↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河内正則・栄光への道  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
123/127

配球を読め! 変化球攻略への第一歩

河内正則 栄光への道

第49話「配球を読め! 変化球攻略への第一歩」

第一章 打てなかった理由を考える

四月下旬。


福岡市にある爆笑発電所スポーツ事業部の野球練習場では、博多フューチャーズの選手たちが打撃練習に取り組んでいた。


河内正則と加藤亜由美が中学野球を始めてから、数週間が過ぎようとしていた。


二人にとって、最も大きな課題は変化球への対応だった。


先日の紅白戦。


正則は四打数ノーヒット、二三振。


亜由美も四打数ノーヒット、一三振。


全国大会準優勝という実績を持つ二人が、上級生の投球を前にほとんど自分たちの打撃をさせてもらえなかったのである。


正則は、打撃練習の順番を待ちながら野球ノートを見返していた。


「……亜由美」


「何や?」


「俺、あの紅白戦の動画、何回も見たんや」


亜由美がうなずいた。


「うちもやで」


「そしたらな、ちょっと分かったことがあるねん」


「何?」


正則は、最初の三振を思い出した。


「俺、二ストライクに追い込まれたとき、三振したくないってことばっかり考えとった」


「うん」


「せやから、何が来るか考える前に、とにかくバットを出そうとしてもうたんや」


亜由美は少し考えた。


「うちも似たようなもんやな。変化球が来るかもしれんって警戒しすぎて、直球への反応が遅れとった」


二人は顔を見合わせた。


「……難しいなぁ」


「ほんまやね」


そこへ、三年生の捕手・相原健悟がやってきた。


「二人とも、何の話しよると?」


正則は頭を下げた。


「前の紅白戦の反省です」


相原は笑った。


「よかことたい。じゃあ、今日はちょっと練習方法を変えてみようか」


「練習方法ですか?」


「そう。カウントを決めて、打席に立つ前に何を狙うか言ってもらうとよ」


亜由美が顔を上げた。


「なるほど!」


相原は続けた。


「ただし、球種を当てることが目的じゃなかよ。何でその球を狙うのか、理由まで考えてもらうけんね」


正則は力強くうなずいた。


「はい!」


少し離れた場所では、城戸直哉監督と平松真帆コーチが準備を進めていた。


今日の練習は、実戦を想定した打撃だった。


ただバットを振るのではない。


投手の特徴。


カウント。


走者の状況。


そして、捕手が何を考えて配球しているのか。


それらを考えながら、一球ずつ勝負する練習だった。

第二章 同じカウントでも、答えは一つではない

最初の打者は河内正則。


マウンドには二年生の水上遼太。


捕手は三年生の相原健悟だった。


城戸監督が状況を説明する。


「一死二塁。カウントは2ボール1ストライク。河内君、何を狙いますか?」


正則は少し考えた。


「……直球です」


「理由は?」


「打者に有利なカウントやからです。投手はストライクを取りたいと思います」


城戸監督がうなずいた。


「分かりました。ただし、変化球でストライクを取れる投手もいます。狙いを持ちながら、ほかの球にも対応する準備をしてください」


「はい!」


水上が投げ込んだ。


外角低めへの直球。


正則は踏み込んだ。


カキーン!


打球はライト方向へ飛んだ。


しかし、少し上がりすぎた。


右翼手の桑野光が捕球する。


ライトフライ。


正則は、打席を離れながら少し笑った。


「……またフライか」


相原が声をかけた。


「でも、今のは狙いがはっきりしとったね」


「はい」


「前の紅白戦より、打席で迷っとらんかったと思うよ」


正則はうなずいた。


「ありがとうございます!」


次は亜由美。


状況は二死一、三塁。


カウントは1ボール2ストライク。


城戸監督が尋ねた。


「加藤さん、何を考えますか?」


亜由美は少し考えた。


「追い込まれとるので、低めの変化球で空振りを狙ってくるかもしれません」


「では、どうしますか?」


「低めのボール球には手を出さず、ストライクゾーンへ来る球を打ちたいです」


城戸監督はうなずいた。


「では、やってみましょう」


水上が初球を投げ込んだ。


外角低めへのスライダー。


亜由美は見送った。


「ボール!」


亜由美は小さく息を吐いた。


(……今のは見送れた)


次の球。


今度は内角への直球。


亜由美がバットを出した。


カンッ!


打球は三塁方向へのファウル。


さらに次の球。


外角低めへ落ちる変化球。


亜由美は見送った。


ボール。


フルカウント。


(……次は何が来るんやろ)


亜由美は深呼吸した。


そして、水上の投球を待った。


直球。


外角寄り。


亜由美が踏み込んだ。


カキーン!


