゛〜……」


疲れが抜けていく。


……はずだった。


だが。


気が緩んだ瞬間。


脳内再生。


『正則に薬塗ってもらおうかなぁ〜?』


「ブハッ!!」


正則、湯船でむせる。


(だから何で思い出すねん!!)


顔をゴシゴシ洗う。


(忘れろ忘れろ忘れろ!!)


しかし、人間は不思議なもので。


“考えるな”と思えば思うほど、逆に鮮明になる。


夕焼け。

サイダー。

笑う亜由美。


そして。


あの、いたずらっぽい笑顔。


「〜〜〜っ!!」


正則、湯船に顔を沈める。


(水圧で記憶消えろ!!)


当然消えない。


しかもさらに悪いことに――


『今日の正則、めっちゃかっこよかったで』


そこまでセットで再生される。


「…………」


正則、静止。


耳まで真っ赤。


湯の熱なのか、別の理由なのか、自分でも分からない。


すると脱衣所の外から、一香の声。


「正則〜」


「……なんや」


「長風呂しすぎやで〜」


「うるさい!」


「絶対亜由美ちゃんのこと考えてるやろー!」


「考えてへん!!」


「間があった時点でアウト〜!」


脱衣所の外で、一香が大笑いしている。


湯船の中で、正則は天井を見上げた。


(……あいつ絶対わざとや)


でも。


嫌ではなかった。


むしろ――


今日の帰り道を思い出すと、少しだけ嬉しくなる。


正則は照れ隠しのように、もう一度湯船へ顔を沈めた。


夏の夜は、まだまだ終わりそうになかった。

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