打球は一、二塁間へのゴロ。


二塁手の三浦康平が素早く反応した。


捕球し、一塁へ送球。


アウト。


亜由美は悔しそうに笑った。


「……またアウトかぁ」


しかし、平松コーチが拍手した。


「加藤さん、今の打席は前よりよかったですよ」


亜由美が顔を上げた。


「ほんまですか?」


「はい。低めの変化球を二度見送りましたね。自分の狙いを持ちながら、打てる球を待てていました」


亜由美は静かにうなずいた。


「ありがとうございます!」


それでも、まだ安打は出ない。


しかし、二人の中で何かが少しずつ変わり始めていた。

第三章 柳川悠翔が言っていたこと

練習が進むにつれて、正則と亜由美は上級生たちの動きを注意深く観察するようになっていた。


藤岡蓮司の投球。


相原健悟の配球。


篠崎玲奈の打撃。


三浦康平の守備。


同じように見えるプレーにも、少しずつ違いがある。


正則は、以前柳川悠翔と話したことを思い出していた。


全国大会決勝のあと、悠翔が口にした言葉。


相手のほんのわずかな違いを見ること。


同じ投手でも、一球ごとに細かな変化がある。


それを見逃さず、打撃に生かす。


正則は、その話がずっと気になっていた。


練習が終わり、二人が道具を片づけているときだった。


「なあ、亜由美」


「何や?」


「悠翔って、前に言うとったよな」


「何を?」


「相手のほんのわずかな違いを見るって話や」


亜由美は顔を上げた。


「ああ、言うとったね」


「俺、あれが気になっとるんや」


「うちもや」


正則は少し考えた。


「なあ、悠翔に直接聞いてみいへん?」


亜由美は笑顔になった。


「ええやん!」


そして、少し首をかしげた。


「でも、どうやって?」


「メッセージ送って、時間があるか聞いてみようや」


二人はスマートフォンを取り出した。

正則:悠翔! ちょっと聞きたいことがあるんや。前に言うとった、ほんのわずかな違いを見るって話、どうやって身につけたん?


亜由美も続けた。

亜由美:うちら、変化球の打ち方を練習しとるんやけど、相手の細かい違いを見つけるのが難しいねん。今度、直接教えてもらえへんかな?


しばらくして返信が届いた。

悠翔:もちろんよかよ! 今日はもう練習終わったと? 僕もちょうど家におるけん、よかったら遊びに来んね。お母さんたちにも聞いてみるけん!


正則は亜由美を見た。


「……どうする?」


亜由美は笑った。


「行ってみたいな!」


二人は、事前に寄宿舎の職員へ相談した。


訪問先。


外出する目的。


帰寮予定時刻。


柳川家の連絡先。


それらを伝え、許可を受けた。


武内沙織職員が尋ねた。


「柳川さんのお宅へ行かれるんですね?」


正則がうなずいた。


「はい。野球のことで、少し教えてもらいたいことがあるんです」


武内は微笑んだ。


「分かりました。帰寮時間は守ってくださいね」


「はい!」


そして二人は、柳川家へ向かった。

第四章 これ、本当に普通の家なんか?

夕方。


正則と亜由美は、悠翔から教えてもらった道順を確認しながら歩いていた。


やがて、閑静な住宅街に入る。


「……この辺やな」


正則がスマートフォンを確認した。


亜由美もうなずいた。


「うん。あと少しやね」


そして、角を曲がったところで、二人は同時に足を止めた。


「…………」


「…………」


目の前には、広い敷地を持つ立派な住宅が建っていた。


整えられた庭。


大きな窓。


広い玄関。


敷地の奥まで続く建物。


落ち着いた雰囲気でありながら、どこか音楽家の住まいらしい洗練された造りだった。


正則は、ぽかんと口を開けた。


「……亜由美」


「……何?」


「住所、ここで合うとる?」


亜由美はもう一度確認した。


「……合うとる」


「ほんまに?」


「ほんまや」


正則は建物を見上げた。


「……これ、学校ちゃうよな?」


亜由美が吹き出した。


「学校に表札ついてへんやろ!」


「いや、でも……めちゃくちゃでかいやん!」


「ほんまやね。うち、ここまで大きいとは思わへんかった」


正則は、少し緊張した。


「……入ってええんかな」


亜由美が笑った。


「悠翔君が来てって言うたんやろ?」


「せやけど、何か緊張するわ」


「全国大会の決勝より?」


「またそれ言うんか!」


二人は笑った。


しかし、正則はインターホンの前に立つと、もう一度深呼吸した。


「……よし」


そして、チャイムを鳴らした。


ピンポーン。


少しして、インターホンから女性の声が聞こえた。


『はーい!』


聞き覚えのある声だった。


『あら、正則君と亜由美さんやね?』


正則は背筋を伸ばした。


「はい! 河内正則です!」


亜由美も続けた。


「加藤亜由美です! 今日はよろしくお願いします!」


『はーい! 今開けるけんね!』


玄関の扉が開いた。


現れたのは、柳川優子だった。


ファイブピーチ★のメンバーであり、M&Yとしても世界的に活躍するミュージシャン。


そして、柳川悠翔の母親。


「こんにちは! 二人とも、よう来たね!」


正則と亜由美は深く頭を下げた。


「こんにちは!」


優子は笑顔で迎えた。


「どうぞ、入って!」


その後ろから、もう一人の男性が姿を見せた。


柳川拓実だった。


卓球のオリンピック三大会連続出場を経験し、団体、個人、混合ダブルスで三冠を達成した名選手。


正則は目を丸くした。


「……あっ!」


亜由美も驚いた。


「柳川拓実さん!?」


拓実は穏やかに微笑んだ。


「こんにちは。正則君と亜由美さんだね。悠翔から話を聞いているよ」


二人は、また深く頭を下げた。


「こんにちは! お邪魔します!」


優子が吹き出した。


「二人とも、そげん緊張せんでよかって!」


拓実も笑った。


「今日は野球の勉強に来たんだろう? 遠慮しなくていいよ」


正則は少し照れた。


「ありがとうございます!」


優子は二人をリビングへ案内した。


「悠翔は二階の部屋におるけん、呼んでくるね」


そう言って階段へ向かった。


正則と亜由美は、案内されたリビングへ入った。


そして、再び目を丸くした。


広いリビング。


明るい窓。


本棚。


音楽関係の資料。


そして、家族写真。


正則は小声で亜由美へ話しかけた。


「……なあ」


「何?」


「ここ、ほんまに家なんやな」


亜由美も小声で答えた。


「……うん。すごいな」


すると、拓実が笑った。


「家が大きくて驚いた?」


正則は慌てた。


「す、すみません!」


拓実は首を横に振った。


「謝らなくていいよ。家族も多いし、音楽の仕事で機材を使うこともあるから、自然と広くなったんだ」


亜由美がうなずいた。


「そうなんですね」


拓実は二人へ椅子を勧めた。


「どうぞ座って。悠翔もすぐ来ると思うよ」


二人は礼を言って腰掛けた。


そのとき、二階から優子の声が聞こえた。


「悠翔ー! 正則君と亜由美さんが来とるよー!」


続いて悠翔の声。


「はーい! すぐ行くけん!」


正則と亜由美は顔を見合わせた。


いよいよ、ずっと聞いてみたかったことを尋ねる時間がやってきた。

第五章 「ほんのわずかな違い」って、どうやって分かるん?

しばらくすると、階段を下りてくる足音が聞こえた。


「正則君! 亜由美さん!」


悠翔が笑顔でリビングへ入ってきた。


正則も立ち上がった。


「悠翔! 今日は突然すまんな!」


亜由美も頭を下げた。


「お邪魔しとります!」


悠翔は笑った。


「よかよか! お母さんたちにも話しとったけん」


優子が飲み物を用意しながら言った。


「野球のことで聞きたいことがあるんやろ?」


正則はうなずいた。


「はい!」


悠翔は二人の向かいに腰掛けた。


「それで、どげんしたと?」


正則は少し考えた。


「悠翔。前に言うとったよな。相手のほんのわずかな違いを見るって」


「うん」


「俺ら、それをどうやって身につけたんか聞きたかったんや」


亜由美も続けた。


「うちら、中学で変化球を打つ練習しとるんやけど、直球と変化球の見分け方が難しいねん」


悠翔は静かにうなずいた。


「そうやろうね。中学になると球種も増えるけん」


正則は尋ねた。


「悠翔は、打席で相手投手の何を見とるん?」


悠翔は少し考えた。


「いろいろあるけど、まずは相手がいつもどげんな投げ方をしよるか見るとよ」


「いつもの投げ方?」


「うん。構え方とか、投げるまでの間の取り方とか、腕の振り方とかね」


亜由美がうなずいた。


「なるほど」


悠翔は続けた。


「それから、同じ投手でも球が高めに行きよるときと、低めに集まりよるときがあるやろ?」


「うん」


「さっきまで入っとったコースに急に球が入らんようになることもある。それは疲れとるからかもしれんし、フォームが少し変わったからかもしれん」


正則は顔を上げた。


「……そういう違いも見るんか」


「そうたい」


しかし、悠翔はすぐに付け加えた。


「でもね、何でも見ただけで分かるわけじゃなかよ」


亜由美が尋ねた。


「どういうこと?」


「例えば、腕の振りがちょっと違って見えても、それだけで絶対にカーブが来るとは限らんやろ?」


正則がうなずいた。


「せやな」


「だから、まず観察して、こうかもしれんって考える。それで実際の球を見て、自分の考えが合っとったか確かめるとよ」


亜由美は静かにうなずいた。


「……観察して、考えて、確かめる」


「そうたい!」


悠翔は笑った。


「僕も読みを外すことはいっぱいあるよ。大事なのは、外したときに何で違ったか考えることたい」


正則は少し笑った。


「なるほどなぁ」


そのとき、拓実が口を開いた。


「悠翔、それは卓球でも同じだね」


悠翔がうなずいた。


「そうやろ?」


拓実は正則と亜由美へ向き直った。


「卓球では、相手のラケットの角度やスイングから回転を判断しようとするんだけど、上手な選手ほど似た動きから違う回転をかけてくるんだ」


正則が驚いた。


「野球の変化球と似てますね!」


「そうだね。だから、相手の動きだけでなく、球の軌道や、それまでの配球も合わせて判断する」


亜由美も興味深そうに聞いていた。


「それでも読みが外れることはあるんですか?」


拓実は笑った。


「もちろん。世界のトップ選手でも、相手の狙いを全部読めるわけじゃないよ」


その言葉に、正則と亜由美は少し安心した。


そして拓実は続けた。


「ただ、次の球を何も考えずに待っている人と、いくつかの可能性を考えて準備している人では、対応の仕方が変わってくると思う」


正則は力強くうなずいた。


「ありがとうございます!」


しかし、正則にはもう一つ聞きたいことがあった。


「なあ、悠翔」


「何ね?」


「でも、そういう細かい違いを見る力って、普段からどうやって鍛えたらええん?」


悠翔は少し笑った。


「それなら、僕が小さい頃からやっとる練習があるとよ」


亜由美の目が輝いた。


「どんな練習!?」


悠翔は、母親の優子へ目を向けた。


「お母さん、あれ、やってみる?」


優子は、何のことかすぐに分かったらしい。


「ああ、あれね!」


そして、ニヤリと笑った。


「よかよ。久しぶりにやってみようか!」


正則と亜由美は顔を見合わせた。


「……あれ?」


「……何が始まるんやろ?」


二人には、まったく見当がつかなかった。

第六章 二つのマグカップ、制限時間三十秒

優子はキッチンへ向かった。


そして、しばらくすると二つのマグカップを持って戻ってきた。


一つは黄色。


もう一つは水色。


形は同じで、色だけが違っていた。


優子は、リビングのテーブルに二つのマグカップを並べた。


コトン、コトン。


正則と亜由美は、その様子を見つめていた。


「……マグカップ?」


正則が尋ねると、優子はうなずいた。


「そうたい!」


亜由美も首をかしげた。


「これで何をするんですか?」


優子は満面の笑みになった。


「では、問題です!」


正則と亜由美は姿勢を正した。


「はい!」


優子は二つのカップを指さした。


「この二つのマグカップを使って、ギャグコントを一つ完成させてください!」


一瞬、沈黙。


そして。


「……えっ!?」


正則と亜由美の声が重なった。


優子は笑顔で続けた。


「考える時間は三十秒!」


正則は目を丸くした。


「さ、三十秒!?」


亜由美も驚いた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


優子は首をかしげた。


「何ね?」


亜由美は二つのカップを指さした。


「これ、ただのマグカップですよね?」


「そうたい!」


「しかも、色が違うだけですよね?」


「そうたい!」


正則は頭を抱えた。


「いや、これで何をどう考えたらギャグコントになるんですか!?」


優子は大笑いした。


「それを考える練習たい!」


拓実は、隣で楽しそうに笑っていた。


悠翔も、二人の反応を見てニヤニヤしている。


「正則君、亜由美さん。頑張ってね!」


正則が振り返った。


「悠翔! お前、最初からこれをやるつもりやったんか!?」


悠翔は笑った。


「そうたい!」


「野球の練習を教えてもらいに来たんやぞ!」


「これも練習たい!」


亜由美も思わず笑った。


「いやいや、野球と何の関係があるん!?」


優子はスマートフォンの時計を確認した。


「じゃあ、いくよ!」


そして、元気よく宣言した。


「三十秒、スタート!」


正則と亜由美は、慌ててマグカップを見つめた。


黄色。


水色。


持ち手がついている。


同じ形。


それ以外に、特に変わったところはない。


正則は考えた。


(……黄色と水色やろ?)


亜由美も考えた。


(……色が違うだけやん)


十秒経過。


正則が口を開いた。


「あの……黄色はカレーで、水色は……」


そこで止まった。


亜由美が尋ねた。


「水色は何やねん?」


「……水?」


「そのまんまやん!」


二人は笑った。


しかし、笑っている場合ではない。


優子が告げた。


「残り十秒!」


「ええっ!?」


正則は慌てた。


「黄色がカレーで、水色が水やとして……」


亜由美が続けた。


「カレー食べたら水飲む!」


正則は首をかしげた。


「……それ、普通やん!」


「そやねん!」


そして。


「三十秒、終了!」


優子が手をたたいた。


正則と亜由美は、ぐったりとソファにもたれた。


「……無理や」


「……全然分からへん」


悠翔が吹き出した。


「二人とも、すごい真剣に考えとったね!」


正則が突っ込んだ。


「当たり前や! 三十秒しかないんやぞ!」


亜由美も笑った。


「何もないところから、いきなりギャグを作れって言われても困るわ!」


すると優子が、二つのマグカップを見つめた。


そして、少し悪戯っぽく微笑んだ。


「じゃあ、今度はお母さんがやってみようか!」

第七章 優子、二つのカップだけで爆笑コント

優子は黄色いマグカップを右手に持った。


そして、水色のマグカップを左手に持つ。


正則と亜由美は、じっと見つめていた。


優子は二つを少し離して並べた。


そして、黄色いカップを持ち上げ、偉そうな声を出した。


黄色いカップ「わしは黄色信号たい! みんな、注意しんしゃい!」


続いて、水色のカップを持ち上げ、元気な声に変えた。


水色のカップ「俺は青信号たい! 前へ進めー!」


黄色いカップが、慌てたように揺れる。


黄色いカップ「ちょっと待たんね! そんなに勢いよく進んだら危なかろうもん!」


水色のカップ「何言いよると! 青信号は進めたい!」


黄色いカップ「なら、赤信号はどこにおると?」


水色のカップが周囲を見渡すように動いた。


水色のカップ「……おらん」


黄色いカップ「何でおらんと!?」


水色のカップ「予算不足で買ってもらえんかった!」


黄色いカップ「信号機が経費削減しとる場合かー!」


正則が吹き出した。


亜由美も笑い始めた。


しかし、優子のコントはまだ続いた。


水色のカップ「大丈夫たい! 俺がずっと青信号になっとけば、みんな進めるけん!」


黄色いカップ「止まれんやろうもん!」


水色のカップ「そげん心配せんでもよか! 俺たちはマグカップたい!」


黄色いカップ「そうやった! そもそも誰が信号機に任命したと!?」


二つのカップが同時に正面を向いた。


優子は普段の声に戻り、勢いよく締めくくった。


「色だけで勝手に信号機にされた、哀れなマグカップ二人組でした!」


一瞬の沈黙。


そして。


「ぶはははははっ!」


正則が腹を抱えた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


亜由美も大笑いしている。


「何でマグカップが信号機になってるんですか!」


優子は、いたずらっ子のように笑った。


「黄色と青やけんたい!」


正則は涙を拭きながら言った。


「いや、それだけでここまで話ができるんですか!?」


亜由美も息を整えながら続けた。


「しかも、赤信号が予算不足って! 何で信号機が経費削減されとるんですか!」


優子は満面の笑みだった。


「そこがボケたい!」


悠翔はソファで大笑いしていた。


「お母さん! そのネタ、初めて聞いたばい!」


優子が笑った。


「今考えたけんね!」


正則が固まった。


「……今?」


「そうたい!」


「これ、前から考えとったネタやないんですか!?」


「違うよ。今、二つのカップを見て思いついたと!」


亜由美も目を丸くした。


「……ほんまに、この色の違いだけで?」


優子はうなずいた。


「そうたい!」


そして、二つのカップを元の場所へ置いた。


正則と亜由美は、まるでとんでもない変化球を見せられたときのような顔をしていた。


「……すごすぎる」


「……何か、もう一回びっくりしたわ」


二人が感心していると、拓実が静かに笑った。


「優子は昔から、こういうのが得意なんだよ」


優子が笑った。


「小さい頃から、光子と二人でいろんなものをネタにして遊びよったけんね」


悠翔もうなずいた。


「僕たちも、お母さんと光子おばちゃんの真似をして、よう遊びよったと!」


正則は、改めて二つのマグカップを見た。


ただの黄色と水色。


さっきまでは、それしか見えていなかった。


しかし、優子にはそこから信号機が見えていた。


そして、その信号機に赤がないことまで、笑いに変えてしまったのである。


正則は思わずつぶやいた。


「……見えとるものが、全然違うんやな」


亜由美も静かにうなずいた。


「……ほんまやね」

第八章 「見ること」と「気づくこと」は違う

優子は、二つのマグカップをテーブルの中央へ並べた。


そして、正則と亜由美へ尋ねた。


「二人とも、さっきこのカップを見たとき、何を考えた?」


正則は少し照れながら答えた。


「黄色いカップと水色のカップやなって」


亜由美も続けた。


「うちは、飲み物を入れるものやと思いました」


優子はうなずいた。


「そうやね。どっちも間違っとらんよ」


正則が顔を上げた。


「でも、それだけではギャグになりませんでした」


「そうたい」


優子は黄色いカップを指さした。


「じゃあ、黄色から何を連想する?」


亜由美は少し考えた。


「……太陽、バナナ、レモン、黄色信号」


「そうそう!」


続いて水色のカップ。


「こっちは?」


正則が答えた。


「空、海、水、青信号……」


優子が笑顔になった。


「そうたい! いろいろ出てきたやろ?」


亜由美はうなずいた。


「はい!」


「じゃあ、その中から二つを組み合わせたら、どうなると思う?」


正則が少し考えた。


「……太陽と海?」


「そうたい。それでもお話ができるよね」


優子は続けた。


「黄色と青色を見て、信号機を思いつく人もおる。太陽と海を思いつく人もおる。何も同じ答えにせんでよかとよ」


正則は静かにうなずいた。


優子は、二人の顔を見つめた。


「大切なのは、そこに何があるのかを見ること。そして、その特徴から何が考えられるか、自分で発想を広げることたい」


亜由美が尋ねた。


「でも、それって野球とどうつながるんですか?」


優子は、悠翔へ目を向けた。


「悠翔、説明してみんしゃい」


悠翔はうなずいた。


「例えば、正則君が投げる前に、いつもより少し間が長かったとするやろ?」


正則がうなずいた。


「うん」


「それを見て、変化球を投げる準備かもしれんって考えることはできる」


「なるほど」


「でも、ただサインが決まらんかっただけかもしれんし、走者を警戒しとるだけかもしれん」


亜由美が顔を上げた。


「つまり、最初に考えたことが正解とは限らんってことやね」


「そうたい!」


悠翔は続けた。


「カップが黄色やからって、本当に黄色信号なわけじゃなかろ?」


正則が笑った。


「そらそうや!」


「お母さんは、そこから信号機のお話を作った。でも、野球では想像したことが本当かどうか、ちゃんと確かめんといかんとよ」


正則は、少し考えた。


「……事実と、自分の予想を分けるんやな」


悠翔がうなずいた。


「そうたい!」


亜由美は目を輝かせた。


「なるほど。うちら、今までは直球が来ると思ったら、それが正解みたいに考えてしまっとったんかもしれん」


拓実が微笑んだ。


「いいところに気づいたね」


そして、静かに続けた。


「スポーツでは、予想が外れることもある。それでも次の動きに対応できるように準備することが大切なんだよ」


正則は大きくうなずいた。


「分かりました!」

第九章 今度は二人でギャグコントに挑戦

すると、悠翔が笑った。


「じゃあ、正則君と亜由美さん、もう一回やってみる?」


正則は目を丸くした。


「……また!?」


亜由美も吹き出した。


「今度こそ何か考えんと!」


優子は二つのカップを並べ直した。


「よし。じゃあ今度も三十秒たい!」


正則は少し考えた。


そして、黄色いカップを指さした。


「……これ、太陽に見立ててもええんですよね?」


優子はうなずいた。


「もちろん!」


亜由美は水色のカップを見た。


「ほな、こっちは海やね」


正則は笑った。


「よし、それでいこう!」


二人は小声で相談した。


そして、三十秒後。


優子が声をかけた。


「では、どうぞ!」


正則は黄色いカップを持ち上げた。


黄色いカップ「俺は太陽や! 今日も大阪から世界を照らしたるで!」


続いて、亜由美が水色のカップを持ち上げた。


水色のカップ「うちは海や! 太陽さん、今日も暑いなぁ!」


黄色いカップ「そらそうや! 俺が全力で光っとるからな!」


水色のカップ「ほな、ちょっと休んでくれへん?」


黄色いカップ「何でやねん!」


水色のカップ「暑すぎて、海の水が全部蒸発してしまうわ!」


正則は少し考えた。


そして、勢いよく言った。


黄色いカップ「それやったら、雨降らしたらええやん!」


亜由美が即座に突っ込んだ。


水色のカップ「太陽が雨の発注までしとるんかい!」


そこで二人は顔を見合わせた。


そして、自分たちで笑い始めた。


「……あかん、続きが出てこーへん!」


「正則! そこで止まったらあかんやろ!」


優子と悠翔、拓実も大笑いした。


優子が拍手した。


「よかよか! ちゃんとお話になっとるやん!」


正則は少し驚いた。


「……ほんまですか?」


「そうたい! 最初は黄色と水色しか見えんかったのに、今度は太陽と海に見立てられたやろ?」


亜由美がうなずいた。


「確かに……」


優子は続けた。


「すぐに面白いネタができるかどうかより、まずは違う見方を試してみることが大切たい」


悠翔が笑った。


「僕も最初は全然できんかったとよ!」


正則が驚いた。


「悠翔も!?」


「そうたい! お母さんと光子おばちゃんのネタを見て、何回も真似しよったけんね」


優子もうなずいた。


「最初は思いつかんでも、いろいろ見たり考えたりしよったら、少しずつ引き出しが増えていくとよ」


正則は、改めて二つのマグカップを見た。


さっきまで、何も思いつかなかった。


しかし、今は違う。


黄色と水色。


そこから太陽と海を連想できた。


さらに、太陽が暑い、海の水が蒸発するという話へつなげられた。


もちろん、優子のように自在にギャグを作れるわけではない。


それでも、自分の見方が少しだけ変わったことを実感していた。


「……何か、面白いな」


亜由美も笑った。


「ほんまやね!」

第十章 卓球と音楽にも通じる観察力

拓実は、二人の様子を見ながら口を開いた。


「正則君、亜由美さん。もう一つ伝えておきたいことがあるんだ」


二人は姿勢を正した。


「はい!」


「観察力というのは、相手の弱点を探すためだけのものではないんだよ」


正則が少し首をかしげた。


「どういうことですか?」


拓実は、静かに説明した。


「例えば卓球でも、相手の苦手なコースを探すことはある。でも、それだけじゃない」


「はい」


「相手が自分の弱点をどう克服しようとしているのか。前の試合と何が変わったのか。そういうことも観察するんだ」


亜由美がうなずいた。


「なるほど」


「そうすると、相手がどんな努力をしているのかも見えてくる。そこから自分が学べることもあるんだよ」


正則は少し考えた。


東京ドームでの決勝。


自分は柳川悠翔に何度も打たれた。


最初は、悔しくて仕方がなかった。


しかし、今思えば、悠翔は一球ごとに打撃を調整していた。


そして、中学へ進学してから出会った藤岡蓮司も同じだった。


百三十キロを超える直球を投げるだけでなく、変化球の制球まで磨いている。


その技術は、努力の積み重ねによって身につけたものなのだ。


正則は、静かにうなずいた。


「……相手のすごいところを見つけるのも、観察なんですね」


拓実は微笑んだ。


「そうだね」


すると、優子も口を開いた。


「音楽でもそうたい!」


亜由美が顔を上げた。


「音楽でもですか?」


「そうよ。ドラムを叩くとき、ベースやギターの音をよう聴いとらんと、バンド全体のリズムが合わんことがあるけんね」


正則がうなずいた。


「なるほど」


優子は続けた。


「同じ曲でも、演奏する人やその日の状態によって、ほんのちょっとした違いが出るとよ。そこに気づけたら、みんなで合わせやすくなるけん」


悠翔も笑った。


「だから、お母さんたちの演奏って、あげん息が合うっちゃね」


優子は満面の笑みになった。


「そうたい!」


しかし、次の瞬間。


悠翔が付け加えた。


「でも、ギャグコントになると、お母さんと光子おばちゃん、二人とも暴走することがあるよね!」


優子が吹き出した。


「悠翔! そこは言わんでよか!」


拓実も笑った。


「まあ、それは否定できないね」


優子が夫を見た。


「拓実さんまで!」


正則と亜由美は、また腹を抱えて笑った。

第十一章 野球の見方が変わる瞬間

笑いが落ち着くと、悠翔は一冊の野球ノートを持ってきた。


「正則君、亜由美さん。これ、僕が練習で使っとるノートたい」


正則は少し驚いた。


「……見せてもらってええん?」


「もちろん!」


ノートには、相手投手について気づいたことが書き込まれていた。


直球の高低差。


変化球を投げるときの傾向。


走者が出たときの投球間隔。


特定のカウントで選びやすいコース。


そして、その予想が当たったかどうか。


正則は、ゆっくりとページをめくった。


「……これ、全部自分で書いたんか?」


悠翔がうなずいた。


「そうたい!」


亜由美も驚いた。


「めちゃくちゃ細かいね」


悠翔は少し笑った。


「でもね、外れた予想もいっぱい書いとるよ」


正則が顔を上げた。


「何で?」


「間違えたことも残しとかんと、また同じ思い込みをするかもしれんやろ?」


亜由美が静かにうなずいた。


「……なるほど」


悠翔は続けた。


「例えば、ある投手が二ストライクから変化球を投げてきたとしても、次の打席も同じとは限らん。だから、いつも変化球が来るって決めつけんようにしとる」


正則は、しばらく考えていた。


そして、ノートの一行に目を止めた。


そこには、こう書かれていた。


『分かったことと、まだ分からないことを分ける』


正則は、その言葉を静かに読み上げた。


「……分かったことと、まだ分からないことを分ける」


悠翔がうなずいた。


「そうたい」


「何か、今日のマグカップの話と同じやな」


優子が笑顔になった。


「おっ! 気づいたね!」


正則は少し笑った。


「黄色と水色は見れば分かる。でも、信号機かどうかは、こっちが勝手に考えただけやもんな」


亜由美も続けた。


「野球でも同じやね。相手がカーブを投げるかもしれんって思っても、実際に投げるまでは分からへん」


拓実がうなずいた。


「そのとおり。予想に備えながら、違う球が来たときにも対応できるようにすることだね」


正則は、ゆっくりと頭を下げた。


「……ありがとうございます」


亜由美も続けた。


「今日は、ほんまに勉強になりました」


優子は微笑んだ。


「よかったね!」


そして、少し悪戯っぽく笑った。


「でも、二人とも。今度来るときは、ギャグコントを一つ考えてきてもよかよ!」


正則が目を丸くした。


「ええっ!? 宿題まで出るんですか!?」


亜由美も笑った。


「野球の練習に来たはずやのに!」


悠翔が大笑いした。


「これも観察力の練習たい!」


正則が思わず突っ込んだ。


「何でも野球の練習につなげるんやな!」


優子は腹を抱えて笑った。


「そりゃ、うちは爆笑発電所の人間やけんね!」

第十二章 柳川家をあとにして

時計を見ると、寄宿舎へ戻る時間が近づいていた。


正則と亜由美は、そろって立ち上がった。


「今日は本当にありがとうございました!」


優子と拓実も立ち上がった。


「こちらこそ、来てくれてありがとう」


優子は笑顔で続けた。


「またいつでも遊びに来てね。ただし、寮の決まりはちゃんと守るとよ」


「はい!」


悠翔も玄関まで見送りに来た。


「正則君、亜由美さん。また練習場で会おうね!」


正則が笑った。


「おう!」


亜由美も続けた。


「悠翔君も、リトルスターズのキャプテン頑張ってね!」


悠翔は力強くうなずいた。


「もちろんたい!」


そして、正則がふと思い出したように尋ねた。


「なあ、悠翔」


「何ね?」


「俺、今日のマグカップの練習、最初は何の意味があるんか分からへんかったわ」


悠翔が笑った。


「そうやろうね」


「でも、今なら少し分かる気がする」


「ほんと?」


「うん。今まで見とったものでも、違う見方をしたら、新しいことに気づけるんやな」


悠翔は嬉しそうに笑った。


「そうたい!」


そして、正則と亜由美は柳川家をあとにした。


帰り道。


夕焼けが住宅街を赤く染めていた。


亜由美が話しかけた。


「正則」


「何や?」


「今日、ほんまに面白かったな」


正則は大きくうなずいた。


「せやな!」


「でも、あの優子さんのギャグコント、ほんまにすごかったね」


正則は笑った。


「黄色と水色だけで、あんなに話が広がるとは思わへんかったわ」


亜由美も笑った。


「うち、最初はカレーと水しか出てこんかったもんな」


正則が吹き出した。


「しかも、普通にカレー食べて水飲むだけやったし!」


亜由美も大笑いした。


「そやねん! ギャグでも何でもなかった!」


そして、笑いが落ち着くと、正則は少し真剣な表情になった。


「でもな、亜由美」


「何?」


「俺、今日から野球の試合を見る目が変わりそうやわ」


亜由美はうなずいた。


「うちもや」


正則は続けた。


「今までは、球が速いとか変化球がすごいとか、そればっかり見とった」


「うん」


「でも、これからは何でその球を投げたんか、どういう状況やったんか、もっと考えてみたい」


亜由美は笑った。


「それができたら、打席でも違ってくるかもしれんね」


正則は大きくうなずいた。


「せやな!」


二人は、軽い足取りで寄宿舎へ戻っていった。

第十三章 ノートに書いた、新しい目標

その夜。


博多南中学校の寄宿舎。


正則は、同室の寺島湊と夕食を終え、自主学習の時間を過ごしていた。


勉強を終えると、野球ノートを開いた。


今日、柳川家で教わったことを整理する。


最初に書いたのは、マグカップのことだった。


『黄色と水色の違いから、信号機のギャグが生まれた』


その下に続けた。


『見えている事実と、自分が考えたことは違う』


『相手の小さな変化を観察する』


『次の球を予想しても、決めつけない』


『予想が外れたら、理由を考える』


正則は、しばらくノートを見つめた。


そこへ湊が声をかけた。


「正則君、今日は何を勉強してきたの?」


正則は笑った。


「野球の観察力や!」


「へぇ。どんな練習?」


正則は少し得意そうに答えた。


「マグカップ二つでギャグコントを作る練習や!」


湊は固まった。


「…………えっ?」


正則はうなずいた。


「黄色と水色のマグカップや!」


湊は、さらに首をかしげた。


「……それ、野球の練習なの?」


正則は少し考えた。


そして、大笑いした。


「俺も最初、まったく同じこと思ったわ!」


一方、女子居住区域。


亜由美も桐原澪に今日の出来事を話していた。


澪は、科学のノートを開いたまま興味深そうに聞いていた。


「観察して、仮説を立てて、実際に確かめる……」


亜由美がうなずいた。


「そうやねん」


澪は笑った。


「それって、科学の実験と同じ考え方だよ」


亜由美が目を丸くした。


「……ほんまや!」


「観察した事実と、自分の予想を分けることは、科学でもすごく大切なんだ」


亜由美は、少し考えた。


「野球と科学とギャグコントがつながるなんて、思わへんかったわ」


澪も笑った。


「面白いね!」


そして、亜由美は野球ノートへ新しい目標を書き込んだ。


『一球ごとに、相手の考えを想像する』


『小さな違いを見逃さず、自分の判断に生かす』


『ただし、予想を決めつけない』


亜由美は静かに笑った。


「……よし。次の練習が楽しみや」

第十四章 次の一球へ

翌日の放課後。


博多フューチャーズの練習場。


正則と亜由美は、いつもより少し早くグラウンドへ到着した。


二人は、今日の練習で相手の投球をじっくり観察しようと決めていた。


そこへ三年生の相原健悟がやってきた。


「おっ、二人とも早かね!」


正則が頭を下げた。


「こんにちは!」


亜由美も続けた。


「こんにちは!」


相原が尋ねた。


「今日は何か目標があると?」


正則は笑顔で答えた。


「はい! 相手の小さな変化を見つけることです!」


相原は少し驚いた。


「ほう?」


亜由美も続けた。


「それから、次の球を予想するとき、どうしてそう考えたのか説明できるようにしたいです」


相原は、嬉しそうに笑った。


「よかね!」


そして、二人へ言った。


「じゃあ今日は、配球を読むだけやなくて、相手の投球フォームや間合いも一緒に見てみようか」


正則がうなずいた。


「お願いします!」


亜由美も笑った。


「はい!」


少し離れたところでは、藤岡蓮司が投球練習を始めていた。


最初の直球。


次の変化球。


正則は、その動きを注意深く見つめた。


(……今の二球、腕の振りはほとんど同じやった)


亜由美も目を凝らしている。


(……でも、ボールの軌道は違った。リリースのあと、どこで変化し始めたんやろ)


すぐに答えが分かるわけではなかった。


しかし、二人はもう、何も考えずに投球を眺めてはいなかった。


一球ごとに観察する。


気づいたことを覚える。


そして、自分の考えを確かめる。


それを繰り返していく。


河内正則と加藤亜由美は、中学野球の新しい楽しさを見つけ始めていた。


小さな違いを見つけること。それは、二人が大きく成長するための、確かな第一歩だった。


次回予告

第50話「見えた変化、つかみかけた一球」

柳川悠翔の家を訪ね、観察力について新しい考え方を学んだ河内正則と加藤亜由美。


二つのマグカップからギャグコントを作るという、思いがけない実地訓練。


そして、優子が教えてくれた、同じものでも見方を変えれば新しい発見があるという考え方。


その経験が、二人の野球への向き合い方を少しずつ変え始める。


博多フューチャーズの練習では、三年生の藤岡蓮司と相原健悟が、実戦を想定した投球練習を行う。


正則と亜由美は、球速や球種だけでなく、投球間隔や配球の組み立てまで観察しようとする。


しかし、考えすぎれば打撃のタイミングを失う。


そこで城戸直哉監督は、新しい課題を与える。


「試合中、毎球すべてを考えている時間はありません。観察した情報から、何を優先するか決める練習をしましょう」


一方、大阪の西九条中学校では、池永智雄たちが上級生の速球と変化球への対応を続けていた。


そして博多リトルスターズでは、柳川悠翔が四番打者兼キャプテンとして新チームを率いながら、次の大会へ向けた準備を進めている。


次回、第50話「見えた変化、つかみかけた一球」。


相手を観察し、考え、確かめる。昨日まで気づかなかった小さな違いが、今日の一球を変えるかもしれない。正則と亜由美の新しい挑戦は続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。